18話 『実験』
「食事も問題なしと。ツキヨ、後は……ええと」
「まあ、フェルジーネでもご飯食べるし。うん美味しかったよ」
幽霊屋敷地下から脱出した時には既に夜がふけつつあった。
戻ると既に“アベニー”も閉店していたため、結局二人は窓から侵入し風呂を浴びてすぐ眠ったのだ。
そして昼前に起き一階で定食を食べ、二階の自室に戻ってきたというわけである。
体温やらの代謝関連は昨日のうちに確認できており、どうやらそのあたりは変化なしらしい。
「それにしたって、後なにを調べればいいのやら」
「お医者さんとか行くべき?」
「僕のイメージだと医者はなんか嫌な予感するな……」
医者に正体不明なものを見せたら、留められて色々いらないことまで調べられるのではないか?
明らかに偏見だが、少なくともプロセラの前の記憶と経験ではそういうことになっている。
「まあ、今のところいいことしかないような気がするんだけどねー。
魔力の流れ止めてみても、別に息苦しくなったり動けないとかないし」
「僕の他人再生が効かないデメリットがあるだろ。
しかも、聴覚強化とか身体強化はいけるのに再生だけって何でさ?!」
「わかんない……シトリナさんの店でちょっと見てもらって、それから狩りでもしながら考えよ?」
「昨日の今日でそんなに動いて大丈夫か」
「や、単にわたしが身体軽くて動きたい気分なの」
楽しそうに準備をするツキヨ。
いつの間にか出せるようになっていた魔力の触手が早速役に立っている。
念力を扱うのと同じ感覚で操作でき、パワーが低い代わりにより繊細な挙動が可能らしい。
指の延長といった感じで、魔力感知で感じられる色も白っぽく透き通っている。
カルバティアが使っていた触手とかなり異なるようだ。
あれの外見は灰色の影でもっと太かった。
機能も魔力自体の操作がメインであり、全体的に大雑把だったように思える。
魔道士としてのタイプの差だろうか?
カルバティア本人は純粋な死魔道士であったようだが、物理肉体になっていた人物の魔法は?
不明な点が多いが、今となっては調べようがない。
プロセラは、フェルジーネの件から魔力に本体の資質や記憶などの情報が含まれているのではないかと推測していた。
そのため放っておいてもヴァラヌスに全て食われるだろうカルバティアを、わざわざ横から割り込んで吸収したのだが、特に知識の類は得られなかった。
精霊でないと無理なのか、転換で情報が消えてしまったのか、一人で全て食いきらなければ意味がないのか、体力が回復しただけで終わったのだ。
条件は気になるが考えてもどうしようもないため、プロセラも出かける準備を始めた。
新たな能力を実際に使ってみればいろいろ分かる可能性もある。
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二人の目の前でローブを着た老婆が難しい表情をしている。
その横で褐色の少年が退屈そうに浮いていた。
魔法道具屋店主のシトリナと、地精霊ディオスだ。
普段はここにフェルジーネもいることが多いのだが、今日は休みらしい。
「強力な帰還者に憑依された。
憑依自体は剥がせたものの何か身体が変化している、と。
そういうことでいいんじゃよな?」
「たぶんそれでいい……と思うんですが。
あと憑依されてたのは長くても半刻ほどだと思います、シトリナさん」
「ふーむ……」
「思うんだけどね、憑依はただのきっかけじゃないかって。
あの店員さん、カルバティアは1年かけてわたしの身体を使おうとしてたんでしょ?
魂の魔法って、本を読むみたいな感じで使うの。
こう、魔法としては一つなんだけどいろんな使い方が魂だかなんか、頭の中に書いてあるみたいな。
それの次のページが開いたような気がする。
わたし自体が変わったのか、そのカルバティアが魂の魔法を読もうとしたせいかはわかんないけど。
具体的には四年ぐらい前の、念力しか使えない状態から魂の魔法に開眼したときみたい」
ツキヨがどうにか説明しようとしている。
しかし、いくら説明されても念動士にしか分からない感覚なのではなかろうか?
機甲オークの時に会ったロンディが念動士らしいので、暇な時にでも聞けば何かわかるかもしれない。
それを証明するかのようにシトリナも首をひねっていた。
「なるほどのう……
ただ、帰還者に身体を物理改造された結果ではないはずじゃ。
そんなことをされたら魔力そのものが変質してしまうはずじゃし、そうなってはおらん。
魔法にあわせて色々進化したというだけで、特に問題にはならんのではないかの」
「うーん、でもシトリナさん、それって要するに何も分からないという」
「うるさいねプロセラ、私にだってわからんことぐらいあるわい。
というかじゃ、お主だってヒトから離れておるわ!
去年、リューコメラスに紹介されたときと比べても明らかにじゃ。
そろそろ属性鑑定紙でもヒトと判別されなくなると思うぞ?
しかし念動士、念動士ねえ、何かあったような、待っておれ」
ぶつぶつ言いながらシトリナが奥へ消える。
……が、調べ物をしているらしくなかなか戻ってこない。
ディオスが退屈そうに欠伸をし、商品のほこりを払い始めた。
はたきを二本構え、なにやら叫びながらやっているので仕事なのか遊びなのか疑わしいが。
「暇だしわたしも手伝うよ」
同じく手持ち無沙汰のツキヨから数本の魔力触手が伸び、ディオスの持っているはたきを片方奪い取ろうとした。
「えっ?う、うわあああ?!」
突然、物凄い勢いで飛び離れるディオス!
商品がいくつか落ちかけるが、それはツキヨの念力で止まり、元の場所に戻された。
ツキヨが不思議そうな顔をして、触手を蠢かせる。
魔力が視える人には若干気持ち悪いかもしれない……が、叫びながら離れるほどのものだろうか?
「え、なに、これがどうかしたの?」
逃げるディオスを追尾し、今度こそはたきを手に入れた触手が、ツキヨの掌に戻ってゆく。
「それを俺に近づけんじゃねー!やめて!やめろ!
っていうかここで出すな!」
「怖いの?なんで?」
「なんでってお前、簒奪管だろ!」
「ちょっと待てディオス、お前ってこれが何か知ってるのか?
わかるなら教えてくれよ、ってかシトリナさんに見せればよかった」
要領を得ないディオスとツキヨの会話に割り込むプロセラ。
どうやらディオスはこの魔力触手に心当たりがあるらしい。
念力の亜種にしか見えないこの触手に秘密があるのだろうか?
ツキヨ自身も、何かできそうな気がすると言ってはいたが。
「お前念動士なんだよな?
なら簒奪管しかねえじゃん?!
怖いから近づけんな!」
簒奪管、なにやら物騒な響きだ。
だが名前だけ言われても全く分からない。
「ふーん、じゃあこれも魂の魔法関連なのかなー」
「魂の魔法、一個しかないとかいう話じゃなかったっけツキヨ。
うちにあった本には載ってなかったと思うんだけどな」
「だよね、でも魂の魔法より念力に近い感じ?」
と、なにやら重厚な本を抱えたシトリナが戻ってきた。
「何を騒いどるか。多分こいつじゃないかね?
念動士もどうやら先があるらしいの、この記事が嘘でなけりゃね」
シトリナが開いたページを覗き込むと、先手やら幻魔やらの説明が豆粒のような字で書かれている。
そして、一番最後。
「念動士、魂の魔法のその先、魂の記録。“精髄”
ううん、なんだこりゃ、説明がえらく短くてよく分からないぞ。
帰還者とかと並列して記述してあるし、念動士の上位存在ってことか?」
「念動士自体が少ないからの、変化する人も少なく情報も少ないんじゃないかねえ。
何にしろ他の人間止めた連中同様に、現世に留まる何らかの能力を持っとるとは思うんじゃ」
「……シトリナさん、わたしの触手は、ディオスは簒奪管って言ってたけど。
これはカルバティアがどうのじゃなくて、精髄の能力になるのかな」
再びツキヨが触手を生成する。
ディオスは非物質化してシトリナの中に逃げた。
「う?!そいつは、見たことがあるぞ!あれは私が何歳のときじゃったか、うら若き、いやなんでもない、ともかくずっと前じゃ。
ディオスがそれにやられたからよく覚えておる。
むむ、ということはじゃ、魂の魔法ではなかったのかあれは。
百年越しの疑問がこんなところで判明するとはの……」
「どういう能力だったんです?
ツキヨのそれ、今のところただの指の延長でしかないみたいなんですけど」
伸ばした触手をプロセラが生命オーラで撫でるとツキヨはくすぐったそうにしている。
どうやら板などと違い、感覚があるらしい。
「何じゃと、私の記憶では結界やら防具やらを楽々貫通しておったが。
攻撃使用に条件があるのかもしれんのう」
「そうですか……ともかく相談乗ってくれてありがとうございます、シトリナさん、あとディオス」
「ありがとう、またくるね」
「次は何か買っておくれよ」
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シトリナの店を後にし、バルゼア大森林でいくらかクッキーカッターに頼まれた獲物を狩った二人。
ツキヨの新しい能力は結局よくわからず、もっといろいろ試すため森の広場にやってきていた。
「ねえご主人、やっぱしそんな特殊な能力はないような気がしてきたよこれ……」
「板をすり抜けられるのは凄いと思うけど」
「すごいけど、板の先に別の板作れば、わざわざこれ伸ばさなくても干渉できるよ?」
いくらかの実験で分かったことは、まず半透明の魔力触手は実体があり、あまり強度が高くないこと。
無理に大きなものを動かそうとすると千切れ、霧散してしまう。
そして、集中すると魔力をすり抜けることができる。
射程はそこそこで、板や念力よりは短い。
なんだか全体的に貧弱である。
「言われてみればそうだよなあ」
「それよりね、他人再生かけてもらっても残らなかった理由わかったよ」
「へえ、ってツキヨ?!」
そう言ったツキヨが、いきなり薄い板を生成し、自分の腕を切り裂いた。
念力ですぐ血は止まるものの、痛々しい大きな傷口が見えている。
「あいたたた、でね、見て。
ほら、エンチャント魔法って同じ効果のものは重ねても意味ないんだよね?」
「あー……」
傷口から例の簒奪管とかいうらしい魔力触手が発生し、蠢き、傷が塞がっていく。
プロセラのように物理法則を無視した速度ではないが、他人再生よりは早い自己再生。
つまり、自己治癒能力が備わったために他人再生が乗らなかったのだ。
再生が無理なのに他の他人強化系は可能だったことも説明がつく。
だがそれより重要なのは、魔力触手が傷口から出てきたことだ。
「ね。でもご主人の他人再生もらえなくなるのは寂しいな。
あれすっごい好きだったのに」
「それは代わりを探すとして、見てて気づいたことがある。
簒奪管、板みたいに自分で生成してるわけじゃないよね?」
「だねー、なんか体の奥から、魂の魔法から出てきてる感じ?
一応操作してる自覚はあるんだけど、なんか説明しづらい」
「それさ、名前的に、いやディオスの言ってたのが正式な名前ならだけどさ、何か吸収能力ありそうだよね。
吸えそうな感じとかある?」
「吸ったり吐いたりはできそうな気はする、でもご主人を直接は……」
「じゃあこれで」
プロセラが生命オーラを操作し、手の先から少し伸ばして棒状にした。
それに向かって簒奪管が伸びる。
簒奪管はカルバティアの吸命管のように反発することなく、滑らかにオーラの先に巻きついた。
「え、わわ、なんか温かいのがあがってくる!
なにこれ!」
「やっぱできたか、ってあれ?
やばい、もう腕まで来た、転換!」
吸収可能なのは想定内だった。
だが予想より遥かに転換速度が速い!
慌てたプロセラが転換で吸収を止めようとする。
直後。
「あえ?!ちょ、ご主人やめて、ひゃ、変だよ、ふわふわする、じゃない、力が抜け」
「うわああ何でこんな勢いで転換されてんの?!
そんなに力入れてないって、ごめ、ごめん抑える」
「あ、戻った、よしこれで、ってあれ?」
「おわ、ちょっとツキヨまた吸いすぎ!」
今度は転換が通常では考えられない消化吸収速度を発揮する。
簒奪管はどうやら吸収効率はいいが、ツキヨのコントロールが甘いのかそれとも性質なのか脆い。
吸う速度は圧倒的に早いが、逆流した時も早いのだ。
二人がパワーを上げ下げするたび片方に傾いて大騒ぎである。
単に触手を消せばいい事を思い出し、離れた時には互いにへとへとだった。
「はー、なんか難しいね」
「簒奪管は気をつけたほうがいい、もっとゆっくり吸わないと失敗したとき危ない。
っていうかディオスが怖がってた理由が分かったよ……そりゃ精霊だとやばいよなあ」
「んー、こんぐらいかな?」
横に座ったツキヨから先ほどの五分の一ほどの太さの触手が伸び、再びプロセラの指に絡みつく。
どうやら細くすれば見た目どおりに処理速度が落ち、精度が上がるらしい。
「うん、これなら僕もオーラ生産どうにか間に合う。
それにしても何だろこの柔らかい感じ。
どう、ちゃんと魔力になってる?」
「なってる、なってる、けどこれ、ふああ……」
何か妙な様子のツキヨ。
「大丈夫?」
「あ、平気平気、一旦切るね。
ねね、試してみたいことがあるんだけどいいかな?」
「いいけど」
「今じゃなくていいよ、日が暮れるし家帰ってからで」
「今日の獲物をクッキーカッターさんに届けて、ご飯も食べてからでいい?」
「いいよー」
ともかく、ツキヨの異常の原因が精髄になりかかっているためであることは判明した。
どのような存在なのかは情報が足りずよくわからないが、非物質の吸収と、多少の自己再生が行えるのは確かである。
不安要素は多い。しかしツキヨの防御面が向上するのは素直に喜ぶべきことだろう。
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「ふう、さっぱりした。しかし精髄ねえ」
「どうなるのかなー、でもこのまま魂の魔法と簒奪管使っていけばなれるのかな?」
「多分?ところで、夕方言ってた試してみたいことって何」
自室に戻った二人が、板で防音がなされた壁にもたれかかってだらだらと話している。
誘拐、幽霊屋敷、帰還者、そして謎の変化。
久々に激動の数日だった。
「試してみたい?あ、忘れてた。
それはね、えっと、前のよりもっと細い簒奪管を二本出すから」
左右の手から、糸に近い細さまで絞られた触手が出現。
「どうすれば?」
「ご主人は右利きだよね、じゃあ左から出てるのを右手に持って。
んで逆は左手で」
「うん」
「これからわたしがオーラ吸うから、右手だけ転換して」
返事を待たず、簒奪管が生命オーラを吸いはじめた。
言われたとおりに右側の触手からだけ転換で吸い返す。
すると、互いの吸収量がほぼ均衡し、吸った分だけ簒奪管を通して力が流れ出る。
「?!……おお、面白い、転換する分と取られる分が同じぐらいでこうなるのか。
力が抜けるような入るような……何か……これ……」
「ん……はぁ……へへ、実験成功!
これで、ずっと練習できるよね、簒奪管も、転換も」
「なるほど。けどこれ、なんだか身体が熱いような……うわっ、どしたの?!」
突然、ツキヨが飛びついてきた。
一瞬焦るが、特に拒否する理由も無いので抱き止める。
もちろん簒奪管は維持されたままだ。
先程以上に力と体温が交じり合い、互いの思考がおぼろげに流れ込む。
「ふにゃ……このまま吸っててご主人……」
「……いつまで?」
「わかんない」
「わかった」
申し訳程度の15禁成分を感知
次は月曜になります。




