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END音頭          :約4000文字

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/04/03

 ――おっ。


 夜、仕事を終えて帰り道を歩いていると、ふいに楽しげな音楽が耳に飛び込んできた。笛の澄んだ高い音色に、肌を痺れさせ、腹の底までじんと響く太鼓のリズム。どこか懐かしく、湿り気を帯びた夏の夜気に溶け込むような温かみのある旋律だ。風に乗って断続的にこちらまで届いてくる。

 たしか、この近くにそこそこ大きな広場があったはずだ。そこで盆踊りでもやっているのだろうか。

 懐かしいな……。おれが子供の頃も、夏になると地域の祭りで盆踊りが開かれていた。小学校の校庭を借りてやぐらを組み、提灯が空に浮かぶようにずらりと吊り下げられていて――。

 ただ、おれは踊り方がわからず、輪の外から眺めているだけだった。見よう見まねで入ればよかったのに、妙な照れが勝って一歩が踏み出せなかったのだ。


 そんな記憶をたどっているうちに、足は自然と音のほうへ向かっていた。

 広場の入口に立った瞬間、賑やかさが一気に押し寄せてきて、思わず口元が緩んだ。提灯の赤みがかった光が夜に滲み、あたり一帯を柔らかく染めている。現実感を薄め、どこか幻想的な雰囲気をまとわせていた。

 ……しかし、勝手に入っていいものだろうか。こういう催しは町内会費で運営されているはずだが、おれは一度も払った覚えがない。……まあ、いいか。ひと月前にこの町へ引っ越してきたばかりだが、住民であることには変わらない。もし咎められたら、そのときは素直に引き下がればいい。

 さすがに子供の頃よりは胆力がついていた。


 ――えっ。


 そう思った矢先、体がびくりと跳ね、足が止まった。

 広場の中央には、紅白の幕を巻いたやぐらが堂々と立っていた。木材で組まれた四本の柱は地面にしっかりと据えられ、上部には太鼓台が設置されている。柱から四方へ伸びたロープには等間隔に提灯が吊るされ、ぼんやりとした橙色と赤の光が踊る人々の影を引き伸ばしていた。

 やぐらの周囲では、ラフな服装の人々が輪になって踊っている。一定の歩幅でゆるやかにやぐらの周りを回るその様子は、まるで巨大な生き物の内臓が脈打つような、不思議な一体感があった。

 そこまでは、ごくありふれた盆踊りの風景だった。

 ただ驚いたことに、踊っている全員がお面をつけているのだ。

 キツネや能面、般若、ひょっとこ、子供向けのヒーロー、アニメのキャラクター系など種類はばらばらだ。どれもプラスチック製らしく、軽そうで安っぽい光沢を放っていた。

 あたりに屋台は一つもない。となると、あのお面はわざわざ自分たちで用意したのだろうか。


「あなたもどう?」


「えっ」


 立ち尽くしていると、ふいに背後から声をかけられ、肩がびくりと跳ねた。振り返ると、赤いサングラスをかけた金髪の女が立っていた。女はすっと能面を一枚、おれに差し出してきた。やはりプラスチック製のようだ。提灯の光を受けて白い表面がぬらりと光っていた。


「いや、その……皆さん、お面をつけてるんですね」


 おれは曖昧に笑いながらそう言った。


「ええ、いいでしょう? 一体感が大事だからね。うふっ」


「なるほど……確かに、皆さんとても楽しそうですね」


 おれはやぐらのほうへ目を向けた。ちょうど一曲が終わったらしく、全員が拍手したり、軽くハイタッチを交わしている。最初は奇妙に感じたが、やっていること自体は普通の盆踊りと変わらない。

 あの頃とほとんど……そうか。場所や時代が違っても関係ないんだ。同じ曲、同じ踊りで、人を過去と繋げている。そして未来へと繋がっていく。時代を繋ぐ、踊り。それが盆踊り。

 ああ……これはいいぞ。この話、使えそうだ――。


「ほらほら、何ぼーっとしてるのっ。あなたもこれをつけて参加して! そろそろ次の曲が始まるわ」


「え、ああ、どうも……」


 女はお面をおれの胸に押しつけ、そのまま背中をぐいぐい押してきた。その強引さに多少戸惑いながらも、おれは輪の中へ踏み込んだ。

 お面を顔に当て、ゴム紐を後頭部へ回す。視界が一気に狭まった。前方の目の部分の細い穴からかろうじて周囲が見える。息がこもり、プラスチック特有の匂いが鼻にまとわりついた。

 それでも、あの頃にできなかったことを今ようやくできる。そんな妙な感慨を抱きながら、おれは見よう見まねで両手を頭上に掲げた。


『はあ~誰か選ぶならあ、もうユリエはエ~ン~ド~。エンドエンド!』


 ……ん? 


『町の広場の~町の広場の真ん中で、エ~ンドユリエだヨイヨイヨイ! エ~ンドユリエだヨイヨイヨイ! エ~! ンドエンドオオ!』


 ……なんだ、この歌詞は。


『はあ~、この町にもうシンスケは~。エンドエンド! 隣の家の庭木を切りまくる~。隣の家の庭木を切りまくる~。エ~ンドシンスケだヨイヨイヨイ。エ~ンドシンスケだヨイヨイ~。エンドエンドォ!』


「エンドエンド!」の掛け声に合わせ、周囲の人々は腕を交差させ、大きなバツ印を作った。どうやら、そういう振り付けらしい。おれも一拍遅れて、それを真似した。

 やってみると、確かに一体感はあるが……どこか品がなく、軽薄で低俗。排他的でありながら奇妙な熱があり、内輪だけで盛り上がる感じは、まるでカルトの集会のようだ。

 それに、歌詞に明らかな人名が混じっている。ユリエ。シンスケ。ただの偶然か……?


『はあ~、鳩に餌やりやめないミチヨは~。エンドエンド! ナスもトマトも食われる~。知らぬ間にカラスに食われる~。エ~ンドミチヨだヨイヨイヨイ。エ~ンドミチヨだヨイヨイ~。エンドエンドォ!』


「や、やめてくれえ!」


 突然、喉が裂けるような叫びが夜気を震わせた。おれは反射的にその方向へ振り向いた。提灯の光の縁に、一人の男が膝をついていた。体を激しく震わせ、片手で地面をつき、もう片方の手で髪をぐしゃぐしゃとかき乱している。


「お、俺をエンドしないでくれえ、頼む!」


 男は泣き声混じりに叫んだ。そして、よろめきながら立ち上がると、今にも崩れ落ちそうな動きで一歩、二歩と前へ進んだ。

 そのときだった。お面をつけた数人の男たちが無言で男に駆け寄り、左右から腕を掴んだ。


「頼む! 頼むよおお! エンドしないでくれ! 頼――」


 男はそのまま引きずられるように暗がりへと消えていった。地面を擦る足音と、涙の混じった絶叫だけが、やけに長く耳に残った。だが音楽は止まらない。何事もなかったかのように、皆、踊り続けている。


「どうしたの?」


 背後から声がして、おれはびくりと足を止めた。振り返ると、すぐ後ろにあの女が立っていた。やぐらを背に、逆光で暗く沈んでいる。いつの間にか、おれは輪の外に出ていたらしい。


「あの、今の人は……」


 おれは男が消えた闇のほうを指さした。


「ああ、気にしなくていいのよ。それより、もっと踊りましょうよ。――さん」


「えっ」


 おれは思わず息を呑んだ。

 今この女、確かにおれの名前を口にした。だが、なぜ……。


「202号室の――さんよね? 三丁目のアパートに最近引っ越してきたばかりの」


「は、はい……あ、いや、なんでそれを……」


「そんなこと、どうでもいいじゃない。さあほら、戻って戻って」


 有無を言わさぬ調子で背中を押され、おれは再び輪の中へ戻された。わけがわからぬまま、また見よう見まねで手を上げ、足を運ぶ。背中にじっとりと汗が滲み、お面の内側にこもる熱と湿気が息苦しさを増幅させていた。


『はあ~、排除が大好~き~、そんなユカリは~エンドエンドォ! PTAのイベント~。お知らせ送らない~。エ~ンドユカリだヨイヨイヨイ。エ~ンドユカリだ――』


『はあ~、平気で嘘をつ~く、そんなタカシはエンドエンドォ!』


『はあ~、怪しい経歴――』


 歌詞は微妙に変化しながら続いていく。だが、どれも必ず人名が入り、その人物を糾弾する文句が差し込まれていた。これはただの盆踊りじゃない。先ほどの男の叫びといい、これはまるで嫌がらせ――


「呪いみたい?」


 思わず、ひゅっと喉が鳴った。あの女がいつの間にかすぐ隣で踊っていたのだ。


「の、呪い……?」


「この町にふさわしくない人はね、たとえ町長であろうとも、こうやってエンドされるの」


「エンド……?」


「ふふっ。はあ~今日を限りに、もうユリエはエ~ンド~。エンドエンド! 希望の光は我らの手にあ~る。エンドエ~ンドユリエだ、ヨイヨイヨイ! エ~ンドユリエだヨイヨイヨイ!」


 女が声を張り上げて笑った。赤いサングラスのレンズが一瞬透け、その奥の目がぎらりと光った。焦点が定まっておらず、正気ではない者のそれだった。

 瞬間、汗が一気に冷え、背筋が凍りついた。

 おれはたまらず身を翻し、輪の外へ出ようとした。だが、女の手が素早くおれの手首を掴んだ。


「い、痛い痛い痛い!」


「ふふ、大げさね」


 女はぱっと手を放し、くすりと笑った。細く骨ばった指なのに、万力のような力があった。手首にじんとした痛みが残っている。


「私たちはただ主張してるだけよ。それの何が悪いの?」


「いや……それは好きにすればいいと思いますけど……。でも、おれはもう帰ります……」


「ふ~ん、そう。まあいいわ。まだ来たばかりだものね」


 どこか含みのある言い方だった。女はくるりと踊りの輪へ戻り、何事もなかったかのように腕を上げ、また同じ動きを繰り返し始めた。

 おれはお面を外し、そっと地面に置いた。そのまま踵を返し、広場の出口へ向かう。


『――はヨイヨイヨイ!』


 ――えっ。


 広場の外へ一歩踏み出した瞬間、おれは思わず振り返った。


『――よ、ヨイヨイヨイ!』


 太鼓のリズムに乗って、確かに呼ばれている。……おれの名前だ。


『――はヨイヨイヨイ!』


「や、やめろ……」


『――よ、ヨイヨイヨイ!』


「やめてくれ……!」


 おれは両手で耳を塞ぎ、走り出した。息が切れ、肺が焼けるように熱い。それでも足を止めることはできなかった。おれは必死に走り続けた。

 鍵を差し込み、アパートの部屋のドアを開け、転がり込むように中へ入る。ドアを閉め、震える指で鍵をかけると、膝から力が抜け、ドアにもたれてそのままずるずると床に座り込んだ。


 呪い――そんなものが本当にあるのか、おれにはわからない。ただ……。


 ――が~んばれ! ――はヨイヨイヨイ!


 次の市議会選挙に立候補するとはいえ、あんな連中に名指しで歌われ、しかも応援されるなんて……。

 全身に悪寒が走り、おれは膝を抱え込み、暗い部屋の中で小さく身震いした。

 ここまでは聞こえてこないはずなのに――。

 耳の奥では、まだ太鼓と笛の音が鳴り響いていた。

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