21話 『遭遇』
ゼムラシア探索冒険研究連合体ドラド支部、依頼掲示板前。
プロセラとツキヨが依頼リストを眺めながら唸っている。
二人は、駆除や採取でない、クライアントが直接付いている依頼を探しているのだ。
単純に前回が駆除だったため次は普通のものをということと、ドラドやジオ教団について聞く相手が欲しかったという二つの理由がある。
聞く方についてはロンディがいればよかったのだが、魂の魔法を研究するとかでどこかに出かけてしまった。
逃げられた感がなくもないものの、いかんせん発破をかけたのが二人であるため何も言えない。
そして最大の問題。
「困った」
「困ったね」
二人は昨日ざっとチェックした感じからして、短期契約を適当に請ければいいだろうと思っていた。
しかしそうではなかったのだ。短期でクライアント付きのものは案内人としての役目が要求されがちなのである。
巨大な港町であり、他所から来る人の多いドラドでは特に多い。
当然それらは請けられぬ。
「この闘技場代理戦士、契約期間六日ってどうだろう。
僕は怪我とか平気だしさ」
「腕がもげても平気な戦士ってどうなの、試合として」
「むむ……なら第二候補のこっちはどうだツキヨ。
メランチ峠の調査、十日間。利用者数と周辺の安全確認だってさ」
「メランチ峠、昨日亜龍狩ったとこの手前の、川がある山でいいのかな?」
「うん、なんか道が通ってたとこ。
昨日ちょっと見たよね、抜けて下っていけばセルカリア王国へ行けるらしい」
「いいんじゃない?
でもご主人さ、明らかに安全じゃないよねそこ。
山一つ挟んだら亜龍普通にいるし、ジオ教団側からは反対だからそっちの庇護もないし」
「安全じゃないから別のルートで列車が通ってて、商人ギルドから定期調査なんて依頼がくるんじゃないかな……」
どうも、この調査は定期的に出されているらしく、第88期などという副題が付いていた。
報酬がなかなかいいし、報告相手もベテランということで色々話を聞けそうである。
「請けてきたよ、明日か明後日からで合計十日の調査期間は分割可能だってさ。
んで十日のうち二日か三日は昼ではなく夜頼みたいと。
あと、明らかに危険な相手以外は魔物動物関係なくなるべく殺さないで欲しいらしい。
近くにしかいない生き物が数種類いるとか」
「なんかちょっとめんどくさいね。
なるべく殺さないってのは、迷彩してれば大体襲われないと思うし問題なさそう。
それより利用者調査どうすればいいのかな、見かけた人数分記録しとけば?」
「多分。とりあえず十日分の買出ししようかツキヨ」
「え、飛べば一刻もかかんないでしょ?
一日おきぐらいに戻って、着替えたり食べ物持っていけば」
「…………そうか」
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幌馬車が二台、夕暮れの山道を旅している。
外から見えるのは御者が一人ずつ、そして辺りを警戒している騎士らしき装備の小柄な銀髪女性。
その幌の中。
「なあルスラーよ、外の神殿騎士の姉ちゃんが居れば俺必要ないんじゃねえか?」
「いやあ、そういうわけにもいかん。
わしが護衛を頼んだのは何時も通りリューコメラス、お前さんであるし。
そもそもヴェルナ様は会長の次女であるから余計なお願いはできん。
あの方はアルテミア大神殿に居たんだ。
それが数年ぶりに長期休暇を取ってセルカリアに行く途中、偶然合流しただけなのだ」
リューコメラスの知己であるルスラーはセルカリア王国に本社を構え、バルゼアとドラドにも支店を持つなかなかの交易商の重役である。
陸路で運ぶ必要がある高価な品が入った時は、必ずリューコメラスが護衛に付くことになっているのだ。
しかし今回はいつもと勝手が違った。
ルスラーが商会の仲間達と別に謎の若い女性を連れていたためである。
正確には、その女から感じる威圧感のせいだ。
「あれが会長令嬢だと?俺には悪魔に見えるがね」
「絶対強いよ魔力量おかしいもん、私とリューコメラス二人がかりでもさ、下手したら負けるわ」
リューコメラスとその精霊、フェルジーネが外に聞こえないようルスラーに囁く。
その表情は到底冗談を言っているように見えない。
「間違いなく会長の娘だ。あと神殿騎士ではなく、神衛。
凄腕の火魔道士にして先手。それがヴェルナ様」
ルスラーがこれまた真剣な面持ちで返す。
「おいおい……」
歪んだ顔で非難の視線を投げかけるリューコメラス。
別にルスラーに責任など無いのだが。
その時、幌の向こうから声!
「聞こえてますよルスラー、とあと冒険者の方!
別にいいけど…………あれ、何……」
「あああすみませんお嬢様!!!」
「おわ、冗談だ!何でもねえ!」
ヴェルナだ。驚異的聴力!
慌てて布越しに謝罪するルスラーとリューコメラス。
しかしそれに対する返事は無く、隙間から熱気が流れ込んできた。
なにやら魔法を使っている。
「さて、なんだったのでしょうかね」
正方形に燃え上がる空中を見ながら、ヴェルナは呟いた。
馬車が行く先、その上空に先程まで人が浮いていたのだ。
市販品と思われる光迷彩ローブを纏い、、何重にも魔力と何らかの力で覆った強力な迷彩状態にあった二人組。
ルスラーの護衛の精霊契約者と風精霊も、相当の強さだ。
しかし先の二人組は、大神殿でも有数の感知能力を持つ自分にしか視えなかっただろう。
敵かそうでないかまでは判別できなかったため、まずは声をかけてみたのだが、全く反応無く何やらメモを取っていた。
それがあまりにも不吉な感じだった故に行動に出たのだ。
即ち、攻撃である。
先手ならではの強力な小型結界で対象を囲み、その内部を焼き尽くすヴェルナの得意技。
その名も“焼却牢”。
結界で囲む必要があるため多少前準備が長いが、燃費が良く高火力、そして一度かかると抜けにくい。
完全な不燃物でない限りじきに焼き尽くされる。
ヴェルナは簡単な神殿式の祈りを謎の二人に捧げ、馬に戻ろうとした。
刹那、彼女の優秀な感覚器、そして第六感が警告を発する。
向き直ったその瞳に映るのは、消え始めた白熱火炎の向こうに佇む二つの人影!
「……?!」
馬車を止めて御者と馬を下がらせ、直ちに戦闘体勢に入るヴェルナ。
軽鎧の首元が燃え上がり、輝く仮面に変化。
そして構えたモーニングスターの先が、まさに星のように白熱する!
その間も、焼却牢の炎は薄れていく。
ヴェルナの感覚器はその様子をじっと調べている。
彼女が張った結界の中に、第二の魔力壁。
そして、中の二人。
いまだローブに包まれたままで顔と性別は判然としないが、迷彩は解かれていた。
背の低い方のローブの裾から、十本ほどの白く透けた魔力色を持つ細い触手が伸び、炎を吸収している!
背の高い方は、何らかの強力なオーラを展開しているようだ。
やがて、オーラと触手によりヴェルナが張った分の結界も侵食吸収されて完全に消滅した。
「突然何すんだ!」
一人がローブを脱ぎ捨てて、長物を構え飛び降りてくる。
若い男で、鎧の類は身につけておらず無骨な山歩き用の上下だ。
かなりの使い手のようだが、ヴェルナよりは下と思われる。
もう一人は空中から動かない。技前の程はいまだ不明。
「自分の胸に聞いてみたら?」
振り下ろされる金棒をモーニングスターで打ち払い、上空のもう一人を警戒しつつ燃える蹴りで返す!
怯んだ男を追撃しようと……
「ちょっと落ち着きなさいよ!」
甲高い叫び声と共に暴風が吹き荒れた。
慌てて地を踏みしめ身体を固定するヴェルナ。
男の方は吹き飛ぶが、途中で何らかの魔力壁に受け止められ空に着地。
「こら精霊、邪魔を……え?」
男があんぐりと口をあけて風精霊を見ていた。
上に居るもう一人もそちらを向いている。
「……何やってんのフェルジーネ、それにこのヤバい人は誰」
「えーと、護衛対象だと思うのさ?」
もう一人もローブのフードを外し憮然とした表情で空から降りてきた。
黒髪の少女だ。こちらは男と違っていまだ警戒を解いていない。
身体の周囲に板状の魔力壁を展開している。
「どう見ても護衛が必要そうじゃないよね。
わたし達じゃなかったらとっくの昔に消し炭だよ」
「そもそも、何でお前らがこんな所に居やがるんだって話だよな、プロセラにツキヨちゃん。
とりあえずヴェルナ……お嬢様、こいつらは敵じゃねえからその物騒な仮面を戻してくれると助かるんだが」
馬車から出てきた大男、リューコメラスが顔をしかめながら仲裁する。
それでようやくヴェルナも戦闘体勢を解き、ツキヨというらしい少女も外側の魔力壁を引っ込める。
しばらく後、ルスラーとその部下である御者二人が冷や汗を流しながら現れた。
「峠の調査……?それであんな極端な隠密状態だったわけですか。
私が声をかけても無反応だったのは、報告用のメモに忙しくてそれどころではなかったと」
メランチ峠の下りにある広場に火が焚かれ、その周りでヴェルナ達、そしてどうせ近くで野営するのだからと一時的に合流したプロセラが話している。
既に夜更け時。
ルスラーと部下二人は既に幌馬車の中で眠りにつき、フェルジーネもリューコメラスの体内に戻っていた。
馬達も水と草をたっぷり補給し、静かに休んでいる。
「いくら隠れてたからって結界で覆われて謎の魔法ぶち込まれたら、そりゃ怒っても仕方ないと思うんですよ」
「靴とか迷彩ローブが燃えなくてよかったよね、ご主人」
「俺に言わせりゃあよ、あれで無傷なお前らの方がどうかと思うぜ」
迷彩をかけ空中から峠の周辺調査を行っていたプロセラとツキヨ。
やはり魔法列車の影響か、利用者は少ない。
そこに通りかかった二台の幌馬車。
普段ならすぐにリューコメラスに気付いただろうが、迷彩に力を割いて感知能力が落ちていたため特定できなかったのだ。
人数をメモし、色々チェックしていたところで、二人を刺客か何かと勘違いしたヴェルナに襲われた。
具体的には、強力な結界で覆われ、魔力が流れ込んできた。
それに気付いたツキヨが即座に板を六枚生成して隔離、その後板の内部に残った敵の魔力をプロセラが転換して消す。
問題はそこからである。
いきなり結界が燃え上がり、高熱が板の内側まで侵入してきたのだ。
慌ててオーラを展開し、温度を調整。
その間にツキヨが簒奪管で外の魔力を吸い上げ、どうにか炎を消し去った。
一息ついたら眼下のヴェルナがあからさまに戦う姿になっていて……というわけである。
「だーかーらー、それは謝ってるでしょう……はー、自信喪失ですよね。
いくらフルパワーでなかったと言えども、焼却牢が全く効かないなんて。
強引に耐え切るならまだしもですよ、完全に無効化できる相手なんて数人しか知りませんでしたのに、こんな偶然出会った冒険者が。
んーーーー、偶然?そういえばあなた、どっかで会ってません?」
やたらフランクになったヴェルナが妙な顔をしてプロセラの顔を覗き込む。
しかし、プロセラには全く心当たりが無い。
「わたし達はアルテミア人だから、会ってる可能性もゼロじゃないと思うけど。
けどヴェルナって名前には憶えとかないよ、ねー」
「僕も気のせいだと思いますけど。
あ、でもヴェルナさんは神殿騎士なんですよね。なら姉さんを見たことぐらいありそ」
「そっか、ご主人じゃなくて師匠の方と会ったことあるっぽいのかな」
そこにリューコメラスが口を挟んでくる。
「待て、ヴェルナ嬢は神衛だそうだから、部下ってのは無いんじゃねえか?
だが大神殿勤務同士なら、同じ部署の可能性はあるのか」
突然、プロセラとツキヨが取り乱しはじめた。
その慌てぶりは尋常ではない。
「ええええ神衛?!マジで?!
なら確定じゃないか、困った、これは困ったぞ、どうしよう……」
「リューさん、師匠は、あ、結構年が離れてるご主人のお姉さんなんだけどね。
その人も神衛なんだよ」
だが、もっと動揺している人物が居る。
「……あの、ちょっと待って、姉?詳しく?
神衛って全部で二十人位なんですよ。
でね、女は私含めて五人しかいないの。
そのうち二人は亜人、一人はおばさんっていうかおばあさん。
で、あなた、プロセラでしたっけ、あなたの姉ぐらいでヒトっていうと。
いや気のせいよね?そんなわけないわよね、あはははは」
慌てふためくヴェルナを見ているプロセラが気乗りしなさそうに重い口を開いた。
その表情は諦めと絶望が入り混じっている。
「そうですよね、まあ特定できますよね、うん。
神衛副長、破滅魔ヴィローサ・アルミラ。
……僕の姉です」
「仕方ないよねご主人、だってもうばればれだもん」
「ああそう、そう、そう、うん判ってたわよ、なら焼却牢ごとき効かなくても全然不思議じゃないわ。
あー、ああー……休み明け、ヴィローサにどんな顔して会えばいいんですか……
あれ?とすると、ツキヨさんはヴィローサが言ってた念動士のツキヨかしら?
だったら、あなたの紹介状に私の名前入ってますわよ」
「「えっ」」
今度はリューコメラスとツキヨが驚く番だ。
ただし驚いた理由は違う。
ツキヨにとっては恩人の一人と偶然会ったということ。
そしてリューコメラスにとっては……
「あんた特務だったのか……いや、現神衛なら元特務か?
“金影”は俺の知り合いだしジジイだしで、もしそんな姿になってたら笑い死んじまう。
つまりヴェルナ嬢が“傘魔”。
おい、本当に俺がルスラーについて来た意味なかったじゃねえか」
特務ギルド員と野良で出会うのは非常に珍しい。
元々数が少ない上、公にできないような危険能力を持っていたり、あるいは一級として動くには人格に問題があったりする。
彼らが動く時は依頼であろうと特殊な任務であろうと基本的には一人。
別の定職に就き、ギルド活動を行わなくなっても称号は維持されるが、その場合称号で名乗らなくなるため更に見つけづらい。
「あら、冒険者の……リューコメラスさん、金影の、隊長の知り合いなの。
道理で雇われ冒険者にしてはえらい強そうだと思ったわー、精霊もなんか変だったし」
それを聞いたリューコメラスが飲んでいたウィスキーを噴き出した。
飛沫が焚き火にかかり青い炎!
「あ、あいつが?あの変態ジジイが神衛隊長?!
しかも部下にプロセラの姉貴と会長令嬢?!
これはひでえ、俺の人生最大の事件だぜ!なんてこった!」
「……ちょっとその話、後で詳しく聞かせてもらいましょうか。
ルスラーのお守りをしながらだとセルカリアまであと三日か四日位かかりますし、明日以降でかまいませんがね?」
大盛り上がりのリューコメラスとヴェルナ。
なおプロセラとツキヨは、今日の話を仕入れた姉が取りそうな反応を色々考えて震えていた。
セコイアを探しにジオ教団へ行く途中でなく普通の仕事中で本当によかった、そう心の底から思いながら。
「まあ、それはおいおいな、危険な話が多すぎるしよ。
ところでヴェルナ嬢、傘魔……特務なんだよなあ。
それほど人格破綻者には見えねえし、なんか特殊な魔法でも持ってるわけか?」
「んー、金影の能力はご存知なんですよね?」
「おうよ、平面化だろ?どんどん魔法が出てくるきめえ色の影に化身する奴。
あのジジイはほんと見境ねえよな」
「わたしもあれ系ですわ。隊長よりは人類に近いけれどもね」
「なるほどな、しかし神衛は完全実力主義と聞くがよ。
そんだけの錬度にさらに化身があって、金影より下なのか?
奴はそりゃ普通からしたら圧倒的に強い、だが通常の戦闘が得意な方ではなかったはずだぜ」
リューコメラスはかつてのチームメンバー、特務を押し付けられてなかった頃の彼を思いだす。
といっても、二十年以上前の話であるが。
“金影”は強力な複数属性持ちで危険な自作魔法も持つが、戦闘好きではないし、反応速度もそれほどでもない。
咄嗟の対応力や肉弾戦ならリューコメラスやヴァラヌス他の方が上であった。
「そうですね、隊長は別に最強戦力というわけではないですね。
神衛全員でそれぞれサシの戦いをするなら三か四番目、私の一つ二つ下って所だと思いますわ。
けどもデスクワークや腹芸なら、他の追随を許しません。
教皇様や神官長はもちろん、各国の政治屋とも十分勝負できるはずよ。
それも含めての“実力”ってわけです」
「なるほどなあ、ジジイらしいというかなんつうか……
いや待て、神衛最強がヴェルナ嬢でもジジイでもねえとすると」
「師匠だよね、どう考えてもさ」
「あれ以外考えられないよ」
ようやく我に返った二人が会話に戻ってくる。
神妙な顔でリューコメラスの疑惑を肯定。
「どんだけやべえんだよ、プロセラの姉貴ってのは」
「私と隊長が同時にかかってもヴィローサが本気ならどうにもならない、ぐらいですわ。
他の基準なら、探索ギルド総長ガノーデ爺さんより確実に上。
そして五年に一回教団と神殿でやる武芸大会で、ジオ教団大僧正百拳王デンドロンと引き分けています」
「一年半前の僕とツキヨではまともに触れることすらできない程度かな?
いま二対一やれば反応ぐらいはできるかも、それでも勝つどころか傷つけるのも厳しいですね」
「お、おう……」
大きな溜め息をついたリューコメラスが、瓶に半分ほど残ったウィスキーを一気に呷った。
ヤバイ女に縁があるリューコメラス




