戦えヒーロー、負けるな少年!
皆様こんにちはこんばんは!
我、乗り遅れを恐れる勿れ……
ナユティスと申すものでございます(遊月奈喩多です)
ヘタレヒーローなんていう、どうも遊月の好みそうなジャンルの企画! これは乗らずにはいられないぞ!と思ったものの、何やらいろいろしているうちに作品募集の期間を超過する可能性も出てまいりました。
まあ、乗るんですけどね!!
このビッグウェーブに!!!
ということで、本編をお楽しみください!
「イヤーーッ!」
燃えるような夕焼け空の下、荒廃した街に絹を裂くような悲鳴が響く。悲鳴の主は幼子を抱き抱えたまま腰砕けになってしまった母親。
何が起きたかわかっていない表情の幼子と対照的に、母親の顔はおよそ人間が浮かべるものとはいえないような恐怖で埋め尽くされていた。
「ひっ、ひぃ、ぃ~っひっひっひ、ひぃぃ、」
喉から漏れるのは、もはや声ともいえない音。
ふたりの前に迫るのは、地面からそそり立つような形をしたキノコ型の生き物。肉厚な傘の真ん中がパックリと縦に割れ、親子を喰らおうと粘液だらけの口を開閉する。
にちゅ、くちゅ、ぴちゃ……っ
「アイエーッ! なんで、なんでー!?」
なす術もなく百足のような足を使ってにじり寄るキノコの餌食になろうとする親子。
嗚呼、まだ未来多かろうふたりすら、非常な世界においてはこのどことなく卑猥な異形の養分となるしか許されないのであろうか!? 発見されていないためこれ幸いと見守る観衆の視線のなか、母親の若々しい肢体がキノコの侵入を許しかけたそのとき──!
「いやっ、やめて! 子どもが見てるの……!!」
「させないぞ、この人喰いキノコめ!」
颯爽と現れたのは、青い全身タイツを身につけた少年。細マッチョ体型がくっきり浮き出たタイツ姿は、ヒーローの証。あまりにも身体のシルエットが出てしまうために常人なら羞恥心を煽られるようなそれを着られるのは、強靭な精神の持ち主だけである。
少年は背中に親子を庇いながら、キノコを睨み付ける。キノコはというと、自分の子どもを植え付ける邪魔をされたためか、傘の部分を赤黒く変色させて、くぱぁっと開いた口から透明の分泌液を迸らせながら少年に相対している。
あまりに恐ろしい見た目だったが、それでも少年は負けない。
「ぶっちぎる!!」
掛け声と共に少年の大腿部が倍以上にまで膨張する! 何だこの脚は、もはやボロニアソーセージだ!! パンッパンだ!!
そして空中で回転しながら放つ飛び蹴りが、キノコの怪物を四散させる。その名は誰が呼んだか、
「いくぞ、邪悪に与える鉄槌!!」
少年の叫びと共に、怪物の骸は跡形もなく消滅する。
じゅんっ、じゅわぁぁ~~
立ち込める薄紅色の蒸気のなか、少年は親子のもとへ歩み寄る。まだ恐怖の余韻にいる母親の衣服を直し、きょとんとしながらも微かな恐怖の滲む幼子の頭を撫でる。
「さぁ、もう大丈夫ですよ。近くのシェルターに、」
「……ぁ、」
少年の言葉に、母親の顔が曇る──それを見て少年は察した。このふたりはシェルターすら追われて逃げてきたのだと。
こんな世界でも、やはり人は寄り添えないこともあるのだと。
* * * * * * *
西暦最後の年、2025年。
大気圏で燃え残った極小の──大きさにして1nmほどの──隕石が、とあるキノコ農家の敷地に墜ちたのが、すべてのはじまりだった。
隕石に付着していた細菌とキノコがいい塩梅で結合してしまった結果、世界中のキノコが怪物となって人間を襲うようになってしまったのである。
恐ろしいことに繁殖欲すら持ってしまったキノコ怪物は、雌雄問わず人間の体内に自分の因子を埋め込む。それらを植え付けられた人間たちはやがてキノコまみれの姿で絶命して、放たれる胞子がまた新たな怪物を産む。
そうこうするうちに世界は荒廃し、世界人口は80万人にまで減ったと言われている。人類たちは皆政府の用意したシェルターに身を寄せることとなったが、やはり人間と人間とが同じ場所に暮らす以上いざこざは尽きない。暴力や支配、盗みや殺人が相次ぎ、このままでは生き残った人類するも危うい状況。
そんな窮状を脱すべく、最初にこのキノコ怪物が発生した国である日本では、この怪物たちを根絶するための研究が日夜行われていた。
その末に産み出されたのが、隕石に含まれていた細菌を投与することで超人的な力を持ったヒーロー。世界各国から、怪物キノコに対する復讐心を滾らせた志願者が集まったが、適合したのはただひとり。
日本在住の少年が、ヒーロー・マッシュとして怪物キノコたちと対峙することとなったのである!!
* * * * * * *
「ありがとう、ヒーロー・マッシュ!」
「おぉ、すごいぞヒーロー・マッシュ!」
「きゃー! マッシュー!」
「素敵ー! 抱いてー!」
ふたりがいたという場所とか違うシェルターに親子を送り届けたヒーロー・マッシュの勇姿に、物陰から男たちの野太い声援が上がる。ヒーローとしての矜持から男たちに手を振り返してから、少年は俯く。
その沈痛な面持ちは、誰にも見えない。
「素敵なもんか、僕は……」
その呟きは風に拐われて、誰の耳に届くこともない。彼の心の奥底に眠る悔恨と苦悩は、ヒーローには似つかわしくないものだ。
ぴっちりと全身のシルエットが浮き出る、界隈では「極めて雑なボディペイントなのでは」とさえ噂される全身タイツを身に付けている間は、彼はただの少年ではなくヒーローなのだ。
戦え、ヒーロー・マッシュ!
明日の平和への礎となるべく、進め!
弱き者の盾となり、そして世界を導くのだ……!
* * * * * * *
ここは、ヒーローではないひとりの少年の私室。
多くの人類は知らない、秘密の隠れ家。
その中央に置かれた生命維持ポットの中には、ひとりの少女が眠っている。だが、それを目の当たりにしたものの多くは、「少女」とも「眠っている」とも思わないであろう。
生命維持ポットのなかの少女は全身をほぼキノコで覆われ、辛うじて目の周辺だけが人間としての面影を残している。そんなおぞましい有り様の少女の前で、ひとりの少年が椅子に座っている。その顔はとても穏やかで、それと同時に刻み付けられたような深い影が差している。
「今日もたくさん殺したよ。やつらを蹴って、潰して、爆発させてやったよ。君が救ってくれた命だ、僕の命だって君のために使わせてくれよ」
少年の瞳には、光にも負けないほどの影が揺れている。そのまま生命維持ポットに抱きつき、小さな溜め息と共に、もはや堪えきれないという風に言葉を吐き出す。
「あの日、僕は君があの怪物キノコに好き放題されているのを震えて見ているしかできなかった。でも、今は違う。今はもう、あの日の僕じゃない。だから……」
静かな嗚咽。
それは、何度となく繰り返された慟哭の残り火とするにはあまりに激しすぎる悲しみを少年が表に出すための、もう残り少ない手段だった。
少しずつ、侵食されている。
怪物キノコを屠るためなら細菌を身体に投与することに躊躇などなかったが、少年は自分の中の“何か”がその細菌に侵食されつつあるのを感じていた。
だから、急がなくてはいけない。
「僕が僕でなくなる前に、必ず君を元に戻してみせる。だから、待っていてくれ……汐莉」
静かな囁きが終わると同時に、私室にサイレンが鳴る。どうやらヒーローの出番らしい。
少年は、ピチピチの全身タイツを再び身に纏う。
全身タイツが完全に彼の身体に馴染んだあと、そこにいたのはヒーロー・マッシュその人だった。
今日もヒーローは街へ向かう。
かつて救えなかったものの復讐のため。
戦えヒーロー、負けるな少年。
自我が消えていく前に、大切なものを取り戻すために今日もゆくのだ。
斜陽の空に、今日もヒーローの声が響く。
前書きに引き続き、遊月です。
ヘタレヒーローの短編、書き始めてみるとなかなか悩ましいというか、『ヘタレって何だ?』という疑問に突き当たるというか……!
ということで『ヘタレ』そして『ヒーロー』という要素に四苦八苦していた筆者は、とうとう執筆用BGMの力を借りることにしたのです。皆様もお察しのことと思いますが、このお話を書くときは某プロジェクトなユニットの名曲「未来への咆哮」を鬼のようにリピートしておりました。なんなら、周りの視線を気にしなくていいところでは歌いながら書いていたくらいです。
Y○utubeで検索してみると、いろいろなVTuberさんがカバーされていたり、他にも声優さんのカバーもあったりするんですね。「未来への咆哮」は言わずと知れたオルタネイティヴなゲームの主題歌ですが、同ブランドから出ている別ゲームの主人公を演じている声優さんのカバーがわりと好きでよく聴いておりました。
いいえ、執筆中に聴いていたら癖になり、関係ないときでも聴いております。元々は『君が望む永遠』関連のボーカル曲を漁っていたら辿り着いたカバーでしたが、かなり筆者の好みに刺さったのです。
そういえばその声優さんを知ったのは『黒子のバスケ』の主題歌からでしたが、え、もう最初のアニメは10年以上前なんですか!? 「はえぇ~最近のスポーツアニメは凄いねぇ」なんて今でも思うのに、10年……!?
はえぇ~~
ということで、後書きとさせていただきます。
ではではっ!!