25話 『ギルドマスター』
「なんかもうバルゼア、凄い久々ってか懐かしい……」
「知らないうちにわたし達が街に慣れてたんだって実感するよね。
アルミラ家のまわりとかさ、ジオ教団の山よりずうっと人少なかったよ」
「ううん、深刻な過疎化ってやつだよ、実家の方は」
「またご主人がわけわかんないこと言ってる」
二人の前方にバルゼアの街が見えはじめてきている。
予定よりだいぶ長く出ていたため、心配している人も少しぐらいはいるかもしれない。
「どうでもいいけどさ、お土産こんなので大丈夫なのかな」
ツキヨが荷物の方に目を向け、微妙な表情を浮かべた。
そこには、ジオ教団本拠地の手前の町で買った木の枝のような形の焼き菓子が数箱入っている。
何も用意してなかったのを思い出した二人があわてて買ったものだ。
ちなみにどんな味かすら聞いていないし、値段も覚えてない。
「無いよりは……」
「今、目そらしたよねご主人?」
「僕達が食べるわけじゃないし……」
「……」
「まあ、置いとこうか。
今考えるべきことはそれじゃない」
「困ったよね、どうするのがいいのかな」
それは、センペールの助言により開眼したいくつかの新しい能力をどう運用するか、誰にまで報告するかということだ。
昨日野営した時あたりから相談はしているのだが、まとまった結論が出ない。
「とりあえず、巨大化するやつだけは絶対ばれたらまずい。
あれに関しては練習も必要だ」
「バルゼア大森林の、アルテミア寄りで山の陰とかならこっそり練習できるかな。
名前も付けたいね」
「そうだな、まあ名前とかは後回しでもいいけど」
プロセラとツキヨの懸念、それは探索ギルドの階級制度の一つ、“特務員”にある。
父オストロは特殊階位と表現していたが、ヴァラヌスやリューコメラスによると特権というより紐付きと表現する方が正しい感じだ。
そしてメランチ峠で出会ったヴェルナの発言から、運転して巨大化する件の技術は間違いなく指定される条件を満たしている。
ツキヨに関しては魂の魔法の時点で結構ギリギリなのだが、それは今二人が抱えている問題とは関係ない。
「変化の方はともかく、運転自体はどうしよ?」
「それなんだよ……僕に使う分にはただのパワーアップなんだけど」
「まさかあんなことになるなんてねー」
二人は今朝、ドラドバルゼア間の線路から離れ、少しだけ運転の実験をしたのだ。
結論から言って、運転を暴走させない方法はもう一つあった。
「倫理的問題があるよな……」
運転の、いや精髄のもう一つの能力。
融合して運転するのではなく、宿主を物理的に殺して精髄自身が体液と魔力を代行し、操作する。
実験の犠牲になったのは、偶然生命感知にかかった大鹿だ。
運転すると、ただの鹿は樹を蹴り倒すほどの怪力を発揮し暴走した。
あまりの勢いに慌てたツキヨが体内から絞め殺したのだが、そのまま操れたのだ。
しかも、代謝が髄と化したツキヨに代行されるらしく、息もするし体温もあり生きているようにしか見えない。
鹿のままで魂の魔法を使ってみたり、プロセラを背中に乗せてみたりとしばらく遊んだ後、分離すると倒れ、冷たくなった。
ぱっと見、分離した瞬間に死んだような感じだ。
帰還者の憑依が、生きたまま身体の制御を奪い取るのと対照的である。
「保留?」
「うーん……」
「シトリナさんやセンペールさんですら精髄の特性を正しくは知らなかったんだよね。
だから、わたしが黙ってたら誰もわかんないんじゃないかって」
「いや、総長がいるだろ。まだ直接会った事無いけど。
あの人なら知ってる気がする。だってこないだヴァラヌスさんから聞いただろ、総長の二つ名」
「“全知のガノーデ”だっけ」
「だめだめんどくさくなってきた、巨大化だけ黙っといてヴァラヌスさんに丸投げしようか……」
「なんかもうそれでも、ああ!まずいよご主人!」
「え?」
「ドラドの通行証のお礼!どうするの?!」
「そういえば、一ヵ月後に奢るって言って、今日ってバルゼア出て何日……」
「四十七、一ヶ月と十二日だよご主人」
「か、かかか買うんだ、とにかく酒を買おう!
ほかは全部後回し、急げツキヨ!店が閉まる前に!」
夕日の中、高速飛行物体がバルゼアの空を駆ける。
…………酒屋へ向かって。
「何これ」
ヴァラヌスが困惑している。
何せ、仕事から戻ってきたら、家のドアの前に酒樽が置いてあったのだ。
それはまあいい。
一般的に考えると良くはないのだが、彼女にとってはちょっとした幸運でしかない。
困惑している理由は別である。
彼女は、溜め息をつきながら何も無いように見える屋根を視た。
「……見えてるわよ二人とも。
私に迷彩が効く訳無いでしょうに」
「「ひいっ!」」
屋根から怯えた声。
声がした場所にノイズが走り、魔力とオーラが霧散。
そしてフードつきのローブを深く被った二人組みが姿を現した。
つまり、プロセラとツキヨだ。
「ずいぶん遅かったわね」
「ま、まあ色々ありまして、はい」
「ここ、この度はご主人が迷惑をかけまして、お土産、じゃないお礼を」
「無事だったんならどうでもいいわよ……お礼?何の?」
「え?いや通行証の」
「んんん?ああ、言われてみればそんなことも有った様な」
「心配して損したね、ご主人」
「いや、その節はお世話になりました……」
「律儀なのはいいことよね、ありがたく受け取るわ。
飲んで行きなさいよ酒もあるんだし」
「その酒を買ったのは僕らですけどね」
断る理由を咄嗟に思いつけなかった二人は、そのままヴァラヌスの家で酒盛りをすることとなった。
場所は知っていたものの、家の中まで入ったことはなかったので少しだけ気になったというのもある。
ヴァラヌスの家は非常にシンプルだった。
壁や床などは良いものを使っているし、決して狭くはないが、家具というものが存在しない。
酒しか無い部屋、服しかない部屋、何も無い部屋、寝室、台所、風呂、お手洗い。
台所は全く使われた形跡が無く、冷蔵庫のような魔法道具の中に干し肉と果物が詰め込まれているだけだ。
「妙な家ですね……」
「そうかしら?」
「わたし達の部屋も、あんまり人のこと言えないよ。
ところで、わたしお酒飲めないんだけど」
「台所にあるもの適当に食べていいわ」
「はーい……ご主人……」
「ああ、うん、ごめん……」
ツキヨが微妙な顔で台所へと向かう。
何せ旅の間の基本メニューが干し肉、果物、硬パンだったのだ。
全く嬉しくない。
ヴァラヌスは気にせず、運び込んだ先程の酒樽から注いだ酒をがぶがぶ飲んでいた。
もちろんプロセラも飲む。
ツキヨには悪いが酒は別だ。
「ところで、ツキヨちゃんもヒトじゃなくなってるのね。
いつのまに?」
「……も?
まあいいや、たぶん帰還者騒ぎの時からかと。
僕も含めて代謝とかはほぼヒトのままなので、戦う時以外は特に変わったって感じは無いですけど」
そこに、干し肉をかじりながらツキヨが戻ってきた。
大きく欠伸をし、プロセラにもたれかかる。
「完全に精髄化したのは今月に入ってからだと思うんだけどね?」
「それで、精髄は何ができるのかしら」
ヴァラヌスがじっとツキヨを視た。
彼女の霊的な瞳に、体内に張り巡らされた簒奪管が映し出される。
プロセラが言葉を選び選び話す。
「えーーーと、他人と融合して運転できます。
別にヒトに限らず動物や魔物でもいいんですが。
融合された相手は膂力や魔力が底上げされて、理性を失って暴れ出します。
解除は本人の意思で自由にできるみたいです。」
「ご主人には運転しても強化のみで、暴走したりとかないんだけどね。
身体と魔力が馴染んでるからだと思うけど」
「凄い事は凄いけど色々問題がありすぎるんで、今の所二人で戦う時専用ですね……」
「総長に報告すべきかどうか微妙な能力だこと」
溜め息をつくヴァラヌス。
別に総長、ガノーデと話すのがどうこうと言うわけではない。
丸投げされていることも判っているが、それもどうでもいい。
自分の知人にまた危険人物が増えたことにげんなりしただけである。
彼女は時々爆発はするものの、基本的には面倒見のいい苦労人なのだ。
「ところでヴァラヌスさん、リューさん家にいなかったけどまだバルゼアに戻らないんです?
先月ドラドで会ったんですよね、偶然ですが」
「戻ってきてるわよ?
確か依頼は受けてなかったと思うから、どこかで買い物でもしてるんじゃない」
「何だ居たのか、あとで寄って行こう」
「リューさんより、“アベニー”の人たちとかクッキーカッターさんの方が先でしょ」
「そういや、家賃も払わないといけなかったな……あ、閉まる前に帰らなくちゃ」
「あら、もう帰るの?」
「僕らの家は夜遅くなると窓からしか入れなくなるので」
「あなた達まだあそこの二階にいたの、とうに引っ越してるものかと」
目を丸くするヴァラヌス。
紹介しといてどうなのかと思うが、彼女の基準では人の住む場所では無いらしい。
「居心地はいい方だと思うんだけどな、あ、これお土産です」
「じゃ、またねヴァラヌスさん」
二人が慌しく帰っていく。
残された奇妙な菓子は、お世辞にも美味しいとは言えなかった。
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「水道から直接お湯が出せるって世界違うよほんと」
「やっぱりさ、バルゼアはすごいね。
今度戻った時アルミラ家とうちにも自動でお湯出す奴つけようよ」
「あれって井戸でも大丈夫なのか?一応ポンプで汲んでるからつける場所はあるはずだけど」
「どうかなー?」
身体の洗浄を一ヶ月以上浄化球と手桶の水でやっていた二人に、久々の熱い風呂は本当に染みた。
別に入浴などしなくても汚れは綺麗に落ちるのだが、爽快感が違いすぎる。
「そういえばベッドで寝るのも久し振りだ……」
「マット作るからちょっと待って。
でもご主人って、全裸で野ざらしでも平気なのに寝る場所とか関係有るの?」
板の硬さと大きさを調整しながら、もはや様式美と化しつつあるセリフをツキヨが呟く。
面倒であるし、別に悪意も無いのがわかっているためもう突っ込まない。
「今日はもう何もせず寝よう、休みすぎてたし明日からやること多い」
「アルテミアに手紙出して、クッキーカッターさんとリューさんにお土産持ってって、なんか依頼請けて。
えっと後なんだろー?」
「お金下ろさないと、ドラドの報酬分しか無いだろ。
それに、大森林で見渡す限り誰も居そうに無い場所を探さなきゃ」
「お金は別に預けっぱなしでもいいと思うの。
大森林の方は頑張る、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
そして翌日。
結局昼前まで熟睡していた二人はバルゼア中を駆け回るはめになった。
センペールのところでかなり睡眠時間を削っていた上、ドラドバルゼア間を一日半でぶっ飛ばしたために、思ったより疲れが溜まっていたのだ。
ともかく手紙を出し、リューコメラスに挨拶し、すぐ出来そうな依頼を最速で済ませ、例の技が練習できそうな場所の当たりをつけ、探索ギルド本部に帰還。
なおクッキーカッターには土産の菓子を断られた。
どうやらヴァラヌスに渡した分をほぼ全て押し付けられ、既にうんざりらしい。
最後の一箱は自分達で消費することになりそうである。
どうにか本部が閉まる前に全ての用事を済ませた二人が“アベニー”に戻ろうとしたところで、背後から謎の音が聞こえてきた。
「****、******」
「―――――――」
「なんか聞こえなかったご主人?」
「話し声っぽいけど聞き取れなかったよ」
「ここの言葉じゃないのかなー」
「そもそも、生命感知にかからないし」
「Guten Tag」
「||||||||」
「な、何?!」
「ええ……」
慌てふためくプロセラとツキヨ。
敵意がある感じではないが気味が悪い。
「Привет」
「Hello」
「ん、英……オーク語?」
「なんなのご主人、どうしよ」
「こんにちは」
「はあ?!何で、こんな、どういう、馬鹿な」
「ご主人?」
最後に聞こえてきた音、それは、紛れもなく日本語だった。
ともかく戦闘体勢に入る二人。
そして、二人のすぐ前の空間にノイズが走り、白髪の小柄な老人が現れる!
魔力の流れが無いため、どこからか転移してきたわけではない。
目の前の老人は、二人の様々な感知を完全にすり抜ける恐るべき迷彩能力を持っているのだ!
「私の勘、まだまだ捨てたもんじゃありませんねえ。
驚かせてすいません。確認したかったことがあったのでつい。
どうも、こんばんは。ゼムラシア探索冒険研究連合体総長、ガノーデ・アプランです。
どうぞお好きに呼んでくださって結構。」
「「え、総長?!」」
「そういえば、直接お会いするのは初めてですかね。
ヴァラヌス・メルテンはあれでも私の腹心ですから。
その友達の六級探索冒険者、プロセラ・アルミラとツキヨの事もそれなりには知っていますよ?
あ、いや、そんなに警戒する必要は無いです。
見た目とか怪しくてすいませんね、私は常にギルド員の、そしてこの世界の味方」
プロセラとツキヨが同時に首をかしげ、顔を見合わせる。
目の前の老人は確かに怪しい、怪しいが、その言葉は本当だと、体感で判ってしまう。
全身から立ち上る高い生命力、そして奥で炎が揺らめく不思議な瞳がそれを後押ししていた。
「あ、お世話になっております、総長。
本日はどのようなご用件でしょうか……」
「な、何もわるいことしてないよ?」
「いやいや、悪いなんてことは無いですよ。
あなた達はかなり優秀だと思っていますし、別に私が総長だからと言って、情報を全てよこせなどということはありません。
ともかく、二人を見込んで任務のお願いがあるんです。
話すことも多いですし、そちらが聞きたいことも色々ありましょう。
ですから私の奢りで食事でもしながらね」
総長が背を向け、ゆっくりと歩き出す。
二人も、仕方なく後に続いた。
総長は後衛タイプです
戦う機会はなさそう




