41話 『地神』
本選が行われている巨大なものと比べて、やや小型な二つのリングの周りに結構な数の観客が集まっている。
精霊契約者杯の会場だ。
命の危険が少なく、それなりに派手で見応えもある精霊同士の戦いは人気の種目だ。
精霊契約者自体の数が多くないために一度の参加者は八人と小規模なのも、見る側に優しい。
精霊同士の戦いは、基本的に長期戦になる。
通常、互いに致命打となる攻撃がないためだ。
属性の相性、あるいは契約者から供給される魔力量の差によって消耗していき、精霊本人ではなく契約者の降参で勝負が決まる。
優勝するには三連勝が必要なため、どこまで魔力を使うかもポイントだ。
……普通は。
「はっはー!やる気ないの、えーと、レヴォルタだっけ?どうでもいいや。
私を指先一本で倒すんじゃなかった?
ほらほら、次はどこにしようかなー」
「や、やめろ、おのれ!」
まさに悪役そのものといった挑発をしているのはフェルジーネ。
対戦しているのは、全身から鋼の棘を生やした地精霊レヴォルタだ。
実際のところまともな戦いにはなっていない。
フェルジーネは雷も出していなければ、敵の攻撃を回避すらしていないのである。
倍ほどもある地精霊の突進攻撃を片手で受け止め、力任せにバリバリと棘を引き剥がす。
とはいえ、契約者のシーカース共々、レヴォルタも並よりはかなり強い。
何しろ決勝戦であり、前の二体は楽に下しているのだから。
「頑張って!生活かかってるのよ!」
シーカースが魔力を供給しつつ叫ぶ。
一方、リューコメラスは魔力など全く消費していないのにもかかわらず、疲れきった顔で溜め息をついていた。
周囲からのブーイングがとんでもないのだ。
フェルジーネは女性型で子供の姿、レヴォルタは男性型で若者の姿。
それだけなら、フェルジーネの方が人気があってしかるべきである。
しかし、色々と問題があった。
まず、レヴォルタの契約者であるシーカースは質素な服装の美女。
それに対し、リューコメラスは誰が見ても真っ当な人種でない雰囲気な上、外見だけで周囲を威圧するレベルの巨漢だ。
更にフェルジーネ。
戦闘中は喰ったグレビーの性質が強く出るのか、普段に輪をかけて過激になる。
元々の口調や自由すぎる性格も相俟ってまさに悪魔だ。
そんなこんなで、全観客が敵なのであった。
なおフェルジーネは全く気にしていない。
「思ったよりがんばるわね」
「うおおおお!!」
シーカースからの補給を受け、槍を生成したレヴォルタが気合と共に敵の魔力を削る強烈な突きを放つ。
浮遊しながら欠伸をするフェルジーネの輪郭がぶれ、わずかに移動する。
試合が始まって初めて、いや一回戦から数えても初めての回避行動。
同時に、背負ったショートソードを抜き、剣身に魔力、柄に電気を通した。
もちろん武器を抜いたのも初めてだ。
彼女なりに、目の前の気合が入った男精霊に敬意を表したのである。
ごくわずかな、この熱狂では誰にも聞こえないであろう起動音が響く。
数瞬後、満足げにリング上に着地した彼女はショートソードを鞘に収めた。
「May he rest in peace!
……さぞ快適でしょうね地精霊だし、なんちゃって。
安心するがいいさ、分解までは行ってない」
フェルジーネがオーク語で悪趣味な勝ち名乗りをあげた、その背後。
構えたままのレヴォルタが、槍ごとバラバラに裂け、崩れ落ちながら非実体化していく。
力を削られすぎ、実体を維持できなくなったのだ。
加減しているために消滅まではいかない。
ただ単に、シーカースの体内へと戻っただけである。
残されたのは刻まれた槍の破片のみ。
ほぼ同時に、リング横にいたシーカースが魔力切れで突っ伏した。
あまりのことに先程までのブーイングは完全に途切れ、周囲は静まり返っている。
「しょ、勝者、フェルジーネ、そしてリューコメラス!
今回の優勝属性はあああ、風!
賞金、魔貨一枚は本部で受け取ってください!」
レヴォルタの非実体化に少し遅れ、僧衣を着た審判が慌てて勝敗を宣言した。
観客が溜め息をつきながら離れ、本選やチーム戦等の別の試合を見に行く。
飛びもせず、悠然と歩いて戻ったフェルジーネが、渋い顔のリューコメラスに声をかけた。
「景品貰いに行きましょ、さあ私を称えなさいな」
拳を握り締めたリューコメラスの肩が震える。
それを不思議そうな顔で覗き込むフェルジーネ。
「ばっ、馬鹿野郎!
確かに俺は殺すなとしか言ってねえ、言ってねえがな。
あんな、あんな派手な上、相手にトラウマ植え付けるような勝ち方しろとも言ってねえ!
どうするんだよ、おい、少なくともさっきの奴はもう絶対に参加しねえぞ、なあ!
精霊契約者が何十人ここに来てるか知らねえ。
だが四日目以降は八人集まらなかったら開催されねえんだぞ、わかってんのか!
もし三回で終わっちまったらよ、俺の収入は半減以下だ!」
「リューコメラスってば心配性ねえ。
後半は本選で負けた奴が来るに決まってるじゃないの」
「うむむ、まあ、そうだといいが」
二人の意見は、どちらもそれなりに筋が通っているように感じられる。
しかし、少なくともリューコメラスの想定は間違っているのだ。
今ここにいる精霊契約者は全員、フェルジーネを見て既に申請を済ませている分以外は参加しない事を決めている。
だが、達人の業で敵を刻んだのが原因ではない。
観客が怯えたのはそちらだが、精霊契約者が逃げ出したのはもっと根本的なところにある。
精霊同士にも相性があり、通常地精霊は風精霊に対して優位である事は、少なくとも精霊契約者の間では常識だ。
つまり先程の対戦の序盤、地精霊レヴォルタの突進をフェルジーネが片手で捻じ伏せた時点でだめだったのである。
四日目以降の精霊契約者杯の開催は、本選に敗北した精霊契約者達に託された。
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「あれ、なんか雰囲気が」
「R-R-R-R」
本日の予定を全て終えたプロセラ達五人が、各所の巡礼道をうまくかわして飛び、第十祭殿に帰還した。
宿は下にも用意されているのだが、センペールが祭殿に留まっているのと、ザルバルドとかいう危険物を会場近辺に置いておけないためだ。
しかし、何やら雰囲気がおかしい。
まだ夕日が見え明るいというのに、巡礼者達も全て仮設の宿に引っ込んでいるようだ。
「どうしたんだろー」
「さあ?」
プロセラがふと後を振り向くと、ザルバルドもファロもメタセも凍ったように立ち止まっている。
視線の先にはセンペール、そして黒いローブを着た金髪の女性。
その女性が振り向き、こちらに手を振った。
視界が暗転する。
「え」
一瞬の後、五人の目の前にはセンペールと先程手を振った女性が居た。
悪戯っぽく微笑んでいる。
「や、皆の試合見てたわよ?
楽しそうで何よりねえ、なんか一人知らない人がいるけど」
「GROO……ディア様、ご機嫌そうだぜ、ですね」
「ええ?!」
「ど、どうも、こんばんは?じゃない、えっと、地神様に出会ったらなんていうんだっけご主人」
「ひもろぎ、違うそれは、ええ」
「そんなに畏まらなくっていいのよ」
「「「はい」」」
女性はなんと地神ディアであった。
プロセラはアルテミアで一度だけ天神を見たことがある。
遠目だったために、どういう性質だったのかまではよくわからなかった。
前にガノーデに教えられた事が事実なら、プロセラを送り込んだのはどちらかのはずだが。
「だから、もうちょっと楽にしてくれないかしらねって。
遊びに来てるのよ」
「いいからお主ら、楽にせい。それが地神の望みじゃ」
センペールが溜め息と共に呟いた。
「は、はい」
「GRRRR」
「まったくもう、これだから。あら?
それどこで拾ってきたの、それよ!」
地神ディアが、ツキヨの運転している藤林三号を指差した。
砕けた口調なのは最初からだが、それにしてもテンションが高い。
ツキヨがあたふたしながら答える。
「えと、バルゼアの北の方にある遺跡、っていうか家です、けど」
「それ、そこに誰かいなかった?!
名前が出てこないのよ、機械人間でね、えー、あー、長なんとか。
寿命が無いはずだしあの辺はあんまり戦争もなかったから、生きてるはずなんだけど」
「長門影ですか?」
「ああ、それ、そんな名前!
知ってるって事は元気?」
はしゃぐ地神の様子を見るに、あの遺跡で長門影が語った事は事実のようである。
ツキヨは怒涛の質問構成に言葉を選び選び答えていた。
どうやら地神の読心は、総長ガノーデのように自動で全て読み取るというものではないらしい。
質問が演技でないとするならばだが、普段は使っていないようだった。
「元気です、えっと、今はバルゼアでガノーデって人の部下をやってます」
「なるほど、いい奴に拾われたわね。
マスターさんは今年は来てないの?」
「それはわからないですけど」
「ふうん、なんでかしら。
大抵この時期には会いに来るのに、振られたかなー」
「会いたがってはいましたけど」
「ならいいんだけどね。
にしても、あなた面白い使い方してるわねえ、物にも憑けるのは知らなかったわ。
精髄とか、肉付き不老は私の力の残滓なのよ。
過去までコントロールできないから、誰に発現するか解んないけどね。
ちなみにユーアちゃんの力が発現した人は肉無しね、帰還者とかがそう。
ま、大事に使いなさい?
んじゃ次の子と話そうかなー、竜!」
「GRR?!」
実に楽しそうに話し続ける地神。
それにしても、話に聞いていたのとずいぶん様子が違うのは気のせいだろうか。
しばらくプロセラが眺めていると、他の全員と一通り話し終えた地神が迫ってきた。
不思議な色の瞳がじっと見つめてくる。
「あの、僕に、いえ私に何か」
「……?」
「どうなされました?」
突然夜の帳が下り、プロセラの周囲が完全な闇になった。
辺りから生命反応が消える。
((あなた、二十年かもうちょっと前ぐらいに一度死んでないかしら))
((はい、死んで、ええ?!))
((あーやっぱり!生きてたのねえ))
頭の中に直接、地神の声が響く。
プロセラが返事をしようとしても声にはならなかった。
しかし、どうやら思考が伝わってはいるらしい。
これが地神の読心か、と妙に冷静な考えが浮かんだ。
次々と疑問が浮かんでくる。
((僕をここに移してくれたのは地神様なんですか?あと、ええと……))
((落ち着いて落ち着いて。説明するから))
((はい))
((まず、あなたを拾ったのは総長、あれよ、沢山いる神の中でもちょっと偉いやつね。
あいつは時々気紛れで色々拾うんだけど、拾うだけで飽きるタイプ。
その時偶然私らが近くにいたから、この星に来たの。
あなたがここに居る事に特に意味なんか無いわ、マスターさんにもこれ以上増やさないから安心してって伝えといて。
今は幸せなんでしょ?それでいいじゃない。
私らも大したことしてないわ、特殊な能力も贈ってないし変な運命も決めてない。
というよりも、今の私らにそんな力はないというべきかしら。
刻まれた生命力がすごく高いだけの普通の魂で、生まれた場所も偶然。
私が刻んだからその影響が少し出てるけど、誤差よ。
んじゃーまたね!))
((あ))
何の余韻も無く、唐突に世界に色が戻る。
まるで何も起こってはいなかったかのように、静かな第十祭殿を夕日が照らす。
だが、地神が今の瞬間までここに居た事を皆の表情、そしてプロセラの感じる異常な心の平穏が物語っていた。
「行っちゃった」
「初めて会いましたけど、地神様はいつもこうなんですか、センペールさん?」
「今日は格好つけていた方じゃな。
あれこそが地神様。
どんな相手にでも去り際に幸せな心象を残す安らぎの神、今の多幸感が最大の特徴であり証拠よ。
だが普段より長居しておった、何ぞ気になる事でもあったんかのう。」
「はあ」
「軽さ相変わらずだわあ、安心するわねえ」
「俺はよく知らんけど、あの調子で世界中を飛び回るんだって師父が。
本当かな?」
「GRORRRR……戻って休もうぜ」
そういうものらしい。
二十年来の様々な疑問が簡単に解けてしまったのは、さすが神といったところか。
なんにしろ、これで……
「どうしたの、さっきからぼーっとして。
地神様に面白いことでも言われたの?」
「それなりに」
「ふうん、嬉しそうだね、なんか」
「胡蝶の夢じゃなかったから」
「また訳判んないこと言ってる」
「一緒に暮らせるってこと」
「今と変わらないじゃない、変なご主人」
「だからいいんだ」
いつの間にやら皆は室内へと戻っており、外に居るのは二人だけ。
日は完全に沈み、夜空に星が瞬いている。
珍しく無風の第十祭殿前に、藤林三号の微かな駆動音だけが響いていた。
地神が安らぎで天神がやる気担当です。
やっと地に足が着きました。




