32話 『アルテミアの闇』
「ぐ、ごぼ……がああ……っ……!!」
「ええい糞が!」
路地裏に絶叫が響き渡る。
先程大型板に対し解呪を行った方が、六枚の板に囚われていた。
叫び声とともにメキメキと嫌な音。
圧力による継続的な損傷で、敵の神聖魔法による回復と支援を妨害しているのだ。
横の一人も不可視の板をおぼろげに視認できているらしく、必死で剣を振るい物理破壊を試みる。
だが、割った傍から新たな板が生成されるため抜けられない。
先頭の一番手強そうな男が、ツキヨに向き直る。
直後、男の両手に猛烈な魔力が渦巻き、妙な色の液体が放たれた。
間に割り込むのは当然、プロセラ!
「うえ、何だこれ、うわあ融ける?!離れろ!」
攻撃を身体で受け止めたプロセラの動きが鈍い。
虹色にぎらつく粘液が、オーラと肉体を腐食させ続け自動再生と均衡している!
無論転換で消化しようと試みているものの、なかなか手強い。
だが困惑しているのはフード男も同じ。
「……何だこいつは?!
俺の万能溶解液が通らないだと」
万能溶解液は本来、製薬や工芸に使用する地属性の魔法だ。
殆どのものを溶かす魔力で生成された粘液だが、大量生成が難しい上安定して存在できず、すぐに霧散してしまう。
だが男が戦闘用に改造したそれは、消える傍から半自動で生成し続けることで一定量を維持し、対象を完全に消し去る。
とはいえ文字通り万能というわけではない。
使用中、常時魔力を吐き出し続けるために消耗が大きいのだ。
プロセラの再生が止まるか、男の魔力が涸れるかの勝負。
二人が睨み合う。
「しぶとい」
ツキヨが呟く。
捕らえた男を後で取材するため瀕死にしたいのだが、なかなか意識を失わぬ。
そしてもう一人の強敵。
剣を振っている方は無視できるが、プロセラと戦っている方が問題だ。
相当の魔力をプロセラを蝕む粘液に割いている筈にもかかわらず隙が無い。
時折身体から板や簒奪管を伸ばし攻撃しているものの、全て捌かれている。
運転するタイミングを逸してしまった。
互いに消耗戦である。
「くそ、この気持ち悪い液体を消せ!お前ら何者だ!」
「腰抜けに味方するものに語る口は持たん、正義は我等にあり」
「正義が何で通行人を消しながら逃げてるんだよ!
そもそも僕らは追っ手ではない、ごぼっ……」
「貴様らのような凶悪な通りすがりが居てたまるか!」
「ご主人、逃げる?」
「うむむ……この、液体が……」
「後ろの、攻性結界を、外せば見逃して……うぬ……やるぞ」
「ならもっと下がれ、どう見てもその瞬間襲ってくるだろ!」
リーダー格の男が息を乱しながらじりじりと後退する。
どうやら、仲間の命の方が目撃者を消すより優先と判断したようだ。
虹色の粘液も縮小を始めた。
プロセラの崩れかけの上半身が即座に復活!
「仕方ないよね」
ツキヨが六枚板による捕縛を外し、プロセラと謎の三人の間に板を張り直す。
その時だ。
紺色の影が壁を越えて飛び込んできた。
男達がそれを見上げ、固まる。
咄嗟に剣を構えたリーダー格の男を影が剣ごと両断、真っ二つ!
切断された剣先がカランと音を立て、落ちる。
続いて肉体が崩れ、血の噴水。
そして板に潰されかけていた男を、背負って逃げようとしていたもう一人。
その頭に影の投擲した何かが吸い込まれ、西瓜の様に砕け散った。
「は、生命反応無かったぞ?!やば……」
「ご主人」
影が動いた一瞬の隙を突き、ツキヨが精髄化。
プロセラに粘質の白い魔力が流れ込む!
「ひっ……!」
最後の一人が叫ぶが影は止まらない。
刃が煌き、回復能力を持つらしきその男を念入りに切り刻んでゆく。
よく見ると、影はフード着きのローブを纏った女性だった。
運転状態となったプロセラが槍を構えてそれを警戒し……
「「あれ……ウィステリアさん」」
「「取材せずに消してもよかったの?」」
ウィステリアはプロセラ達が発見した機械忍者の一人。
総長ガノーデの新たな腹心である。
つまり、何らかの指令のもとアルテミアに来ているのだ。
「こんなところでお会いするとは……賊に逃げられまして、追っていたのですわ。
後、連中の事は掌握済みなので話を聞く必要はないかと。
おっと、これを掃除しませんと」
左手が赤熱、しばらく後に怪光線が照射され、遺体が炭化してゆく。
血痕は浄化球で消され、わずかに融け削れた地面と焦げ跡だけが残される。
三回繰り返して証拠隠滅を終えると、改めてウィステリアがプロセラにお辞儀をした。
それに対応しツキヨが運転を解き、プロセラの身体から溢れ出て分離。
最も警戒までは解かない。黒い瞳がウィステリアを見つめている。
「お世話になりました。
それにしてもプロセラ殿とツキヨさんが何故アルテミアに?」
「はあ、はあ……一体これはどういう……」
「わたし達はアルテミア人なんだよ、帰省してたの」
荒い息をつくプロセラの顔色が極めて悪い。
万能溶解液はかなりのダメージを与えていたのだ。
男がもっと攻撃に集中していて、かつウィステリアの襲撃が無ければ危なかっただろう。
「ちょっと込み入った話なので、アルテミア支部の上階で話しますわ」
「どうする?」
「行こうか、僕は休みた……い……」
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探索ギルドアルテミア支部二階、伝令機部屋に四人の人影。
バルゼア本部との長い通話が行われている最中だ。
「もう勘弁してくださいよ、私は平穏が好きなんだ」
心底疲れきった様子で不平を呟く男。
アルテミア支部長シノプスだ。
バルゼアより支部管理者として派遣されている一級探索冒険者である。
有能ではあるが根本的に怠惰な彼は、揉め事が大嫌いなのだ。
「聞こえていますよ、シノプス。平穏には努力が必要です」
「ひいっ!はい、はい」
「しかし困りました、ウィステリア。
刺客を送り込む段階まで入っているとは予想外です。
私達としては、実行前に止めたいところ」
「主は謀反は成功しないと仰られていませんでしたか」
「ええ、実際連中が政権を奪うのは不可能でしょう。ですが……」
伝令機の向こうから響く声は勿論総長ガノーデのもの。
深刻な様子でウィステリアと情報交換中だ。
残りの二人、すなわちウィステリアに連れてこられたプロセラとツキヨは部屋の隅で休憩していた。
万能溶解液の損傷を、ツキヨから魔力を補給してもらって補填したために両方疲弊している。
「はあ、やっぱ真っ直ぐバルゼアに戻ればよかった……」
「オストロ様でもここまでは予想してなかったと思う」
「そろそろ危ないなんてもんじゃない、明らかにもう戦ってるだろ。
かなり精鋭だったよね」
先程ウィステリアに処理された三人の男。
戦闘開始前の生命反応からすると四人以上居たはずだが。
少なくとも、様子見に出てくるような下っ端ではありえなかった。
「おや、他に誰かいるのですか?」
伝令機の向こうのガノーデから不審そうな声。
びくりと震える二人が反応するより先にウィステリアが口を開く。
「偶然居合わせた探索冒険者二人です。
賊の処理を助けていただいたので連れてきました。
私と長門影の発見者ですので問題無いと判断」
「……それは都合がいい」
「「え」」
「ウィステリア、プロセラ・アルミラとツキヨは、身元が確かなアルテミア人です。
よってあなたではできない仕事が可能だ。
申し訳ないが一刻を争うため作戦に加えます、二人とも伝令機の傍に」
溜め息をつきながら這いずって伝令機へと向かうプロセラとツキヨである。
とんでもない事になってしまった。
シノプスが哀れみを含んだ眼差しで二人を見つめている。同情が辛い。
「総長、僕がプロセラ・アルミラです。
ええと、断ることは……」
「今回は勘弁してください、アルテミア支部の存亡がかかっています。
特に危険なものはウィステリアに振りますし、あなたたちの能力なら死にはしないはず。
それと、この任務の間は市街戦になった場合に限り建造物破壊を許可します。
最悪、城と住宅街と駅以外は更地でも構わない。
トリオプス将軍と大神殿には、私達が強硬策を取る可能性を連絡済です」
「それでガノーデさん、何をすればいいの?」
「プロセラとツキヨは何かが起こるまで、トリオプス将軍とその娘の護衛。
その他細かいことはウィステリアから聞いてください」
「主、追加人員はどうなりましたか」
「こちらからは長門影、特務員“入道”がバルゼアから移動中で、明日には着きます。
他には大神殿から元特務員“傘魔”の支援を受けられる予定です。
ただし大神殿の別指令が来た場合の可能性を鑑み、有事の際は動けないとみるべき。
“金影”は立場上、表立っての支援ができるかどうかは微妙とのこと。
それとシノプス、補給関連は頼みますよ」
シノプスが溜め息をつきつつも頷く。
「了解しました総長」
「ところで、大神殿が王子と反乱側将軍の確保に来た場合どうしましょう?
実際に事が起こった場合、こちらへの依頼とは別に独自鎮圧を行うと思われます」
「状況が許す限り多少強引にでも将軍を押さえ、王か王妃の下へ移送を。
ただし、破滅魔が直接来た場合は即刻退避」
「ではそのように。後は……」
ガノーデとの話し合いは夜まで続いた。
もっとも、プロセラとツキヨは魔力回復のため食事を摂り途中退出したのだが。
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アルテミア首都の夜道を、三匹の騎乗用猛禽が駆ける。
先頭を猛禽に乗っているのは槍を担いだ白髪の男性。
アルテミア三将軍の一人、トリオプス・ドポールその人だ。
老いてなお矍鑠とした男だが、表情からは心労がありありと見て取れる。
後ろに続くのは二人の女性。
まずはクラム・ドポール。
トリオプスの娘でありアルテミア議員の一人。
外見こそ中々美しいが、歳は四十前で夫と子供が居る。
ドポール家に今現在住んでいるのはこの二人と数人の使用人だけだ。
彼らの家族はバルゼアに退避している。
そしてモーニングスターを担いだ三人目。
白熱した仮面を被り、髪の毛までも鈍く輝いているため年齢や表情は窺い知れぬ。
服装により大神殿関係者であることが判る程度だ。
その仮面の奥からやや篭った声が響く。
「上空から飛翔物体接近中です。迷彩している」
「近づいておることぐらいはわしでも判る。
数と危険度はどうか、神衛殿」
百戦錬磨のトリオプスも接近そのものには気付いている。
しかし感知の性能は白熱仮面の女に全く及ばないようだ。
「二人あるいは三人、極めて危険。しかし恐らく味方」
「ほう」
「二人は既知です。ゼムラシア探索冒険研究連合体所属者」
「護衛か」
「しかし父上、冒険者では城に連れて行きにくいですよ。
せめて何らかの縁がなくては」
クラムが口を挟む。
実際、ねじ込むにしても何らかの理由が必要である。
探索ギルドならば経歴の改変ぐらいは簡単にこなすだろうが、後ろ暗いことをしないに越したことはないのだ。
特に今現在のような一触即発の情勢では。
「うむ……と、来られたようだぞ」
会話中に接近してきた飛行物体が、トリオプスたちに併走し始める。
あちらも三人組で、いずれも顔はフードに隠されていた。
そのうち一人がフードを外し口を開く。
「トリオプス将軍、昼の賊は一人残らず処理できていますわ。
連絡が遅れて申し訳ない。」
「十分じゃ、ウィステリアさん。してガノーデ殿は何と申しておったか」
「複雑なため到着してからでお願いします。
ところで、後ろの神殿騎士はどちら様?」
「了解した、ええと、彼女はですな」
その会話に、白熱仮面の女が小首をかしげる。
「既に護衛をお持ちでしたか、将軍。
私が既知なのは、後ろの二人の方なのでどうやら話がややこしい」
「「あれ、ヴェルナさん?」」
後ろの二人、つまりプロセラとツキヨが気の抜けた声を上げた。
それに別の二人が反応する。
「むう?どこかで聞いた事のある声だぞ、どこであったか……」
「ヴェルナ……ヴェルナ……さ、傘魔殿?!
もう合流されておられたのですか」
「夕方にね。ガノーデ爺さんは元気かしら?
それよりあなたは何者ですか、爺さんの手下なのは確かよね。
けどその身体……」
「私は総長の使いですわ、以上でも以下でもありません」
「……そう、気にしないでおくわ」
「先に行って安全確認しておきますね、トリオプス将軍、ヴェルナさん」
プロセラがそう言うと三人を乗せた飛行物体、つまり板が加速し飛び去った。
「大丈夫なんかのう」
「将軍や私と大差ない程度にはやると思いますよ」
「早く片付いてもらわないと困ります。議会も下手に動けません」
三匹の猛禽も速度を上げた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
アルテミア教国首都、監視塔。
周辺は物々しい警備が敷かれている。
そして内部では、数人の男が話し合っていた。
「アトラ達が戻らぬとはどういうことだ、アスタサイド将軍。
トリオプス派議員の“説得”に行ったのではなかったのか」
白銀鎧の大柄な男が、将軍と呼ばれた朱塗りの鎧の男に詰め寄る。
「そう顔を近づけるなオラトリア、文字通りだ。
処理されたということで間違いなかろう」
「まずいだろう、決行の日が迫っておるのだぞ。
そもそも全員殺られたというのがおかしい。
トリオプスは城におったのが確認されとる、つまり自ら動いたわけではない。
奴の配下にアトラ達を目立たせず、かつまとめて消せるような奴は絶対に居らん。
おいマッシュ、大神殿が動いているということはあるまいな?」
立派な神官服を着た男が表情を微妙に歪ませた。
どうやら彼にとって心苦しいことなのだ。
「今のところ、動いていないはずです、が……」
「どうした、続きを言え」
「探索ギルドバルゼア本部からの使者が、先日神殿に来ています。
強硬策に出る可能性を示唆しておりました。
ただ、神殿全体としては内乱が長期化しない限り関わらぬ方向のはず。
アトラ隊を葬り去ったのは、十中八九バルゼアから送り込まれた特務員でしょう」
「トリオプスの野郎……いや、待て。
奴は確かに家族を退避させておるが、国外に援軍を求めることなどあると思うかオラトリア?」
「しかし探索ギルドは特別なルートで依頼されぬ限り、この手のことに干渉はしない」
アスタサイドとオラトリアが顔を見合わせた。
「マッシュ、お前の情報源はどこまでだ」
「神官と神官長、そして神殿騎士までは何時でも取れますが」
「ぬかった、いやマッシュそんな顔をするな、お前に責任は無い。
どちらにせよもはや動き始めておる」
「何にしろだ、大神殿と探索ギルドが動いている以上、一般兵は無意味だ。
むしろ居ない方がよい」
「実行は五日後しかなかろう。
我々と、ラテリ隊、ディキャスト隊。残りは前もって帰らせる」
「勝利条件は……」
たまには多国籍武力集団の支配者らしいところを見せる総長。
明日も多分流血します。




