齎された平和
温暖化問題、エネルギー問題、病気や飢餓。人類を取り巻くあらゆる問題は、ある時、一挙に解消された。
宇宙からやってきた彼らのお陰で……。
「本当に、本当にありがとうございました! あなた方のお陰で我々は、いえ、我々だけでなく、この星の全生物が救われたと言っても過言ではありません!」
「いえいえ、皆さんの協力あってのことですよ。突然現れた我々を信用してくださり、ありがとうございました。それに、我々のテクノロジーを受け入れるための十分な科学技術の基盤がありましたからね。そのお陰ですよ」
「いやぁ、あなた方がこの星に来てくれて本当によかった……! あなた方の宇宙船が空から現れた時は、侵略だ! なんて皆慌てふためきましたが、まさか宇宙にはこんなに善良な方々がおられるなんて……ああ、本当にありがとうございます!」
「ははははっ。お礼はもう十分ですよ」
「十分だなんてまだまだ言い足りないくらいですよ! いやぁ、神様というのは実はあなた方のような宇宙人がモデルだったのかもしれないですなぁ。我々が抱える悩みを綺麗さっぱり取り払って、世界を平和にしてくださった。いやいや、きっと実際、数百年後には神様として語り継がれ、いやいや! 今からもう神様とお呼びしたいくらいですよ!」
「はははははっ、皆さんもお上手ですね。では、我々はそろそろ」
「ずっといていただければいいのに……。ほら、見送りに集まった人々全員が別れを惜しんでいますよ。泣いて、メッセージボードを掲げている人もいます」
「ええ、確かに。しかし、はははっ、あんな盛大なパレードまで開いていただいておきながら、やっぱり帰らないっていうのも恥ずかしいものですよ」
「いや、そうなったら残留祝賀パレードを開きますよ」
「さらに恥ずかしいですよ。それに、他の星にも行かなければなりませんので」
「ああぁ、そうですよね……。あなた方は他の星も平和にするんですね。いやぁ、お広い……。そう、この広大な宇宙であなた方のような、心のお広い宇宙人に出会えて、我々はなんと幸運なんでしょうか。本当に……本当に、感謝の気持ちでいっぱいです」
「ふふふ、こちらまで感極まってしまいそうなので、そろそろ」
「ええ……是非またいつでもお越しになってくださいね。歓迎しますよ」
「ええ、皆さんお元気で。見送りに来てくださり、ありがとうございました」
人々は宇宙人と握手を交わし、抱擁し、キスをし、そして、宇宙船は大地を離れた。この星に平和をもたらした神の船よ。どうかその旅路が安全であり、祝福がありますように。この星と同じように永遠に平和で……。宇宙船を見送る人々は手を合わせ、そう祈らずにはいられなかった。
「ま、十数年で、また争いが始まるんだがな」
「どこでも同じだよな」
宇宙船の船内から今や豆粒ほどの大きさに遠のいた星を見つめながら、彼らは言った。
「不思議だよなぁ。不満や不安が解消されると、人は温厚になりそうなものだが」
「ああ、でもほら、我々の星で大昔に」
「はいはい、またそのたとえな。フグという毒魚だろ? 毒を持たないように工夫して養殖を行っていたら」
「なぜか凶暴化した」
「まあ、身を守るために必要だったものが取り払われたんだ。攻撃的になるのも理解できる」
「ああ、でもそのフグたちときたら、外敵がいない自分たちだけの平和な環境なのにもかかわらず、他の個体と喧嘩や共食いを始めたんだ」
「敵や問題がなければ作り出す。そういう生き物なのだろうな、あれも」
「適度なストレス。あの星の連中にとって『毒』は必要なものだったんだな」
「しかし、我々の星はまさに平和そのものだな」
「当然だ。こうして毒を外に撒いているのだからな。忍ばせた監視衛星は問題なく作動中と。また視聴者が喜ぶなぁ。平和な状態から徐々に自壊していく様を眺めるのはなんとも言えないエンターテイメントだ」