UNCLE・POLICE
あぶない刑事じゃないけど、西島秀俊さんのバディものが見たい。
アクションがあってしょっぴりシリアスもあるけどその中でも幸せな家庭を作っているそんなドラマが見たい!
モデルは西島秀俊さんと竹野内豊さん。
大人の男の色気で話題を搔っ攫ってほしい。
部下は岡田准一さんで西島さんの奥さんは松嶋菜々子さん。
上司に振り回される岡田さんを見たい。
女性としても警察官としても強い松嶋さんを見たい。
色々あったけどちゃんと幸せな家庭を築けていてちゃんとパパしてる西島さんが見たい!!
そんなドラマがありませんか?
都内某所にあるカフェはその日、お客様感謝デーと称して1日限定でスイーツ食べ放題を催していた。
如何にも女性ウケを狙っている内装と映えを意識した可愛らしくデコレーションされたスイーツ目当てで店内の9割は女性客なのだが、その中で店内に入る前から異様に注目を浴びている2人組がいた。
「お前がスイーツ好きなのは警察学校時代から知っている。うん。知ってはいたが、よくこんな状態でそんだけ食えるな」
「こんな状態?」
「いや、周りを見ろよ。どっからどう見たって俺達浮いちゃってんだよ。見て、ねえ見て。店員さんもお客さんもみーんな俺達のことを見ちゃってんだよ」
「ふーん・・・あ、これ美味い」
「人の話は聞いてくれよ、相棒」
そう言って項垂れる男と目もむけずひたすらスイーツを食べ続ける男に店内全員の視線は釘付けだ。なにせ2人共顔が良い。
スリーピーススーツに身を包んだ40代後半から50代前半の2人組は、大人の男の渋みや色気が座っているだけでも滲み出ていて女性達の心を鷲掴みにしてしまっている。
「まだ時間あるよな。次はどれにしようか・・・」
そういって立ち上がった男は、物腰柔らかそうな表情を浮かべた甘い顔立ちの男でスラリとした体形でスーツの上からでも体を鍛えているのが分かる。
「はあ?おまっ、まだ食うのかよ!いい加減糖尿病なんぞ!」
座ったまま呆れた表情を浮かべる男は、髭が良く似合っている渋い顔立ちの男でこちらももう1人の男同様スタイルがいい。
両者違ったタイプのイケメンであり、店内の女性客はスイーツそっちのけでどちらがタイプかで盛り上がっている。
それに気づいている渋顔の男は早く店を出たいと重々しくため息をついて温くなったブラックコーヒーに口を付けた。
その時だった。入り口が乱暴に開けられたと思ったら如何にも強盗ですと言わんばかりの覆面姿が3人入ってきて、手にしていた拳銃を天井に向かって発砲した。
突然のことで店内はパニックとなりあちこちで悲鳴が上がる。
「死にたくなければ言うことを聞け!全員大人しく地面に伏せろ!」
覆面の1人が拳銃をちらつかせながら命令すると店員も女性客も次々にテーブルの下に身を隠す様に伏せる。
が、その脅しに乗らずそのままの姿勢を貫く者達がいた。
「おい、聞こえなかったのか?大人しく地面に伏せろ!」
ショーケースの前で未だスイーツを厳選している長身の男の背中に乱暴に拳銃を突き付けると、男は皿を置いてゆっくりと振り返った。
「マカロフPMM」
「は?」
「に、似た模造品だな。グリップと引き金の所が微妙に違う。知らないで持ってたのか?」
急な専門知識に覆面の1人は狼狽えているが、男は気にすることなく柔らかな笑みを浮かべる。
「んなパチモンこんなところでぶっ放してみろ。お前の手も吹っ飛ぶぞ」
「ヒィッ!!」
脅しの言葉に悲鳴を上げた瞬間右手は捻り上げられ持っていた拳銃は慎重に抜き取られて近くの台に置かれると、そのままあっという間に後ろ手で拘束されてしまった。
その光景に驚いた覆面2人の内の1人は、すぐそばで優雅にコーヒーを啜っていた男に拳銃を取られて腹部に足蹴りを食らいそのまま同じように後ろ手で拘束された。
たった数秒の出来事に残された覆面1人が動揺する中、長身の男2人がゆっくりと歩み寄る。
「く、来るなぁあ!」
「んな振り回すもんじゃねえぞ。チャカってのは」
「やれるもんならやってみろよ」
得体の知れない恐怖に覆面はパニックになり震えた手で見よう見まねで拳銃を構える。
それでも目の前にいる男達は怯まず、寧ろ何が楽しいのか薄っすらと笑みさえ零している。
「お前、人撃ったことないだろ?手が震えてるぞ」
「そんなんじゃ当たるもんも当たんねえぞ?」
「うううううるさい!本気だぞ!俺は本気で撃つからな!?」
「そうか・・・なら」
そういうと甘い顔立ちの男の雰囲気が一瞬で変わり、拳銃を握っていた男の手を右手でがっちりつかむとそのまま自身の心臓に銃口を誘導する。
「おら。撃つんだろ?この距離ならどんだけ下手でも外しゃしない。遠慮せずに引き金引けよ」
スイーツを前にしていた物腰柔らかな表情とは打って変わって、今は翳りを帯び狂気に満ちた表情でそれはもうその筋の人間や殺人犯と変わりがなく、その雰囲気に当てられ覆面は呆気なく腰を抜かしてしまった。
「あ~あ、可哀そうに。お前のオーラに当てられて腰抜かしちゃってんじゃん」
「このくらいでビビってるようじゃまだまだだな」
「いやいや。あれは誰だって腰抜かすでしょ?何、まだ抜け切れてないの?」
「ヤクみたいに言うなよ。・・・仕方ないだろ。長かったんだ。一朝一夕で抜けるもんじゃねえんだよ」
「あぁ~・・・確か10年、だっけか?いくら任務とはいえよく持ったな。俺には無理」
「本当は2年だったのが伸びたんだ。俺だって早く解放されたかったよ。なのに、上ときたら」
「イデデデデデデッ!!」
思わず拘束に力が入り覆面が悲鳴を上げるが知ったこっちゃないと言わんばかりにまた乱暴に締め上げ、徐にその覆面を取った。
「あっ!」
「お、お前!」
「「高石清三!」」
「な、なんだよ!何で俺の名前・・・っ!ま、まさかお前ら!」
男の言葉に2人は顔を見合わせ懐から手帳を取り出した。
「警視庁の御子柴勝己だ」
「同じく警視庁の八乙女飛鳥だ」
甘い顔立ちの男こと御子柴勝己警部。そして渋い顔立ちの男こと八乙女飛鳥警部。
———これは、おじさん刑事達による物語である。
——————
警視庁組織犯罪対策部資料保管庫。通称資料課。ここにはこれまで取り扱った組織犯罪関連の資料がデータ化されずに残されており、配属された職員によって毎日移し替えの作業が行われている。だがここ最近は事件発生が続いていてサポート要員としてその職員も駆り出されるのだが、彼らは一癖も二癖もあり現場の人間からあまりよく思われていない。
・・・そして今回も毎度恒例の時間がやってきた。
———バンッ!!!
「張り込み中にスイーツバイキングなんて何考えてるんですか!?」
八乙女のデスクを叩きながら鬼の形相で声を荒げるのは、組織犯罪対策部の刑事である村岡龍之介警部補である。
40代半ばの彼は身長は低いが趣味の格闘技のおかげでガタイのいい長身のヤクザ相手にも余裕でマウントを取る男であり、組対の人間の中で彼の右に出る者はいない。そして中々の切れ者でもある。
そんな彼は今回資料課に配属された階級が上の男達の世話係に任命されているのだが、全くといっていいほど言うことを聞かずこうしてことあるごとにお説教しに部屋へ訪れるのだ。
「ちょっと待ってよむらっち。言い出しっぺはあっち。俺じゃないっての」
「そのむらっちっての止めてください!」
八乙女が指をさす方には元凶である御子柴がいるのだが、持ち込まれた最新式のコーヒーメーカーの使い方が分からないのか説教そっちのけで機械の前でうんうん唸っている。
その姿に村岡は大きくため息をついて御子柴の元に寄っていき代わりに操作してコーヒーを淹れ、彼に渡しながらキッ!と睨みつけてからお説教モードに入った。
「それで、なんであんなところにいたんですか?」
「なんでってお前、あの店知らねえの?最近SNSで話題の店で行っても1時間は並ばなきゃならない超人気店なんだぞ・・・てか、これ無糖じゃん」
「超人気だかなんだか知りませんし砂糖ぐらい自分で入れてください。じゃなくてなんであそこにいたんですか!」
「そりゃあ食べたかったから以外理由はない。・・・あ、美味い」
「ああぁああもう!!」
御子柴のペースに完全に飲まれてイライラしている村岡に諦めろと笑いながら八乙女も自分のコーヒーを淹れ始めた。
普段こんな感じの2人だが、警部という肩書きだけあってひとたび現場に出ればその優秀さを発揮する。その光景を目の当たりにするたびに年若い部下達は悔しい思いをしているのを2人は知らないだろう。
そもそもなぜこれだけ優秀な人材がこんな場所に配属されたかというとしっかりとした理由はある。
八乙女と少し距離を置き向かい合うよう設置されているデスクでコーヒーを飲んでいる御子柴だが、彼はつい最近まで都内の裏組織を牛耳っていた暴力団”黒竜会”に潜入していてた。しかもその優秀さから若頭までのぼりつめている。
村岡自身も短期間ではあるが何度か潜入捜査をしたことがあるがどれだけ極悪人であっても人を騙しているのには変わりがなく、こちらの精神がおかしくなってしまいそうになることが多々あった。
それを10年間も続けていたのだから相当な精神力と忍耐力である。
そんな経歴を持つ御子柴は潜入捜査官としてではなく現場の刑事に戻るためのリハビリも兼ねてこの資料課に配属されたが、潜入捜査の任務が解かれたとはいえ10年もの間染みついた”黒竜会の若頭”としての癖が一朝一夕で抜けるわけもなく、そんな彼をうまくサポートできる相棒として彼の同期の八乙女が指名されたのだ。
「うるせえぞ、村岡」
「・・・っすみません」
「御子柴~。若頭出ちゃってるよ~」
「あ、すま・・・すまない」
軽い口調の八乙女の指摘に一瞬出た若頭の顔がすぐさま刑事の御子柴に戻り、またやらかしたと言わんばかりに大きくため息をついた。
村岡自身組対叩き上げでこれまで数多くの暴力団連中と対峙してきたが、その誰よりも目の前にいる御子柴の若頭モードは怖く感じる。
光を通さない闇と血に飢えた獣の様な狂気が入り混じったあの目を見てしまえば最後、もうこの世には戻れなくなってしまうのではないかと錯覚さえ起こす。
「あ~悪かったな、村岡。ま、今度からは気を付けるようにするから許してよ。お願い」
「・・・はあ。分かりました。マジで今回だけですからね。御子柴さんもいいですね?」
「気を付けるよ」
お説教タイムの終わりは決まってこうだ。
結局2人には勝てず村岡が折れる形で終わり、部屋から出たら窓から様子を伺っていた組対メンバーから労うように肩や頭を叩かれる。労いはいらないから誰か変わってくれと再三頼んだが全員があんな問題児、しかも自分達が通ってきた経歴とは全く違う特殊な経歴を持った人間相手に口答えなんか出来ないと何度も断られた。
確かに村岡は潜入の経験もあるし、何なら1度御子柴がいた組に潜入したこともある。そのときはどこから漏れたのかすぐに警察の犬だとバレてしまい絶体絶命の時既に若頭の地位にいた御子柴に助けてもらい村岡は無事に警視庁に帰還、その翌日村岡そっくりの背格好の身元不明の遺体が東京湾に浮かんだ。
そういった繋がりもあり村岡を世話係にと任命したのだろうが、それとこれとは話が違う。
「お疲れ様です。先輩」
「おう」
「今回も大分消耗してますね」
「笑い事じゃねえよ。はぁ・・・何で俺があの人らの世話係なんだよ」
常日頃真面目でストイックで自身にも周りにも厳しく全く弱音を吐かないこの男が、資料課の2人と関わった時だけはこうして弱音を吐くのを後輩である坂下健太巡査部長は楽しみの一つにしている。
「でもあの2人があの店にいてくれて逆に助かりましたよね。佐々木班が取り逃がした連中をたまたまとはいえ2人が居合わせてくれたおかげで被害を出すことなく逮捕で来たんですから。じゃなかったらきっと今頃まだ現場でしたよ」
「そうなんだがな・・・つか何であの状態で取り逃がすことがあるんだ。あいつらポンコツかよ」
「聞こえてるぞ村岡。誰がポンコツだって?」
その言葉に反応したのが話題にしていた佐々木一郎警部だ。
資料課の2人とそう変わらない歳だそうだが神経質を絵にかいたような男で何が気に食わないのか長年目を付けられている。
一応ポーズとして形ばかりの謝罪をした後村岡は先程の事件の報告書をまとめはじめ、それに倣うように坂下も報告書をまとめはじめる。
そんな様子を資料課の2人は室内から見物しており、あいつも大変そうだと他人事のように笑うのであった。
——————
「ただいま」
「あ、おかえりパパ!」
「ただいま、桜」
灯りのともった自宅に帰るとオシャレをして出かける準備をしている大学生の娘、桜が出迎えてくれた。
黒竜会に潜入するためこの家を離れた時はまだ小学6年生、兄の旭もまだ中学2年生であの夜はもう戻ることが出来ないかもしれないと大切な家族を目に焼き付け、長きに渡る潜入捜査が終わった日の夜は八乙女立ち合いの下家族に再会すると言葉に出来ない様々な想いが涙となって流れ、大切な家族に会えた喜びともう二度と離れないと誓うようにその腕で抱きしめた。
仕事のためとはいえ事情を知らされぬまま10年行方を眩ませていた父親が突然帰ってきたことではじめは多少戸惑いを感じられたが妻のおかげでそれもすぐなくなり、結婚当初からの御子柴家のルールであるお見送りとお出迎えのハグもこうして笑顔でやってくれる。
あの日から復帰するまでの約1か月間は休暇を与えられ、今までの歳月を少しでも埋めるため御子柴は家族の傍にいることにした。
長きに渡って仕事をしながら1人で子供達を立派に育ててくれた妻に代わって炊事洗濯をし、今まで聞けなかった子供達の我がままをめいっぱい聞き入れて、そして念願だった酒を酌み交わし楽しい時間を過ごした。
世間では父親が嫌いという子供達もいる中旭と桜はそんな素振りも見せず受け入れてくれて、そこでまた涙を流して皆に笑われてしまったのも記憶に新しい。
腕にある大切な娘の存在を今一度確認してからふと疑問に思ったことを尋ねてみた。
「今からどこか出かけるのか?」
「うん。今から大学の友達と飲み会!」
「それなら送っていこうか?」
「ううん。友達と地下鉄で合流することになってるから大丈夫!あ、でも迎えには来てほしいな」
「分かった。その時は連絡しろ。それとあまり飲みすぎるなよ?」
「はーい!」
もう時間だという桜ともう一度ハグをしてから見送ると、今度はテーブルの上に置き去りにしていたスマホが着信を知らせた。
「もしもし」
「”あ、勝己?ごめんね。今日やっぱり帰れなくなっちゃった”」
「そんな気はしてたよ。着替えとかは?持っていこうか?」
「”大丈夫。たぶん着替える暇もないと思うから。晩御飯なんだけど冷蔵庫のお肉使っちゃっていいからね”」
「・・・お。これだけ量があれば旭が喜ぶな。桜は飲み会でついさっき出ていったし旭ももうすぐ帰ってくるって連絡貰ってるから喜ぶぞ」
「”男同士でしっぽり楽しんじゃって。・・・あ、ごめん。もうそろそろ切るね”」
「ああ。・・・美月」
「”なあに?”」
「いつもありがとうな」
「”ふふっ。急にどうしたの?”」
「いや、その、なんとなく言いたくなったんだよ。・・・気を付けて行ってこい」
「”ありがとう”」
「美月。愛してるよ」
「”勝己。私もあなたのこと愛してるわ”」
夕方もしかしたら残業になるかもしれないとラインが連絡が入っていたためこうなるかも予測はしていたが、やはり妻に会えないというのは寂しいものがある。
切れたスマホのホーム画面に映る最近撮ったばかりの家族写真を見つめていた所で人の気配を感じた。
「なになに。今日おふくろ帰ってこないの?」
「・・・旭。いつの間に帰ってきてたんだ?」
「そりゃあ親父がデレデレしながらありがとうとか愛してるって愛の言葉を囁いている時かな。いやはや、いつまで経ってもオアツイですなぁ」
「・・・・・・旭。おかえり」
「いでででで!ギブギブギブ!!ちょ、現役警察官力加減考えて!?」
「なんだ、もっとやってほしいのか?しょうがないな」
「ぎゃー!骨が!ミシミシ!言ってる!折れちゃう折れちゃう!!」
「・・・全く。親をからかうんじゃない」
「ほ、ほんと痛い!俺貧弱パンピーなんだからちょっとは手加減してよ!」
「貧弱って自覚しているなら鍛えたらどうだ?なんなら俺が相手になってやるぞ」
「エ、エンリョシマース・・・。あ、それより今日の晩飯は?」
「ステーキだよ。桜も飲み会でいないしいっぱい食えるぞ」
「まじで!?やっりぃ!!」
「分かったらさっさと着替えて来い」
「はーい。・・・あ、親父!ただいま」
「ん。おかえり」
改めて旭とお出迎えのハグをしてから御子柴は夕飯の準備に取り掛かる。
今年で23歳の旭は教職の道に進み都内の高校で体育教師として働いていて、今身に纏っているスーツは就職祝いにと御子柴が八乙女経由でプレゼントしたものだ。
会えない時間の中でいつの間にか自身の身長を越した息子には妻とは別で男としての重荷を背負わせてしまったこともあり申し訳なく思っていたのだが、桜同様あの明るい性格でケロッとして気にも留めていないようだったので内心安堵したものだ。
スーパーの半額シールが貼られた外国産の牛肉を焼きながらふと昔のことを思い出した。
潜入時代は組の人間に連れまわされてやたら豪華な料理を食べてきたりもしたが、生きた心地がしない死と隣り合わせの状況で味わえるほど肝は座っておらず、一時期味覚障害にもなったりして食べ物が喉を通らなかったことがある。
そんな極限の状態であったにも関わらず上との連絡が急に取れなくなってしまって帰還命令も出ず、1人苦しい状態でいる中組長に連れられてやってきた銀座の高級クラブで御子柴は驚きの再会を果たした。
***
「はじめまして。月詠と申します」
キャストの1人に扮して浅倉の隣に座ったのは、美しく着飾った妻だった。
驚きで言葉が出ない浅倉をよそに妻はキャストとして完璧に振舞い、少しずつ冷静さを取り戻してきた浅倉は改めて声をかけた。
「初めて、だよな?」
「はい。よろしくお願いいたします。あ、お飲み物何になさいますか?」
「・・・ちょっと体調悪くてあんまりアルコールは入れたくないんだ」
「それでしたらウーロン茶をご準備しましょうか?」
「それで頼む」
「はい」
「浅倉。まだ風邪は良くならないのか?」
「・・・すみません。医者からは薬を貰っているんですが効きが悪くて」
「あら浅倉さん。風邪を引いたんですか?最近の風邪はタチが悪いっていいますし心配ですね」
ここ最近の浅倉の体調不良のことは組長も知っていて彼なりに心配はしているのか今日も同行しなくてもいいと言われたが、多少の体調不良でも身体さえ動けば情報を仕入れることが出来ると思いこうしてやってきたのだ。
味のしないウーロン茶を流し込みママと組長の店舗拡大の話に耳を傾けていると、急に月詠が話しかけてきた。
「あの、浅倉様。少しお顔を触ってもよろしいでしょうか?」
「顔?・・・あ、あぁ」
向き合うように体の向きを変えると真剣な表情の月詠の両手が浅倉の頬を包み、親指がそっと目元をなぞる。
突然のことで浅倉は硬直し、組長他は何やら面白そうなことが起こるぞとにやにやと笑みを浮かべている。
「・・・ぇ、お、おい」
「浅倉様。風邪っていうのはいつ頃からですか?」
「い、いつ?あ~2週間ぐらい前からだと思うが」
「そう、ですか・・・。風邪の症状の他に寝不足、それと最近ご飯もあまり食べられていないんじゃないですか?」
「・・・」
「沈黙は肯定とみなしますよ」
こちらの情報は伝えていないはずなのにそれで分かるとは流石は妻である。
目の前で唐突に行われた触診に月詠の正体が気になった組長が聞くと、彼女は元看護師で結婚してから辞めたのだがその後離婚して昼間のパートだけでは子供達を大学まで行かせてあげることが出来ないからこうして働きに出たらしく、夜職を選んだのは大学生時代学費を稼ぐためキャバクラで働いたことが理由だった。
「どうする浅倉。そんなにしんどいなら帰ってもいいぞ」
「いえ。そういうわけには」
「親父の俺が許すって言ってんだ。遠慮することはない」
「・・・ぃや」
「浅倉」
流石に痺れを切らした組長が苛立ちを隠さない声で浅倉を睨みつけるが当の本人は俯いたまま隣に座る月詠の手をそっと握りしめ、今までどんな女にも靡かなかった堅物と知られているこの男の予想外の行動に組長はじめ驚きを隠せないでいた。
「家に帰ってもどうしても眠れなくて・・・だから、あんたが傍にいてくれないか?」
「・・・え?」
「なにもセックスの相手になってくれって言ってるわけじゃない。ただ、俺が寝るまで、傍にいてほしい。あんたがいてくれたら、ねむれる気がするんだ」
その時の浅倉の精神状態は限界を超えていた。
いつ死ぬかも分からない状況下で上と連絡も取れずこのまま見捨てられてしまったのではないかという不安の中で現れた救いの女神に立場を忘れて縋ってしまったのだ。
珍しい男の姿に組長はママと月詠の許可を取って子分達に浅倉と月詠を彼の家まで送らせ、家に入ってからは発信機や盗聴器などがないかを念入りに確認してから浅倉の仮面を取り目の前にいる妻を抱き寄せた。
「何であんなところにいたんだ」
「事情が変わったの。それを伝えるためにあのクラブに潜り込んだのよ」
「じ、じょう、って何だよ」
「・・・その話はあと。今は休まなきゃ。ベッドに行きましょ」
身長は5㎝程しか変わらないが男女の体格の差があり、よたよたとふらつきながら何とか御子柴をベッドに寝かせることが出来た。
矢鱈高級感のある似合わないスーツを脱がして寝間着に着替えさせ、月詠も偽りの仮面を取るため煌びやかな衣装から着替えようとリビングに行こうとしたがその前に力強く腕を引かれて冷たい毛布と久々に感じる暖かい体温に包まれてしまった。
「ちょっとあなた!離し」
「いかないでくれ」
初めて聞いた弱々しい御子柴の声に顔を上げると、彼の目には今にも溢れそうな涙が溜まっている。
あまりに悲痛な表情が彼の限界を物語っていた。
「たのむ。いかないでくれ」
そう言って痛みを感じる程強く抱きしめられ、彼女も応えるように弱り切った夫を抱きしめた。
「大丈夫。どこにもいかないわ」
「みつき」
「うん。私はここにいるわ。でもお願い。少しの間だけでいいから離してちょうだい」
「・・・いやだ」
「お願い。私もこのままじゃいやなのよ」
その言葉に御子柴は腕の力を緩めて涙を流しながら目の前の彼女を見つめて離れてほしい理由を聞く。
「この恰好のままじゃ私は月詠のままだもの。ちゃんとあなたの妻、美月として抱きしめさせてほしいの。だからお願い」
ようやく納得した御子柴は既に重くなり始めた体を動かして彼女を自由にし、目の前で行われるストリップショーを眠気の帯びた瞳で見つめる。子供2人を産んだとは思えない逞しい身体は普段の彼女の努力の証ともいえる。下着だけを身に着けた彼女は一瞬悩んで御子柴のクローゼットを漁って大きめのTシャツを1枚とって着ると、その恰好で再び彼の腕の中に戻った。
逞しくも女性らしい柔らかな身体を存分に引き寄せ、その体温をより感じたいと触れるだけのキスを落とす。
ただ触れ合うだけのキスで互いの想いが伝わり合うのを感じて、御子柴はとうとう夢の世界へと旅立っていった。
———潜入捜査直後から毎日見る自分が警察だと知られて殺される夢。
その夢を見て魘されて起きるのが彼の日常だったが、その日は愛おしい妻のおかげか何も夢も見ることなく安眠に身を委ねることが出来た。
翌朝目が覚めると腕の中の温もりが消えていて慌てて寝室から出ると、びっくりした表情を浮かべてキッチンに立つ美月がいた。
「お、おはようあなた。どうしたの?そんなに慌てて」
「・・・ゆめじゃ、なかった」
「夢?」
「美月」
昨日のは夢じゃなかった。現実に、目の前に美月がいる。
彼女の存在が夢でも幻でもなかったと安堵感からか急激に体が重くなり壁を伝うようにその場に崩れ落ちてしまい、彼女も慌てて火を止めて御子柴に駆け寄って彼の額に手を当てる。直前まで洗い物をしていたためひんやりとしていたがそれが妙に心地良くて彼女に身を委ねた。
「やっぱり熱があるわ。ちょっと待ってて。体温計と熱さまシート持ってくるから」
「・・・ん」
「きついでしょ?ベッドまで行けそう?」
「ここで、いいよ」
「分かった。少しだけ待ってて」
そう微笑むと目立つ場所に置いてある救急箱を持ってきて体温計と熱さまシートを取り出した。
この仕事は常に命懸けで怪我も日常茶飯事のためどんな怪我でもある程度自分で手当てできるようにと中身は豊富だが、中途半端に開けられた薬や湿布がいくつもあることに気付いた美月は敢えて何も言わなかった。
いや、言えなかったといった方がいいだろう。
昨晩着替えさせるために見た彼の素肌には痣や切り傷、銃創の様なものまで至る所にあり任務の過酷さを改めて実感させられた。
熱に浮かされてぼーっと美月の顔を見て髪の毛をいじる御子柴は自身の最愛の夫であり、本当ならこんな過酷な任務今すぐにでも投げ出して家族の待つ家に帰ってきてもらいたいと何度思い、何度願ったことか分からない。
・・・でも、御子柴も美月も刑事なのだ。
この組織を壊滅させるため、命を削ってここまでやってきた。その努力を無駄にすることは出来ないし、何より上の命令なしに勝手に辞めることは出来ない。
「・・・39.4℃」
「ほんとか?39℃なんてはじめてだしたよ」
「体、つらいでしょ?」
「どうだろう。ちょっとだるいなぁってかんじはするけどつらくはないかな」
「うそ。絶対つらいはずよ」
「うそじゃないって。・・・だって、みつきがいてくれるから」
「・・・っ!」
今にも消えてしまいそうな微笑みに美月は目頭が熱くなる。
「なあ、みつき。なまえ、よんでよ」
「な、まえ?」
「うん。おれの、ほんとうのなまえ。”浅倉充樹”じゃないほんとうのなまえ」
「か、つき」
「うん」
「御子柴勝己」
「もっと、もっとよんで」
「み、こしば、勝己・・・勝己っ」
「おれの、ほんとうのなまえ」
「ふぅ・・・っ・・・か、つき、勝己っ!」
「美月」
とうとう涙が溢れだし勢いのまま傷だらけの夫の胸に飛び込んだ。
最愛の夫が1人苦しんでいる時に隣に立って支えてあげることが出来ず、見守ることしか出来ない己の無力さに腹が立ち、だからといって今の自分の力ではどうにかしてあげることが出来ない。その想いが涙となって呼びかける名前となって零れ落ちた。
互いの名前を呼び合い抱きしめあってからどのくらい経ったか短くも長くも感じられた時間の中で落ち着きを取り戻した美月は御子柴に薬を飲ませるため作っていた玉子がゆを温め直し、その間御子柴は先程から変わらぬ位置から美月を見つめ続けている。
ベッドに移動しようと言ったのだが美月の姿を視界に入れておきたいからと言ってきかなかったのだ。
温めなおしたおかゆをよそって御子柴のもとに戻ると、彼は最近飲食物の味が分からないと申し訳なさそうに話した。
「どんなにいいステーキもどんなにいいさけもあじがしないんだ。おかかえのいしゃにいってもじじょうをはなせないからちゃんとしたくすりをしょほうしてもらえない。くすりも、ほんとうはのんだほうがいいんだろうけどしょくよくもないし、むりやりいれてもはいちまう。さいきんはずっとそのくりかえしなんだ」
「勝己・・・」
「だから、もしかしたらまた・・・はいちまうかもしれない」
「いいの。その時はまたご飯作ってあげるから」
「うん・・・」
ほとんど開いていない口に少しずつおかゆを入れていくと御子柴はゆっくりとではあるが確実に咀嚼をして飲み込む。
些細な異変にも見逃すまいとおかゆを食べさせながら見つめていると、頬に一筋の雫が伝ったのを見て慌てた。
「勝己、大丈夫?苦しい?吐きそう?」
「・・・だし」
「え?」
「たまごもふんわりしててだしもきいてる」
「か、つき?」
「けっこんしてすぐねつだしたときにつくってくれた、あのときのあじだ。おれがつくってもこんなふうにはならないんだ。・・・やっぱり、美月のめしはうまいな。・・・うまい。ほんとうに、うまいよっ」
「勝己。あなた、味が・・・」
家族の誰かが体調を崩した時に美月が必ず作ってくれた玉子がゆの味は絶品で、潜入してからも何度か作ろうと試したのだがこの味を再現することが出来なかった。
どんなものより絶品の玉子がゆが今まで味を感じることが出来なかった体に自然と染みていく感動は、これから先二度と忘れることはないだろう。
「ほん、とうに、うまいよ・・・美月のあじだ」
その言葉にまたお互い涙を流しながら抱きしめ合うのだった。
***
「親父?おーい!」
「あ、悪い」
「物思いに耽っちゃってどうしたのよ?」
「いや・・・ただ、懐かしいなぁって思ってな」
「ステーキがってこと?」
「美月が作った玉子がゆ」
「・・・・・・ねえ親父。ステーキと玉子がゆって天と地ほどあるわけよ。どこをどう見たら玉子がゆを思い出すわけ?」
確かにおふくろの玉子がゆは美味いけど、と言いつつ理解できないといった表情でステーキを頬張る旭に御子柴もそうだよなと笑った。
あの時代、どこぞの高級和牛もミシュランで三ツ星をとった店でも公務員の給料ではまず手が出せないステーキも料理も山のように食べてきたが、あの一件後”黒竜会組員”と”そのお気に入りキャスト”という建前で会うようになり彼女の手料理や形が崩れた不格好なお弁当だけが心を感動させて体調を回復させていった。
任務が解かれたわけではなかったが、あの時間が唯一の心の支えとなって長い時間耐えることが出来たのだ。
「旭。今度お前の料理を食べさせてくれよ」
「うっぐ・・・っ!は、はあ?いきなりなんだよ。え、マジで今日の親父おかしいぜ?どっか頭でも打ったか?」
「頭は打ってないし正常だよ」
「・・・正常とはいったい」
「それよりも。たまにはお前の料理が食べたいんだ。作ってくれよ」
「えぇ~。料理って、俺そんなに得意じゃないんだけど」
「そんな凝ったもの作ってくれって言ってるわけじゃない。・・・そうだな。オムライス、作ってくれよ」
「オムライスゥ?あ~前はたまに作ってたけど今は全然作んないから覚えてるかな・・・」
「楽しみにしてるぞ」
「・・・変な親父」
最後の一切れを食べてなお食べ足りなさそうな旭に残っていた自分のステーキを全部あげて、食べている様子を見守る。
あの時どんな手を使ったか分からないが美月が持ってきた大きめの弁当箱の中にオムライスやウインナー、唐揚げといったお弁当定番おかずがぎっしり入っていて、少し形が崩れてるけど全部あの子達が作ったのよと動画まで見せてくれた。
画面の中では別れた時から大分成長した子供達がああでもないこうでもないと言い合いながら料理を作っていて、その微笑ましい姿と歪な料理をじっくり噛みしめた。
美月の料理と比べたら上手とは言えないながらも一生懸命さと愛情は伝わり、見た目だけでなく料理の腕前もあの頃から2人はどれだけ成長したのか唐突に見て見たくなってしまった。
片づけをして2人でソファに座りデザートのアイスを食べながらバラエティーを見ていると、テーブルの上のスマホが着信を知らせた。
「もしもs」
「”あ~!出た出た!パパ~!お迎えに来て~!”」
「桜のやつ相当酔ってんな」
あまりの声の大きさに旭も苦笑いを浮かべた。
「分かった。店の場所はどこだ?」
「”ん~?えっとねぇ・・・ここ!”」
「ここじゃ分かんないだろ?」
「”パパ刑事さんなんだから見つけてよ~”」
「まったく。ちょっと飲みすぎだぞ?」
「”えへへへ!”」
酔っぱらい娘にどうしたものかと思案していると旭が隣からスマホを見せてきた。
見ると誰かとのラインのやり取りが写っていて、そこに店の情報も載っていた。
「・・・彼女か?」
「え、違う違う!桜の同級生の子の内の1人で合コンセッティングしろとかなんとか言って無理矢理交換させられたんだよ。今日はそのメンツで失恋パーティーなんだって」
「・・・・・・」
「言っとくけど桜のじゃないからね?桜はどこぞの馬の骨より俺がいいって言って告白全部断ってるから」
「・・・桜の将来の夢はパパのお嫁さんだぞ?」
「そうなったら重婚じゃん。日本じゃ禁止され」
「”も~!パパ!”」
すっかり旭と話し込んでいたが桜と通話したままだったのだ。
店の確認をしてから迎えに行くために一度電話を切り、準備をしていると旭もついていくといってパーカーを持ってきた。
「ただの迎えだぞ?」
「いいじゃんいいじゃん!久々の男2人でドライブデート!」
「ドライブデートってお前・・・」
「ほらほら!愛しのじゃじゃ馬娘が待ってるぞ!早く行こうぜ!・・・あ、帰りにアイス買っていい?」
「さっきも食っただろうが」
「甘い物は別腹っていうじゃん!それに親父も甘い物好きでしょ?ね!お願い!」
「・・・美月には内緒だぞ」
「やっりぃ!」
無邪気な顔で笑う旭に笑みをこぼしながら愛おしい娘を迎えに行くために家を出た。
——————
翌日。
「おっはよぅってどうしたのよ、その顔。一夜にして一気に老け込んだな」
「・・・うるせえ」
珍しく定時ぎりぎりに出勤してきた御子柴は疲れ切った顔をしており、その珍しさに村岡はじめ組対の人間も何事かと窓から覗き込んでいる。
御子柴はふらふらと自席に着くとそのまま突っ伏してしまった。
「なあに勝己ちゃんたら、朝までフィーバーしちゃってたわけ?」
「そんな色気のある話じゃねえよ・・・」
「じゃあなによ。・・・あ、もしかして旭くんと桜ちゃんか?」
「それと桜の友達。俺は改めて老いを実感させられたぞ・・・」
「一緒にしないでくれない?俺はまだピッチピチだっての」
そういってビシッとスーツを正す八乙女に恨めし気な視線を送りながら大きくため息をついて体を起こし、スマホを操作して彼に見せた。
そこにはやたらテンションの高い若者が缶ビールや缶チューハイなど酒を片手にわいわいがやがやとはしゃいでいる姿があり、その中には御子柴の息子と娘と時折呆れたような御子柴も映っていて、今日の寝不足の原因はこれかと同情するしかない。
「んで?ピッチピチの53歳はこのテンションについていけるのか?」
「ん?そんな話したっけ?」
「とぼけやがって」
口では悪態をついているもののこうして家族と過ごせるのが嬉しいのか頬は緩んでいる。
ある連絡を受けて久々に再開した時は今では考えられないほど闇を背負い憔悴しきった顔をしていたが、美月をはじめ待ってくれていた家族のおかげでこうして刑事としての自分を取り戻し心置きなく伸び伸びと仕事が出来ているのだ。
たまに自由すぎるのは難点だがそれはご愛嬌ということで許してあげて欲しい。
「ゴホンッ!え~さて、御子柴警部。本日は本来の仕事であるデータ移行の仕事をしてもらうわけですが」
「すみません失礼します!」
「嘘でしょ村岡。俺がめっちゃかっこよく始業の挨拶きめようとしてたんだけど」
「何のようだ。事件か?いい加減俺達おっさん刑事に頼らないで自分達で何とかしろよ」
「そ、それが、以前黒竜会の事件絡みで使用されたと思われる爆発物が都内で発見されまして」
「おっとこれは御子柴ちゃん得意の案件じゃないの?黒竜会ってお前が潜ってたところじゃん」
「今更何のために・・・それで状況は?」
さっきまでとは違う刑事の顔になった御子柴に村岡が姿勢を正しながら報告を続ける。
窓の外では組対の人間が慌ただしく動き回っており、御子柴も八乙女も出動のため準備を始めた。
「では我々は先に現場に向かっていますのでこれで失礼し」
「村岡」
「はい」
「・・・気を抜くなよ」
御子柴ではなくいつも飄々としている八乙女が怖いくらい真剣な表情で言う。
その言葉で言いたいことを瞬時に理解した優秀な部下はお手本のような綺麗な敬礼をすると今度こそ部屋を出ていった。
「黒竜会を潰せたとはいえその犠牲はあまりにもデカい」
「・・・今回の件、関わっていると思うか?」
「分からん。それを調べるのが俺達の仕事だろ。・・・黒竜会と繋がっていて、三橋警視正を殺した内通者を早く突き止めねえとな」
「そうだな」
2人は鋭い視線で窓の外で動く人影を見つめた。
警視庁組織犯罪対策部資料保管庫。通称資料課。ここでは毎日過去の事件データの移し替え作業を行っているのと同時にごく一部の人間にしか知られていないある任務が与えられている。
———それは、警察内部にいる裏切り者の特定だ。