17話 『ツキヨ!』
「こりゃあ一体……何時からこんなもんが」
四十一階に降りたリューコメラスが辺りを見回し呆然と呟く。
とにかく広く、同様に広間だった三十六階とは比べ物にならない。
最大の特徴は他の階層と異なり明かりがあること。
プロセラは周りが見えていないようだ。
中央に向かって、跳び、駆ける。
リューコメラスが叫ぶ。
だが止まらぬ、止まるわけがない!
「待て!落ち着け!気をつけろ!おい!」
全速力で謎の台座まで到達、周囲のチェックもそこそこに飛び乗って、横たわる黒髪の少女を抱き上げた。
魔力の流れがいつもと違う気がする。この台座のせいだろうか?
そして体はやや冷たく青白い。しかし生体反応も、息もある。
ともかく不吉な台座から離れて回復を行わなくてはならない。
「他人再生」
プロセラの身体から少女、すなわちツキヨに温かい生命力が注がれていく。
浸透する生命エネルギーにより体温が上昇、肌に赤みがさす。
……動いた!
「大丈夫なのかよ、本当に」
やや離れて周囲を警戒しているリューコメラスの声が聞こえる。
黙殺し、ツキヨの様子を見ながら流す生命力の調整をするプロセラ。
「あ、おはよう、ご主人。……ここどこ?え、え、なに?なんで泣いてるの?」
そして、ツキヨの目が開き、身体を起こした!
辺りを見まわし困惑する彼女を、強く抱き締める。
「何でもない、何でもないから帰ろう、後で説明するから」
「ふぇ……あのさ……」
「いや、僕が悪かった、違うかもしれないけど……え、何だ?!」
「……」
突然、それは起こった。
ツキヨの身体を覆っていた他人再生が吸い寄せられ、消え去った。
そして一瞬の身体硬直の後、意識を失い脱力、魔力が放出され渦を巻く。
波長そのものはプロセラが慣れ親しんでいるものだ。だが挙動が異なる。
普段のツキヨの魔力は、慎重に隙を窺う狩人のように静かに流れ、研ぎ澄まされている。
今のそれはまるで暴走する狂戦士。
瞳が見開かれる。本来の黒ではなく、不吉に輝く青い虹彩!
「ゴボッ……お前は、お前、どういう……」
背中に板が刺さったプロセラを念力で弾き飛ばし、ツキヨが立ち上がる。
板がさらに数枚飛び、再生を止めるかのようにその身を切り開き、魔力の流れで生命オーラを分断!
それを横目で確認すると、もう一つの脅威に向き直った。
すなわち、変化に反応して飛び下がり、全身を石鎧で覆ったリューコメラス。
複数属性持ちらしく、その鎧は帯電している。
「はあー……何とか、何とか間に合ったわ、ほんとぎりぎり。
前の友達も貴方達に破壊されましたし。まああれは元々限界でしたけどね」
「てめえ、カルバティア……憑依だと?!
あの残存魔力で、尋常じゃねえ魔力耐性を持つそいつに?どうやって?!」
全身鎧に覆われ、表情の見えないリューコメラスの動揺した声。
ツキヨは物理面こそ魔力を操作していない限りただの少女だ。
だが魔法に関しては、素の状態でもその魂の魔法が想像させる通りの耐性を持つ。
高位の神官や僧正にも決して劣らないだろう。
いかに帰還者だろうと、ぼろぼろに消耗した状態で干渉できるはずがない。
そして、リューコメラスのその判断は合っていた。合っていたが、間違っていたのだ。
「それはその通りよ。憑依するための準備に一年かかったのだし、ね?
危なかった、本当に。貴方達を殺せないとは思わなかったし。
あの生魔道士がいきなり生命力で干渉してきたときは、さすがに消されたかと思ったわ。
ですけど、終わりよければですよね。
それにしてもこの友達の素晴らしい事!馴染むのが待ち遠しい!」
「糞が、こりゃあツキヨちゃんの体より俺達が危ねえか?
あいつらはまだ来れねえのかよ……」
リューコメラスが呻いた。実質、ツキヨとカルバティアのコンビが敵だ。
悪趣味な表現だが“友達”というのもあながち嘘ではない。
あれだけ削ってあれば、憑依したてなのもあり、死魔法はまともに使えまい。
しかし、それが脅威でないことを意味しないというのは、リューコメラスにはわかっている。
根本的な問題として、死魔法などよりツキヨの魂の魔法の方が遥かに危険なのだから。
「つまり、まだ馴染んでないわけだ。
そんな深刻に悩まなくても問題ないじゃないですかリューさん」
「そりゃあ、てめえはそうかも知れねえけどよ!」
カルバティアの後ろから、落ち着いた、しかし怒気をはらむ声。
無論、再生を済ませて立ち上がったプロセラだ。
身体を裂き、床に縫い止めていた板は消えている。
「え、どうして?!解析では、数日は持つはず。操作方法が異なる?そんなはずは」
困惑するカルバティアが板を次々生成。
普段ツキヨがするように空中を駆け、距離を取った。
「ツキヨが操作するならともかく、お前の板で、僕の再生は止められない。
けど、困ったな、どうやってお前を剥がそう?」
「吸収?魂の魔法を?
驚いた、貴方本当にヒトなのかしら……
ああめんどくさいわ、カーッ!!」
途端、周囲に展開される無数の板。
それらが飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。まるで嵐。
飛行してカルバティアを抑えようとしていたリューコメラスが吹き飛ぶ!
ノーマルの板では当然石鎧を貫通できぬ、しかしその質量は有効だ。
しかも魔力感知がプロセラより更に苦手で、音視界も持たないリューコメラスには対応が難しい!
プロセラも弾かれる!数が多すぎて処理しきれないのだ!
「うおおおい!ちょ、こんなもんどうすりゃいいんだ?!
プロセラああ!おい!どうにかなんねえの!」
ドカドカドカ!荒れ狂う板!逃げ回るリューコメラスが叫ぶ!
一方のプロセラも対応に追われている。破壊し、吸収し、避ける。
だが明らかに生成速度の方が速い!
「考えてる途中ですよ、っと、うわっ!」
「はあーっあははは!生き埋めにしてやるわ!私の輝かしい未来の礎に!」
「ぐお、うげえ、こりゃいかん、なあ、いつ燃料切れすんだよ!
やっぱ攻撃するしかねえ、放電!!……届かねえええええええ!」
「魔力切れ待つのは、厳しい、ですよ!
今飛んでるの、普通のやつなんで、おっと、あれは息をするのと同じ!
出せる上限超えたら、先に出したのから勝手に消えるんで、使い尽くすの待ってたらここ自体が!」
「ふざけんな!なんだそりゃああ!」
到底、カルバティアに近寄ってどうこうできる状態ではない。
適当だが驚異的な物量作戦。地上ならばどうにでもなったろう。
しかし場所が悪い!地下四十一階のここで下手をすると全員地の底に埋まってしまう!
いや、埋まってしまうのではない、埋められる!
「ほらほらほらほらほら!」
勝利を確信したカルバティアが笑い続ける!だがどうしようもない!
その時!
「ああもう、どうすれば……あれ?」
「てめえが知らないことが俺にわかるかってん、ぬ?」
二人に違和感。
それはフェルジーネからの通信!
((ヴァラヌスより伝言!私はすぐ上にいる、一瞬でいいから黙らせろ!))
「一瞬、一瞬か……」
「来るのおせえぞ!わかったぜ!が、しかしだ、どうしろってんだ!
なんか、なんかねえのかよ?!」
その間も板は止まらない。
しかも段々カルバティアが操作に慣れてきている。操作精度と強度が上がりつつある!
リューコメラスの鎧が、少しずつだが削れる!
対して、プロセラは板の処理を停止。
当然の結果として刺さり、打たれ、弾かれるがカルバティアのほうを向いたままだ。
「……」
「お?」
「止!め!ろ!」
そして、広間にプロセラの叫びが響き渡った。
単純な大声。しかし、生魔法で限界まで強化されたもの。
圧倒的音量が板を、あたりを揺らす。
それはツキヨに、魂の魔法に対するアラート。
反射的にカルバティアが硬直、板の生成が中断される。
直後、広間の天井が爆発!凄まじい放電!
カルバティアがそれを見る。
その穴から輝く球電がゆっくりと降下!フェルジーネ!
生まれた隙に、プロセラが駆け寄ろうと。
「私が接近に気づかないなんて!馬鹿……な、うぐ、ああああ!」
激昂し、板を生成しようとするカルバティア!しかし、すぐに悲鳴に変わる!
原因は彼女の背後だ。そこに居たのは黒い異形!
漆黒の鱗、長い手足と尾、歪な棘だらけの髪、裂け気味の口から覗くギザギザの鋭い牙、蜥蜴の瞳。
背中から伸びる巨大な氷の皮翼。
その怪物がカルバティアの、ツキヨの首筋に噛り付いていた。
恐ろしい唸り声!
「グァァァ……GRUUUUUUUUUUUUUUUU!!!!」
「うああ、止めてやめろ!やめて!おねがいします!やめ、あああああ!」
広間に響く、何かを咀嚼する嫌な音、そしてカルバティアの絶叫!
おぞましい音がしている割に、ツキヨの首からは殆ど血が流れぬ。
いや、見よ!いまやその怪物は肉体を噛んでなどいない!
氷の翼をはためかせて床に降りたその怪物が、脱力したツキヨの体を掴んでいる。
そこから引きずり出されつつあるのは人型をした灰色の影だ!
バリバリ、グチャグチャ、ガリガリ。影は少しずつ牙に引きちぎられ、叫びながらその体積を減らしていく。
プロセラがそこに駆け込んでくる。
「助かりましたヴァラヌスさん、手伝います!」
「ギシャー!」
「う、あが、くああ、やめ、ごあああ」
ツキヨに触れたプロセラが、生命オーラを全開にした。
聞くに堪えない音を発しながら齧られている影にオーラを伸ばし、違う方法で食事を開始する。
影を咀嚼するヴァラヌスに対し、転換で溶かして吸い取るプロセラ。体外消化!
「!……ァ!!――!―――!!!!―……!…………」
二人がカルバティアを貪り食う様子を遠巻きに眺め、安堵と酷い光景を見た感想が混ざった溜め息を吐くリューコメラス。
その横に浮かび、眉を顰めているのはフェルジーネ。
別に咎めようとかいう気持ちはないが、精霊である彼女は本能的に非物質を食べている光景が苦手なのである。
「自業自得だがよ、正直見てて気分のいいもんじゃねえな」
「ノーコメントね、余計なこと言ったらさ、明日は我が身よ」
しばらく後。
プロセラ、リューコメラス、フェルジーネ、そして黒髪美女の姿に戻ったヴァラヌスが円陣を組んで話している。
ツキヨはプロセラの荷物を枕代わりにして静かに寝息を立てている。カルバティアは影も形も無い。
覚醒状態のヴァラヌスにツキヨの身体から引きずり出された彼女は、ブローチに付着していたものも含め、一滴の魔力も残さず食い尽くされた。
三分の二ほどが霊気捕食でヴァラヌスの腹に収まり、残りは転換による消化吸収だ。
もっとも、素のカルバティアとの戦闘でもいくらか魔力を奪っているので、実質的にはプロセラの方が沢山食べているが。
「リューさん、ヴァラヌスさん、それにフェルジーネ、ほんと迷惑かけました。ありがとうございます」
「はっはは、感謝しなさいよね?」
「おいフェルジーネ……あれだ、あんま気にすんなプロセラ。
どのみちよ、カルバティアはあんな奴だし、いつか倒す必要があった。
それがちと早くなっただけだぜ」
「私は珍しいご馳走を頂いただけだし、どうでもいいわよ」
「はあ、どうも、うん、ああ、よかった……」
ようやく安堵し、大きく息をつくプロセラ。
その手はツキヨの髪を撫でている。
「ところでプロセラ、俺はずっと疑問だったんだがよ。
一体どうやってあの帰還者はツキヨちゃんの魔力耐性と魂の魔法をすり抜けて、憑依できたんだ?
奴はマーカーがどうのとか言っとったが」
「あー……それなんですけどね……」
推測を交えつつ事情を三人に説明するプロセラ。
軽く聞き流されるかと思ったが、意外にもリューコメラスとヴァラヌスは真剣に聞いていた。
フェルジーネは飽きたのか、それとも転換と霊気捕食に怯えたのか、途中でリューコメラスの体内へと消えたが。
「なるほどね、確かにずっと身に着けてるものから長期にわたって干渉すれば不可能じゃないわ。
それでも、帰還者だからこそでしょうけど」
「厄介なもんだな、だがよ、次からはそんな事起こりようがねえよな。
転換で怪しいもの、全部食っちまえばいいんだろ?」
「そうか、そんな使い方もありですね……ところで、この幽霊屋敷地下、どういう扱いになるのかな。
多分、カルバティアがアンデッドと瓦礫を操って作ったんだと思うんですけど。
なんていうの?無駄に高性能ですよね、換気もされてるし壁も頑丈だし、この最下層にいたっては魔法照明まで」
地下四十一階にわたる、なかなかの迷宮。その主カルバティアはもういない。
何気にメンテナンスが行き届き清潔に保たれている。
鼠や魔物なども居らず、暢気な幽霊が多少うろついているだけだ。
最下層は戦闘でいくらか破壊されてしまったが、それでも巨大な柱に支えられ全く崩れる気配など無い。
「言われてみればほっとくのももったいないわね。
かといって変な奴に住み着かれても困るし」
「何かに使えそうだよなあヴァラ?
ここって所持者はどう登録されてんだっけか、確か国有じゃなかったよな」
「ん?ここの土地持ってるのはガノーデよ。
五十年ぐらい前に競売で落としてそのままのはずね。
幽霊が多くて魔法使いやすいし、位置も丁度いい郊外だから訓練場かなんかにでもって理由で」
「それで結局使ってねえってわけか。
つうことはよ、カルバティアはその後に流れてきたのか、んで趣味だかなんだかで改造と」
「案外憎めない奴だったのかもね。美味しかったけど」
「いや何言ってんのヴァラヌスさん?!憎みますよ!」
「あはは、ごめんなさいね。
でまあ、ここをどうするか決めるのはガノーデ、つまりうちのギルドってわけ。
あのジジイも地下好きだから、なんか思いつきで考えた施設入れるんじゃないかしら?」
そう言ってけらけら笑うヴァラヌス。
こんな迷路が何かまともな目的に使えるものだろうか?
「あー……ガノーデさんって総長なんですよね。
僕とツキヨ、七級になって一年にもなるのに見たことないや」
「総長は本部三階に住んでてよ、ずっと中で研究や事務作業をしとる。
二階から下に降りることはめったにねえ。
一年見てないぐらいなら別に普通だと思うぜ」
「え」
「私は毎日のように会ってるけどね。
凄い人だけど正直うざいわよ?別に会わなくても困らないと思うわ」
「はあ……」
「さて、そろそろ帰ろうぜ、疲れたわ。
どっかで酒飲もうぜヴァラ、プロセラ。上まで半刻はかかるぜ」
大あくびをして立ち上がるリューコメラス。
ヴァラヌスがそれに続いた。
「……僕は、申し訳ないですけど酒はまた明日以降で。今日はお世話になりました。
もう大丈夫なのはわかってるんですけどね。でもツキヨが起きてから帰ります」
「そう。じゃ、またねプロセラ。
ああ、あとリューコメラス、本部に寄って一応ガノーデにここのこと知らせてから飲み行くわよ」
「あいよ。んならまたな」
「はい」
リューコメラスとヴァラヌスが暗い階段へと去っていく。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「えへへ……」
「おはよ、ツキヨ。いつから起きてた?」
「えっと、憑依とか何とかのへんから。
だからわかるよ、ありがと、心配かけたねご主人」
「そうか、ごめんな」
「へへ、おはよう。なんか疲れたしおなかすいたよ。
あれ持って来てくれてる?あ、あった」
身を起こしたツキヨが鞄を漁り、予備魔力板を取り出して吸収。
その時、二人に微かな違和感が走った。
「「あれ?」」
「なんか変、わたしの身体」
「そ、そんなことより僕がかけてた他人再生は?!」
「ふぇ?あら?ちょっと待ってご主人、調べる」
慌ててツキヨが自身の魔力の流れを調べ始めた。
板を出したり消したりしつつ首をひねる。
そして念力。別に変わった様子は……
「ツキヨ、身体なんともないの?」
「違和感あるけど平気だよ?むしろ前より身軽になってるみたいな」
「そうじゃない、生命反応がおかしい!
なんだろ、説明しにくいけど平坦な感じ、っていうか生きてるよね?」
「んーーーー?
でも、心臓も動いてるし、息もしてるし、あったかいし。
それに全身確認したけど、他の人の気配感じないよ?もちろん魔力も。
むー?なんか魔力の通りがいいような……えええええ!?なんか伸びた?!
あ、ちゃんと動かせて引っ込められる」
ツキヨの掌から、指ほどの太さの魔力で出来た触手が出現。
それがプロセラの頬を撫で、またするすると指に消えていく。
「その、それ……」
焦ったプロセラがツキヨの身体にあちこち触れる。
……少なくとも生身だ、今のところは。
安堵の息をつくプロセラ。
「あはは、くすぐったいご主人、ちょ、大丈夫だって」
「はあ……良かった、変なふうになってたらどうしようかと。
いや違う、待て、明らかにおかしいだろ!なにその触手?!
絶対カルバティアになんかされてる!」
「その人、わたしの身体を使おうとしてたんだよね。
なら使うものの性能を下げようとはしなくない?
あ、そだ、他人再生かけてみて」
「うーん、なら何だろう?あ、いいよ、はい」
プロセラから放たれる、柔らかく調節された生命のオーラがツキヨの身体を包む。
直後、本来なら長時間持つはずのオーラが消えた!
正確には消えてはいない、吸い込まれ、吸収されている!
「はー、やっぱこれいい気分……」
「ツキヨ、それ、なんか変なのになりかけてるんじゃ、なりかけてるっていうかされかけて?」
「だけどさ、帰還者って死魔法でなるんだよね?わたしそんなの使えないよ。
身体を魔力で動かすのは元々やってるから関係ないし、今回死にかけだったみたいだし、それで使えないって事は適性ないよね」
「うん、今はこれ以上調べるの無理だ。
帰ってご飯食べて、寝てから考えよう」
「そうだね、家かえろっか」
通路を通れる小型の板を箱状に組み、二人が乗り込む。
それはすぐに浮き上がって、天井の穴へと消えた。
一段落?
いつのまにか累計ユニークアクセスが2000こえてました。
ありがとうございます。




