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ライフレート  作者: 岡本
第四章 過去を求めて
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30話 『平和』

 件の遺跡から長門影(ナガトノカゲ)とウィステリアが姿を現し、探索ギルドに身を寄せるようになって数ヶ月。

彼らは当初、機械の記憶能力を活かし事務として働いていた。

しかし、ヴァラヌスの何気ない一言で配属が変化、一気になくてはならない存在へと化けたのである。

素の状態で休息いらず、かつ生命反応も無く、特殊装甲により魔力をも遮断する機甲者(アーマード)

今では探索ギルド本部周辺のセキュリティの要であり、ガノーデ直属秘密工作員としての顔も持つ。

主の死と共に隠遁していた彼らは、千年以上の時を経て再び忍者となったのだ。


長門影(ナガトノカゲ)さん、いつもそこに立ってて疲れないんです?」


「関節とか痛みそうだよね」


 今日の獲物をクッキーカッターに届けに来た帰りのプロセラとツキヨが、上の壁を見て声をかける。

探索ギルド本部三階、事務室の外側の壁は長門影(ナガトノカゲ)の定位置だ。

何もやることがないときの彼は迷彩機能で壁と半ば同化し、ずっと張り付いている。

そこを離れるのは休日か、あるいはガノーデやヴァラヌスから仕事を頼まれた時だけ。


「おお、プロセラ殿ではないか。四日毎に休みがあるからむしろ楽だぞ。

我は元々年単位で動いておらんかったしな!」


「それならいいんですが」


「ねえ、最近見ないけどウィステリアさんはー?」


「仕事で出ておる!心配じゃ……」


「どう考えても大丈夫でしょう、それでは」


「またね。じゃあご主人、いこっか」


 日常的なバルゼアでの一シーン。

普段ならこの後二人は休むか、日が沈むまで森へ修練に行く。

だが今日はいつもと少し違う。


「うん、けど服、服ねえ、面倒だよ」


「さすがに、二年ぶりに実家行くのに仕事着はないと思うのわたし」


「街着が二枚ぐらい……今も一応着てる……」


「それ相当痛んでるよね、一着はアルテミアから持ってきたのだしさ。

わたしもあんまりご主人のこと言えないけど」


「いい服ってさ、やっぱりいい服着てる人が買うんだよな。

服を買いに行く服が無い」


「また変なこと言ってる」


 二人は普段シンプルで丈夫な作業着を着ている。

最初の頃はまだ狩りなり依頼なりを終えるたび着替えていた。

しかし資金に余裕ができはじめ、半自動で汚れを除去する浄化球を複数使いまわせるようになってからは普段から作業着の事が多い。

もとよりファッション等に縁の無い仕事ではあるのだが、どんどんずぼらになっていっている気がする。

休日に至っては一日中寝間着であることすら珍しくないのだ。

ツキヨ曰く、魔法道具が便利すぎるのがいけないらしい。

そんなこんなで、久々に里帰りするついでにまともな服を新しく買おうとしているのだった。


「うわあ、入りづらい」


「ヴァラヌスさんお勧めの店だから、きっと大丈夫」


「でもあの人かなりお金持ちだし、専用に仕立ててもらった服ばっかり着てるし、絶対普通の人が使う店じゃ……」


「わたし達もどっちかといえば資金潤滑な方だと思うよ、たぶん」


 目の前には、古めかしい仕立て屋。

大きな窓から高級そうなスーツやドレスのサンプルが覗き、裕福そうな子供連れや貴族風の人々などが時折出入りしている。


「僕らの余裕ってあんまりお金使わないからだし……」


「まとまった収入があるたび、一晩で一ヶ月分の家賃よりいっぱいお酒飲む人の言うことじゃないよね」


「家賃が安すぎるんであって決して僕の」


「確かにうちの家賃は安いと思うけど、金貨二枚あればわたし達十日ぐらい暮らせるよ。

……ご主人がお酒飲まなければ」


「ツキヨも酒飲めばいいんだ、昔ならともかく今は解毒できるだろ」


「飲酒運転禁止って言ってたのは誰かな」


「……服買おう」


「へへ」


 仕立て屋のドアを開けて二人が中に入ると、すぐに店員がやってきた。

どうやらここでは、客一組ごとに一人以上で応対するのが普通のようだ。

ツキヨが予算と用途を言うと、凄まじい勢いで話が進んでいく……



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 その頃、アルテミアの僻地では。


「……ふんぬっ!……はっ!」


 夕日の下、隻腕の男が木剣を振っている。

アルミラ家当主、オストロ・アルミラだ。 

全身から垂れる汗が、かなり長く続けていることをうかがわせる。


「今日はやたら精が出ますねえ」


「ぬ……ああ、モリーユか。手紙を読んだろう、近いうちに顔を出しに来ると。

二年分の活を入れてやらんとな!」


「手紙と仕送りはずっとあったでしょうに、七年か八年居なかったヴィローサに比べたら全然よ」


「それはそれ、これはこれだろうが、全く。

だいたいヴィローサは大神殿だから会おうと思えばいつでも会えるが、プロセラはバルゼアだぞ」


「あなた、会えるのが嬉しいと素直に認めては?」


「うむう……」


 モリーユ・アルミラが苦笑いした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「駄目だ、あの雰囲気は駄目だ、馴染めない」


「わたしも無理……でも、ちゃんと作ってもらえるみたいでよかったね」


 件の仕立て屋からふらふらしながらプロセラとツキヨが出てきた。

大体予想できていたことではあるが、世界が違う。

異常に丁寧な応対も、ちょっと普段使わないような金額も、客より店員のほうが多い状況も全て。

二人は丁重な扱いを受けるのも、人に注目されるのも苦手である。

アルミラ家は分類で言うと一応貴族ではあるのだが、到底厚遇されるような立場ではなかったためそういう経験もない。

今や大神殿の重役の一人であるヴィローサだけは別格だが。

そんなこんなでまるまる一刻以上にわたって店員達に世話を焼かれた二人は、精神的に参っているのだった。


「だいたいだ、服だよ服。服にあんな値段」


「値段はいいんじゃない?

だって靴より安いでしょ、一応」


「ああ、まあ、そういえばそうだった……」


 二人の靴は亜龍(ワーム)革製で、よく使い込まれている。

少し前にブーツも亜龍(ワーム)革で揃えた。

なお材料はドラドの山まで飛んで狩ってきた。

プロセラの感覚では密猟なのだが、発案は牙を欲しがったクッキーカッターなので法に触れているわけではないのだろう、多分。

ともかく相当の高級品であり、先ほど注文した服と十分以上に釣り合うと言えよう。


「うんうん。

けどお金が減ったのは確かだし、本部にもう一度寄って依頼見てみよ」


 探索ギルド本部に引き返し、引き上げていく他の冒険者や研究者などを尻目に書類の束と睨めっこする二人。

掲示されているものが今ひとつなのは既に確認済みである。

魔法特性上、一般的に美味しい仕事と二人にとって美味しい仕事にはかなりずれがある。

なので真面目に収入を考える時は、整理された依頼掲示板だけ見ているわけにもいかないのだ。


「やっぱりバルゼア周辺の駆除系は割に合わないよどう考えても」


「街周辺じゃないならさ、そうでもないんじゃないかな」


「何か変わったっけ?」


「生息地で制圧者(オーバールーラー)になって、吸収能力全開で塵に」


「ツキヨ」


「はい」


「討伐証明を残せないし、周囲の動植物も全部塵だよ?」


 あんなものを頻繁に展開していては、こっちが討伐対象になってしまう。

使い辛いにも程がある二人の奥の手である。


「そこに突っ込むんだご主人……」


「いや、まあわかってくれてるならいいけど」


「思ったよりいいのないね」


「服できたらアルテミアに行くし、長いのは今請けられないからなあ」


「んー……あ、運送がいくつかあるよ」


「あれは美味しいんだけどさ、なんかこう」


 探索ギルドは引越しや運送の手伝い等、力仕事系の短期派遣も扱っている。

一般的には八級以下の、扱いがアルバイトに近い探索冒険者が数人で行う仕事だ。

まとめた荷物はバルゼアの発達した街道、あるいは郊外に通っている運送用の列車で送られる。

しかし運送関連は、ツキヨが最も得意とする分野でもあるのだ。

強力な念力(テレキネシス)と飛行(ボード)による、地形完全無視の空輸。

調教した大鳥(ロック)飛龍(ワイバーン)を操る空輸業者もあるが、それと比較しても小回りと積載量で分がある。

ということで割のいい仕事、なのだが……


「うん、後がちょっと面倒だよね」


「やめよう、やっぱり延々リクエスト来るの耐えられない」


 今まで数回請けた運送系の仕事は、例外なく再度名指しの依頼が来ているのだ。

悪意が無いだけに断りにくく、他の仕事の邪魔にもなる。


「どうしよ、今月のクッキーカッターさん依頼品はこれ以上狩るとあぶなそう」


「あれは生息数が少ないからな……魔物なら魔物らしく増えてくれなきゃ絶滅一直線」


「別にさ、魔物だからってそんな増えないじゃない?

特徴が違うだけで同じ生き物だし」


「うん、なんていうか、増えるイメージがあるんだ。

……この鎧猪(スケイルボア)駆除でもしようか」


「一番ましそうだね、一ヶ月契約のなら色々あるけど今は駄目だし」


「あら?こんな遅くまで中にいるなんて珍しい」


 突然、後ろから澄んだ声。

振り返るとそれはヴァラヌスだった。


「うわっ?!こ、こんばんは。何で感知にかからなかったんだ、疲れてるのかな」


「ヴァラヌスさん、服の注文できたよ、ありがとう」


「それは良かった、あそこの服はちょっと高いけどいいものよ。

ま、新迷彩の実験は成功ね、あなた達の感知をある程度抜けるなら上等。

さすがに総長(ギルドマスター)は無理だったけれど」


「迷彩してたんですか……」


「そ、長門影(ナガトノカゲ)達の魔力遮断装甲を参考にね。

薄い冷気の膜で熱と生命力を遮断して、その上から魔力遮断」


「属性魔法ってそういうの強い、わたし達が魔力やオーラを頑張って加工してやるような事をよりシンプルに出来るんだもん。

ご主人は他の魔法練習しないの?ほんのちょっとはいけるよね」


「まだ生魔法で、できそうでできないこといっぱいあるから後回しかな」


「ま、頑張んなさい。ところで、あなた達飲みに行かない?」


「今日は厳しいです」


「服買ったから節約するー」


「ふふふ、奢りよ」


「「行きます」」


 探索ギルド本部の明かりが消えていく。

基本的に夜が更ける前には営業終了だ。

もっとも、総長(ギルドマスター)ガノーデが本部三階の伝令機がある場所で暮らしているため、通信による伝言はいつでも可能だ。

最近は長門影(ナガトノカゲ)達が不寝番をしているので、重要な用件ならば深夜開く事もある。


「「おい?!何で増えてるんだ!」」


 “トンプソン”店主グローブと、カウンターで飲んでいたリューコメラスが同時に叫ぶ。

勿論原因はヴァラヌス……とヴァラヌスが連れてきたプロセラだ。

ただし、グローブが心配しているのは酒の在庫であり、リューコメラスが心配しているのは財布であるという差はある。

横にいるフェルジーネは我関せずで、無駄に格好よくワイングラスを傾けながら料理を食べていた。


「二人ぐらい増えても同じじゃない」


「そうだなヴァラ、普通の奴ならな!」


「今日はあんまり飲む気無いんで大丈夫ですよ、うん」


「プロセラの少しは信用できねえ……」


「わたしが止めるから安心して」


「まあ、いいがよ。

金が入ったのも奢るつったのも事実だしな」


「リューコメラス、ケチねえ」


「おい、フェルジーネ。

俺の金が無くなったらお前も飯を食えねえっていつも言ってるだろ」


「それは困るわー」


「とりあえずボックス席に移りましょ、マスターが青くなってるわよ」


 もはや不審者を見ているような表情のグローブに案内され、五人が席についた。

リューコメラス達と飯を食うのは久し振りである。

一日二日で終わらない報酬のいい依頼をメインに請けるリューコメラス、本部事務のヴァラヌス、狩猟が主なプロセラ達。

生活時間が合わないにも程がある。

各々の個性の強さを考えると、時間が合わないからこそ仲良くできているとも言えるが。

実際シトリナによれば、昔チームを組んでいた頃のリューコメラスとヴァラヌスは非常に仲が悪かったそうだ。

四人のチームだったということだが、詳細を聞いた事はまだない。


「どうした、珍しく酒が進まんな」


「今日ちょっと大きな出費があったもので、しばらく我慢しないとまずいんですよ」


「そうそう、帰省もするしねわたし達。半月ぐらいで戻ると思うけど」


「アルテミアか、そういやあ金影がいるんだよな」


神衛(ディバインガード)だったかしら。似合わないわよねえ」


「ヴァラヌスさんも知ってるんですか?その金影って方」


「そりゃあチームメンバーだったからな、俺達のよ」


「別に仲違いしたわけじゃないけれどね、今は疎遠だわ。

仕事変わったんだから当たり前だけども」


 リューコメラスは“金影”、つまりプロセラ達の紹介状を書いた人物について話す時いつも微妙な表情になる。

会いたくはないが気にかけているといった感じだ。

何か悲しい過去でもあるのだろうか?


「多分大神殿にも寄ると思うんだけど伝言とかあるかな?」


「「無い」」


「……仲間だったんじゃないの?私はそりゃ会った事とかねーけどさ」


 フェルジーネが珍しく正論を呟く。


「いや、あいつは」


「そんなに言うなんて、一体どんな人だったんですか金影さん」


「変態だな」


「変態よね」


「どれぐらいなの」


「お前らが会うことをお勧めしねえぐらいには変態だな。

特務員指定だってよ、奴の危険極まりねえ魔法も勿論あるが、メインは変態だからだ」


「ガノーデが匙を投げるぐらいに変態よね、もし会ってもツキヨちゃんは目を合わせちゃダメよ」


 リューコメラスとヴァラヌスの表情は信じがたいほど真剣だ。

フェルジーネも露骨に引いている。


「聞かなかったことにしておきますね」


「忘れた方がいいこともあるよ、ご主人」


 全員が、コップの中身を飲み干した。

のんびり回

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