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1:1 迷宮の底

 グォオオオォーー……ゴ・ゴ・ゴ・ゴォオオォーー……


 薄暗い迷宮(ダンジョン)の奥底で、地面を振るわせるほどの怪物の大音声が響き渡った。


 この階層は石材で組まれた無数の部屋と、それをつなぐ通路で構成されている。各部屋や通路の壁には、ある程度の間隔を置いて火のついた松明が据えられていて、真っ暗闇ではないものの、明るいとも言いがたい。

 ここが何階層かはわからないが、迷宮のかなり奥深いところなのは確実だ。通路にいる怪物たちの強さを考えると、下手をすれば最下層だとしてもおかしくない。


 ここの迷宮には多くの冒険者たちが挑戦しているが、未だに誰も下層には到達できていないという。およそ、わたしのようなようやく駆け出しを卒業したばかり、という程度の冒険者が一人でうろついていい場所ではなかった。そもそも普通なら辿り着くことすら不可能だ。



 わたしはセシリア。先日Dランクに上がったばかりの斥候(スカウト)職だ。そのわたしがなんだってこんなヤバいところに一人でいるかと言えば、仲間(と思ってた相手)にハメられたからだ。

 パーティを組んで迷宮の中層に狩りに来ていたけれど、戦闘中のどさくさで、仲間(クソ野郎)の一人に突き飛ばされた先が落とし穴のトラップだった。


 あれは事故ではなく、間違いなく故意だ。あの直前、マーティネスの野郎と目が合ったのだけど、あの野郎ニヤニヤ笑ってやがった。そして、奴はふんぬっとばかりにわたしを蹴り飛ばし、穴に突き落としたのだ。

 最近、奴とは何かとトラブルになってたが、まさか殺しにくるとは想像してなかった。

 迷宮の中は何があっても自己責任で、ほとんど無法地帯ではあるけど、それでもさすがに殺人ともなると、発覚すれば冒険者組合(ギルド)から睨まれることになる。それで事故を装ってわたしを殺すつもりだったのだろう。


 あの野郎、絶対に許さん。官憲や組合に訴えるとかいった生ぬるい方法など取るものか。奴はわたしを殺すつもりでやったんだ。わたしの手で落とし前はつける。奴はバリバリの戦闘職なので真っ向からでは勝ち目はないけど、やりようはいくらでもある。

 まあ、ここから脱出しないことには、報復もままならないんだけど。



 落とし穴といってもただ深い穴がまっすぐ伸びているのではなく、途中何度も出っ張った壁にぶつかってバウンドしたせいか、落下速度はさほどでもなく、即死や重傷を負うことなくこの階層に落ちてきた。

 ただし、即死しなかったのが幸運とは限らない。ここは、凶悪な怪物たちが徘徊しているのだ。


 気配を消して出口を探そうとしたけれど、あっさり怪物に見つかってしまった。そして、ひいひい泣きながら逃げ回ったところ、偶然隠し扉らしきものを見つけて、慌てて入り込んだのが今いる部屋だった。



 グ・ォオオオ~~~……ゴ……ゴ・ご・ごぉおおお~~~……ぽひゅぅ~~……


 幸い、部屋のなかはがらんとしていて、いきなり襲ってくる怪物はいなかった。派手に()()()をかいて、寝こけているらしきその宝箱以外には。


 ぐぉお~~……ごご・ご・ごぉお~~~……ぽひゅぅぅ~~……むにゃむにゃ……


 奥の壁際に鎮座しているその宝箱は、外装にはいかにも豪奢な装飾が施されていた。見た目だけなら、お貴族サマの邸宅に置かれていても違和感はないだろう。だらしなく開ききった蓋が、せっかくの装飾を台無しにしてるけど。


 宝箱の大きさは幅80cm、高さと奥行きが50cmくらいというところか。

 目一杯開け放たれた蓋と本体の縁には、丸っこくて真っ白い大きな歯がズラリと並んでいた。そして、宝箱の内側からはやたら生々しくて太い舌ベロがだらんと垂れていた。よく見ると、箱の縁からはよだれが垂れている。ご丁寧に、上蓋に設けられた鍵穴を模した穴からは鼻ちょうちんが膨らんでいた。今どき、異世界から持ち込まれるという『()()()』でだって、そんなベタな描写は見られないというのに。



 要するに、それは宝箱に擬態する『ミミック』という凶悪な怪物だ。そのはずだ。そのはず……なんだけども。大口を開けて、いびきをかきながら寝こけているミミックなんて聞いたことない。そもそもこれでは擬態になっていないではないか。


 一般に、ミミックは強敵に分類されるモンスターだ。普段は迷宮の中で宝箱に擬態している。そして、宝箱に収められているであろう宝物目当てに近寄ってきた冒険者を襲って捕食するのだ。迷宮の宝箱には罠が付き物だが、その中でも最悪のものと言われている。


 魔法防御が高いうえに、多数の強靭な触手を操り、近接戦闘能力も極めて高い。

 たいていは同一階層のほかの怪物より数段上の強さを持ち、低層に出現したミミックに全滅させられる低ランクパーティは後を絶たない。高レベルのパーティなら偽装に引っかかることはまずないが、それでも真正面から戦闘すればかなり苦戦することになる。


 唯一の救いは、宝箱に偽装しているせいで、あまり移動能力がないことだろうか。動けないわけじゃないけれど、ある程度離れれば執拗に追いかけてきたりはしない。そして、迂闊に近寄らなければ、襲ってはこないという。


 わたしがまだ襲われていないのは、まだ間合いに入っていないからだと思うのだけれど、このミミックが爆睡してるから気づかれてない、って可能性も否定できないよーな……。

 擬態はミミックの強みのはずなのに、擬態とけたまま眠りこけてるって、それでいーのか、あんたは。



 まあなんにせよ、このミミックが今すぐ襲ってこないならそれでいい。まだ扉の向こうでは、のっしのっしと、わたしを追ってきた怪物の足音がしているのだ。わたしにはこの部屋に留まる以外の選択肢はなかった。

 しばらくして、怪物の足音は遠ざかっていった。そこでわたしはようやく一息ついた。


 ふごぉぉおおおお………………ごっ……? 


 ふと、喧しいくらいに響いていたミミックのいびきが途絶えた。

 なんだろう、と思って見ていると、上蓋がガチンッと閉じた。

 上蓋の左右二ヶ所には、硬貨ほどの直径の真ん丸い金属球がついてたけれど、それがまるで目蓋のように下から上へとまくれ上がって、中から白地に黒丸の模様がついた宝玉が現れた。クリっとしていて、まるで眼球みたいだった。もしかして、あれがミミックの目玉なのか。

 パチクリと目蓋を開閉させながら、その眼球はわたしを見ていた。


 無言のまま、わたしとミミックは見詰め合った。

 じぃいいい~~~~。

 宝箱の表面に水滴が浮きはじめた。もしかして、あれは冷や汗なのだろうか。

 そうしていると、不意にミミックが目を逸らした。上蓋に備わった眼球の、その視線を逸らしたのだ。


「ひゅ、ひゅう~~~、ひゅ、ひゅう~~~♪?」


 宝箱は目線を逸らしながら、上蓋を少し開けて口笛を鳴らした。かすれてはいたけれど、それは紛れもなく口笛だった。てか、あの口でどうやって吹いてるのだろう。


「いやいやいや、擬態がバレたからって、口笛で誤魔化そうっていうのは無理があるからね?」

「ふごっ!?」


 わたしが指摘すると、ミミックは口笛をやめて、しょぼ~んとしてしまった。傍で見てそれとわかるくらいに、はっきりと。

 ミミックの挙動はまるで人間みたいだった。わたしが喋る言葉を理解してるっぽい。

 生きるか死ぬかという極限状態だというのに、わたしはなんだか面白くなってしまった。


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