公園
三題噺もどき―ろっぴゃくじゅうよん。
冷たい夜風が肌を刺す。
先週あたりは、昼間は温かい日が続いたらしい。それでも夜になれば冷えるので、こちらとしては何も変わらないのだが。
しかし今日は雨が降ったせいもあってか、いつも以上に冷えている気がする。
「……」
実は、つい先ほどまで雨音はしていたので、散歩は諦めようと思っていたのだが、天気予報を見た所これ以上降ることはなさそうなので、意気揚々と外に出た。
それでも天気が悪いことに変わりはないので、月の光はない。あるのは点々とした街灯の明かりだけ。そうでなくても、もうすぐ新月を迎える月の光はか細いだろう。
「……」
それでも十分の明かりはあるので、散歩に支障は出ない。
むしろ視界良好、雨上がりのせいか人の気配も全くしない。
時折草陰が揺れて、顔を覗けば猫がいるくらい。
「……」
今日は特にコースも決めずに歩いていた。
先日見つけた墓場はいいスポットではあるが、今日はその気分ではない。
いつでも行きたい場所ではあるが、それなりに距離があったりするのだ。
「……」
そんなわけで、たどり着いたのは、小さな公園だった。
どんなわけだと言う感じだが、気の向くままに歩いていたら公園についたのだ。
さして広いようにも見えないが、定番の遊具が並んでいた。ブランコに、砂場に、シーソー。ジャングルジムというモノまであるようだ。
しかし、今日は一日中雨が降っていたのか、所々に水たまりができている。
「……」
ここは相当古いのだろうか。
並んでいる遊具がどれもサビている。雨風にさらされていればどれもそうなるだろうけれど、一段と酷いのはブランコだった。それだけ、この地域の人々が使っているのもあるのかもしれないが。
今はその、人の気配はない。
「……失礼」
ふたつ並んだ椅子の片方に近づく。
雨のせいでぬれたそれを軽く掃い、ひょいと座ってみる。
子供用だからか、足がつく上に膝が曲がる。本当は地面を蹴って揺らすのだろうけど、足を点けたまま屈伸運動だけでブランコを揺らす。
金属の擦れるような音が頭上から聞こえる。……あぁ、そうか。ときおり聞こえるこの音はこれの声だったのか。
「……そうだろうな」
揺れているだけだと言うのに、これはなんとなく、気分が良いな。夏日だったら、風が心地よく通るのかもしれない。
子供が欲しがるのも分かるような気がする。これで遊びたいからと嫉妬までする子供がいるのも仕方ないかもしれない。
「……ふふ、そうか」
ブランコに座ったまま、くるりと公園内を眺めてみる。
やはり、それなりに人気な場所なのだろう。遊具全てに人の跡が残っている。記憶が残っている。それも、古いものからここ数日のものまで。たくさん。
―彼らはそれを、愛おし気に思いだし語る。この国では、こういうのは付喪神というのだったか。使われ続けたものに、神が宿ると言う考え方は個人的には好きだ。
「……」
聞こえる声の中には、いいものばかりでもないが。
遠くから聞こえるこのか細い、恨みは何だろうな。
大きな、彼らの声ではない。小さな、それでも使い続けられた声。
「……」
ブランコを降り、その声のする方へと向かう。
草むらに、隠れてそれはあった。
丸い、ボールだった。硬球というのだろうか、固い。ベースボールなんかで使うやつだろう。
「……ふむ」
どうやら、これの持ち主が探しにも来ないで、置いていったようだ。
まぁ、確かに、この草むらでは探しようがないかもしれない。どれくらいのサイズの人間だったかは分からないが、幼ければ大変だろう。
「……」
気休めになるだけかもしれないが、目立つところにでも置いておこう。
これだけ大切にされていたのであれば、明日にでも取りに来るかもしれない。今日は雨模様だったのだから、来るに来れなかったのかもしれないだろうし。
「……」
しかし執着とは不思議なもので。
ついさっきまであんなに執着していたのに、とたんにその思いは消えたりする。ろうそくの火が消えるように、風船がしぼむように。
「……」
まぁ、持ち主が来ずとも、ここに居れば拾われるだろう。
そう、彼らが言っているのだから、そうなのかもしれない。
必要な人の元へ、行くかもしれない。
「……あぁ、また」
これからもこの場所がなくならぬようにと。
密かに、静かに、祈っておこう。
「おかえりなさい」
「ただいま」
「……公園にでも行ってきたんですか」
「……またあとでもついてきたのか?」
「…憑いてるからですよ」
「おぉ、憑いてきたのか」
「……どうやったらブランコが憑いてくるんですか」
お題:硬球・嫉妬・風船