22話 『巡礼』
「いやどうなる事かと思ったけどうまいこと終わったな」
「セダムさんも親切だったしねー」
ドラド商人ギルド役員、交易路調査官セダムは今回プロセラ達が請けたメランチ峠調査のクライアントである。
ちょっとした勘違いで神衛ヴェルナに襲撃された以外、特に問題なく十日間の調査は終わった。
強いて言えば六日目の昼に、二階建ての家並みに巨大な熊のような魔物をかなり離れた場所で目撃したぐらいだ。
目の前で迷彩を解いてみても、特に攻撃してきたり逃げたりなどという事もなかったので無視したのだが。
セダムによるとメランチ山周辺の主で、枯れ木を食べる無害な魔物だそうだ。
それを聞いた二人が、攻撃しなくてよかったと胸をなでおろしたのは言うまでもない。
「親切だったというか迷惑かけたというか。
話聞くためだけに、朝から昼過ぎまで束縛したのはちょっと罪悪感がだ」
「うーん、多少は?でもいろいろ判ったし。
これで安心してジオ教団までいけるねご主人」
「だけど教団本部って超広いみたい、大神殿は巨大な建物が二つあるだけで後は宿舎と広場ぐらいだったのに。
後、ヴィローサ姉さんがジオ教団嫌いなのってただの好き嫌いだったんだな……」
“ジオ教団”は、地神を祭る者たちの心の拠り所であり、天神を祭る“神殿”と対となるゼムラシアの二大宗教である。
ただし二つは決して敵対しているわけではない。
縄張りの境界や信者同士での反目はあるものの、教義での対立などはなく定期的な交流も持っている。
理由は簡単で、祀られている当人である、この世界を安定させているらしい天神ユーアと地神ディアが別に争ってなどいないからだ。
彼女達は時々自身を祀る場所に光臨し、簡単な予言や雑談をしてまた去っていく。
なお、ゼムラシア以外の大陸では二柱をまとめて扱う事が多いらしい。
他にも他大陸との交流を持つ商人ギルド所属者などは、両方の行事を行う。
さて、二人が向かうのはジオ教団、その本拠地だが、セダムの話ではいくつもの山をまたぐ領域全体を指すとのこと。
十個の祭殿と、そのほか宿舎や修行施設などが道で繋がっているそうだ。
そして一際高い山、“ジオ”の山頂に本殿がある。
入り口に当たる場所に、区域全体の案内と色々な取り次ぎを行ってくれる建物があるそうなのでまずはそこが目的である。
「入るとき簡単な地図がもらえるっぽいし大丈夫でしょ。
それより十二日も連続で働いたから疲れたよ、今から荷作りして、明日は休む」
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二人の眼下に雄大な山脈が広がっている。
全体がジオ教団本拠地なのだ。
手前、ドラド寄りのわずかな平地に広い道といった感じの町がある。
ほとんど山そのものである教団本拠地の補給地点であり、入山許可証の発行所であり、巡礼者相手の商店街。
「特に買う物とかないし、すぐ入山許可を取りに行くぞツキヨ」
「そうだね、とりあえず降りようか」
前方を飛んでいた風魔道士らしき人物も町に向かって降下していった。
やはり最初は歩く必要があるようだ。
二人もすぐに地上へ降り、広い石畳の道を山へ向かって歩く。
通行人は多種多様な種族で、服装などもばらばらだが、子供と老人は明らかに少ない。
巡礼そのものが鍛えてないと厳しい道のりなのだろう。
前方に数本の巨大な柱が見える。
その手前に広場と大きな石造りの建物があり、かなりの数の巡礼者達が集まっていた。
近づくとこれまた石でできた案内板が立っている。
「入山許可って聞いてたし、何やら色々手続きでもするのかと思ってたけどなんだこりゃ」
「楽で困る事はないでしょ?」
石版にシンプルな地図と、簡単かつ有名なジオ教団の祈りの言葉が刻まれている。
そしてその下に、特別大きく目立つ一文。
“銀貨一枚”
「ハーイ二人分ね、死なないように気をつけてくださいねえ。
細かい事はお渡しした冊子をお読みください、んでは次の方ー」
短い列に並び、銀貨を渡すと手続きは終了であった。
不吉な事を呟いた木人から薄い金属でできた許可証と、巡礼用の小冊子を受け取る。
渡した銀貨は木人の背後、建物内部にある賽銭箱のようなものに投げ込まれた。
「さてどうしよう、巡礼か。
空飛ぶのは失礼みたい、地神だからかなたぶん」
「祭殿が全部で十個あるんだよねご主人。
あ、本殿が別にあるから十一かな?」
「僕はセコイアさんがここにいるかどうかってのがまず不安だよ」
「僧正なんだし、何もなければどれかの祭殿にいると思うんだけどー」
「でもさ、昔僕らが会ったの自体アルテミアだぞ……
細かい案内や取り次ぎは朝しかやってくれないってのを知らずに来たのが、悪いっちゃ悪いんだけど」
冊子をめくりつつ二人で話すも結論が出ない。
「それは仕方ないじゃない、一日待と……え、見てこれ」
最後のページに、各祭殿に現在勤務している僧正の名前が載っていた。
「なになに……第一祭殿・ストローブ、第二祭殿・スズカケ、第三祭殿・クリプトメリー、第四祭殿・ミスルト、
第五祭殿・ソニア、第六祭殿・グレゴリー、第七祭殿・シーノキ、第八祭殿・カムフォラ、第九祭殿・サリックス、第十祭殿・センペール。
祭殿一つにつき僧正が一人いるのかな、あれ?本殿は」
「本殿は大僧正だよ、セダムさん言ってたでしょ。
でさ、そのセンペールってセコイアさんじゃないの?」
「ああ、そう、そうだ、確かにセコイア・センペールと名乗ってた!
って第十祭殿……本殿の手前か……」
「ちょっと遠いね」
「せっかく来たんだし全部回ってみないか。
走っていけば二、三日で済みそうだ」
冊子を見る限り、全ての祭殿に簡易の宿泊施設が付属している。
本殿と第十祭殿に関しては中腹にも山小屋があるようだ。
生魔法で半無限にエネルギーが湧いてくる上、周囲の環境を調整できるプロセラに大気の薄さなどは問題にならない。
ツキヨに至っては、基礎代謝以外の体力を全く使わず行動可能なので山道でも平地でも同じだ。
「ずっと走ってればすぐかもだけど、せっかく来たって言うなら、それももったいないよ。
この冊子が正しいなら、急がなくてもセコイアさんには確実に会えるし」
「ん?」
「お休みとって来たんだから、のんびり山歩きしたいってことー」
そう言うと、ツキヨが嬉しそうに腕を絡めてきた。
「んー……そうだね、なら一日一つか二つペースで。
食糧買い足してから出発しようか、高いけど」
昼下がりに入山した二人であるが、景色を見つつのんびり登ったのに日が傾く前には第一祭殿に到着していた。
最初の祭殿はそれほど高山というわけではなく、かなり入り口に近いのである。
入山許可証に第一の印を打ち、礼拝を終えて宿坊へ。
宿とはいっても、木の薄い壁と扉で区切られた何も無い小部屋が並んでいるだけだ。
巡礼者用の無料サービスなわけで、屋根と壁がある時点で上等だが。
なお、ストローブ僧正には会えなかった。
祭殿を掃除していた見習い僧に聞いたところ、担当の僧が常に居るわけではないらしい。
「わかってたけど、セキュリティが不安だ」
「ん、普通は巡礼にお金とか道具類あんまり持ってこないんじゃない?
でもわたし達は仕方ないし」
プロセラとツキヨは、ドラドに来る前に余分な金をバルゼアの商人ギルドがやっている銀行に預けてきている。
しかし、その金はバルゼアとその周辺都市でしか出し入れができない。
ドラドやアルテミアには、また別の商人ギルドがあるからだ。
……つまり、峠の調査と亜龍狩りの報酬をそのまま持って来ている。
もちろん迷彩ローブや金棒をはじめとした仕事道具もだ。
教団本拠地内は、僧正や修行僧がそれなりに強固な警備を強いていて、街中よりはずっと安全ということだ。
だが、入山の際全くチェックしないのを見ている二人はやはり心配なのである。
「まあ、せっかく部屋貸してくれてるのに外で寝るのも悪いしいいか」
「板で防御はしてる。おやすみなさい」
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翌日以降も、さしたる問題なく一日一つペースで礼拝していった。
景色もよく、仕事のことを考える必要も無い。
そして、プロセラもツキヨもこの程度の行程で疲れることはない。
まさに休日。
一つ面白かったのは、進めば進むほど巡礼者が減っていくことである。
どうやら自分でどこまで行くか決め、目的を達したら戻るのが基本のやり方のようだ。
人が減ったおかげで僧正から直接話が聞けたりもし、悪いことはなかったが。
何にしろ二人は第十祭殿まで行かなければならない。
「次って何番だっけか。このペースだと夕方ぐらいにつくかな」
「九だよ。けどすごいよねご主人、この道こんなに人通り少ないのに、草とか全然生えてないの」
「確か、魔法を使わずに草を抜き続ける修行があるとかってグレゴリー僧正が言ってたよ」
「こわいね……」
「うん……あれ、なんか覚えのある生体反応があるぞ?
さすがにセコイアさんのなんて覚えてないし、そもそもまだ第十は遠いし。
誰だろう、こんなとこに」
「パラドクサさんじゃない?」
「そうか、そんな話もあった」
第九祭殿は、区域内を小さな川が流れていた。
湿気で建物や祭壇がだめになったりしないのだろうか?
などと要らぬ心配をしつつ第九の印を打ち、進む。
十の祭殿は、今まで見てきた限り祭壇部分は全て統一されていて何らかの規格があるようだ。
しかし各種建物、周囲の庭園などは異なっている。
それについて聞いたところ、建物の差に意味はなく重要なのは数であるらしい。
……つまり、祭殿の姿の差は何百、何千年前かは知らないが、最初の製作者の趣味ということになる。
巡礼する方からすれば全く同じ建物十個より、色々な姿が見られた方が楽しいに決まっているし、そういう気遣いはあるのかもしれない。
二人が橋を越え、祭殿に入ろうとしたところで上から声。
「お?」
「「あれ?」」
見上げると、箒を持ち篭を担いだパラドクサが屋根の上に立っていた。
どうやら、祭殿の屋根を掃除していたようだ。
ふわりとしたジャンプで目の前に下りてくる。
「やあ、久しゅう。
……あんたがた、ジオ教徒だったんですかい。
アルテミア出身つうからてっきり神殿の方かと」
「どうもお久し振りです。
まあ、神殿の方が身近ではあるけど特にどっちというわけでも」
「そうだね、近くにあるからお参りするってぐらいだよね。
わたし達がここに来たのは、人探しなんだよ、巡礼はついでなの」
現代日本の記憶を残すプロセラと、その影響を強く受けているツキヨはやや信仰心が薄い。
もっとも、こちらの神は割と現世に出てくるので、いまいち有り難味が薄い気がするというのもあるのだが。
プロセラ自身、子供の頃にアルテミアの祭りに現れた天神を見かけたことがある。
「ふうむ、それがこの辺にいるってことです?
あたしはここで修行僧やってる友人に会いに来ただけなんでねえ、後はまあ教団員らしいことも少しは。
なんであんまし力にはなれませんや、この山でも結構沢山の人が暮らしてますから。
誰がどこに居るとかまではさっぱりで」
「あ、セコイアさんがどこに居るかはわかってるから大丈夫です。
わかってるというより来てみたらわかった?」
「ご主人、その名前だと伝わらないんじゃないかなー」
だが、その名前に反応した者がいた。
静かに、しかし素早く祭殿の中からプロセラ達の前に現れたのは、古びた僧衣を纏った細身の男。
瞳の形が違うため、獣人であることがわかる。
そして漲る魔力と生命力。
ツキヨがその隙の無さすぎる動きに驚き、振り向きながら慣性を無視した挙動で数歩分ほど飛び下がった。
男が苦笑いしつつ口を開く。
「そんなに驚かんでもええじゃろ……」
「おおっと僧正様、これは失礼。
知り合いが通りかかったもんでつい、すぐ戻ります」
「待て待て、注意しに出てきたわけじゃあない、落ち着きなさい」
「へえ、じゃねえ、はい僧正様」
慌てるパラドクサを適当に制し、僧正様と呼ばれた男、つまり第九祭殿管理者サリックスがプロセラとツキヨをじっと見る。
「ふうーむ?」
すると元々ヒトと違っていた瞳が更に変形、蛇のものとなり鈍い光を放つ!
しかしその瞬間、男の目の前に板が出現して流れ出す魔力を遮断。
やや遅れて気づいたプロセラが、ツキヨをカバーするように防御膜じみた生命オーラを展開した。
「と、突然何するんですか?!」
「わたし達攻撃とかしないよ、えっと……サリックスさん」
ツキヨが案内冊子をめくり、相手の名前を確認しながら不機嫌そうに呟く。
それを受け、瞳を戻したサリックスが髪の無い頭をばつが悪そうに掻いた。
「別に攻撃しようとしたわけではないんじゃ、ちょっと分析を……うむ、すまん。
まあいい、私がここの管理者サリックスである。第九祭殿にようこそ」
「「……」」
「あ、あたしゃ掃除に戻りますね」
妙な空気に耐えられなくなったパラドクサが降りてきたとき同様にふわりと屋根に戻る。
「まずはその障壁を消してくれんかね、いや私が悪かった。
で、あなた方は“セコイア”を探しに来たんじゃよな。
本来の名前も知っとるのか?」
「わかるよ、本人に教えてもらったし。
だから会いにきたの、ねご主人?」
微妙に言葉を選びつつ喋るツキヨが、少し躊躇った後に板を消す。
それを見て、プロセラもようやくオーラを引っ込めた。
「あの、サリックスさん。
さっきからなんか様子が変な気がするんですが、セコイアさん……センペール戦僧正に何か問題でも?」
「それは無い、当然元気じゃ。
こうな、“セコイア”はあいつが行のため遠出するときの名なんじゃけども。
何というか、何ぞ恨みでもあって復讐に来たんじゃったら、絶対に殺されるから止した方がいいと……」
顔を見合わせて首をかしげる二人。
一方サリックスは真剣だ。
「どちらかと言えば恩人、ですかね……」
「だよねー」
「ううむ、あいつが恩人ね、ぬう。
それはいつぐらいの話なんじゃ?」
「九年前。そろそろ十年?」
「九年とな?それはずいぶんと、待て、今その外見でヒトで九年前となるとまだ子供ではないのか?
……子供……子供……おお、そうじゃ!
確か面白いやつを見つけたとか言っとった気がする。
なるほど、確かにあいつが面白いというのも納得出来る……」
どうやら誤解は解けたようだ。
問題は、センペールが割と危ない人っぽいことである。
「ところで、センペールさんってどんな人なんですか。
実は、なんかすごく強そうで、あと親切だったぐらいしか覚えてないんです」
「あと背が高いのと歩くのが異常に早いよね、ご主人」
「うむ“親切”以外は大体あっとるからその認識で良い。
それと、あいつが人に他人のことを話すのは極めて珍しい、忘れとることは無いはずじゃ。
しかしいろいろ早とちりしてしまって悪かった。
ところで、あなた方はジオ教徒じゃなかろう。
せっかくここまで来たんじゃし、基本の祈りと礼拝方法ぐらい学んでいかんかね?
なあに半刻もあれば終わる、それと……これと……」
第九祭殿の主サリックス僧正は、えらく多弁でお調子者であった。
どうやら第八祭殿以降ともなると、教団の僧以外は思いつめたような者や、趣味を苦行と言い切りそうな連中がほとんどらしい。
なので普通に喋れる客には飢えているとのこと。
ようやく開放され、宿坊に引き上げる二人と入れ替わりで屋根の掃除を終えたパラドクサも見事に捉まっていた。
楽しいお参り




