13話 『報酬』
バルゼア大森林北部。
亜龍狩りの帰りに機甲オークに追い回されている人を発見、成り行きで助けたプロセラ達。
しかし助けた三人の話を聞くにつけ溜め息が増える。
中でもリューコメラスのテンションの低下は深刻だ。
「なるほどなあ、不可抗力なのはわかった、わかったがよ……はあ、仕方ねえな、ロンディ。
オークは北の方へ去って行ったとだけ報告しといてくれや。
細かい説明は俺が……俺かなあ……」
「思ったんだけどさご主人」
「なに?」
「これ、本当に大変なのたぶんリューさんじゃないよね。
後で書類にまとめて上に報告するの絶対ヴァラヌスさんだろうし、きっとまた爆発するよ」
「そうだね。まあ、僕らには何もできないしな」
「おい待てプロセラにツキヨ、それは違うぞ。
その爆発を受けるのは俺だからよ、結局一番大変なのは俺だ、なあそうだろ?!
……ちと色々考えるからそっとしといてくれ」
正論なのかそうでないのか何とも言いがたいリューコメラスの必死の主張。
それを生暖かい目で見守るプロセラ達と、申し訳なさそうにしょげるロンディ。
と、木人のパラドクサが疑問の色を滲ませながら口を開いた。
「ほんとにまあ、色々助けてもらってありがたいことで。
ところで、プロセラさんとツキヨさんって七級……なんすよね?
それにしては、依頼のコーナーや受付で全然見た事が無いような。
あんたがたって相当目立つ見た目してるし、あたしらはかなり本部に居る方のはずなんすがねえ」
「僕ら二人は紙を通した依頼はあんまり請けないから、受付とかそっちは月に一度ぐらいしか行かないんですよ。
素材処理窓口の方なら毎日のように居ます。狩りが主な収入源なんで。
しかし木人、バルゼアにも居たんだ。八年ぶりに会いました」
「九年だよー」
「そうだっけ?まあいいか」
「どこでも居ますぜ、水と光で生きられますから。数は少ないですがね。
ジオ教団本拠地やエルフの町の近くまで行きゃもうちいと多いかね?
それにしたって初対面の木人相手に、ずいぶん楽しそうに話しやすねえ。
あたしゃ町にいると怯えられることが多くて困っちまいます」
途端、少々悲しそうな顔を浮かべるパラドクサ。
様々な二足歩行の知的種族が存在するゼムラシアだが、木人の見た目は飛びぬけて生物らしくない。
亜人ではなく魔物の一種とする分類もあるぐらいだ。色々あったのだろう。
「ご主人に魔法教えてくれたのが木人だからねー。一日だけだったけど」
「セコイアさん元気してるだろうか、あの人が死ぬとかちょっと考えられないし元気だと思うけど。
もうちょっと生活安定したら探して会いに行きたいかも」
「むむむ……どっかで聞いたことがある気がしやす、気のせいかしら。
だめだ、あたしはあんま頭よくねえし思い出せねえや。
ありゃ?木人がセンセイってプロセラさん生魔道士なんで?
炎の槍でも再生早いままやったし、魂の魔法かなんかで回復してるもんかと」
「や、火は苦手だけど。十分の一かもっとずっと遅いぐらいかな」
「だよね、普通の攻撃ならもっとこう次の瞬間には元に戻ってるよご主人」
「あんたら何言ってんです」
「生魔道士ってみんなそうなんじゃ?
セコイアさんも姉さんも即死するような損壊でも一瞬で治るって言ってたし。
実際僕も特に回復速度調節する気が無いなら、剣で真っ二つにされても振り戻しより再生が完了して殴り返す方が早い」
「いやいやいや、そんな速度出せるなんざジオ教団の僧正級ぐらいでしょう?
そのセンセイって何もんですか……」
「何者って言われても素性までは知らないし」
混乱する二者だが、今回はどちらの言い分も正しい。
パラドクサからすれば当然、普通の木人の使う生魔法が基準である。
プロセラに生魔法の扱いを教えたセコイアは僧正なので、プロセラの感覚もそれに準ずるものだ。
ヴィローサも効果については知識を持っていたが、彼女が戦って面倒に思うような使い手は僧正級以上に限られる。
そのためプロセラの再生速度も別に普通だと思っていて、特に言及しなかったのだ。
「やっぱご主人の再生って早いのか、なんかそんな気してたけど。
ふふ、でも強いのはいいことだよね」
言いつつ、ツキヨが嬉しそうにプロセラの背中を撫でる。
「僕は耐久はともかく攻撃力が足りないからなあ。
最近、頑張れば非実体触れるようになったけど、人間とか相手は結局殴るしかできないし」
「そこはわたしの領域だからべつにー」
話をしつつリューコメラスの考えが纏まるのを待っている一行。
彼は機甲オークの扱いについて相当悩んでいるらしく、先程から渋い顔のまま動かない。
その時、リューコメラスの指令で撤退するオークを監視していたフェルジーネが戻ってきた。
「リューコメラスー、北の国境近くまで追っかけたけどちゃんと離れてったさ、あんな見た目で割と律儀な奴よね。
おい、リューコメラス?リューコーメーラースー?」
「お、おうすまんフェルジーネ。そうか、きっちり帰ったか。
んならもう報告無しで黙殺しちまった方がいいかもしれんな……」
「リューさんそんなんでいいんですか?!」
「だってよ、プロセラは知らねえだろうが機甲オークなんかこの辺じゃ数十年は目撃されてねえ。
多分大問題になるぜ。だが一人で来てたってことは多分よ、大したことじゃねえはずなんだ。
オークが攻撃や潜入工作の意思を持って動く時は絶対チーム組んどるからな。
奴は調査だつってたが、単に迷っただけの可能性が高い。
だが報告しちまったらそういう扱いにゃならねえだろ」
「この人たちがいなくなればいいのかな?」
「ツキヨ落ち着け、さすがにだめだろ盗賊とかとは違うよ?!」
「ぶっちゃけ一番確実なのはそれなんだがよ、もう助けちまったしなあ。
ぬう…………どうするけ」
「ねえ、リューコメラスさん。
あたしらがあと一週間ぐらいこの辺に居てさ、目撃自体が間違いってことにしちまえば済むんじゃねえです?」
「うぬ、その手があったか」
「それで解決すんならあたしゃ文句ねえすよ、助けてもらってますし。
いいよねロンディ」
「俺も特になんも。調査期間中に見つからなかったところで、せいぜい真偽が偽だったつうことで今回の報酬が減る程度で。
フォリアは?」
ロンディが地面に寝転がって静かにしていた少年を見た。
まだ動ける状態でもないようだが顔色はずいぶんマシになっている。
「リーダーに任せる、疲れたしもうどうでも」
「わかった。お前らがいいならそれが一番いいわ。
なら俺達は朝になったら先に帰るぜ、つうかよ、捜査のみ任務で攻撃すんじゃねえぞ。
次にこんなんあったら助けるどころか俺が逆に殺すぜ、本当、勘弁してくれ」
「「「はい……」」」
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オーク騒動を何とかごまかしたプロセラ達はロンディ一行と別れ、バルゼアに亜龍を持ち帰ってきていた。
ギルド本部に小型とはいえ丸ごとの亜龍を持ち込むのも微妙という理由で、まずはリューコメラスの家に空から搬入する。
彼の家には裏に倉庫を兼ねた作業小屋があるのだ。
専門の薬剤や道具などまでは常備してないため、肉と牙はともかく皮に関してはごく簡単な下処理のみしかできない。
それでもそのままクッキーカッターに押し付けるより、遥かにましであろう。
何より売れればいいリューコメラスと違い、プロセラとツキヨは亜龍革が欲しい。
「ほお、お前らが狩人だつってた理由、今やっとわかったぜ」
ツキヨの手により見る間に解体されていく亜龍を見てリューコメラスが感嘆する。
念力より手の方が楽な場面でのみプロセラが手伝っているがほぼ単独だ。
「おっきいだけで蛇とあんまり変わんないね、亜龍」
「むしろこれぐらいの方が捌きやすそうな。そういえばツキヨ、骨って使えるのかなあ」
「あんまりよくなさそうな気がする。なんか細いし魔力も感じないし」
「ところでリューさん、全然話してなかったけどこれのギルドからの報酬ってどうなんです?」
割と慌てて出発した上、帰りはずっと件の機甲オークの話をしていた四人。
報酬やら亜龍それ自体の分配など全く相談してなかった。
「別に一匹ずつ分けりゃいいんじゃねえか。
あと討伐報酬自体は大したことねえ、確か金貨10だかだったはずだ。
亜龍の死体のがずっと高いぜ、まあそれ込みの報酬設定だけどよ。
しかし子供だったのはショックだぜ、成体なら二匹足したよりずっと高く売れたろうに」
「それでいいなら。けどリューさん、最初に森で会った時から思ってたけど金勘定適当すぎませんか。
そんなだから固定のチームメンバーが居ないんじゃ」
「うぬ……」
特に反論しようもなく黙り込むリューコメラス。
しかし。
「ご主人、もうすこしお酒減らさないと説得力ない」
「僕はちゃんと帳簿つけてるし!」
「気にせず使ってたらつけてないのとかわんない」
「前の月に増えた分の半分までって決めて、守ってるから大丈夫。
ちゃんとこの一年で金貨40枚ぐらいまで溜まってるもの。
ていうかさ、ツキヨがお金使わなさすぎなだけだと思う」
「あんまし欲しいものないもん、お酒は飲まないし、アクセサリは前ご主人に貰ったのでいいし……
今回の亜龍革は仕立ててもらいたいけど。
よし、終わったよ。なんとか今日中に間に合った。
台洗ったらクッキーカッターさんのとこ持っていこ」
作業台の上には討伐証明用の上顎の骨と、引き抜かれた十数本の巨大な牙と、綺麗に剥がして掃除され丸められた二枚の皮。
そして2フット刻みに筒切りされ、袋に詰められた骨付き肉の山。
それらを荷車に積み込みながらリューコメラスが呟く。
「しっかし牙と皮はともかくよ、肉ってそのまま素材窓口に持ってって問題ねえわけ?」
「平気でしょ、僕ら獣や魚の肉とかも生で持ってってますし。獣に関しては下処理してますが」
「買い取りリストの冊子にちゃんと食材の項目あるよ」
「はあ?本当に?!」
何故か驚きの表情を浮かべるリューコメラス。
二人にとっては驚かれる方が驚きなのだが……
「いやいや嘘ついてどうすんですかリューさん。
というか肉とかのために素材窓口が建物の外側にあるんだと思ってたんですけど」
「なんてこった、数十年冒険者やってて初めて知ったぜ……」
「行きましょう」
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探索ギルド、素材窓口。
亜龍積んだ荷車を引き込んだプロセラとツキヨは鑑定士であり、窓口の主であるクッキーカッターと雑談していた。
なおリューコメラスは、討伐依頼自体の処理のため受付に行っている。
収入にあまり興味の無いフェルジーネはどこかへ飛んで行ってしまった。
「革職人か、その亜龍を加工するわけだよな?」
「そうなりますね、まあ一匹分の皮以外は買い取ってもらうことになるかと。
先に査定もらっとこうかな、二匹とも同じぐらいのサイズと質だとは思いますが」
窓口から音も立てずに跳び、荷車の横に着地したクッキーカッターが検分を始める。
過去は遺跡研究者だった彼は非常に優秀であり、知らぬ素材は無いのではとまで言われる天才だ。
後継者が居ないのが目下の悩みらしい。
「相変わらずお前さんらの仕留めた獲物は状態がいい事で」
「今回はわたしたちだけで狩ったんじゃないけどね。
あ、なんかいい依頼ある?前の終わらせてから頼んでなかった」
「ああそうだな、重点対象をリストアップしておいてやる。
すぐは出来んから明日にでもそっちの家に送っとくわ。
さて、終わったぞ。牙が金9枚、皮がそれぞれ17枚と18枚、肉が8枚。
端数は誤差だがサービスで切り上げてある」
「毎回ありがとうございます。って肉高いな、食えるとは聞いてたけどそんなに」
肉の査定はかなりプロセラ達の予想を越えていた。
大抵はその場でいくらか消費した後埋めて帰るような部位らしいと聞いていたのだが。
「肉が高いのは若いからだ。
親だともっとずっと安いぞ。代わりに皮と牙が数倍だ」
「亜龍、肉の色とか見た感じおいしそうだよね、ご主人」
「食った事ないんか、なら尻尾の先の所持って帰りな。
味はほとんど変わらんが、あそこは細くて売れんからこっちは特に要らん」
「それは嬉しいんで頂きます。
あと買い取りの話ですが、18枚の方の皮以外全てお願いします」
「あいよ。保冷倉庫に入れてくるから金はちと待ってな」
一匹分の皮と、尻尾の肉を荷車から降ろしたクッキーカッターが窓口の横の大扉を開き、荷車を引いていく。
プロセラ達が入ったことは無いが、地下が数部屋に分かれた保冷倉庫になっているのだ。
探索ギルド本部の収入源の一つを担うそこは、彼の管理により各種素材にとって最適な温度に保たれているそうだ。
「リューさんには金26枚と銀5枚渡せばいいのかな」
「わたしは27でいいんじゃって思うけど」
「まあ、それもそうか。しかし亜龍がこんなに効率いい獲物だとは」
「でもこの辺には全然いないみたいだしねー」
後ろからドカドカと足音。リューコメラスが報酬の受け取りを終えてきたようだ。
上機嫌に口笛など吹いている。
「終わったぜ、ほれそっちの分の金5枚だ。で亜龍は幾らになった?」
「僕らが貰う皮の分を含めて52枚。で、皮は査定にちょっと差があっていい方を貰いました。
それ入れてリューさんの取り分は27枚ですね」
「おう、思ったより良かったな。
いつもこんな仕事ばかりなら楽なのによ、とりあえず金受け取るぜ」
「クッキーカッターさんが倉庫の方に行ってるんで、戻ってきてからです。
でもほんとそうですよね、普段からこういう依頼なら僕も請けたいですよ」
無駄に真剣なプロセラの呟き。
二人が本来のギルド員としての依頼をあまり請けない理由の一つに、最初に手伝ったグレビーの件がある。
結果はプラスだったものの、あれは割に合わないなどという言葉で済ませられるものではなかった。
だいぶ慣れた今でも、依頼にはやや苦手意識が残っている。口に出すことは決して無いが。
「すまんすまん色々整理してたら遅れた」
大扉が開き、空の荷車を引いてクッキーカッターが現れる。
扉を閉めると例によってとてつもなく身軽なジャンプで窓口に収まった。
「ほい、金貨34だよ。で革職人だったかねちょっと待ってな」
プロセラが金貨を受け取り、リューコメラスに分配金を渡していると、クッキーカッターが何やら書き始めた。
どうやらお勧めの革職人は存在するようだ。
「確かに受け取ったぜ、いや良かった良かった。
色々助かった、討伐系で死体を持ち帰る必要があるときはまた声かけるぜ、都合に問題がなかったら頼むわ。
俺は先に戻って呑んで寝る、じゃあな」
大きく伸びをし、荷車を引いて去るリューコメラス。
それを見送った二人は、荷車が道を曲がって消えたのを確認すると顔を見合わせて笑った。
「やっぱりさツキヨ、リューさんってちょっと疫病神系だよね、今回も帰りに変なのと会ったし」
「運だけはどうしようもないんじゃないかなー」
「何の話だい?とりあえずこれだ、革職人だろう。
グロッソ工房は知ってるよな、そこにマキュラータってのが働いてる。
一筆書いておいたから、明日にでも名指しで持ち込んでみろ。こっちはそろそろあがりだからまたな」
「ありがとう、恩に着ます。ではまた」
「さよならクッキーカッターさん」
亜龍の皮と少しの肉を担ぎ、帰途につく。
明日にでも皮を革として仕立ててもらわなければならない。
それはそれとて、美味しいらしい若い亜龍の肉をどう料理しようかの方に気がいっている二人だった。
次は多分日曜日になります。




