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1:2 餌付け

 とりあえず安全そうなので、気分転換にわたしはとりあえず空腹を満たすことにした。

 バックパックから、甘いクッキーを取り出した。はちみつを使っている、わりとお高い品だ。

 わたしがクッキーをポリポリ齧っていると、ミミックの上蓋中央にある鍵穴が、まるで鼻のようにひくひくと動いた。いや、あれはもしかして本当に鼻の穴なのかもしれない。クッキーの香りに反応したのだろうか。


 試しに、わたしはクッキーを頭上に掲げてみた。すると、ミミックの小さな目がクッキーを凝視した。次いで、クッキーを持った手を右に左に大きく動かすと、ミミックの視線もそれに追従してくる。なんか、実家で飼ってた犬みたいだ。

 よく見ると、宝箱を模した蓋の縁から何か雫が垂れている。涎か。


「食べたい?」


 わたしがそう聞くと、ミミックは「ふがふがっ」と答えた。どっちだろう。わからん。

 わたしはミミックに向けてクッキーを放り投げてみた。

 すると、ミミックは()っとい舌をシュっとカエルのように伸ばして、飛んできたクッキーを空中でキャッチすると、一瞬で飲み込んでしまった。

 ミミックは両目を瞑って、硬そうに見える宝箱の側面がメコッボコッと膨らんではしぼんでを繰り返した。あれは咀嚼してるんだろうか。

 そうやってモゴモゴとやっていたかと思うと、急にまぶたをクワッと開いた。そして、宝箱の蓋がバクンッと開くと、「ふごぉおおおおぉっ!?」と咆哮をあげた。中から出てきた巨大な舌がびろんびろんと宙で踊り狂い、本体の宝箱がガタガタと揺れた。

 あんまりにも激しい動作だったんで、なんかヤバい状況になったのかと、わたしは思わずビビッてしまった。

 ややあってミミックは静かになったけれど、視線はわたしの方を向いていた。


「も一個食べる?」

「ふごふごッ!」


 たぶん、ほしいってことなんだろう。ミミックの口から舌とは別の細めの触手が二本出てきて、わたしのすぐ手前までゆっくりと伸ばしてきたので、そこにクッキーを載せてやった。てか、わたしは余裕で触手の射程内にいたようで、今更ながらゾっとしたんだけれど。

 触手はクッキーを落とさないよう、そろそろと戻っていった。そして、ぱくんと飲み込んだ。今度は目を細めながら、味わうようにゆっくりと咀嚼していた。


 どうにかコミュニケーションとれてるのかな、と思ったとき、わたしの脳裏にシステム神さまのお告げがあった。


古代種宝箱擬き(エンシェントミミック)等級(レベル)九十一)の〔()()()〕に成功しました』


 え? とわたしは耳を疑った。システム神さまは、レベルが上がったときとか、スキル関連で何か変化があったときに、それを神託として通知してくれるんだけれども。まさか、テイマーでもなんでもない斥候職のわたしに、テイムのお告げがくるとは夢にも思わなかった。


 てか、クッキーでテイムされるミミックって、なによそれ。そんなんで餌付けされるモンスターがどこにいるのか。

 しかも、エンシェントって、なによそれ。ミミックにも古代種とかあったのか。


 ミミックって意思疎通が難しすぎて、テイムは不可能って聞いてたんだけどねえ。それに、レベルもわたしよりずっと高い。普通はテイムするときって力でもって相手をねじ伏せるものらしく、そのため自分より低いレベルのモンスターしかテイムできないって言われてる。

 もっとも、このなんかいろいろとユルいミミックが特殊(イレギュラー)なだけ、という気がしないでもない。古代種とかいうくらいだし

 まあ、なんにせよ、システム神さまが認定しているのだから、テイムは成功しているはず。


「えーっと、きみはわたしと一緒に来るってことでいいの?」


 そう尋ねると、ミミックはその箱を上下にガタガタと振るった。少々わかりにくいが、これは頷いてるってことなのかな。

 となれば、テイマーがテイムしたときに最初にすべきことは、まずは名前付けだったかしら。たしか、主従契約を確定する上で必須だったはず。


「じゃあ、名前はなんにしようか……『みっくん』でいいかな?」


 そう言ったら、ミミックの上蓋についた目が半目になった。安直すぎるけど、しょうがないじゃない。わたしに名前づけのセンスなんてない。

 けど、命名した瞬間に、なにか魂の奥底でこのミミックと繋がったのが感じられた。説明しづらいけど、繋がった、としか表現のしようがない。これがたぶん、テイマーがテイムしたモンスター相手に感じるという『パス』なんだろう。


「よろしくね」

「ふごっ」


 ふと、みっくんの視線が壁際に置きっぱなしになっていたバックパックに向いた。

 みっくんは触手を伸ばしてバックパックを掴んで引き寄せると、ぱくんとその口の中に飲み込んでしまった。


「え? ちょっ、まっ!?」


 まさか荷物を丸ごと食われるとは思ってなかったので、焦った。

 しかし、すぐにみっくんは再び口を開くと、ゲロ~ンとバックパックを吐き戻して床に置いた。

 味がお気に召さなかったのかと思ったけど、どうも様子が違う。


「ん? もしかして、みっくんの中って、アイテムボックス代わりになるってこと?」

「ふごふご」


 ミミックにそんな能力があるなんて初耳だった。アイテムボックスの機能を持った宝箱に擬態してる、ってことなのか。それとも古代種だからか。

 容量は確かめてみないとわからないけど、ひょっとしたらすごいことになるかもしれない。なにせ大量のアイテムを持ち運べるアイテムボックスなんて、超高額すぎてわたしみたいなぺーぺーには絶対手が届かないから。

 まあ、今は容量を確かめる術もないので、まずは迷宮を出ることを考えないと。



 さて、どうやって外に出たものか。みっくんと一緒に。

 試してみたところ、みっくんは触手で床を這い進むことはできるみたいだ。けれど、その歩みは少々遅く、ダンジョン内での移動には適していない。


 みっくんが触手でわたしの背中にしがみつく形で、わたしが背負っていくのも考えた。しかし、ミミックの触手に巻きつかれている女性、というのはどうにも絵面がひどいわ。異世界の『成人男性向け小冊子(うすいほん)』にありそうなネタを実践するのはごめんこうむりたい。

 まあ見た目はともかくとしても、触手はミミックの主武器であり、それが移動のためにふさがれるのはちと困る。この階層ではわたしの戦闘力は役に立たず、みっくんの戦力に頼るしかないのだ。


 悩んであれこれ試行錯誤した結果、赤ん坊を抱っこするように、わたしがみっくんを抱きかかえることにした。手で抱えるだけだときついんで、抱っこ紐の代わりにロープで補助している。要は、コロシアムの観客席で弁当を売る販売員さんと同じスタイルだ。

 バックパックはみっくんの中に保管してもらうし、重量的にはなんとかなる。そして、この形なら戦闘時でもみっくんは存分に触手を振るえる。蓋が開くとわたしの視界がだいぶ遮られちゃうけれど、まったく前が見えないほどじゃないし、この階層ではわたしは足手まといにしかならないので、両手がふさがってても問題ない。

 これで、わたしたちは部屋の外へと出た。





 みっくんは強かった。十数本の触手を自在に操り、モンスターを締め上げ、突き刺し、引き裂いた。同階層のモンスターより数段上という評判どおり、ほとんど鎧袖一触だった。ほんと、敵対しなくてよかった。

 みっくんには移動力がないけど、そこをわたしが補うことで、無双状態だった。戦えるアイテムボックスなんて、素晴らしすぎる。


 ただ、それだけで万事うまくいくかというと、そんなに甘くはなかった。ここにはみっくんよりもさらに凶悪で危険な相手がいたのだ。


 そこはT字路になっていた。顔を半分だけ出してT字路の左側を見ると、そこには上に行く階段が見えた。あれを上れば、この階層から脱出できるかもしれない。

 しかし、T字路の反対側の右奥を見て、わたしは凍りついた。通路の先に、そいつが立っていた。


(ミノタウロス、亜種……?)


 一目見ただけで、全身の毛が逆立った。わたしの未熟な斥候スキルでも、あれのヤバさは感じ取れた。みっくんでさえも、ブルブルと震えているくらいだ。

 通常のミノタウロスでも充分脅威なんだけど、それより二周りは大きい。まさに筋肉の塊という感じで、二の腕なんてわたしの胴回りより太そうだ。巨大な角と全身を覆う長い剛毛は、牛の魔物というより野牛の魔物と言ったほうがいいかもしれない。下手をすると、熊の化け物と言っても通じてしまいそうだ。


 迷宮の下層では、ごく稀に異常な強さをもったモンスターが生まれることがあるという。

 その強さは階層主(ボス)や、迷宮核の番人(ラスボス)をも上回る。迷宮の法則に囚われず、暴虐の限りを尽くすそれは、『徘徊する災厄』あるいは『魔王』とも呼ばれる、具現化した恐怖。

 あれはそういう類のモノだ。絶対に、『勇者』でもなんでもない()()()なんかが相対していいモノじゃない。


 幸い、まだそいつは背中を向けていて、こちらに気づいていない。隙を見て階段まで行くしかない。

 携帯ランプ用の油の瓶を用意しておく。けん制になるかわからないけど、いざとなったらそれを床にぶちまけて、火をつけるつもりだ。

 階段まで百歩ほどか。ゆっくり、足音を立てないように、慎重に階段に向かって歩いていった。後ろを見たらくじけそうなので、ひたすら階段だけを見続けた。

 しかし、あと六十歩ほどまで来たところで、


「グォオアア゛ア゛ア゛ア゛ーーーッ!!」


 後ろで獣が咆哮をあげた。心臓が止まりそうになったけれど、わたしは全力で駆け出した。

 みっくんを抱えながらなので、思うような速さにはならない。背後からドッタッドッタッと足音が迫ってきているけれど、振り返って確認してる余裕はない。見てしまったら、きっと心がくじける。

 わたしは走りながら、片手で油の瓶を後ろへ放り投げた。けれど、立ち止まって火をつけてる暇はなさそう。即座にあきらめて、わたしは逃げることに専念した。

 ガチャンッと瓶が割れる音がした。

 背後の気配がもうあと少しまで迫ったとき、後ろからズルッと音がして、ドタンッと何かが派手に床に当たる音がした。後方で何が起きたのか、考えてる時間なんてないけど。

 わたしはとにかく一心不乱に走り続けた。後ろの気配が遠ざかっていく。


 そうして、わたしは階段にたどり着くと、休む間もなく上へと向かった。後ろからは、獣の雄叫びが、迷宮の壁に反射してエコーを伴って響いてきた。


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