26話 『“全知”の依頼』
二人が総長ガノーデ・アプランに連れられてやってきたのは、“ハクトー”という名のレストランだった。
どうやら高級店らしく、貴族風の客やカップルが多い。
地味ながら最上級の紳士服を着込んだガノーデはともかく、仕事着そのままのプロセラとツキヨは浮きまくっていた。
武器類や荷物を家に置いてきていたのと、案内された先が個室だったのが幸いである。
一年半もの間テーブルマナーなどというものと無縁だった二人には、この畏まった雰囲気は目の前の人物ほどではないものの厄介だ。
当のガノーデは当然のように優雅にリラックスしているが。
「聞きたいことは色々あるでしょうが、まずは私からです。
新しい遺跡が発見されました。そのなかの一つの調査に行って欲しい。
あなた達の能力が必要とされています」
遺跡。
この世界には様々な古代遺跡が存在し、暴かれる度に新たな情報が手に入る。
探索ギルドこと“ゼムラシア探索冒険研究連合体”の“研究”はこの遺跡調査のことだ。
だが、通常遺跡探索はギルド員でも専門の知識を学んだ“研究者”の仕事だ。
もちろん遺跡の特徴に合致した研究者の肉体面が弱い場合、護衛には“冒険者”がつくが、普通は三級か一級、あるいは特務から選ばれる。
「はあ……」
「総長、わたし達学校行ってないよ?
遺跡調査とか言われても、どうすればいいのかわかんない、わかりません」
二人は、全く無学というわけではない。
しかし歴史についてやら調査技術やらは当然のようにさっぱりである。
何故わざわざ指名されたのだろう?
「その質問ですが、答えは簡単です。
プロセラ・アルミラ、あなたの記憶にある言語が必要」
「え?」
「そういえば、ご主人たまに変なこと言うね」
「あなたは、断片的か詳細かまではわかりませんが、別の言語を二つほど知っていますね?
何故私がそんな事を言うか、そして知っているか、それは世界文明の成り立ちから話さねばなりません。
ジオニカには神が二人いて、無数の知的種族が存在する。
ここまではいいですか?」
ガノーデが驚くべきことを話しはじめた。
プロセラは日本のことについてなど、誰にも言っていない。
ツキヨにだけはネタ的な知識がいくらか伝わっているが。
成る程、これが“全知”の由来か。
「はい、一応」
「ではあなた方は神に会った事はありますか?」
「天神様なら見たことはあります」
「喋ったことはないけどね、わたしもご主人、プロセラも」
「それはよかった、それなら話が早い。
ジオニカには最低でも三万年前からそれなりに高度な文明があります。
そして、ゼムラシア大陸は古い遺跡が多い。
これは数百年かけて、世界を私自ら回ったことによる結論です。
裏付けも取れています。何故なら、直接聞きましたからね。
私はこれでも、天神ユーアと地神ディアの友人のうちの一人なのですよ。
ここの文化と知的種族の成り立ちは独特なものです。
それは自然発生したものでも、神に与えられたものでもありません。
二人はこの世をお創りになられた後、ある時点までは自然な進化に任せておりました。
しかし、あまりにも安定していたため、なかなか二人と会話できるものが生まれてきません。
それでも、自分の手で生き物に言語と文明を与えることを良しとしませんでした。
何故ならば、思うままのしもべではなく、友人と自身が遊ぶ場所が欲しかったからです。
もう一つの理由として、二人の神としての力があまり強くなかったということがあります。
世界を作った時点で大半のエネルギーを使い尽くして、ジオニカにあまり大幅な改変を施す能力が残っていなかったわけですね。
そこで二人はある手段に出ました。
他所の神の世界の輪廻から弾かれた魂のうち、知性があってあまり凶悪でないものを譲ってもらい、ジオニカの過去の時間軸に送り込んでいったのです。
あ、これも私の持論ではありませんよ?
直接聞いた単なる事実です。
その結果として、この世界には他の世界では考えられぬほど多種多様な種族と文化が生まれ、また幽霊が身近なものとなりました。
あるものはすぐに滅び、あるものは数を増やし、文化は必要不要で取捨選択され、ここ数千年は安定しているようです。
あまりにも多様なものたちがどんどん現れるため、しばらく前、といっても私がジオニカに生れ落ちるだいぶ前の話のようですが。
この大陸では各国、各種族の人々により“共通語”なるものが生み出されました。
これを広めるのにはユーアとディアも手を貸したそうです。
いくらかは拒否した者もいますけれどね、オークとか。
オーク達は自らの言語にプライドを持っています。
ちなみに、古代の技術をいくらか継承し、我々を恨んでいるオークが大規模な戦争に打って出ず、
せいぜい嫌がらせ程度の潜入工作や襲撃で済ませている理由を知っていますか?
それは、彼らも神二人を信用しているからです。
敵ではありますし、此方の領域に来るならばもちろん狩ります、しかし神の友人という意味では仲間なのですよ、我々と。
私にもオークの知り合いが数人居ます。無論、内通などにならない範囲でね。
あ、これは各国首脳などにはオフレコでお願いしますね?
おっと話が飛んでしまいました。
まあ、そういうことでね、ジオニカには興味深い事が多いのです。
たとえば全然別の性質を持つ特殊能力が、簡易的にすべて魔法としてまとめられているのも、別世界の魂を引っ張ってきたせいで様々な体系が混ざっているからですね。
あなた達のように割と簡単にヒトから別の存在に変化し得るのも、同じ理由。
ここまで言えば判りますか。
プロセラ・アルミラ。あなたの魂は元は別の世界にありましたね?
ちなみに、私もそうです。もっともあなたが前の人生で居た世界とは違う場所でしょうけど。
私は前の世界では考古学者だったのです。滅びた世界のですがね。
そして脱出に使った宇宙船の中で死んで、ジオニカで新たな生を得た。
あ、あなたのいたところには宇宙の概念はありましたか?
無かったらすみませんねえ。
ともかく、最近新しく見つかったいくつかの遺跡の中の一つに、
あなたの扱える、ええと、確かニホンとかいう言語でしたっけ、それが使用されているものがあったのです。
ということで、最初に戻りますが任務を請けていただけるとありがたいですねえ。
私はこの世界で認識されているほとんどの言語を喋れ、書けます。
けれども私にはやることが多すぎますから。
私が行かなくてもどうにかなるならそれに越したことはありません。
無論、優秀な研究者はつけますよ?安心してください。
おや、私の話が衝撃的でしたか、落ち着くまで待ちましょう」
プロセラはあまりの内容に固まっている。
ツキヨは今ひとつ理解できなかったようで、しきりに首をひねっていた。
だがガノーデの話は筋が通っている。オークについても。
何せ機甲オークの件で感じた疑問が完全に解けたのだ。
自身の記憶のことも含め、信じないわけにはいかない。
とりあえず細かいことについては後で考えることにする。
「あの、総長」
「何でしょう、プロセラ・アルミラ」
「そういう謎って、神様に聞けばわかるんじゃないです?」
最もな質問をガノーデに投げるプロセラ。
「ははは、それは無理ですね、ユーアとディアは、自分の行ったことは一応認識しています。
しかし、その後どうなったかまでは詳しく知らないのですよ。
遊びには行っても、手はなるべく出さないのがポリシーですからね。
さらに、彼女たちは記憶力がヒト並みです。
数千、数万年のことを全て覚えているわけではない。
遺跡にも色々あります。
純粋に文明の遺跡、軍事基地、そしてユーアとディアをもてなすために作られたもの。
他にも多種多様なものが確認されている。
調べてみなければ何も出てこないのです。
そして、“ゼムラシア探索冒険研究連合体”の研究者たちの目的はそれを知り、楽しみ、記憶すること。
もっと細かく言えば私の目的、ですかね。
私は、私に第二の楽しい人生を与えてくれたユーアとディアの事が大好きです。
ジオ教団の大僧正、神殿の教皇、そしてオークの皇帝などと同じぐらいにね。
しかし別に競ったりなどはしません。
友達同士が戦ったりしたら、彼女達が悲しむじゃないですか。
ですから、別の方向でアプローチしています。
あ、そうそう忘れていました。
プロセラ・アルミラ、私があなたを気にかけていた理由。
ディアが数十年前にね、そろそろ友達も増えたしジオニカに新しい魂を持ってこなくてもいいかな、ということを言っていたのですよ。
実際に前の世界の記憶を持つ人に会うことも減ってきています。
だから今日みたいな話を人にするのは久し振りですね。
なので、もしディアかユーアに会ったら聞いてみてください。
何、直接言わないのかって?
なんか気まずくなったら嫌じゃないですか。もともと一年に一回か二回ぐらいしか会わないですし。
そんな時に妙なこととか聞きたくないかなって……それに……」
妙な威圧感はともかく、楽しそうに話すガノーデ。
外見こそ老人だがまるで恋する少年だ。
今は探索ギルド本部の三階に篭っている事が多いらしい、大陸一つ分の勢力範囲を持つ大組織の主。
その活力がどこから出ているのか、少しだけ判った気がした。
「ねえ、総長。プロセラのことはわかったよ。
でも何でわたしも、なの?別に嫌じゃないけど」
「居た方がプロセラ・アルミラは安心するでしょう?
それに、あなたは精髄ですよね。
色々と役に立つ力です。
うちには現在精髄が居ないので、頼りにしてます。
できれば特務にしておきたいんですけどね。
でも、きっとそれをやったらあなた達二人ともギルドを去ってしまう。
私には判るんです。
あなた達が私が今言ったことを、他の人に秘密にしてくれるだろうということもね。
さて、どうしますか二人とも?」
「そこまで言われて、断るわけにいかないじゃないですか総長……」
「わたしはご主人が請けるなら請けるよ」
色々な意味で、断れなかった。
遺跡に興味が無いかといえば嘘であるし、いろいろと気になることもある。
それにしても、ガノーデは何故プロセラ達についてこんなに知っているのだろうか。
明らかにヴァラヌスやリューコメラスに話していない情報が含まれている。
「二人ともありがとうございます。
何か強制したみたいで、そこは申し訳ないですね。
調査の時期や方法、場所、他のメンバー、必要な知識、報酬などに関しましては後ほどあなた達二人の家まで書類をお送りします。
恐らく数日かかると思うので、その間はゆっくり休養していただいて結構ですよ。
なるほど、一度も会ったことが無いのにヴァラヌスやクッキーカッターに言ってない事まで私が知っているのが疑問、と。
それは、私の秘密の魔法です。秘密ですよ?
さて、そろそろお開きにしましょうか。
よろしくお願いしますね」
「あ、はい、どうも色々とありがとうございました」
「よろしくおねがいします」
店員を呼び会計を済ませたガノーデは、本部のそばで出会ったとき同様に忽然と消えた。
さすが総長、とんでもない怪物だ。
ヴィローサやセンペールから感じるような圧倒的戦闘力は感じない。
しかし、威圧感はそれらをはるかに越える。
伝説の研究者、世界を知る男、神の友人、“全知の”ガノーデ。
プロセラとツキヨの心に、絶対に逆らってはいけない存在がまた一人刻まれた。
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「はあー…………まじで怖かった……何だあの雰囲気。
話してもらった世界の事実とかそんなのどうでもよくなるぐらい、総長やばい。
あれ絶対心読んでる」
「ヴァラヌスさんがうざい、とか言ってた意味がもう嫌ってぐらい心でね……
あと、ガノーデさん実際に心読みだよご主人。
魂の魔法がすっごい怯えてたもん」
自宅に戻ってきた二人。
とりあえず風呂に入って落ち着いた後、考えをまとめている最中なのだが。
「えーと、遺跡調査だっけツキヨ」
「そうだね。ご主人の知識がいるとか何とか言ってたよね」
「なるようになるかな……」
「ガノーデさんより大変なこととか、しばらく思いつきそうにない」
正直なところ、ガノーデ自体がトラウマになりかけている。
物凄くいい人なのは伝わってきた、しかし雰囲気が全てを塗り潰しすぎなのだ。
「運転関連とかも全部ばれてるよなあ」
「間違いないよ……なんかもう、全部忘れて二日ぐらい魔力接続してたい気分……ふにゃ……」
ベッドに寝転がったツキヨから、簒奪管が何本も伸びてプロセラの腕に絡まってきている。
いつものように指先で撫でてやると嬉しそうに表情を緩ませた。
「心底同感だ、でもやんなきゃいけないこともあるし」
「だねー、あ、そうそう」
「んー……?」
「ご主人が前は違うとこにいたってガノーデさん言ってたよね。
でさ、どんなだったの?」
「バルゼアよりもうちょっと機械的な感じかな、で、多分それなりにいいところ。
あとそうだなあ、人がいっぱいいる。
このベッドとかも向こうの知識。
……そういえば、なんで他の世界から文化流入してるはずなのにベッドが無いんだ。
オークの国が英語圏っぽいしそっちならあるか?」
「ふーん、よくわかんないけど難しそうだね。あんまり覚えてなかったり?」
「前の僕はすっごい身体弱くてさ、ほとんど寝て暮らしてたんだ。
だから知識とかはそこそこだけども、どんなところって言われても答え辛い」
「なんだか弱いご主人って想像できないね、今のご主人より丈夫な生き物なんてほとんどいないのに」
「それは想像しなくていいから、っと転換」
「ひゃ?!ちょ、あ、いきなりとか……や、いいんだけどー」
二人の間を、力がゆっくりと循環しはじめる。
奪い奪われて互いが混ざり合ってゆく心地良い流れ。
第十祭殿でもやってはいたが、修練がメインでぴりぴりしているしあまり落ち着けないしで楽しむ余裕は無かった。
今は違う。
「う……ん、あれだ、寝る時間は残す方向性で」
「なんか、ふぁ、ごまかされた気分……ちょっとずつ聞かせて、ね」
「面白そうな話を思いついたら、かな」
「はー……い…………」
「あー、そうだ、本の話でも……」
「本……?なんか、それ眠くなりそ。まだ接続してたいのにー」
「なら、ええと……」
「……いい……な……」
夜がしんしんと更けてゆく。
さらっと説明回でした。
総長の短編もいつか書きたいです




