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ライフレート  作者: 岡本
第二章 おのぼりさん
12/54

11話 『休日』

 大きな荷物を背負った二人組みが夕日を背にバルゼア市街を歩いている。

案内のメモを見ながら“アベニー食堂”なるものを捜索中のプロセラとツキヨだ。

“トンプソン”を荒らした後、リューコメラスの家から荷物を回収して件の物件へと向かっているのである。

当初の予定では現地まで案内してもらう筈だったのだが、失敗に終わった。

途中で多量の酒を買ったヴァラヌスがそれを開封し、飲み直し始めたせいだ。


「ねえご主人、このメモほんとにあってるのかなあ」


「途中の目印は今のところ正しいみたいだし……そういやフェルジーネは大丈夫なのかな。

精霊が酒に酔うかどうかとか知らないけど」


 そう、フェルジーネも今リューコメラスの家で飲んでいるはず……というか飲まされている。

酒から逃げるため非実体化し体内に消えた彼女は、おもむろにリューコメラスの肩に噛み付いたヴァラヌスにより引きずり出された。

肩口を噛まれて持ち上げられ、ばたばた暴れる切羽詰った顔が印象に残っている。


「あれはわたしたちが気にしても仕方ないよ」


「それもそうか。あ、見つけたっぽい」


 角を曲がると、目の前にはメモにあるとおりの看板がかかっている石造りの建物。

飯がうまいというのは本当らしく、中に入ってみるとかなり客が入っている。

しかし、そのせいで到底部屋を借りる相談などできる気配ではない。


「どうしよう、忙しそう」


「何か注文してから考えようか」 


「お二人様ですね、空いてる席にお座り下さいな。ご注文は?」


 案内されるまま席につき、本日のお勧めなるものを注文して待つことしばし。


「どういう料理なのかよくわからないけど美味しいぞツキヨ。

けど飲み物が果実酒系しかない、困った」


「トンプソンで見てて思ったんだけどね、ご主人の近くに濃いお酒を置いたらだめだよ」


「え、何を酷い」


「お金がなくなる。出発前にあんなに節約っていってたのに」


「父さんも母さんも飲まないから家に無かっただけで、僕に酒は命の一滴で……」


「飲むのはいいけど、近くにあったらなくなるまでやめないよね?」


「う……ぐ……、そ、そろそろ部屋借りる話をしようか」


「だめだよ」 


 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「二階を借りたいって、あんたらが」


 “アベニー”店主のケリーは予想外の提案に困惑していた。

食事が終わっても席を動く気配が無い若い男と少女の二人組み。

旅人風の格好と大荷物からして、無銭飲食だと思い込んでいたのだ。

数年前に改築したものの、どうにも住みにくいそこはずっと放置されていた。


「探索ギルド本部で周辺の物件を調べてもらって、僕らの条件に合うのがここの二階だったんですよ。

それで契約の話をしにきたんですが、すごく忙しそうだったもんでご飯食べてからにしようかと……」


「すると兄さんは冒険者?」


「そうですねケリーさん。僕は本部七級探索冒険者、プロセラ・アルミラです。

隣のツキヨも同じく本部七級です。これが認識カード」


「両方だったかい、まあ探索ギルドからの客でしかも七級二人なら特に断る理由も……しかし本当にうちの二階を」


「不具合でもあるんですか?部屋と風呂場を見た感じ、問題は感じませんでしたが」


「別に何か出るとかいうわけじゃないですし、借りて頂けるなら構いませんがねプロセラさん、住むんですかい?あそこに?今日から?」


「その予定だけど……」


「まあ、ならこの書類のチェックを。その間に埃払って床ぐらい拭いときますから」


 欠伸をしながら渡された契約用紙を眺めるプロセラとツキヨ。

家賃支払いについてのあれやこれや、居住条件、禁止事項等が小さい文字で書かれている。

目立った利点は、月あたり金貨2枚の家賃に水道代が含まれているところ。

そして元が壁床ともに岩肌そのままのせいか、多少の改造には許可が出るらしい。

逆に欠点は厩が無いことと、入り口が店の中を経由するため深夜閉まるところだ。



「……深夜封鎖はちょっとだけ不便だなあ」


「それはさご主人、単に窓から出入りすればいいだけなんじゃない?」


「言われてみれば」


 その時、後ろからケリーの声!


「終わりましたよ。ではプロセラさん、書類にサインを。……あと、窓からはなるべく控えめにお願いしますね」


「あ、どうもありがとうございます。では本日よりよろしくお願いいたします。

あ、その、窓は善処いたします……」 



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 契約を済ませた二人は、荷物整理もそこそこに部屋を封鎖し暖かくすると死んだように眠った。


「おはよ……久し振りになんかゆっくり寝た気がするなあ」


「リューさん家でも寝ようと思えばずっと寝られたんじゃない?」


「試験のこともあったし、後フェルジーネをちょっと警戒した方がよさそうな気がして」


「そうねー」


 実際、アルテミアを出発してから初めての気楽な日である。

一日目は盗賊十一人に襲われ、二日目は盗賊六人とリューコメラスに遭遇。

三日目にグレビー達と殺し合い、四日目は試験を控えてリューコメラス邸で雑魚寝。

そして昨日は、ヴァラヌス相手に試験がどうのとかいう問題を超越した激戦。

優秀な師と凶悪な能力を持ち、野山や血にも慣れている二人ではあるが別に実戦経験豊富というわけではない。

いい加減、警戒を解いて休まなくては色々限界というところまで来ていたのだ。


「今日は昼からリューさんが色々案内してくれるとか言ってたけど、なるべくその前に家具とか注文しよう、普段から全部(ボード)でってわけにも。

床を柔らかくするのと、壁から外の音が漏れてこないようにするのはどうしようもないとして、他は実物で。

机と棚とクローゼット二つぐらい」


「全部わたしでいいのに」


「遠出する時とか、ツキヨが魔力補充できない状態の時困るよ」


「むー」


「とりあえずお風呂はいってくる、昨日そのまま寝ちゃったし」


「お背中流しましょうか」


「そういう無理しなくていいし、仮にやったとして怒られるのは僕だからね?」


「むー……ご主人って、性欲とか無いの」


「突然何言い出すの?!もちろんある、あるしツキヨが可愛くないとかでもない!

……けど、別に溜まったりしないんだ。生命魔法の副作用なのか利点なのか。

飲食と睡眠以外は、勝手にリミッターかかるみたいで。

もちろん骨とか折れた瞬間は痛いし、さっきみたいなこと言われるとドキッとする。

んでも、それ以上にいかない。

体ぶった切られてもパニックになんないし、横でツキヨが寝てても平気」


 嘘ではない。

実際、この機能がなければいくら高速再生があろうとも、負傷を無視して戦ったりなどできないだろう。

多少の違和感はあるが、十年近くその状態であるしそういうものと割り切っている。


「そかー、あれなのかな、水魔道士は泳ぎがうまいとかとおんなじ?」


「たぶん。まあ先入ってくる」


「はーい」


 朝風呂でさっぱりした後、朝食を一階“アベニー”で摂ろうとしたプロセラ達だが、不可能だった。

宿屋でも喫茶店でもない純粋なレストランのこの店は、朝は営業をしていないのだ。

諦めて保存食の残りで済ませた後、昨日場所を確認しておいた家具屋で一番安い棚と簡易クローゼット、そしてそれなりの出来の机を買う。

しめて金貨1枚と銀貨9枚。

それらを自室に搬入したところで、壁の外から悲鳴と罵声!


「痛っ!何よこれどういうこと、罠とか聞いてないんだけど?!」


 窓から顔を出すと、見知った顔。


「呼びに来たのはわかる。けど人の家に壁をすり抜けて入ろうとするのはダメだろ……」


「自業自得だよね、わたし悪くないよ。すぐ降りるってリューさんに伝えて」


「……」


 悲鳴の主は、非物質状態で二階の壁から直接侵入しようとしたフェルジーネ。

そして、プロセラもツキヨも自室に罠など仕掛けていない。

勢いよく突っ込んできたフェルジーネが、防音のため壁の内側に張ってあった(ボード)に激突しただけだ。

魔力を核として生成されるそれは割と色々なものの通過を阻む。


「ようお前ら、新居はどうだ」


 降りると、既に店内は客が入り始めていた。

そして四人席に座って昼食を食べているリューコメラスを発見。

 

「特に問題ないですね。強いて言えばここ、朝はやってないので朝食を自分で用意する必要があるぐらいかな。

ところで昨日からずっと疑問だったんですが、精霊って元は実体無いんですよね?」


「素の状態ではねえな、フリーの精霊は視認すら難しいはずだ」


「……ご飯食べる必要あるんです?」


 そのまま相席したプロセラ達の向かいに座っているフェルジーネが、何か挟んだパンをむしゃむしゃ食べている。


「わからん。が、昨日は酒飲んで実体化したまま寝とったぞ」


「むぐ、別に食べなくても大丈夫よ。とりあえず食べた分はパワーになるのさ。

お酒も飲んでみたら意外とイケるもんよねー。ただ、どう消化してるのか自分でもわっかんないのよ。

瓶一本分ぐらいお酒飲んでも別に何も出したくならないし」


 なんだか怖いことを言い出すフェルジーネ。

食おうと食うまいとリューコメラスの食費が多少変動する程度であるし、他人があまり深く考えない方がいいのかもしれない。


「あ、そう……聞かなきゃよかった」


「わたしは面白いと思うけど。あれ?そういえばヴァラヌスさんいない」


「ヴァラはあの後普通に出勤したぜ、普通につっても家帰って着替えにゃならんから大急ぎだが。

あいつは俺らみてえに依頼つか契約式じゃなくよ、定時の仕事だからな。本部で事務とか講習とか昇級試験とかを」


「ふぇ?」


「確かに本部に缶詰とか言っていたような。もしかして一級はみんな定時勤務なんですか」


「全員がって訳でもねえみてえだが、支部に出向も含めりゃ定時の方が多いかもなあ。

あとは他のとこと長期契約したりとかよ」


「なるほど。それにしてもあんなに爆発してて大丈夫なんでしょうかね」


「普段からあれってわけじゃねえ、一年に二回か三回程度だぜ。いや待て昔は普段からだったか?

あんまり覚えてねえ昔すぎて。ヴァラは十五年以上前から一級だしよ」


「は?あの人何歳なんですか?!」


「えー……と、俺の四つ下だから八十歳か?いや七十九か。

鱗の連中は老化が遅い、あれぐらい血が濃いと吸血鬼の俺より長生きかもしれねえ」


「聞かなきゃよかった」


「まあそれはいいんだけどよ、この辺案内すんのに何か希望とかねえの?」


「希望か……」


 リューコメラスのその問いに考え込むプロセラ。

とりあえず食料品を扱う商店街と家具屋は移動中に確認済みだ。

飲食店は“トンプソン”と“アベニー”があればしばらく困るまい。

享楽施設や貴族街、昨日噂で聞いた幽霊屋敷等も気にはなるが、とりあえず今のところ必要無い情報だ。

消去法的に仕事に関係しそうな店あたりからということになるのだが……


「武器防具は今のところ困ってないし、金も明らかに足りないので、それ系の店と鍛冶ギルドはパスで。

行きたいのは、そうだ。リューさんが使ってたちょっとずつ水が出る石とか、なんか汚れない石とか。

あれって売ってるもんなんですか?あと魔法灯の、出力低くていいから安い奴が欲しいです」


「保水球と浄化球か、あれは魔導ギルド併設の売店にあるな。大きな道具屋にも置いとるかもしれん。

どのみちそんなに高いもんじゃねえ。そうそう、魔導ギルドはギルドとは言うがよ、別に秘密に魔法を管理したりとかはしてねえ。

あいつらの業務は学校に教師を送ったり、上下水道の管理を委託されてたり、印刷業やら生活魔道具製造とかだな。

なんつーか世俗的な手広い連中だぜ」


 生活の根幹にある魔法。それのギルド。なんとも威圧的な印象だ。

しかしリューコメラスの話を聞く限り、単純にインフラに縁のある大企業といった組織のようである。


「おお!まずそこからお願いしたいです」


「まって、魔法もいいけど服買おう、ね?」


「なら魔導ギルドで買い物してから後は適当にいこうぜ。おいちょっと待て、服だと?

女の子の服なんざ俺に聞かれてもどうしようも」


 突然会話に割り込んできたツキヨがリューコメラスを狼狽させる。


「違う、わたしのじゃなくてご主人の服だよ。

出発してからズボン1本と上着2枚と下着3枚だめになってる、上着とか今着てるのでおしまい。

買っとかないと近い将来裸になっちゃう。

最初から着なければ減らないけど、それは嫌だって言ってたよね」


「そっちかよ、焦ったじゃねえか。なら安くて丈夫なのを扱う店が」


「忘れてた、ツキヨありがと。破れても勝手に復活する服とかあれば楽なのに」


 基本的に近接戦闘オンリーの上攻撃を身体で止めるスタイルのプロセラは、強敵と戦うたび身に着けたものが色々破損する。

よほど特殊な手段でこられない限り、敵の動作を無視してそのまま殴り返す方が明らかに有利なのだから仕方が無い。

だが、そのために通常の防具が使用できず一戦ごとに妙なコストがかかってしまうのだ。

解決策はカウンターヒットを狙わなくてもいい相手なら真面目にかわす、という程度しか今のところ思いついていない。


「無いこともねえが無駄に高いし、燃えたりしたら終わりだしよ、枚数用意した方がいいだろうな。

さて腹も膨れたし行こうぜ」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 “アベニー”を出発した一行は、仕立て屋というより作業着屋といった感じの店に寄り服を数枚購入した。

幸いにも中肉中背のプロセラは、仕立ててもらわずとも店頭にある出来合いの服をそのまま着ることができる。

節約のため一番安いのを選んだために、どうにも下働きといった感じが拭えないがとりあえずは困らない。

ツキヨは、どうせ買うならもう少しデザインを考えてみたら等と言っていたが。


「さっきの店には時々行くことになりそうだ、あの値段なら別に使い捨てにしてもいい気がしてくるよね」


「ご主人、服を守るために防具をつけるってどうかな?」


「服より防具のほうが何十倍も高いだろ……」


「当分は消耗品と割り切るしかないんじゃねえかなあ。っと、そこ抜けたらバルゼア魔導ギルドだ。

あと悪いがフェルジーネ、魔導ギルドの中では出てこねえでくれ。

売店のババアが地の精霊契約者(エレメンタリスト)なんだよ。問題起こされたら困るぜ」


 属性が異なる精霊というのはあまり仲のいいものではないらしい。

リューコメラスによれば、自然状態では他属性の領域にそもそも立ち入らないため喧嘩は起こらない。

しかし精霊契約者(エレメンタリスト)同士となるとそうもいかないのだとか。

まあ、フェルジーネだから危険というのが何よりも大きな理由であろうが。


「普通の地精霊なんか私の相手にゃならねーよ?逆に食ってやるわ」


「俺を前科者にでもするつもりか、そもそも敵ですらねえし」 


「ちぇー」


 不平を言いつつフェルジーネが引っ込んだ頃、魔導ギルドが見えてきた。

探索ギルド本部と同じぐらいの大きさがある、シンプルなデザインの建物。

看板には地水火風の精霊を戯画化したマークが描かれ、その下に水道局やバルゼア王国などの印が並んでいる。


「なんか魔力でてるよ、建物の下のほうから」


 首を傾げながらツキヨが呟いた。


「魔導ギルドってぐらいだからさ、魔力もそりゃあるんじゃない?」


「地下で魔法道具作ってるからじゃねえかなあ、後まあ結界とかもあるかもだがよ。

とりあえず今日はギルド本体に用はねえ。魔導ギルド員でもない限り、せいぜい水道がぶっ壊れた時世話になるぐれえだな。

重要なのは裏の売店だぜ、思ったより服屋で時間とっちまったし急ごう」


 言うが早いか、駆け足で裏手へと向かうリューコメラス。

建物脇の路地を回り込むと、そこには小さな扉と看板。その字は経年劣化で消えかけていてよく読めない。

リューコメラスが躊躇せずに扉を開き、二人も後に続いた。


「おや珍しい、リューコメラスじゃないか。後ろの二人は誰だい?」


「久々だなシトリナ婆さん。こいつらは俺のええと、まあ後輩か。……あん?なんか店狭くなってねえか。

いや狭くどころじゃねえような、客もいねえしよ」


「魔導ギルド売店なら、去年本部建物内に移ったがね。ここは実質私の個人商店じゃよ。

待てそんな顔をするんじゃない、在庫数が少ないだけであっちにあるものはほとんどここにもあるからねえ。

なんだって?ちょっとディオス、おい、お客だよ!?」


 三人を出迎えたのは、臙脂のローブに身を包んだ老婆。

リューコメラスの知人らしい……のだが、突然慌て始めた。

直後、その背中から褐色の少年が飛び出し、後ずさる。精霊だ。

しかし尋常でない怯え方!


「婆ちゃんヤバイ!ヤバイよ!マジヤバイ!なんかいる!」


「客が居るってんだろ、静かにおしディオス!なんだい一体!」


「あーあ畜生……そんな予感はしてたがよ……出てきていいわ、他に誰もいねえし。俺が悪かったぜ……」


 巨大な溜め息を吐き、肩を落とすリューコメラス。

店の中を逃げ回る、ディオスと呼ばれている精霊をどうにか宥めようとする店主シトリナ。

そして特に何もできることもなくその妙な光景を前に首をひねっているプロセラとツキヨ。

騒ぎは、リューコメラスの中から飛び出してきたフェルジーネが文字通り電撃的速度でディオスを捕獲するまで続いた。


「はーなーせー!!あああ違うお前が離れろ!いや婆ちゃん助けて!」


「お前じゃない、フェルジーネよ、ちゃんと名前でお呼び。

へへへ、私は地も嫌いじゃないさ、リューコメラスも地属性濃いしねえ?」


「痛い、痛いって!だからその馬鹿力やめろ、なんで地の俺が風に!?」


 腕一本でディオスを完全にホールドしたフェルジーネが軽口を叩きながらその頭を撫でる。

それを呆然と眺める残り四人。


「どういうことだいリューコメラス……」


「説明する、するからとりあえず地精霊を、ディオスを落ち着かせてくれ。

つうか何であんなに怖がってるんだあいつは」


 リューコメラスがフェルジーネをディオスから引き剥がすと、涙目の彼は一目散にシトリナの後ろに隠れた。

どうやら、店に入った段階でフェルジーネが暇潰しに威嚇したらしい。

申し訳なさそうにあれこれ説明するリューコメラスの姿は妙に小さく見える。


「なるほどねえ、そんな秘密がねえ。それにしたってディオス、お前は怯えすぎだよ。

いくら相手の方が強かろうと、風精霊を怖がる地精霊なんてあたしゃ勘弁だね」


「だって婆ちゃん、あい……フェルジーネ化け物だ、仕方ないだろ!プライドの問題じゃねーって!

片手だぜ、片手!片手で掴まれただけで俺何もできなかった、しかも帯電してんの。

うう、まだお腹と頭がパチパチするよ……」


 リューコメラスの肩に座り、手をスパークさせながら楽しそうにディオスを見下ろすフェルジーネ。

どうやら気に入ったらしい……玩具として。


「すまん、シトリナ婆さん」


「まあ、いいけどねえ。でだ、客として来たんだろう。何がお入り用かね?」


「おっとそうだな、客は俺じゃねえ、こいつらだぜ。男の方がプロセラ、女の子がツキヨだ。

必要な物は保水球と浄化球と、あと携帯型の魔法灯で安い奴」


「こんにちはシトリナさん、プロセラ・アルミラです。ええと、予算は……」


「わたしがツキヨ。ご主人、そっちに金貨何枚ある?」


「7枚」


「お酒のせいだよね。わたし11枚あるし」


「う……」


 二人は金を全て半分ずつ持つことに決めていた。

出発前に受け取った交通費他も、先日の件で得た収入も二つに分けてある。

そして生活と仕事に必要な物は全て折半だ。

しかし、嗜好品は別である。

……つまり昨日トンプソンでプロセラが飲んだ分は自己負担だ。

ツキヨは飲酒しないので、この差は将来にわたって開き続けることだろう。


「面白い子達だねえ。珠は少人数用ならどちらも銀5さね。

けどもチャージに時間が必要だし、壊れることもたまにある。

常用する予定なら二つずつ買っておいたほうがいいねえ。合計四個で金2だ。

あと魔法灯かい、うちで一番安いのは金1だがこいつはお勧めしない。衝撃に弱すぎる。

悪いこと言わないからもう一つ上の奴にしときな、金3になるが全然違うよ」


「あ、はい、じゃあそれで」


 流れるようにセールストークを繰り広げるシトリナ。

とはいえその手の知識が全く無いプロセラには有り難い。

特に断る理由も無いので言われるままに保水球と浄化球を二つずつ、そして小型の魔法灯を購入。

おまけとして魔導ギルド産の魔法道具に限り、重さを感じず携帯できるという不思議なポーチ状の収納袋を貰った。

なおその間、ずっと地精霊ディオスはフェルジーネに遊ばれていた。


「色々ありがとうございましたシトリナさん。資金に余裕ができたらまた来ます」


「はいはい、おおきに……ところで、あんたらは本当にヒトなのかい?

あんたも嬢さんも両方だよ」


 突然妙なことを言い出すシトリナ。

長命の精霊契約者(エレメンタリスト)である彼女が言うからには何か理由があるのだろう。

しかし、使う魔法以外はせいぜいプロセラに前世の記憶があるという程度のはずである。


「へ?ヒトだと思いますけど。

両親ともヒトですし、魔法属性を調べる紙でもヒトとして判定されますし」


「だよねー」


「おかしいねえ。どう言えばいいものか、魔力の流れが変なんだ、ヒトらしくないんじゃよ」


 シトリナがなにやら難しい顔をして考え込んでいる。

そんな事を言われても心当たりは……


「……僕の方は、生魔道士だからかなあ?魔力が常時生命力に変換されてるはずでして、多分その辺が。

けども、ツキヨはそんな事ないはずだし」


「わかった。理由わかったよ。なんか変に見えるんだよね。

わたしは身体の動きを常に魔力で補助してる、きっとそのせい。

あんまり力とか強くないから、ご主人についてくのには必要なの」


「ううむ、そうか、なるほどの。つまりそれが通常の状態というわけかね……

これは可能性の話じゃが、厳密に言うとヒトではなくなっておるやもしれん。

具体的には寿命やら身体能力がという話だねえ。

まあ魔道士には時々あることじゃし、強くはなっても弱くはならんだろうから深く考える必要はなかろうが、心の隅ぐらいには留めておき」


「はあ、わかりました……」


 やや不安になるようなことを告げられつつも、プロセラ達は目的を達し店を出た。

ずいぶん長居してしまったらしく、既に西の空が赤く染まり始めている。

リューコメラスに礼を言って別れ、帰途につく二人。

食料品街を抜け、角を曲がれば“アベニ-”だ。 


「はー、割とだらだらしてたはずなのに結構疲れたなあ」


「でも楽しかったよ」


「うん。っと、食べ物買って帰らなくちゃツキヨ、明日朝とか食べる奴」


「……そうだね」


 やや後ろから返事。振り向くとツキヨの足が止まっていた。

その目の前には露店商。何かを見ている。


「何か気になるのがある?」


「ちょっとだけ」


 近づいてみると、その露店商は若い女性だった。

ツキヨの視線の先に、銀で控えめに飾られた黒い宝石、オニキスのブローチ。

たまには、主らしいことをしてもいいだろう。


「お姉さん、そのブローチいくらですか」


「銀貨5枚、いや4でいいですよ」


「買います」


「え?え!?」


 店主の女性がくすくす笑っているが、無視してツキヨの胸元にブローチを付けた。

そして、いつになく狼狽する彼女を引きずるようにその場を離れる。


「あの、ご主人、これ、わたし」


「たまにはね、いいかなと。似合うような気がする。多分」


「あの、欲しかったわけじゃなく、あのね、これからすこし魔力出てるなって。

別に呪いとか封印でもないみたいで偶然っぽいけど、それで気になっただけなの。

うん、でも、あ、ありがとうご主人、大事にする、するよ?へへ」


 ……ちょっと先走りすぎたようだ。

それでも、ブローチは実際ツキヨに似合っていたし、慌てつつも嬉しそうな様子に銀貨4枚以上の幸せを感じるプロセラではあった。

別にそういう感情が無いわけじゃないんですよって話

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