40話 『疑惑』
暗闇の中、男が歩いている。
彼の瞳は強化改造がなされており、暗視と魔力視が可能だ。
その足が止まる。センサーに不審な魔力の波。
警戒し、剣を抜く。
常人には聞き取れぬ、微かな音が剣から響いてくる。
振動する刃。
彼は魔力の波に向かってそれを構え、振り下ろした。
その瞬間、男の身体が硬直。
網膜にアラートが流れるがどうにもならない。
何かが彼の体内に注入された。
意識が遠ざかる。
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「よっし、選手登録完了だぜ。とりあえず三日分は。
昼過ぎかららしいからよ、敵情視察だな」
青い瞳の巨漢がにやりと笑った。
統一武芸大会に出場するため、急遽バルゼアからジオ山近くまでやってきたリューコメラスだ。
ただし、彼の目的は本選ではない。
「で、どういうルールなのさ。
分解しちゃえばいいわけ?」
「八人トーナメントだからよ、三回ぶっ飛ばせば魔貨1枚だぜ」
「簡単に言うけどリューコメラス、精霊契約者八人も捕まえてさ。
四、二、一で計七回も戦わせて優勝のみ魔貨1枚ってさ、安すぎない?
あれ金貨100枚分だったわよね、こんだけ観客居んのに一試合あたり15枚切ってるとかないわー」
そう、彼が申請したのは精霊契約者杯。
つまり実際に戦うのは風草精霊、フェルジーネだ。
「精霊契約者杯は命かかってねえし、本人はあんま消耗しねえからその分安いんだろ。
まあ統一武芸大会期間十日の間によ、八回もあるんだからいいじゃねえか」
「契約者はともかくさ、精霊の方は死ぬ時は死ぬっしょー?
少なくとも私は契約精霊、引き剥がして分解できるわよ」
「絶対に対戦相手の精霊殺すんじゃねえぞ、フェルジーネ。
俺はこれ以上敵を増やすのなんざ真っ平だ」
「へいへい、分解しなくても勝てる状況ならしますけどね。
……あら、プロセラ達がちらっと見えたわ。
通信飛ばしてやろ」
リューコメラスたちが今居るのは、メイン試合会場の側にある結界に覆われた巨大な天幕だ。
各種受付を行う大会本部や参加者用の休憩場所、そして食堂などがある。
外では複数設置された土俵のような広いリングで試合が行われ、辺りは関係者でごった返していた。
なお現在は二日目だ。
まだ序盤戦であり、山向こうの本殿で行われている誕生祭の方が圧倒的に人が多い。
後数日もすれば完全に逆転するが。
どうやらフェルジーネの通信は拾われたらしく、数人の集団がやってきた。
「よおプロセラ、と……おい誰だよ?!」
「呼びました?ってか来てたんですね、リューさんにフェルジーネ。
その機甲者はツキヨですよ、装備として認められたんでその姿で出てます」
「本当だよ?」
大柄な機巧じみた男からツキヨの声が発せられる姿は大変に不気味だ。
と、その横のフードを被った女性が口を開いた。
「おやあ、あんたどっかで見たことがあるわね?」
「誰こいつ、リューコメラス知ってるの」
「いや、別に、うぬ?!」
リューコメラスがいきなり飛び下がる。
それを見たフードの女が肩をすくめ、フードを外す。
「何よその反応は、まだ何もしてないじゃないの」
「やっぱりか、てめえ死帽!
近寄るんじゃねえ」
「え、何それ」
ツキヨ、というか藤林三号が死帽ことファロとリューコメラスを交互に見た。
しばらく第十祭殿で近くに宿泊していたが、特に問題なかったように見えたのだ。
しかしリューコメラスが嘘を付くとも思えず、反応に困っている。
「そいつは男女関係なく身体を狙うぞ。
俺らの世代じゃ金影同様に有名だったぜ、おいこっちに来るなよ?!」
「マジですかリューさん。別に何も無かったけど」
「わたしの感覚でもファロさんが挙動不審って事はなかった気がするよ」
「人は変わるのよ」
「それでよ、本当はどうなんだ」
「こいつらいつも二人でいる上に、周囲の魔力を吸収するからマーキングできなくてチャンスが」
「「え」」
二人が後ずさる。
ファロが苦笑いした。
「冗談よ、あたしは足を洗ったの」
「本当かな」
「少し距離をとろうね、ご主人」
「怪しいもんだな、これだから特務はよ。
ところで、お前らがここにいるってことは本選に出てるのか」
「僕以外は出てますよ、僕は装備の申請が通らなくて……」
「精霊や魔物や藤林三号みたいなのが良くて、わたしは駄目なんて酷いの」
リューコメラスとフェルジーネ、そしてファロまでもがプロセラとツキヨを見た。
一様に呆れた表情をしている。
二人にとってはかなり予想外の反応だ。
「無理だろう、普通に考えてよ」
「どう考えても無理よね」
「いやいや飛龍に騎乗したり、精霊とツーマンセルで戦ってもいいんですよ!
体内に人間入れるのは駄目っておかしくないですか?!」
「差別だよねー」
「あたしは理屈自体は正しいと思うけどねえ。
だけどもそれ通っちゃうと、普通に二人で戦うのも有りになっちゃうんじゃないかい」
「「ひどい」」
「それは置いといてよ、一回戦はどうだったんだ?
今ここに居るってことは終わってんだろ」
しょげかえる二人を完全に無視し、リューコメラスが話し始める。
ファロが気楽そうにそれに応じた。
「あたしとそこの、ええとツキヨじゃないやフジバヤシ?
の二人は一回戦抜けたわよ、当たった敵もたいしたことはなかったわね。
メタセは負けたけど。言ってもわからないか、あたしらの知り合いさ。
ところでさあ、アルテミアとセルカリアからの選手が妙に少ないのは何故なんだい。
アルテミアは神衛と神官どもは居たがね、セルカリアの連中は全く見ないわ」
「セルカリアはちょっと今やばいらしいから仕方ねえ、ん、アルテミア?」
「何かあったっけ、リューコメラス。もちろん私は知んないけどさ」
「心の狭い査定官だよねご主……ああ、アルテミアは仕方ないよ」
「あれ、リューさんには誰も話してなかったのかな。
アルテミアはとてもごたごたしてまして。
僕達や長門影さん、あとヴェルナさんとかも巻き込まれましたよ」
どうやら立ち直ったプロセラとツキヨが、しばらく前の大騒動について語り始める。
あれさえなければ特務員などにならなくて済んだし、大神殿にも寄れたのだ。
実家のオストロ達にもかなり心配をかけてしまった。
基本的に自分達の事以外は気にかけない二人ではあるが、故郷がどうかなるのは勘弁して欲しい。
今はそれなりに安定しているというが、楽観はできなかろう。
さすがのリューコメラスとファロも真剣に聞いていた。
「なるほどなあ、面倒な事で、おい何だ外が騒がしいぞ」
まだ一回戦だというのに謎の大声援だ。
何らかの絶叫まで聞こえてくる。
「ねえご主人、もしかしてあれ」
「もしかしなくても、ザルバルドさんが戦闘態勢に入ったような反応がしてるよ」
「何だかわからんが行ってみようぜ」
五人が外に出ると、残念ながら既に戦況はあらかた決していた。
ザルバルドと向かい合ってショートソードを構えているのは、なんとオークだ。
機甲タイプではないが、強力な装備をしていたであろうことが見て取れた。
だが、その装備類はすでにボロボロで、片腕もおそらくは折れている。
一方のザルバルドは、多少流血しているものの活力に溢れ笑みすら浮かべているのだ。
とはいえオークが弱いわけではない。
むしろあの鱗を貫通して流血させ、それでも折れていないオークの剣の方が異常だ。
「GRONK!!!!」
ザルバルドが凄まじい咆哮を上げ、飛びかかった。
真の姿でないとはいえ、本物の竜の威嚇。
逃げ出す観客すらも居る。
どうにかそれを迎え撃とうとするオークだが、もはや限界。
ザルバルドのタックルをまともに受け、吹き飛ぶ。
十二番リングの勝負ありを告げる、魔法的に増幅されたアナウンスが響く。
同時に、ザルバルドの勝利の雄叫びが上がり、また観客を慌てさせた。
「うおおい、こっちにくるぞ?!」
リューコメラスが叫ぶ。
ザルバルドの馬鹿力で飛ばされた件のオークだ!
オークの巨体は、柔らかく生成された板により受けられ、地面に崩れ落ちた。
二人が眉を顰める。
「ちょっとツキヨこれ」
「どういうことだろ……」
少し後からやってきたファロとリューコメラス、そしてフェルジーネも苦笑いした。
オークはぴくりとも動かない。
「完全に死んじゃってるわねえ。
魂もどっかいっちゃってるからあたしにも使えないわあ」
「まあよ、よくあることだぜ」
オークの遺体を、僧侶と神官が運んでゆく。
どうしても出場者の死亡は起こってしまうため、参加条件には前もって死を了承する項目があるのだ。
身元がわかっていれば清められ、わずかの補償金と共に送り返される。
そうでなければ共同墓地に埋葬だ。
それでも繁盛しているのは数千年の歴史ゆえか、ただの祭り好きな性質ゆえか。
巨大天幕の方に戻りつつ、プロセラとツキヨが呟く。
「違うよリューさん」
「ああん?」
「さっきの人はもっと前に死んでた」
「ねー」
「それはないわ、あたしは死体のプロよ。
少なくともリング上では生きてたはずだわ、生命感知でも生きてたでしょう」
「うーん、説明が難しい」
「まあ、何がしたかったかわからないし、もう逃げられたし。
偽名可なんだからさ、どうしようもないよご主人。
早くご飯にしよ」
二人が遠ざかるオークの遺体を眺めつつ考え事をしていると、周囲がざわめき出した。
何事かと思って振り向くと、こちらに気付いたザルバルドが向かってきている。
「GRRR、なかなか強かった、物理だけで俺様を傷つけるとはなあ」
「ザルバルドさん、ちょっとだけど肩に剣が刺さってますよ」
「おう?気付かなかった、どうせすぐ塞がるわ」
笑ったザルバルドがオークの剣をつまんで抜き、投げ捨てる。
材質が気になったのか、ツキヨがそれを念力で引き寄せた。
内蔵された脇差と比較し、しげしげと眺めている。
「いらないや、初期装備の方が強い」
……どうやら、藤林三号の新武器としては不適合だったようだ。
再び投げ捨てようとされるオークの剣をリューコメラスが慌てて奪い取る。
周囲を見回し、注目がザルバルドに集まっているのを確認すると、地魔法で簡易の鞘を生成して何食わぬ顔で腰に下げた。
「何してるんですか」
「竜の鱗に当たって欠けもしないショートソードとかよ、きっと金貨数百枚で売れるぜ」
「それ、柄に継続的に電力とか言うの、まあ雷パワーを注ぎ込まないとただの硬い棒だよ。
たぶん電撃のエンチャントじゃ厳しいと思う。
オークか長門影さん達か藤林三号でないと使えないと思うなー」
「なんだと、騙されたぜ!」
「勝手に拾得しといて騙されたはないんじゃないさ、リューコメラス。
いや待って、私なら使えるかも」
リューコメラスの腰からショートソードを抜き取ったフェルジーネが、柄の金属部位を弄り回す。
しばらく後、微かな音が聞こえてきた。
「おお?」
フェルジーネが剣で地面を撫でると、音もなく吸い込まれ、小石ごと切断された。
相当の切れ味だ。
「曲刀じゃないのが残念よねー。私が貰ったわ」
「おい、それは俺が受け取ったんだ、その切れ味を見せりゃあ売れるだろ」
「拾っただけですよね、リューさん」
「ほっときましょう、あたしもお腹空いたし」
「そうだねー」
「俺様にゃここの食事は少なすぎるぜ」
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作業服の男がぶらぶらと会場内を歩いている。
この大会のスタッフの一人だが、単なる清掃員であるため特に何か誇りがあるわけでもない。
歩く兵器とも言うべき参加者達と、熱狂した観客の間を縫って掃除するのは危険極まりない作業だ。
少しでもさぼろうと大型の天幕と天幕の間の小さな道に入り込み、誰も居ない事を確認して伸びをした。
「?」
背後に、何かの気配。
慌てて振り向くも、そこには何も居なかった。
上司にでも見つかったかと思った男はほっと息をつき、座り込む。
男の身体が固まり、震える。
しばらく後、何事もなかったかのように出てきた男は掃除を再開した。




