失踪──2
「まず、そうだな。あたし……あたし達の秘密から話そうか。そこから触れていくのが一番、わかりやすいだろ」
「エリザベス、お前も知っての通り、五年前のことだ。その頃、あたしは世界一幸せな人間だった。婚約者が決定し、全ての準備も万事済ませ、結婚まで間近だったところだった」
「で。嵐に遭った」
「その嵐は、あたしの婚約者もろとも吹き荒れて、リゲル国の大地をも吹き飛ばし、ついでに付き添いのリゲル兵を粉々にした」
「結果、あの日あの場所にいた人間はほとんど死んだ。あたし以外の人間は全員死んだと言ってもいいくらいには、ほとんど死んだ。まぁ、リゲル兵も何割かは生き残ったみたいだけど、それに意味があったかは微妙なところだな。だって守るべき人間を守れてないんだから」
「エリザベス、あの時死んだ人数、覚えてるか? まだお前は右大臣じゃなかった頃だけど、それでもお前なら覚えてるだろ」
「……そうだな。それぐらい死んだはずだ。はずって言うなら、あの場には、リゲル国きっての精鋭がいたはずなんだけどな。なんせあの場には王女とその婚約者、それに王族の人間がいたんだから、それぐらいの警備はつけるだろうよ。それが理ってもんだ」
「ただ、ほとんど死んだ。生き残った人間を数えた方が早いってくらいに、ほとんど死んだ」
「それで──一つ。」
「エリザベス、これは覚えているか? あの嵐に関して一つ、おかしな点があったことを」
「おかしい……笑っちまうくらい可笑しくて犯しくて侵しい点があったことを」
「……覚えてねぇか。まぁ仕方ねぇか。あの惨状を生み出したのは嵐で、その結果、多くの人間が死んだってことになってるんだから。それ以外に考えるべきことなんて微塵もないし、それ以外に見るべきところなんて少しもない。そう結論付けられたのも、まぁ、仕方ないんだろうよ」
「ただ、一つ。おかしな点があった」
「それは、嵐に遭った人間の内──嵐でいなくなった人間の内、三人だけ、その死体が見つかってないってところだ」
「死体が見つかってない──死んだリゲル兵や王族の死体は見つかった。ある者は細切れになって生き絶え、ある者は両目が潰れていた。そんな死体共が、あの場にはあった」
「分かるか? それでも──あったんだよ。死んでいたとしても、見るに耐えないくらいぐちゃぐちゃになっていたとしても、それでも、あの場に死体はあったんだよ。見つけることができたんだ」
「だけど、その三人だけは、死体が見つかっていない」
「……思い出したか? 今じゃもう、国民の記憶の奥底にいって風化した噂だけどな。当時はそれはもう、幅広く国民の話のタネだったぜ。その三人はどこへ行ったんだってな」
「その三人。あたしの婚約者。あたしの弟。あたしの母方の祖父」
「全部、あたしの肉親──と、肉親になる予定だった奴だ」
「あいつらは一体──どこに行ったんだ?」
「ソラの件はエリザベス、お前の知っての通りだよ。幼馴染がいなくなった。それもソラの目の前で」
「それに、お前の察しの通り、ユメル、あいつもその現象に遭っている。ユメルは両親だな。こっちも、目の前で消えたらしい。それに付随する形でなんやかんやあったが──まぁ、それはもう解決したからいらん情報だろ」
「ああ、東国がアンレスタ国っていう名前なのはもう聞いてんのか。いや、手紙に書いたっけか。そうだそうだ。隣国は未だに謎が多い国ではあるが──魔物達の森があるから調べようがないんだが、とりあえず、国名は判明したんだよ。それに、アンレスタ国の重要文化の一つである《魔女》ってのも、ユメルのことだぜ。正確にはユメルの一族のことだな」
「で。そんな、人間がふいに消える現象のことをあたしは調べたんだよ。そんな、人知の及ばないような超常が何の因果か、あたし達に降りかかったからな──それで、出た結論はなんだと思う?」
「──異世界だ」
「消えたあいつらは、皆、異世界に行ってしまった。異世界にとばされてしまった。これが、あたしの結論だ。エリザベス、お前も入ったことのない、王族のみが入ることの出来るあの書庫で得た結論だよ」
「あたし達はその現象のことを、折衷現象と呼んでいる」
「そうして、目下、手掛かりになりそうなのが──回帰教と、その当主のアーロン」
「そして、神である四ツ目と──《有能》だ」