09話 『就職試験・上』
プロセラたちの目の前に、やたらと頑丈そうな建物が建っている。
高さこそ三階建てだがその横幅は広く、かなりのキャパシティがあると推測される。
まだ朝だというのに活気があり、様々な種族や職の連中が入っては出て行く。
「ここがゼムラシア探索冒険研究連合体本部ってやつか。それにしても長いな」
「舌かみそうだよねー」
「皆通称の“探索ギルド”の方で呼ぶけどな。逆に正式名の方を知らねえ奴だっている」
「私もギルドに登録できるかね?なんか楽しそうだわ、ランクがあるとかさ」
上半身だけ実体化させ、リューコメラスの左肩から生えているという不気味な姿のフェルジーネが呟く。
と、その頭をリューコメラスの腕が掴み、そのまま押し込んだ。
「頼むからやめろや、俺が心労で倒れるぜ、あとギルド建物内部では大人しくしてくれ。いや出てくんな。
……さて、さっさとお前らの登録して試験済ませちまおうぜ」
「そいやリューさん、試験って何やるんですか?紹介状には何も書いてなかったですし」
「困るよね、わたしたち学校行ってないもんね。読み書きと簡単な計算はぎっりぎりできるけど」
「それは問題ねえだろ。七級試験は研究者用と探索冒険者用の二種類があるんだが、紹介状は両方とも探索冒険者。
色で判る。研究者用は紙の試験が難しく戦闘試験が簡単で、探索冒険者用は逆ってわけだぜ。
基礎的な計算ができるならだいたい可だ。戦闘試験の方は試験官にもよるがよ、俺が見た感じ余裕だろ」
「だといいんですけどね」
特務や一級ギルド員、貴族等が紹介状を書いてギルド員に斡旋するというのは割と行われている事のようで、
紹介状を受付窓口に渡すと、なにやらそれ専用の機械らしきもので処理されていた。
そしてギルド総長の書面チェックが済み次第、直ちに二階に案内されペーパーテスト開始である。
恐るべき迅速さだ。
「なんかさ、本当にすぐだったねご主人。簡単じゃなくて楽?」
「あんなんでいいのか、肉体労働だからって事なんだろうけどなあ」
小部屋に通された二人には、基礎的な計算問題数題が記された名前と出身を書くスペースのある紙を渡された。
それを埋めると、今度は魔法属性確認用の特殊紙に、血を一滴落とす。
以上で終了であった。四半刻もかかっていない。
「あん?もう終わったのか、いくらなんでも早すぎじゃねえの」
一階に降りると、壁に無数に張り出されている依頼・任務リストを眺めていたリューコメラスが声をかけてくる。
「今終わったのは紙のだけです。戦闘試験は魔法属性確認の結果と、試験官の準備が終わったら呼びに来るそうで」
「あのなんか調べる紙、すごい昔にもやったけどさ、わたしとご主人はほとんど属性適性無いんだよね。
あんなので落ちたらやだな」
「属性確認か、そういえばそんなもんもあった気がするぜ。
本当に魔法適性が無いなら不利な評価が出るかもだが、お前らはそうじゃねえだろ。
待てよ……もしかすっと戦闘試験の難易度が変わるのか?
俺は一級試験拒否ってるから内部のことは詳しくねえんだよなあ」
「判らないものはどうしようも……え、試験拒否?」
「ああ、別に珍しいことじゃねえよ。一級と二級はさ、普通の所属者と扱いが変わるんだよ。
権限が拡大する代償に、ギルドからの指令を一切断れなくなる。要は運営側になるってこったな。
だから三級で止める奴は俺を含めて何人も居る、まあ三級までいく奴自体そんなにいねえんだが」
「なんか面倒そうだね。わたしよくわかんないや……っ!?」
突然、ツキヨが板を自身とプロセラをカバーするかのように生成する。
直後、後ろからやたらと威圧的な女の声!
「おいリューコメラス。なに不審なことやってんの、怯えて何か張ってるじゃない。
あんたが話しかけると新しい子が逃げるでしょうが。その子達は、これから私の試験受けるのよ。
まだギルド員ですらない子を威嚇するとか、相変わらず狂人ね」
「うおお?!てめえ何わけわかんねえ事言ってんだ!
仮にこいつらが怯えてるとして、それは俺じゃねえ、ヴァラてめえにだろ」
反射的に飛び退いたリューコメラスの顔が歪む。
プロセラとツキヨが振り向くと、そこにはエキゾチックな服を着た黒髪の美しい女性。
手から肘にかけてと足元、そして首周りが、黒く輝く滑らかな鱗で覆われている。爬虫類系の獣人だ。
脱力したツキヨが板を再吸収する。
「びっくりした……ね……」
「……もしかして試験官の方ですか?」
「あら驚かせてごめんなさい、私はヴァラヌス・メルテン。本部一級ですね。
そして、本日の本部七級・探索冒険部の戦闘試験担当となります。
正確には五級と三級の試験もやっていますが、今は関係ありません。
後そこの、リューコメラスに妙なちょっかい出されませんでしたか?そいつはちょっとおかしいですからね」
「あ、本日はどうもよろしくお願いします。
それと、リューさん、リューコメラスさんは普通に僕らの知り合いです……」
「おねがいします。でも気配消した誰かが突然背後にいたからびっくりしたよ」
「よろしく。……え、あら?あれ?」
「だからそう言ってるだろうがよ、ヴァラ……」
しばらくの間、気まずい空気が流れた。
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探索ギルド本部の裏手には、壁と並木でいくつかに仕切られた広いスペースがあり演武場と呼ばれている。
と言っても、ギルド側から組織的な訓練を行うことはあまりない。
普段は使いたいギルド員が勝手に、リハビリやら修行やらのために使用する。
そして、戦闘試験が行われる時のみ該当箇所をギルドが使用するのだ。
「さて、先程も軽く説明しましたが相手は私で、試験は一人ずつ行います。
得物と防具は特殊なものでなければ、一通り訓練用装備があちらの小屋に用意されていますので、自分で取りに行ってください。
魔法の使用も無論可能ですが、外にまで効果があるようなものや、地形破壊はやめてくださいね。
なお試験終了は私が中止するか、戦闘続行不能になるかです。
何か質問はありますか?」
ヴァラヌスの説明を頷きつつ聞くプロセラとツキヨ……と何故か居るリューコメラス。
思うところがあるらしく、審判だと言い張って無理についてきたのだ。
なおフェルジーネは意外にも、大人しくリューコメラスの体内に収容されている。
「大丈夫だと思います。では装備を見てきますね」
「多分使わないかもだけどわたしも行くよ」
二人が準備運動代わりに軽く走って装備を取りに向かった。
小屋の中へと消えたのを見計らってリューコメラスが口を開く。
「ヴァラ。あいつらの紹介状と魔法適性は勿論確認しとるよな?」
「何よ突然、当たり前でしょうが。問題でもあるの?
プロセラ君の、ヒトで生魔道士ってのは相当珍しいかもしれないけれど」
「珍しいなんてもんじゃねえよな。だが、単純な戦闘力はてめえの怪力より確実に下だろ」
「何か知ってるなら説明しなさい。
それに相変わらず失礼な奴ね、他の連中が非力すぎるだけよ。
まあ生魔道士なら加減する必要あんまないから、試験自体は楽よね」
「そっちは全く問題ねえ。俺がついてきた理由は違うからな。
女の方、ツキヨに気をつけろ。奴は魂の魔法開眼済みの念動士だ。
悪い奴じゃねえのは確かだし、多分、多分だがこういう場で殺しに来ることはねえ……と思うが保障はできん。
例え訓練だろうと試験だろうと、奴と戦う以上は全方位に最大警戒だ。冗談じゃねえぞ、本気だ」
眉を顰め若干引くヴァラヌスだが、リューコメラスがこの手のことで自分に嘘をつかないのは知っている。
ヴァラヌス同様、特務員にもそう見劣りせぬ戦闘能力を持つ、百戦錬磨のギルド員であるリューコメラス。
それが深刻に警戒する何らかの理由があるのだ。
「……そう。考えておくわ」
そんな話をしていると、試験用の装備を取りにいった二人が戻ってきた。
プロセラは棒一本、防具の類はつけていない。ツキヨは武器無しで、左手にのみ篭手をつけている。
「準備できました」
「そんな軽装でいいの?大丈夫なら始めましょうか。どちらからでも構いませんよ」
「僕は普通の防具、あんまり意味がないので」
「ご主人は服も要らないんじゃないかな。毎回潰してくるよね、もったいないよ」
「服着ないのは人としての尊厳がだ……」
「コホン、それでどちらから受けますかか?」
「わたしちょっと考えることがあるから、ご主人先お願い」
神妙な顔でそう呟くと、座り込み何やらうなりだすツキヨ。
プロセラがそれを横目で確認して進み出た。
「では、僕からで。プロセラ・アルミラ、生魔道士です」
「わかりました。それでは本部七級戦闘試験を開始します。
戦う前にぶっちゃけてしまいますが、あなたは七級の合格に必要な能力は満たしています。っていうかオーバーフローです。
私は試験官ですから。生命力や魔力、肉体の動きには敏感なのですよ」
「え?」
「ただし、試験はまた別です。私にはあなたのスタイルを見極める仕事があります。
本気でかかってきなさい、演武場それ自体への攻撃以外はお好きに。
……あなたは大変頑丈そうなので、私もそれなりの用意をしましょうか。
さあ行きますよ!覚醒!」
プロセラよりやや長い、同じく訓練用の棒を持ったヴァラヌスが軽く一礼する。
一瞬、その姿がゆらめく。遅れてパキパキと乾いた音。
周囲を威圧する圧倒的な生命力、血の濃い獣人のみが扱える原初の力!
「何だこの、何?!絶対に七級の試験じゃないだろ!ふ、全身強化、聴覚強化!」
慌てたプロセラが追加のエンチャントを発動!一瞬遅れてその全身が力に包まれ、陽炎が立ち上る。
そしてヴァラヌス。そこに立っているのはもはや人にあらず!
リューコメラスに迫ろうかという長身。服は元々変身を想定した構造になっていたのだろう。
一気に身長が伸びたのにもかかわらず、破れることもなく肩から胸にかけてと腰に分かれている。
全身が黒く輝く鱗に覆われており、手足には長い指と鋭い爪。その髪は寄り合わされ捻じ曲がり、まるで有刺鉄線だ。
顔こそ人の面影を残すものの、歯はギザギザの牙、そして巨大な瞳孔が光を吸い込む蜥蜴の瞳!
さらに腰からはヴァラヌス自身の身長よりも長い、これまた黒い鱗に覆われた尻尾が伸びている。
「シィーッ!!」
ヴァラヌスが斜めに構え、跳ぶ!さながら黒い風、高速の突きだ。
「うわあああ!」
ぎりぎりで反応したプロセラは、横にかわしながらどうにか受け、弾く。
逸らされた突きが軽く当たった地面に、腕がすっぽり入りそうな穴!
驚異的な膂力。もはや得物が木であることなど意味を成してない。ほとんど兵器だ!
ともかく目に見える隙。戻りを狙ったプロセラの一撃が放たれる。
「成る程、さすがにリューコメラスの知人だけはありますね。まずは合格」
「!?」
落ち着いた声。ヴァラヌスは振り向きすらしない。棒を持つプロセラの腕は動かない!
直後、凄まじい力で引っ張られ、背中から地面に叩き付けられた。体がバウンドし、何かが折れる嫌な音。
だがプロセラの展開する生命のオーラが煌き、それを瞬時に再生する。
骨と筋肉の働きが復活。空中で体勢を立て直し着地。
「何だ今の、どういう攻撃だよ……」
ゆっくりとヴァラヌスが振り向く。そして疑問に答えるかのように、蠢く黒い何かでプロセラが取り落とした棒を拾った。
軽い音を立てて投げ返されたそれが、プロセラの右手に納まる。
…………やったのは尻尾だ!
「いいですねえ。頑丈な子は好きです」
「ちくしょう!姉さんみたいな事言いやがって!」
「……姉さん?どんな奴なのかしら」
残像が残る強烈なスイープ打撃でプロセラを飛びのかせたヴァラヌスが、小首を傾げる。
普通なら可愛い仕草なのかもしれないが、恐ろしい牙を覗かせながらではただの威嚇だ。
「師匠です。実の姉だけど」
「へえ、それはちょっと戦ってみたいですね」
「絶対に、止めた、っと、方がいいと、うわっ、思います、はっ!!」
「それは残念、おっとと」
連打を再生力に任せて強引に体で受け、カウンターを叩き込むプロセラ。
ヴァラヌスの肩に吸い込まれる振り下ろし。多少よろめくが浅い……いや、浅いのではない!
覚醒したヴァラヌスの鱗が頑丈過ぎて、生命オーラで強化した程度の訓練用の棒ではダメージにならないのだ!
「なんだこれ?!渡された武器で攻撃が通らないとか、さ、詐欺じゃ」
「シャーッ!!」
返しに振り抜かれた尻尾を転がって回避。
「ああもう、どうすりゃいいんだよ!」
「私の攻撃も全く効いてないでしょう?訓練だからいいんです。
でもちょっと気になりますね、あなたのその木人並みかそれ以上の不滅の体に打撃を通す方法」
「いやよくない!試験でしょ!」
「んー……冷凍拳」
プロセラの反論を完全に無視したヴァラヌスが水系の上位エンチャント魔法を発動。
得物と尻尾が薄い氷できらきらと輝きだす。超低温!
「ああもう、知るか!二重強化!……これは、疲れる」
吹っ切れたプロセラも練習中のエンチャントを上乗せして対抗!
飛び込んでくるヴァラヌス!その動きを追いかける細かい氷の軌跡!
「む、パワー変動、なるほど生命魔法の力なのね」
強化腕力で氷の一撃を受け止めるプロセラ!しかし、完全には止めきれず。
やや崩れたところに、死角から尻尾が襲い掛かる。
反撃を諦め、棒で地面を打って離脱!打たれた左足、その膝から下が凍りついている!
さらに跳び下がりながら足を解凍、再生させるプロセラ。
「はあ、氷で助かった……」
「何故かしら……エンチャント前よりダメージが減ってるような?」
「それは水と氷限定です」
高速再生するプロセラの体だが、状態変化系の攻撃は通常の物理損失よりやや再生が遅く、多少のダメージとなる。
グレビーの放電で足止めされたのもそのせいである。
ただし凍結だけは別なのだ。ヴィローサの強烈過ぎる氷の攻撃魔法に慣れたせいで耐性ができている。
しかし、試験だか訓練だか実験だかを諦めてくれる気は無いらしい。
冷凍拳を解除したヴァラヌスの様子が変わる。
「シュー……」
「ちょっと何を、え」
雰囲気の変化に後ずさるプロセラ。ヴァラヌスが棒を投げ捨て、妙に低い構えを取った。
そして跳躍!
「……グガァァァ!」
遅れて聞こえてくる、明らかに人間のものでないヴァラヌスの咆哮!
速い、速過ぎる。直線ならヴィローサに迫るのではないか?
すり抜けるように背後へと着地するヴァラヌス。
直後、慌てて振り向いたプロセラの腕から謎の出血……噛み傷?!
プロセラがよろめく。僅かといっていいその傷の再生が異常に遅い。周囲の生命オーラが失われている。
慌てて周りから補填し傷と周囲の無防備箇所を修復。荒い息!
「ふう……霊気捕食。どうやら、さすがにこれは効くようですね。
楽しかったので遊びすぎてしまいました。終了にしましょう。無論、試験は合格です。
ゼムラシア探索冒険研究連合体にようこそ、プロセラ・アルミラ」
口元についた血を舐めとったヴァラヌスがプロセラの方を向き優雅に礼をする。
地獄の魔物のごとき体が、だんだんと美女に戻っていく。
力が抜けたプロセラもどうにか一礼し、溜め息をつきながら座った。
「あ、はい、ありがとうございました。ところで最後のは一体、どういう攻撃なんです?
意味がわからない、僕の体は毒も効かないし、通常なら挽き肉にされてもすぐに再生するのに」
「まあ、受かってよかったじゃねえかプロセラ。あれはヴァラの特技だぜ」
ツキヨを伴って横へとやってきたリューコメラスが呆れた顔でヴァラヌスを見ながら言う。
「何よその目は、ちゃんと試験してたでしょうが、リューコメラス。
それと、最後の噛み付き、霊気捕食だけど、物理攻撃ではないのよ。
非物質を、霊体やらエンチャントやら呪いを、覚醒した牙で剥がして食べる技。
あなたは再生の補助に、展開した生命オーラを使っていますよね。
それを横から喰ったというわけです。美味しかったですよ?」
ヴァラヌスの話を聞いて戦慄するプロセラ。
数少ないらしい一級冒険者、つまりギルド役員。その名に恥じぬ恐るべき技だ。
彼女のオリジナルなのか、それとも覚醒した獣人なら誰でも使えるのだろうか?
「説明どうもありがとうございます、うああ対策どうしよう……
神聖魔法の解呪や除霊は全く効かなかったのに、こんな伏兵が」
「研鑽を積むのはよいことです。それではカードを発行しに行きましょうか」
「おいヴァラ馬鹿か、ちょっと待てや」
リューコメラスとツキヨが慌ててヴァラヌスを引き止めた。
「わたしの試験……」
「あ、あはは、ごめん、ごめんね。ちょっと休憩したらやる、やりましょう」
どうやらこの蜥蜴、多少抜けている。
弱点発覚の巻




