表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

第1話 花市の町と、倒れた屋台

春──花と香りに包まれる交易町ブレストン。

見習い配達人マイラは、相棒の小さな翼獣ルフトとともに、今日も荷物を届けていた。

そんなある日、花市で倒れかけた屋台を救ったことで、ひとりの少年カイと出会う。

琥珀の瞳をもつ彼は、立入禁止の廃教会に関わる“ある秘密”を抱えていた。


小さな出来事から始まる、大きな旅の予感──

これは、季節を巡り、恋と冒険と日常が交差する、配達人と翼獣の物語。

「今日はいつもより人が多いね、ルフト」

肩に乗った小さな翼持つ獣が「キュッ」と短く鳴く。

(ほんと、こんなに賑やかなのは久しぶりかも)

マイラは思わず口元を緩め、斜めがけの配達かばんを軽く揺らして歩いた。


「ほら、あの花。あんたの毛並みにそっくりでしょ?」

ルフトは尻尾をぴくりと動かし、そっぽを向く。

(ふふ、こういう時は絶対認めないんだから)


春の陽射しが石畳をぽかぽかと温め、広場は色とりどりの花や苗木で埋め尽くされていた。

ふわりと甘い香りが鼻をくすぐり、土の匂いが混ざる。

(ああ、この匂い…春がちゃんとここにある)


「あと一件で終わり。帰ったら…甘いパンでも買って帰ろうかな」

小さくつぶやき、膝丈の生成り色チュニックと革ブーツを軽快に鳴らし、屋台の間を進む。

(今日はご褒美に、あの蜂蜜クリーム入りのやつにしよう)


その時──。

「きゃあっ!」


甲高い悲鳴と、ガタガタッと木枠が揺れる音。

視界の端で、花苗を山と積んだ屋台がぐらりと傾く。

(…まずい!)


その前に、小柄な少年が両腕をいっぱいに伸ばし、必死に柱を押さえていた。

「ダメだ…重いっ!」

少年の声が震える。

(間に合わない…!)


「危ない!」

マイラはタタタッと駆け出した。

「ルフト、上!」

「キュッ!」

ルフトは後ろ足で肩を蹴ると、ふわりと舞い上がり、現場上空へひゅうっと昇る。


「離れて!」

マイラは花束や木箱をひらりと飛び越え、少年の腕を掴む。

「うわっ!」

「こっち!」

二人は転がるように地面へ身を投げ出し、その直後、ドサッと屋台が崩れた。

(…間に合った…!)


「だ、大丈夫?」

「…うん。ありがとう」

少年の頬は土で汚れている。

(小さいのに、よく支えたな…)


「助けてくれてありがとう、お嬢ちゃん!」と周囲の人が声を上げた。

マイラは首を振る。

「いや、この子のおかげだよ。倒れる前に声を上げてくれたから、間に合ったんだ」

「そんな…」少年が小さく呟く。

(素直な子だな…)


その手には、一通の封筒。

マイラは目を細めた。

「その印…廃教会の壁画のだよね?」

少年が驚いたように瞬きをする。

「知ってるの?」

「少しだけ」

「これ…廃教会のおじいさんに届けるんだ」

(廃教会…なぜ今、その名前が…)

マイラの胸に、ひやりとした感覚が走った。


夕暮れ、川沿いの小道。

ルフトが肩に戻り、前足でマイラの肩をとん、と踏む。

ふわふわの毛が首筋をかすめ、低く「クルル」と喉を鳴らす。

「…あんたも気になるの?」

(あれは偶然じゃない…)


マイラは遠くの丘に目をやる。

その空を、ひゅうっと風を切りながら、季節外れの光る鳥が横切っていった。

(…始まる、何かが)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ