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ルークとバン──1

 まず俺達は師匠の言う通り、ユメル達と合流した。どうやらリゲル城の目と鼻の先まで潜伏しながら来ていたようで、師匠が数分と経たずに連れてきた。


「……リュークさん。それ……」


 と、ユメルは師匠の左腕について何か言いたげだったけれど、しかし何を言うことなく、口をつぐんだ。軽率に触れていいところではないと判断したのだろう。それを見てバンも、師匠の怪我については何も言及することなく、あの場で何があったかを、静かに俺から聞くのだった。


「……簡単に、言いますけれど」


 ユメルが俺から事の顛末を聞き終えて、口を開く。


「レン左大臣を見つける、こんな、言葉にしてみれば簡単なことでも、容易にはいかないんじゃないですか? リュークさんは自信があるようですけれど、何か根拠があるんですか?」


 ユメルは、師匠の根拠のない自信に、少なからず苛ついているようだった。ユメルはあの場で何も出来なかったのだ。アーロン、それにレン左大臣という重要人物が二人もいたというのに、何も出来なかった。その上、師匠とリゲル兵は甚大なダメージを被った。後悔してもし足りないのだろう。


「それに見つけることができたとしても、レン左大臣が持っているであろう《有能》はどうするんですか? その《有能》が本当に幻覚を見せる《有能》ならば、私達は常に、自分の見ている景色が正しいものなのかどうか確認していかないといけないということです。私とお兄さんならともかく、今のリュークさんにそんな余裕があるんですか?」


 質問攻めだった。 

 ただ、ユメルの言っていることも正しいのだ。幻覚の《有能》なんて厄介極まるもの、対処のしようがないのだから。自分の見ているものが正しいのかどうかなんて──そんな思考、普通の人間ならば誰も持たないものだろう。それをしながらのレン左大臣との会敵なんて、余程の精神でもなければ無理難題だ。

 余程の精神。


「無理難題?」


 師匠は。ユメルを馬鹿にしたように、笑った。


「そんな言葉、あたしの脳内にはないね。あたしにあるのは、勝利と敗北だけだ。ただそれだけで生きているあたしにとっちゃ、この程度の敗北、なんでもないんだよ。それに、負けたからってそのままにする奴は、ただの負け犬でしかない。負け犬のまま生きるのに比べりゃ、地獄の方がよっぽど生きやすいだろうよ」

「…………」

「いいか。あたしは折衷現象の解決を目指してるんだぜ。こんなところで留まるわけにはいかねぇんだよ。だから、休むなんて思考はあたしにはない」

「…………」


 ということで。

 今、俺達──俺、師匠、ユメル、バンの四人──は魔物達の森に、一度帰還していた。師匠は病衣を脱いで、ボロボロになったいつもの派手なスーツの代わりに、動きやすそうなチュニックを着ていた。軽量を目指したファッションのような感じで、胸下でくくって腹を見せている。左腕がないことを除けば、都会で流行りそうな出で立ちだった。


「……そんなのは、まぁ、どうでもいいけれど」


 道中、《死隊》が暴れた惨状の場を遠目に、その場で後処理をするリゲル兵を確認しながら。俺達は、魔物達の森に帰った。血の匂い。肉の匂い。そんな、慣れたくもない匂いに慣れかけていることに気付き、少し、思うところもあったけれど、まぁ、いいだろう。目標に到達するまでの犠牲と思えば、今の俺ならなんとも思わない。はずだ。

 少しの間、走って。数時間。

 俺たちは師匠の家に到着した。


「……リューク⁉ リューク、なんじゃその腕は!」


 一足先にアンレスタ国の偵察から帰ってきていたルークが、師匠の左腕を見て──今は無き左腕を見て、大声で詰め寄ってくる。

 今日の朝から、時間だけが経ち。

 なんの成果も得られないまま。

 俺、ユメル、師匠、ルーク、バンの五人は一堂に揃った。


「ああ、うっせぇな。その辺りもちゃんと説明すっから、まぁ、話聞けよ」


 師匠のおざなりな返事に、ルークは困惑したようだった。

 師匠の口から出ていく惨状の記憶を聞いて、ルークは苦虫を噛み潰したかのような表情をする。

 誰だって、こんなことを聞かされれば同じ表情をするだろうけれど。


「……それで、これからどうするんじゃ」


 ユメルと同じようなことを、ルークは聞く。


「そんな痛手を負わされて、それでも諦めないんじゃろう、お主は。ならば、これからどう動く」


 ルークもほとほと、師匠の性根を承知しているようで、師匠の二の句を待つ。その様子もやっぱり、人間味の溢れるものだった。

 それから、師匠は鋭い目つきを復活させ、言った。


「まずは、アンレスタ国に行く」

「……アンレスタ国?」


 アンレスタ国って──なんで、今?

 師匠が言ったのは、ルークが聞いた、これからの動向についてなのだろうけれど、アンレスタ国に行くというのは、この場合どう言う意味合いがあるのだろうか。

 アンレスタ国の挙兵というのは、幻覚の《有能》が見せた幻だったはずだ。つまり、今回の動乱は全て、リゲル国の国内でアーロンやレン左大臣が企図し、実行した計画ということになる。

 当初の結論だった、魔女ユメルの奪還のためのアンレスタ国の挙兵というのは、俺達の勘違いだったのだから──アンレスタ国は関係ないはず。


「だからこそ、だ。あたし達はアンレスタ国に行く必要があるだろうよ」

「だからこそって……ええと、つまりアンレスタ国になにかがあるってことですか?」

「なにかがあるなんてもんじゃないだろうな」


 師匠はゆっくりと、こちらを見渡す。


「前提として、アーロンや四ツ目は姿をくらませてるだろう。それに、奴らの仲間になっただろうレンの奴もな。あんな大掛かりな仕掛けを謀ってやがったんだ。あたし達から隠れる手はずはいくらでも準備している──んだろうよ。だから、こいつらの居場所をなんの手がかりもなく探すのは、今この状況だと意味がない。回帰教が絡んでんのが分かった今でも、徒労になる可能性が高いってことだ。分かるな?」

「…………そうですね」それでも、忘れず並行しておくのだろうが。まぁ、それはいつもやっている。「……となると」

「だからといって、ソラ、お前の言っていた、例の書庫を見に行くのもナイ」師匠は選択肢を一つずつ挙げていく。「あの書庫は王族の中でも利用する人間は少ないから──リゲル兵の大量虐殺があった今、あの書庫にまで兵を割く余裕はない。つまり、あたしがいなくとも簡単に入ることは出来る。入ることは、出来る、が。ただ、リゲル城は今、慌ただしいからな。あたしの感覚としては、あそこを戦場にするのは避けたいところなんだよ。いや、そんなあやふやな感覚は、あたしの本音じゃねぇか──今はあそこに行くのは正解じゃねぇ。そう、あたしの勘が言っている」

「…………」師匠の勘。俺やユメルのことを救い出した、あの勘。「……それで、あの書庫には行かない、と」

「おう」師匠は言って、頷く。「ただいつか、時期をみて行くことにはなるだろうがな。ただ、それは今じゃない」

「……となると」

「ならばまず一つ。マニがこの事態をどう見たか。これを知っておく必要がある。そうだろう?」

「マニが……この事態をどう見たか、ですか」

「ああ。あたしが地面の上からアンレスタ国を見た感じ、何も起きてない平和なアンレスタ国だった──ルークが空の上から見たアンレスタ国の挙兵は、嘘っぱちだったわけだしな。だが、マニから見た景色はまた違うかもしれないだろう? なんせ、マニはアンレスタ国の王女なんだから。何か違う情報を掴んでいるかもしれない」

「……でも、それは私の《伝心》でいいんじゃないですか?」ユメルの懐疑的な声が挟まる。「私の《伝心》なら、アンレスタ国まで行かなくとも会話が可能ですし。なにも、アンレスタ国までいく必要はないでしょう」

「そうか? あたしはそうは思わないんだよ」


 人差し指を立て──右腕の──、ハッキリと言う。


「レンが持っている幻覚の《有能》──それが《伝心》に干渉しない保証はねぇだろ」

「…………」


 《伝心》に、干渉?

 それは。

 つまり。

 レン左大臣の幻覚の《有能》は、空を飛んでいるルークの視界に干渉して別の景色を見せた。つまり、アンレスタ国の外にいる者に干渉する《有能》ということ。

 ならば、アンレスタ国の外からユメルが《伝心》をしようとしても、幻覚の《有能》で邪魔をされる可能性が高いわけか。思えば、バンだって、魔物達の森からアンレスタ国に帰る途中で、魔物達の森の中から、アンレスタ国の挙兵を見たらしいし──それなら同じ理屈で、《伝心》にもなにかしら、異常が発生するかもしれない。

 幻覚の《有能》の性能がどこまでのものかわからない以上、下手に、《伝心》で会話が出来るか試すのもまずい。

 もしかしたら──リゲル城に行く前にユメルからした《伝心》がマニに通じなかったのも、それが原因かもしれない。


「……でも」ユメルが言う。「マニが何か情報を持っているとは限らないじゃないですか。リュークさんはアンレスタ国に入って、その目で何もないことを見たんでしょう? なら、マニだって同じ可能性が高いでしょう」

「それでも、リゲル国でこれだけ大きな動きがあったんだ。《有能》関係なく、アンレスタ国でもそれに対する反応があってもいいだろう」

「…………」

「魔物達の森があるとはいえ、何もすべての情報が行き来しないわけじゃない。もしかしたらアンレスタ国にも、レンと同じような考えを持つ奴がいるかもしれない。それはあたしとしちゃ、ほっとけないんだよ」


 レン左大臣と同じ考え。

 植民地化。

 リゲル国の兵が大勢死んだから、その隙を狙って、アンレスタ国が本当に攻めてくるかもしれないってことか。

 今度は幻覚なんかじゃない、本物の兵達が。

 だから、師匠の立場からすると、放っておけないと。

 リゲル国の王女からすると。


「それに、エリザベスも、そこは知りたがってたしな。アンレスタ国の情報──誰でも知れるわけじゃねぇ。あたし達ぐらいだろ」


 エリザベスさんの立場でも、確かに、そこが知りたいところだろう。隣国の動向に目を光らせるのは当たり前だ。

 ちなみに。

 エリザベスさんは、師匠のことについては諦めているようだった。左腕を失くすような重態になったところで、師匠は止まるような人間ではないことを知っているのだろう。だから、リゲル城から出る俺達を見て、何も言うことなく見送ってくれた。エリザベスさんはエリザベスさんで、何かしないといけない仕事があるのだろうし、城を離れられないはずだ。

 一国の大臣の、一国の王女への対応としては褒められたものではないのだろうが──それにエリザベスさん自身がリゲル城で言っていたように、師匠はリゲル国の王族の血を継いでいるのだけれど。

 それをエリザベスさんはわかった上で、それでもなお、だ。

 「……朝三暮四でないことを祈りますよ」と、最後に念を押すのは忘れなかったけれど。


「それに、どうせここにいようがアンレスタ国にいようが、幻覚の《有能》の性能が分からん以上は、どこにいても幻に襲われるリスクは同じだ。なら動き続けたほうがいいだろ」

「……わかりました。それはわかりましたけれど。他に理由があるんですか」観念したかのように言うユメル。「一つ目って言ってましたよね」

「ああ。もう一つ、理由がある」


 師匠は言った。

 誰を見て?

 バンを見て。

 手持ち手無沙汰に俺達の話を聞いていたバンを見て、言った。


「バン、お前、隠してることあるな?」

「────?」


 隠していること?

 バンが?

 言われ、今まで何も話さず、会話に混ざることのなかったバンは、驚いたように目を向いた。


「オ、オイラ?隠してることなんて何も──」

「いや、何かあるはずだ」師匠は断定するように、言い切る。「隠していること──あたし達に言ってないこと。今言っとけ」

「ちょ──ちょっと待ってください」思わず、俺は口を挟んだ。「なんでそんなことわかったんですか、師匠」

「ああ?あたしは読心できるって知ってんだろうが。ユメルが近くにいるから、やっぱりノイズがかかったような感じだが──あたしの前で隠し事なんてできるか」


 ちなみに。

 師匠の読心のことや、《有能》のこと、それに折衷現象のことについては、バンにはもう説明をしてある。ここにくるまでに時間はかなりあったのだから、その時間は有効活用しないとダメだろう。


「いや、それは知ってますけど……なんでこのタイミングなんですか?読心で隠し事がわかるなら今までいつでもタイミングはあったはずじゃ──」

「このタイミング」


 師匠は言う。


「今まで読心しても大した情報は拾えなかったが──このタイミング。今じゃなきゃいけない理由があったってことだよ。今までじゃダメだった、今じゃなきゃいけない、違い」


 違い。今までの状況との違い。

 なにが──あるのか。


「……ルークか?」


 師匠が静かに聞いた。

 ルーク。

 ルーク?

 いや、そうか、違いというなら、そこが最も違う部分か。

 バンは──()()()()()()()()()()()()()

 違いというなら、そこか。

 今までの状況と、今との違い。

 それから。

 少し、迷うようにして。

 それから。

 バンは、観念したかのように、口を開いた。


「……うん。オイラは──そこの鷲さんと会ったことがある」

「……会ったことが?」

「うん」


 それは、つまり、何に繋がる?

 

()()()


 と。

 バンの口から、そんな言葉が出てきた。


「五年前の嵐の日、オイラはそこの鷲さんに出会ったんだ」

「……五年前?」


 その年月は──師匠の。

 折衷現象が起こった年じゃないか?

 嵐。

 それも。


「……バン、五年前、いったい何があった」師匠が目を更にとがらせて、聞いた。

「正しく言うなら」


 バンは言う。


「ボロボロになっていた、お爺さんに会ったんだ」

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