猫神様
「もしもし」
「え……んん?」
「もしもしとな」
「えっ、えぇ?」
度肝を抜かれるとはまさにこのことだ。足がふらつき、おれは尻餅をつきそうになった。帰り道を歩いていたところ、後ろから声をかけられ振りむくも人の姿はなし。また歩き出そうかとした時、再び声をかけられ、振り返った。ただし今度は視線を下にした。足にちょんちょんと叩かれる感触があったのだ。
そして、そこにいたのは……
「私は猫神様なのだ」
『どうだ、驚いたか?』と、いうように猫神様はむふふと笑った。
いや、猫神様って何だ。猫の神なのか。しかし、嘘ではないようだ。目の前にいる猫は白く長い毛をしており、さらに光を纏っていた。その神々しさたるや、本物としか、いや、そもそも会話ができるのだ。これが猫の神でなければ何なのだ。
と、おれが黙って考えていると、猫神様は説明を始めた。
「つまり……この前、道路の真ん中で蹲っていた猫をおれが助けたことにいたく感激なされた、と」
「さよう。あ、にゃよう」
「猫っぽく言い直さなくても……あっ、あの猫なら今、家で元気にしてますよ。彼女が猫好きでね」
「彼女、が? おぬしは?」
「あ、おれもです! おれも猫が大好きです!」
「うむ。それで、褒美に願いを一つ叶えてしんぜよう」
「お、おお! そ、それはありがたき幸せでございます……」
おれは膝をつき、深々と頭を下げた。猫神様は満足そうに、うむと頷く。願いを叶えてくれるとなれば礼節を欠くわけにはいかない。
しかしどうしたものか。何を願えばいいか。早く決めなければならないだろう。何せ相手は猫の神だ。気分屋だろう。ああほら、もうすでに話に飽きているような感じがする。
「さあ、はよう、はよう言いなさい」
やっぱりだ。前足をペロペロと舐めている。神様と言ってもやはり猫だな、あっ。
「えっと、ちなみにそれって、たとえば、猫に関係したことでないと駄目ですかね?」
「おお、よくわかったな。まあ、できないというわけではないが、ううむ、まあ、猫関係で」
やはりだ。おそらく、猫神様に不老不死や億万長者といった大それた願いを叶える力はないのだろう。神と言っても所詮は猫なのだ。それをおれが察したことをまた猫神様も察したのか、猫神様は嫌そうな顔をした。
「はよう、はよう、はよう!」
「えと、どうしよう、あっ、じゃあ、今こうして猫神様とお話ししているように、普通の猫とも会話ができるようにしてくれませんか?」
「ほほう、よろしい。にゃろしい。ほい、できたぞ。ではさらばじゃ」
猫神様は満足そうに笑い、煙のように消えていった。
咄嗟に思いついたにしては我ながら賢いじゃないか。猫と会話できるようになれば、あれこれ芸を仕込むのも容易いこと。その動画をネットに上げれば、楽に稼げるだろう。なに、難しいことじゃない。猫は餌やマタタビなどで釣ってやればいい。これでおれも一躍有名人だ。
「はぁはぁ、ただいま!」
急いで家に帰ったおれは早速、彼女にこのことを話すことにした。もっとも、信じてもらえないだろうが、ここにはおれがこの前助けた猫がいる。その猫の協力があれば、簡単に証明できるだろう。
と、案の定、彼女はおれの話に黙って耳を傾けるも、徐々に怪訝な顔になっていった。信じられない話だが、まあ待て、今に分かる。
「いいか、よく見ておけよ」
「……ねえ」
「ん? まあ、待てって。今からこの猫に、そうだな、お手とかさせてみるか。いや、もっとすごいことを」
「ねえ、さっきから何、ニャーニャー言ってるの? ちょっとキモいよ」
「……は?」
「うわ、また。ねえ、いい加減やめてくれない?」
「いや、おれは、そんな、は? え、おれの言葉、通じてない? は? え、じゃあ、お前にはおれの言葉が通じてるよな? なあ」
おれは布団の上でくつろぐ猫に訊ねた。
奴はただ一言。「キモい」