29話 『からくり』
「ほほう、すると長門影さんは共通語前の住人ですか」
「共通語は我がこの身体になってからだろうな!ディア様に教えてもらってプログラムに組み込んだのだ!
……ん?そんなこと話してないだろう、それより我の……」
「おっと失礼しました、それで……」
謎材質畳の広間で、ガノーデと長門影が話している。
彼らは知識と技術の交換で大盛り上がりなのだ。
ミツクリはそれらを必死に聞いている。
問題は残りの三人。
「ねねご主人、あれいつ終わるのかな……寝てもいい……?」
「わっかんないよ」
「長門影がああなったら、当分止まらないわ。
私達は普通の意味での睡眠は必要無いですし」
「あ、そう……ってウィステリアさんも寝なくて平気なのか……」
「いいのかよくないのか微妙だねー」
長門影が娘と言っていたので、勝手に子供の姿を想像していた。
しかし起きてきてみると普通に大人の女性であったのだ。
聞いてみると、成長するシステムを作れなかったために最初から大人の姿で作成したらしい。
最初紺色の忍装束を着ていたウィステリアは、一瞬で私服に変化した。
今の彼女は藤色の着流しのような姿である。
曰く、自己修復機能の応用だそうだが、プロセラ達にはよくわからない。
ともかく面と忍装束がないと、目がわずかに光っている以外、ヒトや獣人と区別がつかないようだ。
明白な差異は生命感知にかからないことだろうか。
「暇そうですわね」
「ええ、とても」
「うー……」
「奥を案内しましょうか?」
「お願いしようかな」
「行くー」
ウィステリアについて奥の部屋に行くと、そこはまるで日本の家だった。
床の間や炬燵まである。ただし、材質はやはり謎だ。
「ここはただの居住スペースです。
父上や母上が亡くなられてからは使っておりません。ここを、こう」
すると、壁が反転!まさに忍者屋敷だ!
「未来?」
「過去だよ、ご主人」
青い光に照らされたその空間は、どうやら研究室兼作業場。
サイエンスフィクションか何かに出てきそうな宇宙的景観だ。
何かを保存するためと思われるカプセルがいくつか、そして長門影に近い姿をした動かない機甲者が数体。
女性型のものもあり、どことなくウィステリアに似ている。
机の上には難解そうな本が積まれ、これもどうやら材質が紙ではない。
壁には槍やらクナイの様な武器やらがかけてある。
「このさ、機甲者ってあれだよね、オークに似てるよね」
「そういえばそうだねー」
「オーク?それはどのような」
「ええと、こんな感じのスチームな機械鎧で戦う人たち。
こっちの方が性能はちょっとよさそうだけど」
「それは、母上と同じ故郷の方が先祖になっているのかもしれませんわ」
「なるほど……あれ、ツキヨ?」
横に居たツキヨがいつの間にか消えている。
振り返ると、一体のやや小型な、小型といってもプロセラより少し大きいのだが。
その妙に立派な服装をした男性型機甲者に簒奪管を伸ばし、何かを調べていた。
「何か気になることでもあったかしら?」
「あんまり変なことしちゃだめだよ」
「……これ、運転できそうな気がする」
「え?」
プロセラが止める間もなく、精髄化して機甲者に滑り込んでいくツキヨ。
「おい、ちょっと、あ、ウィステリアさんすいません」
「機甲者はどうせ魂を入れないと動きませんので、触るのは別に……
それより彼女は大丈夫なのですか」
「あああ、あ、そっちは平気だと思いますが」
しばらく後、機甲者の瞳に、藤色の光が灯った。
シュウシュウと排気音、そして機甲者が動き出す!
「よっし、成功。
あれ、思ったより動きが重いや……」
「…………」
「こら人ん家のだぞ、どっちも無事なのなら、うん、まあ」
見事に回転ジャンプし音もなく着地する機甲者。
声が完全にツキヨなのでとても気味が悪い。
「わ、すごいすごい、体内に色々武装が」
「だめだよ?」
「う、撃たないよ……本当」
最近過激になってきたツキヨを慌てて制する。
ウィステリアが藤色の瞳を輝かせてそれを見ていた。
比喩ではなく実際に光っているのでやや情緒にかけるが、今回そこは問題ではない。
「ち、父上……!」
「「え?」」
運転中のツキヨと、それを眺めていたプロセラが同時に気の抜けた声を上げる。
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一方、畳の広間ではガノーデと長門影の議論が白熱していた。
意見交換は後でいくらでもできるということで、今は長門影達とその住処の扱いに話が移っている。
「ガノーデ殿、我としてはここを荒らすものが来なければ、我ら自体はどこでもかまわぬのだが。
ここは主の墓標でもあるのだ」
「この丘を完全封鎖することは可能です、しかしあなた方の生活をカバーするのはなかなか難しいです。
丘にずっと居るならば問題ないのですが」
「いや、だからな、我らはガノーデ殿へな……」
「なあ、総長」
「どうしましたミツクリ、ああ、なるほどねえ?
それもありですか」
「うむ?」
「あなた方を野放しにするのは厳しいものがありますが、うちで働くなら隠れ家と仕事の保障が可能になりますという話。
どうですかねえ?」
「ほほう、それは面白そうだ。しかしガノーデ殿が心読めぬ相手を雇うとは?」
「いえ、問題ないですよ?
それに詳細まで引き出せないだけですからね、感情の動きぐらいなら。
むしろ全てを見られないのは好ましいです。
私の心労が減りますから。普段は押さえているのですよ」
「なるほどな……は?!我の感情が読めるとな!
神にすら全く悟らせなかったというのに、ガノーデ殿は一体」
目を見開き、飛び下がる長門影。
機械の割にその感情表現は極めて豊かだ。
「ふふふ、ただ長生きの獣人ですよ。
そして長門影さんは一つ勘違いをしていますね。
魂の故郷で神がどういう存在だったかは知りませんが、ディア様とユーア様は全能では無い。
故にプロフェッショナルな分野では、住人に劣る事も当然にあります。
愛してあげてくださいね?」
「む……う……
おっと、雇ってくれて家も貰えるならば我らは喜んで街に出ますぞ!
ただしこの」
「ええ、ゼムラシア探索冒険研究連合体総長・ガノーデ・アプランの名にかけて。
奥の物に関しては、落ち着いてから私とミツクリ二人で来ますので、その時は解説お願いできますか」
「了解した、ガノーデ殿、おや?」
ガノーデと長門影が同時に振り向く。
ミツクリはぽかんと固まっていた。
三人が戻ってきていたのだが……
「ま、また新しいのが」
「おや、それは別の機体ですか、動かないという話では?
……ほほう、そんなこともできるのですね」
「あ、主いい?!」
「ごめんなさい、わたしが運転してるだけなんです、長門影さん」
「ツキヨが悪戯を、すみません。ちょっと分離しようか」
「長門影、この人たち面白いでしょう?」
“主”と呼ばれた、槍と脇差を持つ機甲者が座り込み、身体の各所から粘液質の白い魔力を洩らして脱皮する。
その瞳からは藤色の光が消え、動作停止。
粘液はすぐに元のツキヨの姿に戻った。
「面白い魔法があるものだな?」
「ごほん、それで長門影さん、ウィステリアさん、うちで働くということでよろしいですかね。
街中で暴れなければ大体のことは保障します」
「私は外のことはよくわからないので、長門影に任せますわ」
「構わんが、我らは法などは詳しくないぞ?」
「各種書類と本からインプットしてください」
「書物として存在するなら余裕である」
「では、準備がありますので私は先に戻りますね。
住居と各種手続きが終わりましたらお迎えに参ります。
ミツクリ、プロセラ、ツキヨ、あなたたちの今回の任務はこれで終了ということで。
報酬は受付を通して受け取ってください。
ミツクリは新たに私と研究を。
ここの物に関しては長門影さん達と個別に交渉してください。
書物だけは私が読みますので残してくれると助かります」
一気に喋り終えたガノーデがエレベーターの方まで飛び、乗り込む。
生命反応が上へと上がっていき、あっという間に消え去った。
それを確認し脱力する三人。
長門影とウィステリアは不思議そうな顔をしていた。
「はあああ、やっぱ総長は苦手だぜ俺」
「だねー……」
「でもあれぐらいでないと、総長なんかできないんじゃないかな?
あ、機甲者戻さないと、戻してきなさい」
「はーい」
「待て、他のものも動かせるのか?」
長門影が“主”と呼ばれた機甲者に潜り込もうとするツキヨを遮った。
ウィステリアも同様だ。
「え?できると思うけど」
「ならば動かしてみて欲しいものがある!」
「こっちですわ!」
二人の機甲者に引きずられていくツキヨをプロセラが追いかける。
ミツクリは欠伸をし、メモの整理を再び開始した。
「ぬおおおお奥方様あああ!!!」
「母上!」
「これどうしよう、ご主人……」
「僕に振られても」
連れられてやってきた奥の研究室のそのまた奥。
そこに安置されていたのは美しい婦人の姿で、ぱりっとした着物を着込んだ機甲者だった。
長門影とウィステリアに頼まれたツキヨが運転した結果がこれである。
「だから、わたしはそのジニアって人じゃないよ……」
「も、もう少しだけこのまま」
「後半刻でいいですわ!」
「…………」
しばらく後。
どうやら冷静に戻った長門影とウィステリアを説得し、保護カプセルにジニアの機甲者を収納し終えた。
千年以上もの間という時間の感覚が全くわからないプロセラ達には、先の反応はなかなか理解しがたいものがある。
中身が違うとわかっていてもやはり感動の方が大きいのであろうか?
「むむむ、我ら見苦しいところを」
「別にいいですけど、それでさっきの話ですが」
「構わんぞ、我もウィステリア様も武器は体内のものと脇差があれば十分だ。
メンテナンス法や道具も頭に入っている」
「一番丈夫なやつですわね」
そう、プロセラが欲しがっているのは新たな武器である。
ヴィローサお下がりの金棒は、先程長門影の脇差を受けた時に捻じ曲げられ、半分ほど裂けていた。
長門影の脇差はなんと無傷!
一体どんな材質なのか全く理解できないが、異常な硬さである。
ともかく代わりが手に入りそうで、プロセラはうきうきしていた。
「最も丈夫なものはこれだな、我が破壊してしまったものと似た感じで使えるのではないか?」
「一応、父上の武器なのですよ。
脇差とクナイ以外を使ったのを見た記憶がないですし、事実ずっと飾られているだけでしたけれど」
「え、遺品?いいんですかそれ……」
「飾りだったとはいえ、自分の武器が死後これだけの年を経て同郷に使われるなら主も本位であろう」
それは、6フットほどの柄と穂先が一体化した方形槍。
プロセラの身長よりほんのわずかに長く、例によって木と何かが混ざったような外見の不思議な材質で出来ている。
そして、トラップの槍や長門影の脇差と比較しても明らかに頑丈そうだ。
「ありがたく使わせていただきます。
……これ、名前とかあるんですか?」
「無いな」
「好きに呼んでくださればいいですわ」
「それよりさ、わたし本当にこれに乗って帰っていいの?
保管方法とかわかんないし……」
あの後長門影に、全部の機甲者を動かしてみてくれと言われていたツキヨが戻ってきた。
機甲者は、主の似姿になっている二体を除くと長門影とウィステリアの予備の身体らしいのだが。
「雨風当たらないところならば、どこでも問題無い」
「長門影はお礼と言っていますけどね、街で暮らすに当たって予備の身体が近場に無いと不安なのよ。
過保護ですわよね?」
「な、な、何を言うかウィステリア様!?我は」
「いいけど。じゃあこの、えっと、フ、フ……」
「藤林三号」
「そう、ふじばやし、これが一番動かしやすいから、借りるね」
その機甲者は7フット足らずで、長門影より少し大きい男性型だった。
青褐色の忍装束と青い着流しが切り替わる構造だ。
「是非持っていっておいてくれ、おぬしらの家はその本部とやらの近くにあるのだよな」
「そうですね」
「またいつか遊びに行きますわ」
「はーい」
その隣で、ミツクリがパンを齧りながら必死に書類と格闘している。
到底終わりそうな気配が無い。
「ミツクリさん?」
「何だ、俺は忙しいのだ」
「そろそろ帰ろうと思うんですが……」
「俺はまだまだやることがある!
いや、総長が戻ってくるまでは俺の時間なのだ、研究を!
報酬などどうでも、いやよくはないな、そうだ、クッキーカッターに渡しておいてくれ。
先に帰っていいぞ」
「はあ、なら食べ物の残り置いていきますね」
「じゃあねミツクリさん。あと長門影さん達も」
「どうせすぐバルゼアで会うと思いますけどね、それでは失礼します」
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思ったよりずっと地下に長く居たようで、二人がバルゼアに戻った時には三日目の深夜だった。
長門影から借りた藤林三号の調整を兼ね、プロセラと荷物を背負って深夜のバルゼアを駆けるツキヨ。
運転された機械の身体はかなりの身体的能力があるようで、再生以外はプロセラを上回っている。
ただし。
「ねえご主人、せっかく貰ってきたけど、どこで使えばいいのかな?」
「物置はもういっぱいだし部屋は狭くなった……」
自室でリラックスしつつもげんなりとした表情を浮かべる風呂上りの二人。
当然だが、藤林三号を運転中は精髄の能力が一部使えない。
そして運転は憑依のように常時使用するのは無理だ。
少なくとも二日に一回ぐらいは分離して休む必要がある。
なにより問題なのは、藤林三号とプロセラの組み合わせより、プロセラ自体を運転する方が戦力として上なこと。
「……そうだなあ、ツキヨが一人で仕事するときには役に立つんじゃないか?
あと潜入工作とか」
「そんな機会あんまりなさそう」
「保管コストは槍の代金だとでも思おうか」
「かなー……ところでさ、長門影さんとウィステリアさん、ガノーデさんの部下になるみたいね」
「やっぱり本部で働くのかな。
あの人達ってめちゃくちゃ強いよね、無理って程じゃないけど凄い。
リューさんとかヴァラヌスさんと同じぐらいはある。
相手によってはもっとかも」
「寝ないし疲れないしご飯もいらないとかほんとこわい……」
忍びの技に古代兵器と言って過言でないボディ。
まさに化け物だ。
ヴィローサやガノーデ等の強さとはまたベクトルが異なる。
「まあ、ガノーデさんやミツクリさんの話聞く限り、あんなのが遺跡から出てくることはまず無いみたいだし」
「いっぱいいたら困るよ」
「……ねむ」
「おやすみなさい」
初の遺跡調査任務は一波乱あったがうまく終わり、プロセラの武器も新調された。
結果を見れば戦力を大幅増強し、千年以上前の詳細な周辺情報を得た総長の一人勝ちではあるのだが。
遺跡編一段落、武器がマシになりました。
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次は火曜日か水曜日です。




