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失踪──4

 そこまで聞いたところで、やっと、俺は事の顛末に追い付いたような気がした。


「《有能》が関わっている──そう考えれば、合点がいく。ルークが空の上から見たものと、あたしが地上から見た景色が違うのならば、それは異常な事だからな。ならば──《有能》だろう、それは」

「…………」


 俺は答えなかった。代わりに、思考する。

 アンレスタ国の挙兵──ルークはそう言う。

 師匠は、反対の景色を見た。

 これはどういうことか。


「……あの。ちょっと……ルークというのは、誰のことですか?」と、エリザベスさんが慌てたように師匠に向かう。情報不測を補う質問だった。「お仲間ですか?」

「ああ。あたし達の仲間で──鷲だ」

「わ──鷲?」

「そうだ」

「…………」


 そんな、返答になっているのかわからない漠とした返事に、エリザベスさんは困惑したような声を出す。それもそうだろう、鷲なんて言われてもピンとはこない。情報不測を補った結果、さらに混乱したみたいな顔だった。

 それでも、仲間ということに一応、落とし所を見つけたようで、エリザベスさんはまた聞きの態勢に入った。

 師匠と俺の会話が続く。


「で、ソラ、考えてみろ。ルークとあたしで違う景色を見た──これがどういうことか。どういう──《有能》に繋がるか」

「…………」


 考えられるのは──幻覚、か?

 聞くところによると、ルークは空の上からアンレスタ国を見ている。反対に師匠は地面に足をつけてアンレスタ国を見ている。それはつまり、ルークはアンレスタ国の外から、師匠はアンレスタ国の中から、アンレスタ国を見たということだ。

 だからアンレスタ国の外にいる人間に向けて、幻覚を見せる《有能》──というのはどうだろうか。

 

「多分、それで当たりだろうな。それ以外に考えられん」

「……幻覚、ですか。また、妙な……」


 《伝心》、《読心》、《死隊》、《転移》、《合身》。

 それに続く、第六の《有能》。


「第六、ね。ソラ、お前の頭を見る感じ、バンが《合身》を持っていたんだな?」

「……! そうでした。それは師匠に言ってなかったですね」

「……どういう縁なんだか。いや、それもこれも四ツ目の策略って可能性もあるのか」

「アンレスタ国で偶然、バンが師匠のことを発見してついてくるなんて──偶然にしては出来過ぎですもんね。おそらく、四ツ目が関わってきています」

「……っち。どこまでいっても掌の上感が拭えねぇな。気持ち悪ぃ」


 師匠はガシガシと苛立ちげに頭を掻いた。勿論、右腕で。

 

「……それで。《有能》が関わっていることに気付いて、それが幻覚を見せる類の《有能》であることにも気付いて──そこから、リゲル国に来たんですか」

「ああ。アンレスタ国の挙兵が仕組まれたものなら──敵さんの狙いはリゲル国だろう? アンレスタ国の挙兵に対して大きく動くのはリゲル国しかない……いや、これは過言ではある。アンレスタ国のさらに東側がどうなってるかはよく分かってねぇからな。でも、アンレスタ国の挙兵には少なくとも、リゲル国は対応せざるを得ないだろ? そんで、その隙に敵さんがナニかをしでかそうとしているのなら──リゲル兵に危険が迫ってる、とあたしは思った」

「……それで、あの場に」

「もっとも、それも間に合わなかったが。結果だけ見れば、あたしがエリザベス宛に手紙を出したところから、全て敵さんの読み通りってわけだ。まんまとリゲル兵が死んじまった」

「…………」


 それが──この数時間で起こったことの全てか。

 たった、四行だ。

 アンレスタ国で挙兵が起こった。

 だがそれは幻覚だった。

 リゲル国の兵がそれに対して動いた。

 そこで、《死隊》が暴れ、リゲル兵がかなりの数死んだ。

 

「……こんな」


 文字にしてみれば、四行。

 それだけのことだった。

 それだけのこと──だったが。

 あまりに、それが判明した代償がデカすぎる。


「…………」

「……《死隊》が暴れたことに関しては、一般の民に情報が漏れた様子はないですが。流石に、リゲル城内の人間には誤魔化せませんよ……明確に、リゲル兵という被害者がいますから」重いまとわりつくような空気を払うように、話を黙って聞いていたエリザベスさんが、そこで師匠に訴えた。話を変えるためだろう、故意に穏やかな声を作っている様に感じた。「《有能》とやらのこと、今までリュークさんが公にしてこなかった理由は、理解できます。ですから今回も、《有能》のことは大々的に喧伝しないつもりでしょうが……どうするんですか?」

「それは、エリザベス、お前に任せるよ」簡単なことを言うように、師匠は答えた。「《有能》のことはあたし達だけの秘密にして……その上で、《死隊》が暴れたことにも収拾をつけてくれ。リゲル城内の人間の混乱も、なんとか」

「それは……分かりますが。ですが……」


 エリザベスさんは額を手で支えるように師匠を睨んだ。そんないい手があるかと、そういう顔だった。

 《死隊》が暴れた。リゲル兵が多く死んだ。そのことを、《有能》や《死隊》という存在を明かすことなく、リゲル城内の人間に説明しなくてはならないなど。難しいことこの上ないだろう。


「……いえ、手はないこともないです。十分ではないですけれど、その辺りの説明は、リュークさんが実際にその場に立ち会ってますから……」と、エリザベスさんは考えるように目を閉じながら、言う。「……リュークさんの王族の権限で、リゲル国の王族維持に関連する問題として、秘密裏に調査を進めるということにすれば、情報統制も敷けますから……一旦は、騒動も収まるでしょう。王族というのはそういうものですからね」


 エリザベスさんは悩むように、師匠を見た。

 言葉を続ける。


「しかし、一旦はそれで収まったとしても、近い内に元凶を見出さなければ、リゲル城内の人間からの不満が噴出しますよ。兵が大勢死んだんですから──その、アーロンという男がどこにいるのかも分からないんでしょう? それに加えて《有能》や《死隊》のことも明かせないとなると、なら、リゲル城からとれる対策は実質ないということになるでしょう。不満が出てきたら、その時……どうするんですか?」

「そりゃ、その時に考えるさ。今は先に、レンのことを片付けなくちゃ、だろ?」

「……はぁ。まぁ、それが私の仕事ですし。やりはしますけれど、ね……仕方ないですか」


 リュークさんが回帰教のことを言っていたのは、これがあったからですか、と。ため息を吐きながら、エリザベスさんは師匠に答えた。国の一大事に、慣れたものだった。

 もしかしたら。思ったより──エリザベスさんは、落ち着いているのかもしれない。師匠の片腕が無くなって、リゲル城の兵隊が大勢死んだとしても、自分のやることを見落とさず考え続けているようで、エリザベスさんには微塵も、冷静さを欠いているような雰囲気はない。右大臣の役目を全うする、いつも通りのエリザベスさんだった。

 どうやら、会話の感じ、回帰教のこともアーロンのことも、エリザベスさんはあまり詳しくないようだけれど──その辺は師匠に依頼されて絶賛、調査の途中だったはずだ。だから、将来的に作ろうと思えば策は作れるものなのだろう。冷静なのは、それもあるからかもしれなかった。


「…………」


 後悔先に立たず、だ。確かに、事後にこんな無茶な状況に陥るよりは、先に手を打っておいた方がよかっただろう。けれど、それは結果論に過ぎない。三割五分の信者数を誇る宗教なんてのが域内にあったら、リゲル国としては先んじて調べる必要があっただろうけれど──ここまでの重大な事件に繋がるとは、誰しも予想しがたい部分がある。将来、何がリゲル国に牙を剥くかなど、想定していけばキリがないのだ。

 それに、そこは、アーロンが上手いこと暗躍していた可能性もある──エリザベスさんを責められないほどには、敵も考えて行動しているのだから。リゲル城の書庫で俺が初めて会ったのだって、四ツ目の目論見の延長なのだし──敵は手強いと、俺達はそう見なすしかないのだろう。

 エリザベスさんや師匠だって、十分、英傑だろうけれど。敵もまた、野望を持って行動している、傑物なのだ。油断は出来ない。


「まぁ、どうにかしますよ。不幸中の幸い、リュークさんの名前を自由に使っていいんですから、やっぱり、やりようはありますしね……ネームバリュー、大事です」


 と、エリザベスさんはまとめるように、そう話を区切った。これで、リゲル城の動向の話は終わりと、そういう意思表示だった──エリザベスさんが、どうにかする。雑だけれど、リゲル城の対応はこれでいくらしい。

 なら──リゲル城のことは、もう、エリザベスさんだけに任せていいのだろう。俺が気にすることではない。国の政治なんていう途方もない職務は、出来る人に任せればいいのだと、そう思うことにしようじゃないか──だから。

 俺も──考え続けろ。

 何か、やらなくてはならないことはないか。何か、出来ることはないか。いまのところ、こちらが払った代償は大きいけれど──何か、反撃の手段はないのだろうか。

 考え尽くしたか?


「…………」


 いや、まだ謎なところはある。

 レン左大臣のことである。

 レン左大臣──《死隊》の暴虐の末、行方不明になった男。

 この人間のことがまだ、分かってない。


「それはもう、答えが出るだろ。登場人物がここまで揃ったんだ、状況把握だって出来た、答えは出せるはずだ」

「…………」


 師匠に言われ、再度考える。

 レン左大臣はどこに消えたのか──あ。

 灯台下暗し。

 バンの時もそうだったじゃないか。バンの時も、《合身》の持ち主だと知らずに会話をしていた。

 ならば、幻覚の《有能》は。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()はどうだろうか。


「ソラとユメルは、魔物達の森の近くでレンと会ったんだろ?考えてもみろよ、一国の左大臣だぞ?なんだってそんな危ねぇところにいるんだよ」

「……予感がどうとか、言ってましたけど」

「な訳ねぇだろ。予感なんてものは、あたしの役回りだよ。他人のものじゃねぇ」

「…………」


 ならば、レン左大臣は。

 ()()()()()()()()()()()使()()()()()、あの場にいたということか。

 アンレスタ国に幻をかけるために。

 そういうことになるのか。


「それしかねぇよ。十中八九、効果範囲があるんだろうな。アンレスタ国全体に幻覚の《有能》をかけるには、魔物達の森まで出向く必要があったってことだ。それか、発動条件に関わるものか……そうでもなきゃ説明がつかねぇ」

「……でも、あの森には魔物がいるはずです。師匠の匂いが染みついてない人間が近付けば、襲われるはず」

「それも、幻の《有能》があれば無問題(モーマンタイ)さ。襲われようが、煙に巻けばいい。初めから、魔物の目に入らないよう幻を行使するのもいいだろう。どうでもなる」

「…………」

「そこから、ソラとユメルに会って、エリザベスのところに来て──植民地化の話を出したのもわざとだろうな。わざとそんな話を出すことで、リゲル国内での防御という案に持っていく。そうすりゃ、願ったり叶ったりだろう」


 師匠は根拠を並べ続ける。ちょっと待ってくれ。

 ということは、まさか。


「……レン左大臣は、敵だったんですか?」

「そうだろ」


 師匠は淡白に答えた。

 感情を殺しているというよりは、事実を客観的に俯瞰している者の言い方だった。

 師匠は続ける。


「あいつは、リゲル兵を一箇所に用意するっつう目的のために動いてるだろ、どう見ても。ってことは、アーロンとも繋がってるってことだ。完全に、敵だろ」

「……そんな、左大臣が」

「回帰教……だったか? あれから時間が経って、いまの回帰教がどこまで広まってるかしらねぇが、少なくとも……そんなところにまで来ていると思っていいだろうな」

「…………」


 リゲル国の、左大臣。一国の、大臣。そんなところまで──回帰教は広まっていると? 

 それは──それは。

 

「ま、あからさまに敵さんは、用意周到に、リゲル国を蝕む気だろうな。ここまで誰にも露見せずに動いてんだ。ここから先も、何か目的があって動いてくるだろ」

「…………」


 師匠を聞きながら、考える。考える。戦況を悪化させないための状況把握を、全うする。

 なら、レン左大臣が消えたというのは。

 

「《死隊》のどさくさに紛れて逃げたか──それこそ、最初から幻覚だったのかもな」


 逃げるのもアーロンの仲間なら容易い、と師匠はあくまで冷徹に言う。ちょっと、待ってくれ、もしそうなるなら、なにがどうなる?

 レン左大臣の動きが全て、計算されたものだったとしたら──魔物達の森でバンに会ったのも、植民地の話を出したのも、バンに褒賞を握らせたのも、全てリゲル国に疑われないよう動いた結果なのだとしたら。

 俺たちは、これから何をするべきなんだ?


「……レン左大臣の捜索は、今もされています」


 と。

 エリザベスさんは言った。


「レン左大臣がそのような目論みを持っていたのだとするならば──なんとしてでも見つけ出さないといけませんね」

「…………」

「何が目的なのか。回帰教に加担して何をしようとしているのか」


 その二つの追求をしないといけません、とエリザベスさんがキツい目を俺達に向ける。そんな目を俺達に向けたところでどうしようもないことはわかっているのだろうけれど、それでも、恨みのこもったような目だった。

 エリザベスさんも、師匠に情報収集を依頼される前から、回帰教のことについては知っていたのだろう。右大臣の耳に届かないほどに、回帰教のスケールは小さくない。勿論《有能》のことについて知ったのは今だとしても──以前から、その存在は知っていたはずだ。だから、エリザベスさんはここで、多分、回帰教という危険因子を見逃していたことを悔やんでいるのだろう。一国の大臣として、危機に気付けなかったことを顧みているのだろう。


「…………」


 故に、エリザベスさんの頭の中では、師匠と同じく、俺の予想もつかない策略が巡っているはずだ。リゲル国を守る側の、知恵を出そうと、だ──俺も、出来ることをやらなければならない。

 レン左大臣の捜索、それに伴い、レン左大臣の拘束。並行して、アーロンの捜索も。

 それが──今の俺たちのやるべきことだった。


「四ツ目の動向にも気をつけながら、な。あたし達がやるべきことはそれだ」師匠が右腕をつき、立ち上がった。「うし。ゴールがハッキリしたんだ、動くぞソラ。まずはユメルとバンと合流して──」

「ちょ、ちょっと待ってください。もう、行くんですか師匠。そんな怪我で」


 左腕の欠損だぞ。

 そんな、怪我なんて生易しい表現では足りない深傷を負いながら──日も変わらない内から、行動を開始するっていうのか。

  

「……リュークさんは休んでいた方がいいのでは?勿論、過褒ではなくあなたが戦力として優秀なのは百も承知ですが──それでも、今のあなたが汲々と前線に立つのは危うすぎる」


 エリザベスさんも同じ意見のようだった。

 が。

 

「あ?それはあたしに言ってんのか?」


 師匠は違った。

 この人。

 この人だけは。


「違うだろ。あたしもリゲル兵も、これだけ被害が出ている今だからこそ──動くべきなんだよ」


 この人だけは違った。

 この人だけ、違う景色を見ていた。


「やられっぱなしは性に合わないんでね──これからはあたし達の反撃だ」

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