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3/3

1:3 伝承

 ミノタウロスは階段までは追ってきていないらしく、どうやら逃げ切れたようだ。わたしたちはそのまま暗い階段を上がっていった。


 長い階段を上がりきった先には、頑丈そうな壁が立ちふさがっていた。

 これはダメか? と思ったけれど、壁にそっと触れてみると、壁が勝手にズリズリと上へ動き出した。

 壁の向こうは通路になっていた。見覚えのある場所だ。たしか、この迷宮の一階層の端っこのはず。

 通路に出てみると、背後で壁が降りてきてふさがってしまった。以前にもこの場所に来たことはあったけど、この壁が扉になってたとは知らなかった。どうやら、階段側からしか開かない、隠し通路になっていたらしい。


 通路をしばらく進むと、馴染みのある部屋に出た。下層階へ降りるとき、いつも通ってる場所だ。

 ここまで来れば一安心。わたしはみっくんを下ろして、床に座り込んだ。


「はぁ~~……」


 口から思いっきりため息が出た。

 ほんと、あんな場所からよく生きて帰って来れたもんだ。みっくんがいなかったら、絶対に無理だった。

 しかし、ほっとしたのもつかの間。部屋の別の入り口から、数人の男たちが入ってきた。

 全員、知っている顔だ。特に、先頭の野郎は因縁の相手だった。


「マーティネーースッ!!」


 頭に血が上って、わたしは後先考えずに怒鳴った。マーティネスはわたしを落とし穴に突き落とした犯人だ。

 わたしは連中とパーティを組んでこの迷宮に入った。そして、罠にはめられた。

 いずれは草の根分けても探し出して報復するつもりだったけど、まさか何の準備もしていないこのタイミングで遭遇してしまうとは。


「セ、セシリア!? 貴様ッ、生きていたのか!」

「地獄の底から舞い戻って来てやったわよっ! あんたをブチ殺すためにねッ!」


 内心の動揺を押し隠して、わたしは啖呵を切った。

 奴も驚いていた。わたしが生還するとは、そしてここで顔を合わせるとは夢にも思わなかったのだろう。他の連中もギョッとしていた。


「くそっ、こうなったら仕方ない。殺せ!」


 事故死を装うあてが外れたので、直接殺すことにしたらしい。マーティネスの号令で、他の連中も奴につくことにしたのか、一斉に武器を構えた。

 相手は五人。わたしも武器を構えたけれど、この状況はかなり不利だ。なにせ、わたしは斥候で、近接戦闘には向いていない。みっくんはモンスター相手では間違いなく強いけれど、人間相手というのはまた別の難しさがある。連中はクソ野郎どもだが、それでも中堅冒険者パーティの中では上位に位置している。連携の技術はまったく侮れない。

 連中相手にどこまでやれるのか、不安は大きい。


「どうやって戻ってきたのか知らぬが、ずいぶんとデカい宝箱まで手に入れたようではないか。貴様を殺して、そいつももらってやろう」


 欲にくらんだ下種な目で、マーティネスはみっくんを見つめた。

 わたしのアドバンテージは、連中がまだわたしの前に置いてある宝箱がミミックであると気づいていない点か。みっくんは連中が現れてからずっと、宝箱のふりをしていたままだ。


(みっくん、わたしが合図するまで動かないでね)

(ふごふごっ)


 わたしの意図が伝わったらしく、宝箱からは了解の意思が伝わってきた。

 双方ともに殺意全開で、互いに武器を向け合って対峙していた。緊張がマックスまで高まったとき、


「やれっ!」


 マーティネスの号令で、前衛二人が一気に間合いをつめて、手に持った剣を振り下ろしてきた。


「今よっ!」


 わたしが合図すると、宝箱の蓋がバカっと開いて、夥しい数の触手が怒涛の勢いで噴出した。

 ミミックが存分に本領を発揮した。

 わたしにだけ注意を払っていたのもあって、宝箱の突然の奇襲は見事に成功した。前衛二人のうち片方は胴体を打たれて跳ね飛ばされ、もう片方は全身を絡め取られた上に、喉を触手にさっくりと刺し貫かれた。

 みっくんが触手で後者の体を吊り上げると、力が抜けた腕から剣が落ちて、カランと音を立てて床に転がった。これで1ダウン。跳ね飛ばされた方はまだ息があるようだが、すぐには起き上がれないようだ。


「なっ!? なんだそれは!? まさかミミックかっ!?」


 非力な斥候娘一人だけだと舐めきっていた連中は、宝箱の口から伸びてウネウネとうねってのたくりまわる触手の束と、まだ痙攣している前衛の死体を見て、驚愕の声を上げて後ずさった。

 わたしはそれには答えず、ただニヤリと不敵な笑みを浮かべるだけにする。


 想定外の戦力がいたことで、連中の動きが止まった。

 そのとき、人間同士の諍いなどまるで斟酌しない乱入者が現れた。


「グォオ゛オ゛オ゛ォオオ゛オーォーーッ!!」


 わたしが通ってきた通路の奥で、あのミノタウロス亜種が威嚇の雄叫びをあげていた。


「なんでっ!?」

「な!? ミノタウロス!?」

「お、おいっ! あれ、『魔王』種じゃねえのか!?」


 ひょっとして、わたしたちを追ってきたのだろうか。

 それだけじゃない。ミノタウロスの背後、通路の奥にはヘルハウンドやマンティコア、サラマンダーといった様々なモンスターが通路一杯にひしめいていた。すべてこの一階層にいるはずのない、もっと深い階層にいる凶悪なモンスターたちだ。


「なんであんなに下層のモンスターが!?」

「まっ、まさかっ、スタンピードなのかッ!?」


 誰かが叫んだ。

 普段は迷宮内のそれぞれの棲み処から出てこないモンスターたちが、何かの切欠で一斉に迷宮の外へと這い出てくる現象。それが迷宮が引き起こす災害、スタンピードである。

 モンスターは迷宮の外では生きられず、数日もすれば死んでしまう。しかしその間に、モンスターたちは迷宮周辺地域で暴れ周り、甚大な被害が出る。災害と呼ばれる所以だった。

 当然、迷宮内に残っている人間など、間違いなく皆殺しにされる。


「うわぁああ!」

「に、逃げろ!」


 マーティネスとその配下どもは先を争って逃げ出した。

 わたしも逃げなきゃいけないんだけど、床に下ろしたみっくんを再び担ぎ上げないといけない。慌ててたのもあって、もたもたしてなかなかうまく持ち上げられない。

 しかし、ミノタウロスはわたしのほうを一瞥しただけで、そのままマーティネスたちを追いかけていった。

 あちらのほうが脅威度・優先度が高いと見たからか、それとも単純にあっちの方が体格が大きい分、肉の量が多くて食い出があるからなのか。モンスターの考えることなんてわからないけれど、とりあえずわたしはターゲットから外れたらしい。


 ただ、それで危機を脱したかというと、そんなことはなかった。ミノタウロスが引き連れてきた他のモンスターたちは、間違いなくわたしをターゲットとして近寄ってきていた。

 いくらみっくんが強くても、相手の数が尋常じゃない。すべてを殲滅できるとは限らず、取りこぼした奴がわたしに向かってきたら、わたしにはかなり厳しい。


 絶体絶命か。そう思ったとき。

 みっくんの舌が伸びてきて、わたしの腰に巻きついた。


「え!? なにっ!? ひゃあぁッ!?」


 そのままみっくんの口へと引き寄せられ、わたしは宝箱に飲み込まれた。ちょうど、ミミックが獲物を捕食するときのように。

 スタンピードの影響なのか。まさか、このタイミングで裏切られるとは思ってもみなかった。テイムしていたはずなのに。気持ちは通じてると思ってたのに。

 そうして、わたしの意識は遠くなっていった。





『せしりあ、おきて』

「う~~ん……ん?」


 誰かに呼ばれた気がして、そこでわたしは目を覚ました。


「ここは……」


 起き上がったわたしが目にした光景は、ひどく美しく、幻想的だった。

 柔らかい日差しが辺りを照らしていて、春のような暖かい風がゆったりと吹いていた。

 その場所は森に囲まれた広場で、地面はやわらかい草花で覆われていた。すぐそばには石造りの小さな噴水があり、湧き出た水が零れ落ちて、小川となって森へと続いていた。周囲の森は木々が生い茂っているが、下生えにも適度に光が当たっていて、陰鬱さは感じられない。


 そして、そこかしこに光の玉が漂っていた。手の平ほどの大きさのそれをよく見ると、人の形をしていて、思い思いに戯れていた。今ではほとんど伝承でしか知られていない妖精たちだ。これほど大勢いるのは、奇跡に近い。


『おどろかせちゃって、ごめんね、せしりあ』


 周囲の光景に見とれていると、不意に声が響いた。耳で聞いているというより、頭の中に直接響いてくるような感じ。

 聞き覚えのない、子供っぽい舌足らずな声。でも、何の声なのか、パスのおかげで感覚的にわかった。


「もしかして……みっくんなの?」

『うん』

「あなた、喋れたの?」

『ここはぼくのなかだから、おもってることがすごくつたわりやすいんだとおもう』

「中?」

『うん。ぼくのなかはいくつかの「あくうかん」とつながってて、ここはそのうちのひとつ。そとはあぶなかったから、せしりあをここにいれたの』


 みっくんの内部というのは複数の亜空間とつながっていて、それでアイテムボックスのようなことができるらしい。これだけの空間となるとその容量は破格だし、生きたままの人間が入れるというのはアイテムボックスにはない特性だ。普通は、死んだ生き物か無生物しか入れられない。


 てっきり、わたしはみっくんに喰われたと思ったんだけど、実際にはスタンピードから逃れるため、みっくんの判断で緊急避難的にわたしを内部に収容してくれたらしい。

 裏切られたと思ってしまって、ごめんなさい。


 もう少し詳しく事情を聞いてみると、どうやらこの空間は妖精の里をまるごと亜空間に格納したものらしい。大昔、妖精の女王に頼まれて、絶滅しそうになっていた妖精たちの避難場所にした、ということのようだ。

 そういえば、おとぎ話でそんな話があったかもしれない。お話は人間に愛想を尽かした妖精たちがどこかへ行ってしまったというところまでで、その後どうなったかは語られていなかったけれど。

 ミミックの中に、こんな世界が広がっているなんて。これはもう、伝説とか神話級の話じゃなかろうか。さすが、古代種というだけのことはある。


 ……とはいえ、いかんせん一介の斥候の身には余るスケールの話なので、スルーするしかないけども。


「みっくん、助けてくれてありがとうね」

「♪~」


 とりあえずここは安全そうだし、半日もたてば一階層にあふれたモンスターたちもバラけてくるだろうから、それまでここで休むことにした。





 休息をとった後、わたしはみっくんの外に出た。

 みっくんの外装にはいくらか汚れが付いていたものの、特に傷とかは付いていなかった。みっくんだけになると、モンスターたちは素通りしていったらしい。

 しかし、一階層はひどい有様だった。赤い血と青緑の体液がそこら中にぶちまけられ、肉片と骨、そしてモンスターと人間の死体がそこら中に転がっていた。


 マーティネスも、その手下たちと一緒に残骸になっていた。半分欠けた頭とか、内臓がないぞぉとなっている胴体部分とか、中途半端にしか残ってなかったけど。

 自分で始末したかったものの、あの状況じゃ仕方ないか。


 マーティネスたちの所持品のうち荷物運搬用の台車が、いくらか破損してはいたけれど、どうにか使えそうな形で残っていた。これを拝借して、みっくんを載せた。これでだいぶ移動が楽になりそう。


 まだ一階層にはちらほらとモンスターが残っていたけれど、大半は迷宮の外に出てしまったようだ。

 正確なところはわからないけど、あのミノタウロスが一階層までやってきたのは、わたしを追ってきたためだとしたら。さらに、それがスタンピードの引き金になったのだとしたら。故意じゃなく偶発的なものだったとはいえ、わたしにも少々責任があるような気がしないでもない。

 多少はモンスター討伐に協力しないとダメかな。幸い、モンスターが密集してさえいなければ、みっくんが対処できる。


「さて、行こか」

「ふごっ」


 わたしとみっくんは迷宮の外へと向かった。





 その後、常に宝箱を台車に載せてソロ活動する女冒険者ということで、わたしは『箱女』(チェストガール)の二つ名を与えられてしまうことになるのだった。


〔了〕


 お読みいただき、ありがとうございます。

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