39話 『五年に一度の事』
誕生祭の準備、そしてゼムラシア統一武芸大会を来月に控え、ジオ教団本拠地区画はごった返している。
特に武芸大会は五年に一度、ここでの開催という意味なら十年に一度だ。
誕生祭は本殿用の広い参拝路から本殿のある山にかけて、武芸大会はその裏手の、教団建物がいくつか建つ広大な荒れ地をメインの会場としている。
会場近辺ではかなり前から様々な組織が入山しており、準備を進めていた。
勿論、出場者達も集まりつつある。
ただし、前もって各所で予選が行われているため、本選出場確定者はかなり後から現れるのが普通だ。
今現在居るのはサブ種目出場申請者、そして大会に先駆けて行われる直前予選の参加者、そして武闘派の教団僧正が個人的に召集した戦士達。
「お久しぶりですセンペールさん、メタセ。……と、こちらの方々は一体」
「なんだよその格好!?」
「うむ。お主らこそ、そっちのその姿は何じゃい」
ここは第十祭殿。
紹介状の通りにバルゼアからやってきたプロセラとツキヨ、そして出迎えたセンペール達は互いに困惑していた。
この時期に増える巡礼者のために、仮設宿舎やトイレなどが増設されているのはまあいいとしよう。
センペールとメタセの横に、見知らぬ何者かが立っている。
一人はプロセラと同じぐらいの身長で、何かの骨で出来た錫杖を携え、ベージュ色の帽子を被った女エルフ。
そしてもう一人、常人の倍近い体躯を持つセンペールよりさらに一回り大きく、筋骨隆々の身体。
全身が灰褐色の鱗で覆われていて長い尾が生えている。
覚醒したヴァラヌスの方がまだしも人型に近い。
マントと腰蓑をつけていることで、かろうじて知的な存在であることがわかる。
一方、プロセラとツキヨも大荷物を別にしても普段の姿ではない。
プロセラは暗い色の金属仮面を被り、その表情は伺えぬ。
出場するならば偽名と決めているのだ。
ツキヨにいたっては藤林三号を運転しているため、完全に姿が違う。
今の彼女は男性型の機械忍者である。
「僕は一応所属が違いますんで、こういうほうがいいかなと。
プロセラ・アルミラです」
「ツキヨです。
これはわたしの鎧みたいなもんだよ、それよりえっと」
「ほお、こいつらが三人目と四人目か。
それにしても本当に俺様と変わらんほど強いのかあ?」
巨大な蜥蜴人間が低くしわがれた声で話す。
体調が悪いというより発声器官があまり人語に適していない感じだ。
「違うぞザルバルド。
わしの紹介枠の三人目はあくまでメタセよ。彼らは四人目じゃ。
中で話そうかね」
「訳がわからんぜ」
仮設宿舎に併設された、これも仮設の大部屋ひとつだけの小さな建物。
その中に五人が入った。
なおメタセは他の巡礼者に対応するため祭殿の前に残っている。
「とりあえず皆自己紹介するんじゃ。初対面であろう」
センペールの言葉にザルバルドが唸る。
だがさらに視線で催促されると、諦めて話し始めた。
「俺様はザルバルド、爺……GRORR……センペールの友達の息子だな、うむ!
森林竜だ。
前回のアルテミア大会にも出たんだぜ、三回戦で負けて八位以内は逃したがなあ。
それにしたってこの姿は喋り辛え」
オーク帝国の更に北のほうに生息するという竜。
単一種族だが、生まれ持った体質や育つ環境により全く異なる姿に成長する。
針葉樹林に棲むという噂の森林竜は、魔法は得意でないが強靭な体力と硬い鱗で有名だ。
センペールへの態度からすると若いのだろう。
会話内容からして、彼は前大会で話題になった個体と同一と思われた。
ザルバルドの話が終わると同時に、藤林三号の身体が硬直し、瞳から放たれていた藤色の光が消える。
その表面から粘液質の濃厚な魔力が溢れ出し、脱皮するかのようにずるりと剥がれた。
白色半透明の魔力はすぐに変質し、シンプルな服を着て左手のみに篭手を装備した黒髪少女と化す。
それを見た女エルフの表情が歪む。
少女は首を傾げて微笑んだ。
「わたしはツキヨ。念動士、そして精髄です。
種族はヒトかな、一応」
それに合わせてプロセラが仮面を外し、生命力のオーラを噴出させる。
どうにもツキヨと比べてインパクトに欠けるなあ、等とどうでもいいことを考えながら口を開く。
「プロセラ・アルミラ。センペールさんに魔法を見出された生魔道士、現在は否死者」
最後に、女エルフが辺りを見回し溜め息をつく。
あまり気乗りしないといった様子だ。
「あたしは幻魔ファロ。
……カードをつけたそこの二人なら、もう一つの名前を知っているかもね。
特務員“死帽”」
二人の顔が引き攣る。
まさかこんなところで特務員と出会うとは思わなかった。
もっとも、別に特務員同士の連絡網などはないので全く知らない相手であるが。
「ええ、困ったな、なら僕達も言わなきゃいけないのか」
「仕方ないねご主人」
不満そうなツキヨの掌から簒奪管が伸び、プロセラに絡み付く。
その直後、身体が服ごと白濁した液体に変化。
勢いよくプロセラの身体に注ぎ込まれていき、消え去った。
元は薄い茶色だった髪と瞳が焦げ茶色になり、その身体は漲る活力に包まれている。
「「特務員、“制圧者”です」」
特に運転し続ける意味もないので、再び分離。
「ふう。まあそういうことで」
「わたし達はさっきの姿のときだけ特務員なの。名前も二人で一つ」
ファロとザルバルドが目を見開く。
センペールがそれを見て笑った。
「GRRR……四人目、か」
「にしたってセンペール氏は妙な知り合いが多すぎると思わないかい、ザルバルド?」
「け、それをてめえが言うのかよ」
「一通り済んだようじゃな、ともかく今回の大会について説明するぞ。
ただ、わしとメタセはやる事があるでな、しばらく待っといてくれ」
言うが早いかセンペールが立ち去る。
後には微妙な雰囲気の四人が残された。
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所変わって、バルゼアでは。
「それで、結局ガノーデはジオ山に行く余裕なしってわけ。
いつも通りだいぶ出資してるし、地神に会うの楽しみにしてたのにちょっとかわいそうよね。
もちろん私も忙しいわ、本当。
あ、マスターおかわりよろしく。マスター!」
ヴァラヌスがグラスになみなみと注がれた琥珀色の液体を飲み干し、頑丈な牙で氷をバリバリ噛み砕く。
その膝の上ではアズレウスがうとうとしている。
ちょうどボックス席の近くを歩いていた“トンプソン”の店員が、新たな酒瓶を出す。
瓶は手から離れる前にリューコメラスにより掠め取られた。
「結局、片付きそうなのか?
セルカリア側はよ、総長の入国を拒否してんだろ。
支部の世話にはなっとるくせに勝手だよな、そう思わねえかヴァラ」
言いつつ、空のコップを差し出すリューコメラス。
ヴァラヌスの指先に生成された球状の氷がコップに落ちるのを待ち、そこに酒を注いだ。
「勝手に飲んでないで私のにも注ぎなさいよ。
……まあ、ガノーデは爆弾だからね。
後ろ暗いことでもあるんじゃないかしら、迷惑なこと」
「両方から調査依頼が来てるつうのがまた面倒だよなあ」
「あんたが前の機甲オークの件を無視してなけりゃ、もうちょっと楽だったのかもねえ。
あの時点ではガノーデも、都市に侵入してないオークは放っておくことにしてたから仕方ないけど」
「ヴァラは知らんだろうが、交渉の余地は無かった。
俺のオーク語じゃ追い返すのが精一杯でな。
つうかよ、総長はあの機械野郎を送り込むとばかり思っとったんだが」
機械野郎、つまり本部の警備員であり総長ガノーデの腹心、長門影とウィステリアだ。
特殊工作が必要な場合。最近のガノーデは特務員よりも此方を運用することが多い。
「今回はだめなのよ、ターゲットがあいつらの苦手なタイプのようでね。
とりあえず現地の連中で回してるけど芳しくないわ。
統一武芸大会が終わったら、また人員動かすと思うけれど」
「でもよ、敵がオークじゃねえのは確かなんだよな」
「何とも言えないところ。
もうやめましょ、実にならないわこの話は」
「まあ、そうだが。
つうかこんな話をするためにわざわざ俺に酒奢ったのか。
工作員に俺を使うのは勘弁願うぜ」
「ふふ、違うわよ」
にやりと笑ったヴァラヌスが、机の上に数枚の紙を取り出した。
「なんじゃこりゃ?ああ、統一武芸大会の参加申請書か。
これを俺にどうしろつうんだヴァラ、俺が出てもせいぜい三回戦行くかどうかって所だろうが。
別にわざわざ目立ちたくも、地神と話したくもねえぜ」
「いいえ、リューコメラスがほぼ確実に優勝できるサブ種目があるわよ。
しかも八人トーナメントで期間中毎日開催。
アズレウスの養育費の足しに最高だと思わない?」
「なんじゃそりゃ」
「あなた一応、精霊契約者でしょう。
ていうかあの風精霊はどこへ行ったのよ」
「フェルジーネならシトリナ婆さんのところで遊んでるんじゃねえかな。
んん、精霊?」
「そうよ。あいつでも別に違反じゃないわよねえ。
ちょっと派手にパワーアップしてるだけで精霊は精霊」
「……理解した」
もしも今の二人を見てしまったならば、慌てて逃げ出す人も少なくなかろう。
それほどに邪悪な笑みであった。
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「うわああ!メタセ、なんとかしてくれ!」
「無茶言うな!」
時刻は夕方。
第十祭殿がある山の中腹で、プロセラとメタセが逃げ回っている。
別に何かやましいことがあるわけではない。
物理的な追跡を受けているのだ。
「GRONK!俺様と組手しろ!」
咆哮か言葉か微妙な大声が二人の少し後ろから響く!
鋭い鱗に覆われ、腕から皮翼を生やしたその異形は二階建ての家ほどはあろう。
森林竜の正体を半分ほど現したザルバルドだ。
その翼が振り下ろされるたび、足元の岩が砕ける。恐るべき衝撃波!
別に彼らは憎んで戦っているわけではない。
プロセラと戦いたがったのはメタセで、手合わせの許可を出したのはセンペール。
問題は始まる前にザルバルドが自分も参加させろと突っ込んできたことにある。
竜の闘争本能が刺激されてしまったのだ。
そして当のセンペールは周囲に無関係の人がいないこともあり、楽しそうに眺めているだけという有様。
「どうしろって、お、おお?!」
「ああ!一人だけ逃げんなプロセラ!」
プロセラの身体が猛烈な速度で浮き上がる。
いつのまにか上空に移動していたツキヨが引き寄せたのだ。
念力は押すよりも、引く時の方が出力が高い。
「さて、助けなきゃね」
「あれはさすがに運転状態でも力負けすんじゃないかな」
「別にご主人だけで頑張る必要はないでしょ」
軽口を叩きつつ、ツキヨの身体が精髄化しプロセラに流れ込む。
具合を確認し、飛び降りた。
「VRRRRRRR!」
「あ痛っああああ!」
重機の唸るような低い吼え声と共に、ザルバルドの右ストレートが放たれた。
受け流そうとしたメタセの右腕が千切れ飛ぶ!
竜ならではの馬鹿力だ。
更に追撃の左拳。
逃げるメタセに豪腕が迫る!
「GRR!?」
その拳が止まった!
割り込んできたのは運転で強化されたプロセラ。
衝撃波で服のあちこちが大きく裂けてはいるが、板と古代槍の柄の合わせ技で、どうにか受けきっていた。
「「吸収板で止めきれないとは」」
「GRONK!一体何で出来てやがんだその棒は!
まあいい、いざあ、勝負」
「「落ち着こうザルバルド、な!」」
((あとちょっと))
「GRONKGRONKGRONK」
「「聞けよ?!」」
ザルバルドの棘だらけの尾がプロセラを襲う!
慌てて飛び離れ、撥ね飛んでくる岩石を弾くプロセラ。
しかしザルバルドは止まらない。
プロセラは更に下がり、槍を構えて待つ。
直後、轟音が響き渡った。
「……」
ザルバルドの巨体が崩れ落ちる。
超大型板に背後から潰されたのだ。
巨大な質量が後頭部から背にかけて直撃した影響は覿面であり、完全に意識を失っている。
近づいたプロセラがザルバルドが生きている事と動かない事を確認した後、疲弊しきったツキヨがその体内から剥がれ落ちた。
竜を殴れる強度を確保するため、先程の板に魔力のほとんどを注ぎ込んだせいである。
それでもなお板は耐え切れずに割れ、支払った魔力は全く回収できなかった。
「竜怖すぎだろ、勘弁してください」
「な、何とか止まったね……」
ふらふらしながら予備魔力を吸収し、プロセラに背負われるツキヨ。
運転で出力が上がった状態で、最大火力の質量攻撃を死角からぶち込んだはずである。
それでも気絶で済んでおり、一切流血してないのだから竜とは何かがおかしい。
物陰で右腕を接続し終えたメタセがそろそろと出てきた。
「いや死ぬかと思ったぜほんと、助かった」
「死ぬかと思ったのはこっちだよメタセ、ってかセンペールさん止めてくださいよ……」
「すまんすまん、前お主らとやった感じからどうにかなるだろうと思うて、ついな」
「これだから戦闘狂は困るよ」
ぐったりしたツキヨが、自身の性癖を棚に上げて呟く。
今回に限っては正論であるため、プロセラも何も言わない。
ふと横を見ると、巻き込まれないようそっと離れていたファロが、何食わぬ顔で戻ってきていた。
なんというしたたかさ。
「相変わらずすぎるわね、ザルバルド君は」
「で、どうすんですかこれ」
プロセラとツキヨがげんなりと目の前の障害物を眺めた。
家ほどもある廃棄物、ではなくザルバルドだ。もちろん生きている。
と、センペールがようやく動いた。
「まあ見とれ、カアーッ!」
おもむろにオーラを込めた拳を叩き込むセンペール。
眉間に一発もらったザルバルドが、ピクリと震えると目を覚ました。
センペールに睨まれ、慌ててその巨体を大柄な蜥蜴人間の姿に縮めてゆく。
元に戻ると、首元にくっ付いていた二枚の布切れが、ちょうどマントと腰蓑の位置に収まった。
「ハハハ!ちょっと興奮しちまったな!」
「ザルバルド、巡礼用の道がお主の撒き散らした岩で塞がれとるぞ。
さっさと掃除するんじゃ」
「ぬうー……」
「なんじゃ?」
「い、いやなんでもねえぜ、うむ」
「ザルバルドは死んだ方がいいんじゃないかしら?
そうなったらあたしの僕にしたげるわ」
「GRORR」
「さっさと掃除するんじゃ、ファロも挑発するんじゃあない」
「はあい」
「R-R-R」
さしものザルバルドもセンペールには逆らえないのか、真面目に岩をどかし始めた。
これから先一ヶ月近くの間、この濃すぎる連中と過ごす事を想像した二人の心は少し沈んだ。
ザルバルドは飛べますが火は吐けません。




