プロローグ
「ああ、いい加減もうダメかな……」
空調の音だけが低く響く静かな病室にレース越しの暖かな日差し。
ベッドの上で数本のチューブに繋がれた男が、掠れた声で誰ともなしに呟く。
彼の名は傘作 健、26歳。活力溢れる年齢である……普通なら。
彼はその名に反し、生まれた時から身体が弱かった。特別な持病があるわけでもなければ
脳や運動機能にさほどの障害もない。しかし人生の半分を病床で過ごしてきたのだ。
まともに学校に通うこともできず、高校と大学は通信制でどうにかこうにか卒業した。
とはいえ別に頭が悪いわけではなく、むしろ良いといっていいだろう。
動かずにできることなど勉強するか本を読むか、あるいはゲームをするぐらいしかなかったが故のことではあるが。
体は衰弱する一方で、去年までやっていた在宅勤務のアルバイトも限界となり辞めた。
身体がじくじくと痛む。痛みそれ自体に健はもはや慣れっこでたいして感じない、しかし全身から気が抜ける感覚。
外で遊びたかった、酒を飲みたかった、旅もしたい、立って働きたい、何よりも漲る生命力が欲しい……
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「総長これ何、私に拾えと?」
「意志力が強そうだろう」
「そうですね、でももっとこう理不尽に死んだ奴とかそっちには山ほどいるのでは」
「だってなユーア、こいつは願いが普通だしあと何となく目に留まったし」
「なら総長のところで恵みを与えればいいではないですか」
「こっちはそういう手続きが面倒臭いしお前等のところなら放っても平気であろう」
「はあ」
「あんたが嫌ならこのディア様が」
「それって同じことでしょ。まあいいけど、私らは適当に投げるだけだし生きるか知らないよ総長」
「かまわん」
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健は混乱していた。何かを聞いた様な気がするがよく覚えていない。
世界が明るい、身体が軽い、違う匂いがする、そして動けない!
僕は死んだのか?いや温かい身体から迸る命を感じる。しかしこの不思議な感覚は一体。
病室を移されたにしても体に何も繋がってないのがおかしい。
「-------!!!----!---!!」
「----!----?!----!!ぷ、ろ、せ、ら!」
「--------------」
誰かが何かを言っている。だが聞き取れない!いや違う、これは日本語ではない、英語でも、中国語でもない。
気づけば明らかに日本人でない女性の顔が目の前にある。死神とはこんな形でやってくるものであったのか……
押しのけようと伸ばした自分の手を見た健は驚きに目を見開く。
――――赤子!?
口から出た叫びは、可愛らしい泣き声だった。
週1か2ぐらいを目安に投稿していきたいです。