38話 『年越し』
「なんかさー、ご主人とずっと一緒に居ると季節の感覚とかなくなるね」
まばらに雪が降る食料品街をプロセラとツキヨが散策している。
季節は真冬。バルゼアは比較的暖かいが、霜は降りるし時々は雪も降るのだ。
それにもかかわらず、二人は特に防寒具の類をつけていない。
非物質の視認に長けた者ならば、彼らの周囲をうっすら覆うオーラが見て取れるだろう。
このエンチャントにより快適な温度湿度に調整されているのだ。
プロセラが得意とする技術の一つで、“アベニー”二階にある住居にもほぼ常時展開されている。
季節も天候も全く気にしなくて良いため、二人の仕事着に夏服冬服の区別はないし、自室で着る物は服としての機能よりも単純な着心地が優先だ。
「風情は無いかもだけどさ、寒いより暖かい方が、暑いより涼しい方がいい。
丁度いいぐらいに調整できるようになるまで、結構大変だったんだぞ。
今となっては気温変化程度で体調崩したりとかしないから、無駄といえば無駄なんだけど」
「嫌じゃないよ、というか大好きだし。
それより何買えばいいんだっけ」
「ええと、まずは酒」
「またお酒。
それにしても、ご主人は昔から一月に拘るよね。
寒いだけなんだから新年とか誕生祭でまとめてお祝いすればいいのに」
ゼムラシアの暦における一年の始まり、つまり一月は真冬だ。
正確には一番寒い時期を最後に持ってきたため、なし崩し的に年明けも寒くなっているだけだが。
暮らしにくい時期はめでたくないということで、新年は早春に行われる誕生祭でまとめて祝うのが一般的なのだ。
「あれだよツキヨ、特に意味はないけど、なんとなく自分だけでも祝わないと耐えられない感じになってる」
物心ついたころから毎年この時期にかけられる質問に、同じく定型文と化している言葉で返すプロセラ。
新年を迎えるための通過儀礼のようなものだ。
「うんうん。それで、今年は何を年越しに食べるの?」
「去年は何食べたんだっけか」
「食べてないよ。年越しどころか年明けて二日半何も食べてない」
「あれ?」
「強いて言えばご主人を食べたかな、百回ぐらい。
せっかく新しい年だから新しいことに挑戦しよう!
とかなんとか言ってさ、加減無しの簒奪管でずっと繋がってたでしょ。
最後の方、眠いと気持ちいいしか感覚残ってなくて、どこまで自分の体かすらわかんなかったの覚えてない?」
「そういえばそんなだった気がしてきた」
「板の効果時間切れで床に投げ出されなかったら、わたし達いろいろ危なかったかも」
「若気の至りってやつだな、魔力接続もまだ改善が必要ということで」
「今年は挑戦とかしなくていいよ、本当に。
普通に美味しいもの食べる」
言いつつ、冬季ゆえにやや物が少ない各商店を見ていく。
二人は料理ができないというわけではないが、得意でもない。
ツキヨは一応母や祖母の料理を継いでいるものの、バルゼアでは一般的でない食材も多いため簡単には作れないのだ。
結果として普段は外食か、作っても素材の味で勝負する単純なものになりがちである。
「久しぶりにアルテミア風の煮込みが食べたい気分なんだけど、あれって何か変なハーブ使うんだっけ」
「多分こっちの香草の束使ってもそんなに変わらないよ」
「なら今年はそれで。
肉は冷蔵してるのがまだ残ってるから、野菜類と香草を買えばいいのかな」
「モチはいらないの?
こないだ見つけた時、年明けはこれだってご主人ずいぶん喜んでたのに」
「あれね、餅だけ食べても微妙だったし、近い食感なら他にも色々あるし……」
異次元の産物としか思えないものから、地球で見たことがあるものまで様々な品が流通するゼムラシア大陸。
大抵はそれらが混ざりあって独自化しているが、半年ほど前に見つけた餅は、完全に餅そのものであった。
どうやらドラドの東、セルカリアから入ってくるらしいそれに、プロセラは最初狂喜した。
しかし海苔や豆の餡が見つけられなかったため、餅でなければいけないタイプの味付けができず数日で飽きたのだ。
「そっか、残念。なら料理のための買い物は終わりかな。
作るの時間かかるからさ、わたし先に帰っとく。
どうせご主人はまだ色々買うんでしょ?お酒とか」
「わかった、出来上がり楽しみにしてる」
「じゃあね」
食材を持ったツキヨが道の向こうに消えていく。
プロセラは少しばかりそれを見送り、財布を確認して次の店へと向かった。
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「おかえり、遅かった……ってうわあ、またずいぶん買ったね」
自室へと戻ってきたプロセラを、ツキヨが呆れた顔で出迎えた。
彼女は、廊下の水道の横に魔法式の小型ガスコンロを設置しただけのごく簡素なキッチンで、様々な材料を煮込んでいる最中だ。
あちこち回ったために数刻が経過し、日は既に沈んでいる。
「今日はいいんだ、これぐらいあっても」
「すぐ飲み尽くすのはだめだよ?」
「三日ぐらいかけるから、大丈夫。
あと甘い物もいろいろ買ってきた。“ハクトー”のケーキもある」
“ハクトー”は総長ガノーデが贔屓にしている高級なレストランだ。
料理やもてなしも当然に上等だが、最大の売りはテイクアウト販売もしている特製ケーキである。
いわゆるパウンドケーキではなく、クリームとスポンジを使うもので、日によっては行列になることもあるのだ。
「お金がもったいないから、もうちょっとゆっくり飲みなさい。
もうすぐご飯完成するから、それまでお風呂でも入って待ってて」
「わかった、じゃあ悪いけど先に」
「わたしはもうお風呂終わってるから、ご主人が後」
「そういう意味じゃない」
温かいお湯がプロセラの身体を解す。
日常生活程度ならば疲労とは無縁の体だが、それでも休む時間は精神安定に重要だ。
バルゼアで暮らし始めてから二年と三ヶ月。
来たのが秋だったため、年を越すのは三度目だ。
今日が一年最後の日であるからか、ツキヨが珍しく手の込んだ料理を作っているからか、様々な考えが浮かんではお湯と共に流れてゆく。
探索冒険者の仕事は荒事には事欠かず、知的生物を殺した数も二人合わせれば百は下るまい。
不死に限りなく近いプロセラも何度かは危うくなっているし、ツキヨなどは体を乗っ取られかけたことすらある。
それでも今の暮らしは充実しており、幸せで仕方がないのだ。
しかし……
「いつまで入ってるの、いくらなんでも一刻以上いるのは浸かり過ぎ」
「うわあ?!ノックぐらいしてくれ!」
「あ、ごめん。準備できてるし夜も遅いよ」
「……これから出て着替えるから」
「恥ずかしがるね、ご主人の身体でわたしが触ったことのない場所なんて、骨や筋に至るまで存在しないのに」
湯船へとするする伸びてきた簒奪管が蠢き、鎖骨の辺りを撫でる。
能力の関係で、常に他人の身体に侵入する側のツキヨはこういう場面で非常に強気だ。
「運転や魔力接続と風呂は別問題だ」
「言ってみただけ、早く食べよ」
挑発してくるツキヨを追い出し、風呂から上がる。
纏まりかけていた考えはすっかり霧散してしまった。
ともかく、もうすぐ新年だ。
「ううむ」
「どうしたの難しい顔して、美味しくなかった?」
「いや美味しかった、ケーキも料理も。
ちょっと考え事してただけだ。」
「それならいいけど。
で、何考えてたの」
「やっぱりアルテミアは心配だなあと」
あれから二ヶ月が経ったが、さすがに安定しているとは言い難いアルテミア。
ただし、今プロセラが心配しているのは政情の事ではない。
「もしかして、わたしが言ったあれまだ気にしてたの、ご主人。
忘れてもいいよ?」
「いや気にしてるとかそういうわけではないんだ。
単にそれもいいかなって」
「来年になったら考えてみる?」
「後四半刻もないじゃないか」
「一緒にゆっくり考えようって事だよ」
「そうか」
とりとめがあるのやらないのやら判らない話をしつつ、酒を傾ける二人。
今日はツキヨも飲んでいる。
相変わらず普段は酒に触れないが、精髄と化したことで下戸ではなくなっているのだ。
「へへ、特別な時間だよね」
「急にどうしたんだ、いつもと同じだろ」
「違うよ、今さっき年が明けたもの。
ご主人が祝わなきゃって言ったんでしょ」
「そうか、今年もよろしく、ツキヨ」
「よろしく」
「……じゃあ、朝日が出るまでぐらい」
「今は危ないからだめ。
わたしにお酒入ってるからね、簒奪管の操作はデリケートなの」
「なら代わりに朝まで飲もうか」
「いいよ。今日だけは」
結局、朝になる前に寝てしまい、目覚めると当然のように昼過ぎていた。
二人が初日の出を見られる日は遠い。
時間軸と生活あれこれ説明回。
次からまた動き出す予定です。




