第一話
「根岸のドラゴンを見に行こう」
三月二十七日午後三時、私はAからの軽快な音色の通知音で目が覚め、重い身体を起こし机に向かった。ここ三年と話していなかったAが突然私にメッセージを送るとは一体何があったのだろう。私は半分まだ眠っていたいという気持ちを押し殺し窓を開けた。
サンサンと道行く人を照らす太陽と対照的な寒風が、ヒュウヒュウと白桃色の蕾を揺らし、清流の如く私の部屋の隅々に乾燥と目覚めをもたらした。私は買ったばかりのレンガ色のセーターを躊躇なく被り、ゆっくりと肘掛けの壊れた黒一色のルームチェアに腰掛け、斜めがかったカレンダーを眺めた。
「三月二十七日」 卒業式からもう四週間も経っている。私は周りが就職や大学準備に勤しんでいる中、日々の生活を無為に過ごしていた。
いつになったら勉強に対するやる気が出るのだろう。私はこの生活を許してくれた母に少し申し訳なさを感じながら本とノートを開き、机にあるチョコレートを摘んだ。
毎朝。と言っても、もう夕方だが私は机に向かって読書をするのが日課だ。映画を見たり音楽を聴くのも良いのだがそれだと頭がうまく働かない。受動的になってしまう。
私は愛読している推理小説を二ページと半分くらいまで読み進めふと自分の太股に目をやった。高校時代、バレーボールで鍛えた大腿四頭筋は小さく痩せていた。あの頃は朝から晩まで練習の毎日で気が付かなかったが今こうして見ると下半身の傷の多さに驚く。よく三年も続けられたな、と私は過去の自分を誇った。
それを考えると今の生活は実に怠惰なもので、勉強も手付かず一日中テレビやSNSを見る無意味で生産性のない毎日が続いていた。このままではすぐに夏、秋と過ぎ一年があっという間に終わってしまう。
私は危機感を覚え買ってもらった参考書に目をやる。いまだ手をつけていないそれは傷ひとつないまま机の端にひっそりと並べられていた。LEDに照らされハツハツと輝いて見える参考書のカバーがこの私のだらしない気持ちにとても響く。
将来の夢がない高校3年生の私はとりあえず名の知れた大学に入り学校生活を送ることを目標としてきた。しかし、今になってみると明確な夢のない私には大学というものはどこも似たり寄ったりで、入りさえすればどこでも良いとまで感じ始めていた。それに「大学は人生の夏休みだ」とか「人生の青春は大学時代にある」等という文言は楽しんだ極少数の意見であり、高校で目立たなかったやつがいきなり注目を浴びモテ始めるような甘い世界では実際ないのだ。と多少被害妄想の過ぎる結論を無理矢理捻り出し、勉強を投げ出すための理由を作ることで現状を正当化しようとした。
「何考えてんだ、オレ」
そう呟いてから私はAのメッセージを思い出す。
「根岸のドラゴンを見に行こう」
不思議な文だ。
この「根岸」とは私の町から二キロほど登った丘の上にある町ひとつ分広さの森林公園のことで間違いないだろう。「根岸」はわかるのだが「ドラゴン」とは何を意味しているのだろう。本物のドラゴンではないだろうし、何かの隠語だろうか。それとも打ち間違えでもしたのだろうか。メッセージはその一つで止まっていたので真意はわからなかった。
とりあえず私は「久しぶり。何時?」とだけ返信して読書に戻った。ベランダから吹くまだ涼しげな風と隣人のタバコの匂いが私の部屋に押し寄せ、その懐かしさと苦さを含んだ香りが私に中学時代を懐古する時を与えた。私とAは家が近く小学校を入る前から互いを認知しあっている幼馴染であり、中学時代は同じバレーボール部で日々汗を流し、体育館を駆け回った戦友でもある。そして時には意見をぶつけ合って対立したことや互いに気になる相手を言い合った淡い思い出も蘇ってきた。
中学卒業後私は県内の進学校、Aはバレーの盛んな県外の私立高校に進学したことから徐々に連絡を取らなくなり、ニ年時にはすっかりAのことなど忘れていた。
卒業後、彼が厚木の大学に進学することを噂で聞いていたが、私がAが地元に帰ってきたことを知らなかった。今日久しぶりに彼に会える。私は中学を卒業してから今までのこと全てを彼に話したいという衝動に駆られ、少し先の未来に興奮した。
日が落ちかかって桃紫色に染まったハイウェイの、遠方から濃藍色が降りてきている。ベランダから吹く春にしてはまだ冷たい悲観風が私には希望と期待を含んだ物のように感じられた。その風は、もうすぐ長い夜が訪れるのだという合図とも取れる酷く荒れたものだった。




