03話 『魂の魔法』
「お母さん、これでいいかな?」
皮を剥がれ、内蔵を除去され、頭と手足を外された豆猪が調理台の上に転がっている。
血抜きは、仕留めた時点で既に行われていた。通常の家事こそまだまだ練習中だが、獲物を捌く腕だけは確かだ。
念力と右手のナイフを組み合わせてあっという間に鳥や兎、豆猪などを食肉にしてしまう。
アルミラ家の誰よりも……いや、下手な猟師よりも上手だ。
「大丈夫。相変わらずそれだけは上手いわねえ……さて、今日はその豆猪でシチューにしようかね」
先ほどから食材の下拵えをしつつ、見る間にバラバラになっていく豆猪を見ていた女性が言う。彼女の名はエノキ。
ツキヨの母であり、モリーユ・アルミラの秘書、そしてアルミラ家の料理人だ。
本来の仕事は料理と雑用なのだが、エノキは神官崩れであり帳簿が読めて計算もできたため、朝晩の調理以外ほぼデスクワークをしている。
それはともかく、8年ぶりにアルミラ家長女ヴィローサが戻ってきたため、腕によりをかけ夕食を仕込んでいるのであった。
「ああそうだツキヨ、ヴィローサ様とプロセラ様が表で運動してらっしゃるそうだから、飲み物を持っていってあげて。
その後は夕食まで好きにしてていいわ」
「はーい」
バスケットにクッキーを数枚と、お茶の入った広口のフラスコを3本(1本は自身で飲む予定だ)を入れ、エプロンを脱ぐと、
ツキヨは素早く調理場を出て行った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ヴィローサ様!ご主人!おやつで………………何……」
河原までやってきたツキヨは呆然とそれを眺めていた。
二人が戦って……いや、戦いになどなっていない。戦況は一方的だ。
あちこちに血痕、そして何かが地面に激突したような後。それらは全て一人のものだ。
全身血塗れ、砂だらけで、服がズタズタに裂けた素手のプロセラ。
対して、ヴィローサは無傷。帽子も被ったまま、悠然としている。
「なかなか再生が遅くならないわね」
「……」
ヴィローサの強烈な追撃。
宙を舞い、盛大に吹き飛んだプロセラが、ツキヨのすぐそばの地面に叩き付けられた。
砂利が跳ね飛ばされ、その衝撃でツキヨの手からバスケットが落ちる。ゆっくりとした足音が接近する。
プロセラの展開する生命のオーラが弱まっている。倒れたまま動かない。
「死ぬ……ご主人死ぬって……」
「ツキヨちゃん、お茶はもう少し待っててね。こいつを完全に伸してからにするわ」
「ご主人を……」
「心配?後10回ぐらいは殺さなきゃ死にはしないわよ、生魔道士はそういうもんなの」
「……」
ツキヨの黒髪が逆立ち、ヴィローサの歩みが止まる。念力!
「……今度はあなたかな?でも、プロセラちゃんと違って加減が大変ねえ」
「……」
じわじわと強まる念力。
集中と収束により効果を上昇可能なのは普通の魔法と同じだ。
微笑むヴィローサと涙目のツキヨの視線が交錯した。
「解!」
ヴィローサが何らかの魔法キーワードを叫んだ直後、力の流れが乱され、何かが割れる音と共に霧散。
再び念力を集中しなくては。しかし、今度は力が届きすらしない。
「っ?!」
「私に念力は効かないの。念動士は対策しないと危ないから」
「……」
周囲の石が浮きあがり、狙撃。だが、石弾はヴィローサの目の前で勢いを失い落下する。
念力が起こす作用自体をかき消されているのだ。
「あなたの念力じゃない方は何かな?」
「え……あ……ちょっと……」
「痛いかもしれないけど我慢してね」
急加速したヴィローサが瞬時にツキヨの眼前に現れ、鋭いボディブローが突き刺さる……
「え?何よこれ、鋼板?」
カァン!異常に硬いものを打つような音と共にツキヨが宙へ打ち上げられた。
ヴィローサが眉を顰める。
殴ったのは確かにツキヨ……少女のはず。
今の手応えは一体、自分は何を打った?念力で防がれたわけではない。
ヴィローサが神聖魔法で作り出す解除フィールドの前に念力や邪視、衰弱エンチャントなどは無力だ。
神衛である彼女に補助系の魔法は一切通らない。
では何故?そもそも殴り飛ばしたあいつは何処にいった?
「痛……くない?わたしどうしたんだっけ?ご主人が死にそうっぽくて、念力攻撃して、殴られ……あれ?」
ツキヨも困惑していた。自分は殴られて、それでどうなった?そして己の中から湧き上がる新しい力。ふと、昔木人から受けた教示の一部を思い出す。
――――――念力が強い者は、必ず相応以上の魂の魔法を秘めている―――――
使い方は判る。何せ魂に刻まれているものだ。
ゆっくりと立ち上がり、ぱたぱたと砂埃を払う。身体はどこも痛くない。
下からヴィローサの声が聞こえてきた。そう、下からだ。ツキヨは空中に居る。飛んでいるのではない、立っている。
「……なるほど、さっきのはあなたの魂の魔法なのね。ふふ、まずはおめでとう」
「あ、ご、ごめんなさいヴィローサ様、でも……」
「別にいいわ、私もちょっとやりすぎたかなって。プロセラちゃんはあのぐらいすぐ復活する。だから大丈夫」
けらけらと、なんでもなさそうにヴィローサが笑う。あれだけの強者が大丈夫というなら、まあ大丈夫なのだろう。
「それは、どうも」
「でもそれは関係ないの」
「え?」
「私はあなたと、ツキヨちゃんと遊んでみたくなったわ。全力でかかっておいで、私は強いわよ?」
「……」
挑発を聞きながら、ツキヨは魂の魔法の様々な運用法を考える。
先ほど強烈な打撃を受け流し、今は足場となっている自分の魂の魔法を。
彼女は多少鍛えているとはいえ、肉体的には11歳の少女でしかない。
が、精神的にはそうではない。幼児期からその身一つ、直感と能力のみで動物を狩ってきた、生粋の狩人。
ヴィローサと戦うのは怖い、絶対負ける。けれど、やるからには真面目に戦わないといけない、そうでないと説得できないから。
冷静になった今ツキヨには判る、ヴィローサの考えが。神殿騎士だというヴィローサ。
だが、決して守り手などではない。
あいつは、あの化け物は自分と同じ、いや数段上の狩人だ。狙った獲物は自身が納得するまで追うのだと。
ご主人……プロセラとの手合わせ……遊びを、半端なところで邪魔されたから、ヴィローサ様の今の狙いはわたしだ。間違いない。
なら立場は同じ、わたしの狙いだってヴィローサ様だ。
あんな、わたしのご主人をあんな無駄に痛めつけたあいつこそが、わたしの獲物。
そう、これは狩りだ。狩人のわたしだから、この魂の魔法を得たのだ。
「いい目になったじゃない。そうよ、そうでなくちゃ!」
嬉しそうに叫んだヴィローサが、矢のように跳んだ!ツキヨは無言でその動きをじっと見る。
刹那、何かが虚空に出現した。
ヴィローサが目を見開き、障害物を蹴って後方へ跳ねる。
その先にも出現!衝突の寸前、猛烈な速度で棒を振り回す。
へし折れる棒と、砕け散り消滅する背後の障害物。
ヴィローサは折れた棒を投げ捨て背負っていた自前の獲物を抜き、構えながら着地した。
全体が鈍く光る金属で出来た禍々しい棍棒。先端は縛られていて、本来の形が別にあることを窺わせる。
さらに金属製のつば広帽子が変形。融けるように髪と一体化し、崩れ落ちて目元から首にかけてを守る銀白色の仮面と化す。
「……わたしの板を見てかわすなんて」
ツキヨがその様子を見下ろしながら首を傾げる。
彼女の魂の魔法で生成される板状物質は、まともに視認できない。
大気との境目もほとんど不明だ。ツキヨ本人は感覚的に判るのだが。
「うふふ、私は光以外でも世界を視ている。とりあえず下りてこないかしら?」
言うが速いか、正中線に構えた金棒を振り下ろす。
魔力の篭った高速の衝撃波が、空中に立つツキヨを狙う。
急な一撃に、板の生成が間に合わない。新たな壁を生成前にすり抜け、足場が破壊される。だがそれだけだ。
直前に足場から飛び降りたツキヨはそのまま空中を歩き回り、次々に壁となる板を張る。
ヴィローサは超常的な身体能力でその板に飛び移り、ツキヨ本体を狙いに行く。
「こっち来るなー!!」
と、ヴィローサが踏んだ板が消えた。再吸収したのだ。
体勢を崩し落ち始めたところに、薄く長い板が飛来する。
縦向きだ!鋭いエッジによる斬撃。素早く金棒で受ける。2枚、3枚、4枚、5枚。順番に砕いてゆく。
しかし、ツキヨの攻撃は止まらない。新たに6枚、7枚、8枚、9枚、10枚、11枚、1ダース!
「なんとまあ」
棒のみでは捌き切れぬ。対応するため、ヴィローサが新たなキーワード魔法を発動!
「喝ッ!!」
力ある叫びに反応して、ヴィローサの服がざわざわ蠢く。
その裾部分がほつれ、白銀色の線に変化。
意思があるかのように四方八方に伸びた無数の線が板を絡め取り破壊する。
地面にも次々板が生成されはじめる。空中で一回転し、下方向へ衝撃波を放つ。地上の板を粉砕!
「あああ!まだあああああ!」
ツキヨが叫ぶ!薄い板を捌き切って着地するヴィローサの上空に新たに巨大な板が出現。
解除フィールドにかからない位置から念力を飛ばし、押し潰す様に叩き付ける。
しかしヴィローサも即座に反撃。
大地を踏み締めた重い打撃が巨大板に吸い込まれる。
「あら、硬い」
猛烈な衝撃で巨大板に亀裂が走る、しかし砕けぬ。恐るべき質量!反動でヴィローサの足が地面に沈む。
とはいえ、彼女がその程度で怯むことはない。線が巨大板に殺到する。更に打撃!
まだ砕けぬ。
反動で周囲に亀裂が走る。三度目の打撃!ようやく巨大板が崩れ始める。地面がわずかに揺れる。
追撃の衝撃破が巨大板を粉砕!
質量攻撃を強引に押し返したヴィローサは、砕けた地面から足を抜き油断なく構え直した。
一方、渾身の一撃を耐えられたツキヨは荒い息をついて疲労で座り込む。
「これほど危険な魂の魔法だったとは。最初に見たのが私でよかったわほんと」
「むー……」
「私じゃなかったら今頃あなたに挽き肉にされてるわね」
「でもわたしはまだ弱い」
「そうね」
「……」
「適当にお仕置きして終わる予定だったけど、気が変わったわ。
私があなたを鍛えてあげる、もちろんプロセラちゃんも一緒よ。
あなたの方が強くなると思うけどね。これからも休みのたびにこっち来るから楽しみにしておいで」
ある程度暴れて落ち着いたのか、ヴィローサの雰囲気が変わった。もう狩人の瞳ではない。
仮面が融けて帽子の形に再成型され、周囲に伸びていた線もするする縮み服へと戻っていく。
それに当てられツキヨの気も抜ける。一気に魂の魔法を連打してへとへとだ。
足場を操作して地に降りると、仰向けに倒れこんだ。
ついで力を多少でも戻すために、そこらにばら撒いた板やその破片を全て再吸収。
「あー、なんだか色々ごめんなさい、あ、お茶とクッキーが……」
「大丈夫よそれは。あっちにちゃんとどかしてあるから食べられるわ、でも」
「でも?」
「まだプロセラちゃんも起きてこないし、それまでトレーニングしましょう、そうしましょう」
「ええ」
「さあ早く立って。あ、離れていいわよ。至近だと私が物凄く有利だし」
「はいはいヴィローサ様」
「ハイは一回!あと師匠と呼びなさい?」
「はい……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
辺りに響きわたる轟音で、プロセラは目を覚ました。
確か、姉さんに稽古でボコボコにされて、それでどうなった?
結構な時間伸びていたらしく、負傷は全て完全に再生済みで不自然なところは無い。
普通の人なら何周も死んでいるだろうが。
やはり簡単に死なないのはかなりのアドバンテージだ、そうプロセラは思う。
特にこんな魔法とかがある世界では。
それにしてもこの音はなんだろう。そしてまた何かが割れるような甲高い音。
「なんだ、何が起こってる?!」
プロセラが飛び起きて音の方を見ると、そこは戦場だった。
ヴィローサが戦っている。
稽古の時の6フット棒につば広帽子ではなく、鈍く光る金属の戦闘棒に、銀白色の仮面。
つまり、普段着を汚さずには勝負できない相手がいる……
周囲の地面に何か質量物体が連続で突き刺さる音!直後、金棒が振り回されて何かが割れた。
そしてヴィローサが魔法キーワードを叫ぶ。
「氷塊弾!」
巨大な氷塊が出現、空に向かって撃ち出された。
その先を見ると、人が空中に立っている、あれは……ツキヨ?!
何で?何故ツキヨがヴィローサ姉と?更に連続で割れる音。氷塊に次々と何かが突き刺さり、削られ、割れていく。
崩れゆきながら飛ぶ氷塊がツキヨの眼前まで迫り、あわや激突というところでついに粉砕。姉はどこに?空だ!
ツキヨに向けて金棒を振り下ろした。プロセラの絶叫!
「姉さん!ツキヨ!」
その身体を粉砕するかと思われた金棒が不可視の何かに阻まれ止まる。
後ろを見もせずに空中を駆け下りるツキヨ!
遅れて、凄まじい金属音を発して不可視物体を砕きながらヴィローサが追跡!
そこでようやく二人が声に気づき、止まる。
何事もなかったかのように着地すると、プロセラのほうに歩いてきた。
「おはよう。ずいぶん起きるの遅かったじゃないの」
「はー疲れたもうだめ師匠強すぎるむり……あ、おやつですよ!その横のバスケットに」
「いや、そうじゃなく。何やってたのさ?」
「プロセラちゃんが寝てるあいだにツキヨちゃんとスパーリングをね」
「ね、とりあえずお茶飲もうご主人」
「スパーリングって、あれが?というか……」
「喉かわいたよ」
心底だるそうに言いつつ、バスケットからフラスコと包みを出して配るツキヨ。
実際問題ヴィローサ以外はフラフラだ。
ぬるいお茶が最高に美味しく感じられる。
「ということで、私は100日に1回、10日ほどの長期休暇が取れることになったからね。しばらく定期的に稽古つけるわ」
「何がということで、だよヴィローサ姉さん……」
「このあいだ、オストロ様より強い相手が欲しいって言ってたの覚えてるよわたし」
「それはそうなんだけど、こう段階ってもんがある気がしないかツキヨ。
今までレベル10の相手だったのにいきなり99とやれみたいなクソゲー」
「なに言ってるのかわかんないよご主人?」
「ああ、うん、そうだね……ところでさっきのあれ」
さっきの、つまりツキヨが空を歩き回ったり謎物質を出していた件だ。
ずっと同じ敷地内に住んでいるのに初見だ。
まあそれを言うなら実の姉の戦闘スタイルの片鱗を見たのも今が初めてなのだが。
「そう!よく聞いてくれましたご主人!わたしは遂に魂の魔法を覚えたのです!」
「さっき?でもちゃんと開眼できてよかったな。あれから6年だっけ」
「うんさっき。そっか6年か、長かったね、まだ覚えたてだからいろいろ研究や練習しないとだけど」
「あれからって何よ、6年前って私が居ない時になんかあったわけ?」
優雅にクッキーを齧っていたヴィローサが不思議そうな顔をした。
「なんでもないよー」
「いや、ヴィローサ姉さんには特に関係ないよ。僕が生命魔法使えるようになったのが6年前で、その時ツキヨも見てたというだけで」
「まあいいけど。で、稽古つけるって話だけどね、本当は神殿騎士団で引き取りたいの」
「「それだけは勘弁してくださいお願いします」」
「……そう、まあ徴集は無かった事でもいいわ。でも神殿騎士が人材不足なのは本当。
あなた達二人なら、神衛にすらすぐなれると思うんだけど残念ねえ」
心底怯えるプロセラとツキヨ。大神殿勤務はほとんど軟禁状態で、休日も幹部にならない限り10日に1回あるかないかという噂である。
信仰心の少ない二人には絶対に耐えられないと言い切れる。ヴィローサが勧誘にはあまり熱心でないのが救いだ。
「神殿のことはもういいや、マジでもういい」
「うん、もういいね」
「田舎暮らしだからかもだけど、あなたたち本当にそういうところはアレよね」
「話戻すんだけど、ツキヨの魂の魔法はどういう能力なのさ」
プロセラの質問にうんうんと首をひねりながら考えているツキヨより先に、ヴィローサが口を開いた。
「ああそれねえ、どう説明したものかしら……さっき私とツキヨちゃんがやってるの見てたんだっけ?」
「途中からだけど」
「見てもよく解らなかったでしょう?」
「うん」
「やっぱりね、普通の人は光だけでものを見てるからね、わからないわよね。や、プロセラちゃんは生魔道士だから生物感知と光の二重視界だっけ?」
「うん」
「でまあ私は光の他に音、魔力、熱、に加えて神聖魔法の霊体感知で五重視界なんだけど」
とんでもないことをさらりと言うヴィローサ。
「ツキヨちゃんの魂の魔法は物質生成系なのよ。それ自体は念動士の魂の魔法としては割と一般的な方よね」
ヴィローサの説明を聞きながら、プロセラは念動魔法に関する本の魂の魔法タイプ説明の項目を思い出す。
念動士の魂の魔法は大別して移動、物質生成、体質変化、精神感応の四系統だと。
物質生成と精神感応の記録が多いらしい。
物質生成の例には、どんな錠前にも適応する鍵を出すとか、それだけ食べて生きていける味が無い謎の飲み物を供給できるとか、矢をつがえない弓で撃てるとか、ともかく色々あった。
「で?」
「この子は壁?板?っぽい、まあ四角いものを生成して、その後空中固定したり操作したりするみたいなのよ。
まあそこはどうでもいいのだけれど、問題はその生成物がさ、質量があるのに透明なの。今のところ音の反射でしか正確に視る方法が無い。
魔力でも認識は可能なんだけど、魔力は核の部分に集中してるみたいで、魔力視界だけだと一番危険なカドの部分が判別不能。
んで、さっき遊んでみてわかったんだけど、薄い板なら直線短距離は音より速く飛ぶ」
「なるほど、だから何も無い空中を歩き回ってたのか。けどヴィローサ姉さん、聞く限りなんかヤバくない?」
「そうね、相当ね」
「でも、ヴィロー……師匠の方がわたしの10倍は危ないと思うよ。それとわたしの魂の魔法だけど、
師匠のを補足するとー」
「私の危なさはどうだっていいわ、でなに?」
「出したとき板の形なのは固定みたい。丸とかは無理。
薄いの厚いのは自由。消すってか吸い取るのも自由。
あと、数出しても結構平気なのに、おっきいのを出すと疲れちゃう。
最初に師匠を潰そうとした奴とかはかなり大変。
他にはなんだろー……あ、硬さは結構可変ね。思いっきり硬くすると疲れる。柔らかいのは普通のと同じように出せる」
そう言うと、ツキヨが板を地面に生成した。ヴィローサが興味深そうにそれを見る。
「何よこれ、なんか分厚いわね?」
「やわらか板だよ、今考えたの。」
「僕には見えないんだけど……」
「ご主人ここ、こっち。ここ座って。や、寝た方がいいかも」
ツキヨに手を引かれ、やわらか板とやらの上に倒れ込むプロセラ。
ついで、すぐ横にツキヨが転がった。
「え、これは……低反発……ツキヨすごい、えらい!」
「えへへ。あ、師匠の分もすぐそこに作るよ」
「うわ、何これ?!……ねえツキヨちゃん、これ、というか板はどの程度持つものなの?」
「まだ覚えてすぐだから将来どうかわかんないけど、わたしが力を補充しない限り2日ぐらいで消えると思うー」
「残念……まあ魔力で生成したもんだし、そりゃそうよねずっと使えたりはしないわよねえ」
「たぶん師匠の氷とかがいつの間にか消えてるのと同じ理由かな?それより、そろそろ帰ったほうがいいかも。
今日はごちそうにするって言ってたし、あとご主人はその服とか血の証拠隠滅しないと、モリーユ様が爆発しそう」
「そうだヤバいな、戻ろう」
「もうそんな経ったかしら?経ってるわね……。あ、ちょっと待って。これだけは今言っとかなきゃ。
ツキヨちゃんの魂の魔法を、最大出力で使うのは、自分か、プロセラちゃんの命かかってる時だけ。
他の時には絶対に、絶対に止めなさい。そして、やるなら一人も逃がさない覚悟で。目撃者も全て始末しなさい。」
「はい師匠。ところでさっきいっぱい使ったけどいいの?」
「ここで使う分にはいいわ。人なんて殆ど居ないし、最悪私の仕業にしてもかまわないし」
「はーい」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
数日間アルミラ邸に君臨したヴィローサは、また百日後に来ると言い残し、予定より早く引き上げていった。
何でも、どうしても自分か神衛隊長が出なければいけない事態が発生したので、徹夜で移動するのだそうだ。
名指しの召集はよくあることらしく、プロセラの大神殿では働かないという決意は、主に姉のせいで揺るがぬものとなりつつある。
「それにしても、何でここにはベッドが無いんだろう……この床の近さ……」
自室の布団に寝転がったプロセラが、10年以上の間何度となく繰り返した言葉を呟く。
実際のところ理由はもうわかっている。ジオニカには、ベッドのような害虫避けを原点とする家具類が存在しない。
家屋内の虫など魔法により一瞬で掃除できるからだ。
その程度の利便系の魔法なら五人に一人ぐらいが使える。
同様に、警備や狩りに使える飼い犬はいるが、ネズミを駆除するための飼い猫はいない。
しかし理屈がどうのこうのより、古風な感じの西洋建築に布団やら、ちゃぶ台やらが置いてあるのは未だに納得できない元日本人ではあった。
次から本編の予定です。