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「レナト、わたくしどうも転生者みたいですわ」


 お嬢様に仕えて二年目のある日、お嬢様はまるで「今日は雨が降るみたいですわね」とでも言うような自然な口調でそうお話になられた。


 俺は当時十二。お嬢様は十歳になられたばかりだった。十歳の頃からすでにお嬢様のお可愛らしさや愛らしさ、心の美しさは留まるところを知らず、傍にいるだけで癒されると使用人たちがこぞってお嬢様付きになりたがる現象が起きていた。それもそのはず、お嬢様がひとたび顔をほころばせばまるで春が来たかのように屋敷中が温かさに包まれ、心が浄化されていくのだ。その笑顔を見たいがために使用人たちは自らの技量を高めお嬢様に尽くす。もちろん俺も。

 この頃の俺はまだ執事ではなく従僕だった。侍女やメイドとは違い、お嬢様付きの護衛兼執事見習いという役割だったが、お嬢様からのお願いでご自宅でお茶をお飲みになる際は必ず俺が淹れることになっていた。ほかのメイドたちにはものすごく睨まれたが譲らなかった。


 その日もお嬢様が考え出されたカモミールとペパーミントをブレンドしたオリジナルのハーブティーを準備させていただいていた。


「転生者・・・ですか?」

「ええそうよ。あら、レナト。そろそろ時間よ。それ以上だと苦くなってしまうわ」

「大変申し訳ございません。すぐに」


 慌てつつも丁寧にカップに注ぐと、淡い黄色い液体からはさわやかな香りが漂った。お嬢様の髪色に似た上質なはちみつを添えてお出しすると、嬉しそうに「ありがとう」と仰ってくれる。

 俺たち使用人へも自然に気遣いをしてくれるのが本当に嬉しい。誰もがお嬢様の虜になるのも納得だ。


「やっぱりレナトが淹れてくれたお茶が一番ね・・・ええと、そうそう、わたくし転生者みたいですの。前世の記憶がありますし、なによりこれから先わたくしに起こる出来事を知っておりますの」


 お嬢様の話は普通ならとても信じられるようなものではなかったが、説得力があり俺は疑う気持ちを一つも抱かなかった。無理をしてではなく、自然となるほどと思えたのだ。今までこの世界になかったものを生み出し続けているお嬢様は恐らく前世の記憶を頼りにしてこられたんだろう。ハーブをブレンドして飲む、というのもお嬢様が初めて行ったことだ。今では国中で大流行りしている。


 ただ、お嬢様ご自身にこれから起こる未来の話は、ちょっと納得したくなかった。



「ーーーつまり、お嬢様はこれから王太子殿下の婚約者に選ばれるものの、十八歳の夜会でそれを破棄される。そして公爵家全員が国外追放となる、という創作物のストーリー通りに未来が運ぶことをご存じだということですか」

「まぁレナトはとっても物わかりがいいのね。助かりますわ」

「お褒め頂き光栄でございます。しかし、わからないこともございますので質問をお許しいただけますか?」


 お嬢様は嬉しそうに笑って「ええ、もちろんよ。わからないことはなんでもいっぱい聞いてほしいの」と仰ってくれたので(可愛い)、遠慮なく聞いていった。


「ではまず、お嬢様が王太子殿下の婚約者になる未来というのが信じられません。どう考えてもご当主様がお認めにならないでしょう」

「そうねぇ、レナトの言う通りだわ。ですけれどわたくしからお父様に頼もうと思っておりますの」

「なにいって・・・なぜでしょうか?」


 俺は驚きすぎて一瞬浮浪者だった頃の荒い言葉遣いが飛び出そうになった。


「うふふ、いいのよレナト。わたしとあなたしかいない時は自由に話してちょうだいね」


 そうは言うけどそこかしこに影がいる。失言すれば当主様をはじめ執事たちにも叱られてしまうだろう。


「ええと、そうそう、わたくしがどうして王太子殿下と婚約するか、ですけれど・・・わたくしね、国外逃亡したいんですの。ですからストーリー通りに追放していただきたいの」


 お嬢様はそう言って今までにないくらい素晴らしい笑顔を浮かべた。


「一人でしたらいくらでも出られますけれど、大好きなお父様とお母様、それにもうすぐ生まれる弟か妹も一緒にいたいんです。それにこの屋敷にいるレナトや使用人たち全員も一緒に行きたいの。わたくし我儘だもの、一つも諦めたくないわ」

「・・・では王太子殿下をお好きだというわけではないのですね」


 そう言うとお嬢様は可愛らしい小さなお口をぽかんと開けて、驚いたお顔をされた。可愛い。なんて可愛いんだ。


「まぁまぁ、レナトったら面白い冗談を言うのね。わたくし、あのような方は興味がないんですの・・・でも、ちょっとくらい興味を持っているようにしたほうがいいのかしら?十八歳までは婚約し続けてもらわないといけませんものね」

「いえ、万が一ということもございます。何もせずとも周りが破棄をさせないでしょうし、問題ないかと」


 ・・・思わず、嫉妬心から発言してしまいました。お嬢様と同じ年の十歳の王太子はすでに女遊びが激しいともっぱらの噂になっています。父である国王陛下が王妃様一筋の方で奥も持たないやや潔癖な方であるのに対し、色欲の申し子のような王太子。ちょっとでも気を持たせるような発言をしようものなら、お嬢様の純潔が・・・いや、絶対そんなことさせませんが。


「うふふ、そうね。レナトに焼きもち焼いてもらうのは嬉しいですけれど、困らせてはいけませんものね」

「・・・?お嬢様のお心を煩わせてしまい申し訳ございません」


 お嬢様が何を仰っているのかいまいちわかりませんが、少し困ったように微笑まれたので頭を下げました。お嬢様を困らすなんて絶対にダメ。禁忌。


「いいの、謝らないでほしいわ。ほかに気になることはあるかしら?」

「そうでございますね・・・お嬢様が嫉妬して虐めるというのはあり得ないことかと思いました」


 婚約破棄でいきなり追放、というのはあり得ませんが、その理由をお嬢様は王太子の恋人へ嫉妬からいじめを行ったという理由だと言うのもあり得ない。全部おかしな話ですが、一番おかしいのはやはりお嬢様が虐めをされるというところでしょう。そんな無駄な事をされるお嬢様ではありませんし、万が一したとしても証拠を握られるようなことはしないでしょう。


「ええ、そうね。わたくしはしないと思うわ。殿下の事好きではないし、王妃になりたいわけでもないですもの。ですから、追放せざるを得ない理由を別で作ろうと思いますの」

「ペルリタリアを追放・・・よほどのことがないと、あり得ないかと」

「ですからわたくしね、追放を希望して、それを陛下に認めていただこうと思うの」


 両手を合わせて首をこてんと傾げながら「いい案があるのよ」と笑ったお嬢様は、この世に舞い降りた天使の様に愛らしかった。






「喜べリシュ!追放が決定したぞ!」

「やりましたわねお父様!」


 夜会の翌日、王家から届けられた一通の書状にはペルリタリア家とその家の使用人全員を国外追放する、と国王直筆で書かれていました。もちろん陛下の判もしっかり。間違いなく王家からの書状、本物です。


「早速今日の夜に移動するぞ。宴は明日向こうでやろう!」

「土地の準備もできております」


 当主様と執事長がそう言ってほほ笑んでいる。なんとも黒い笑みだ。




 ペルリタリアは領地を持っていませんが、どこにも属していない私有地の山を一つ持っています。


 そこは殆ど人が住めるような場所ではありませんが、元々ペルリタリアはそこで暮らしていた魔術師の一族で、たまたま気が向いて数代前の当主がレリレアンでちょっと住んでみたらあれやこれやと国王に重宝され、出るに出られない地位に押し上げられてしまいました。一族の殆どを山に戻す代わりに、当主一家はここに縛り付けられました。(その時の当主がうっかりミスった、と聞いております。どんなミスで国に公爵として迎えられて縛り付けられたんでしょうかね?)

 

 それ以降、出たくても出られない日々が続いて、きっと無理なんだろうと誰もが思っていたところにお嬢様が転生者としての記憶を話されて、一家総出、いや一族総出で使用人たちも皆一丸となって今日のために動いてまいりました。


 追放されたらこの屋敷ごとまるっとその山に転移させよう、という何とも力業な話もすでに決まり準備済み。それを今夜実践するのです。

 丸ごと移動させるので引っ越し準備もいりません。使用人たちはただいつも通りに生活していれば寝ている間にすべてが終わっています。王都でしか買えないようなものも殆どないし、必要ならもっと良い国に買いに行けばいいだけ。未練などさっぱりない、という顔をみんなが浮かべています。実に晴れ晴れしい笑顔。お嬢様も微笑まれております。ああ、お可愛らしい。



「リシュが頑張ってくれたおかげだ。辛かったね」

「ありがとね、リシュ。八年もあんなのと婚約させてごめんなさい」


 奥様がぽろぽろと涙を流した。今回のことを最後まで反対したのは奥様でした。

 婚約者となると嫌でも隣に並び、エスコートやダンスで体が触れることになります。現に初期のころは王太子はべたべたとお嬢様の体を触ろうとしていて目に余りました。防げる場合はまだしも、ダンスはどうしても体の距離を近くせざるを得ないのです。腰に当てるはずの手がどんどん下がっていくのが許せませんでした。思い出したら腹が立ってきましたね。やっぱり数発殴るくらいしてもよかったんじゃないですか?


「大丈夫よお母様。体に直接触れられたことはありませんもの」


 お嬢様が言うには体に風の魔法を薄く沿わせて空気の膜を作って防御していたとのこと。手が触れているように見えて実は空気を挟んでいるというのだが、それでも触れるほど近づいたのには変わりがありませんが。

 お嬢様がつれないのでここ数年は別の女をつまみ食いして遊んでいたので殆ど接点がなくて安心でしたが、それ以前は本当に大変でした。あれは歩く猥褻物。若い女性が直視していいものではありません。


「リシュ、そういうことではないのよ。あなたは大事な娘ですもの。変な目で見られたというだけで腹が立つのです・・・次こそはきちんとした相手を選ぶんですよ?」


 つ・・・ぎ・・・?

 今奥様は、次と仰いましたか?俺の聞き間違いですよね?


「ええもちろんですわお母様。数日中には紹介できると思います」


 聞き間違いではないんですか?お嬢様!?!?


「まぁ!まぁまぁまぁ!リシュちゃんもうそこまで話を進めていたの?やるじゃない!さすが私の娘ね!あなたきいた?楽しみねぇ!」

「・・・早くないか?もう少し後でもいいぞ?もう貴族じゃないんだから嫁ぎ遅れなどない。いつまででも家にいたらいいんだし」


 奥様はご機嫌に、当主様は不機嫌になりながら、それでもよかったねと笑っています。

 お嬢様の弟君であり次期当主のライネル坊ちゃんもどこかほっとした様子。皆さんご存知だったのでしょう。


 だが俺は・・・心中複雑です。結婚を考える相手がいると聞いたことも一度もありません。山にはペルリタリア一族が住んでいるけれど、お嬢様に合う年齢の未婚の男はいなかったはずです。いったい誰が俺のお嬢様の心を射止めたのでしょうか。


(どうして俺に知らされていないのか・・・)


 お嬢様付きになり十年。執事として認められてから五年。お嬢様個人の商会では前世の記憶をもとにした商品を扱っておられるので、その手伝いを主にしていますが、その他のことも含め隠し事など殆どされたことは無いと思っております。

 転生者であることを聞かされたのも俺が一番最初。何か迷ったり考えをまとめたいときは必ず俺に話してくださった。


 それなのに・・・それなのに・・・・。


(いや、よくない。俺はお嬢様の執事だ。個人的な感情を表に出してはダメだ)





 安心とようやく手にした自由で沸く屋敷の中で、俺一人落ち込んでいたのをお嬢様に気づかれたのかもしれません。それぞれ持ち場に戻り今夜に備えるように言われた後、お嬢様に呼び止められました。


「レナト、今日の夜転移陣を使うときに一緒に居てほしいのだけどいいかしら?」

「かしこまりましたお嬢様」

「ありがとう。では今晩わたくしの部屋にいらしてね。待っているわ」

「・・・お部屋にでございますか?」

「ええそうよ。あらレナト、部屋に来るのは嫌かしら?」

「い、いえ。承知いたしました。今晩お部屋に伺います」


 あとでね、とお嬢様は笑って今夜の準備に向かわれた。転移陣を書いたのはお嬢様なので、最後の確認をすると仰っていた。発動するのは当主様とライネル様、サポートに奥様が入られるのでお嬢様の手が空くのは知っていたが、まさか部屋に呼ばれるとは・・・。



(婚約者についてお話しいただけるのだろうか)


 嬉しいような悲しいようなそんな気分で、俺は明日行う宴の準備を手伝いに向かいました。



明日三話目、18時⸜( •⌄• )⸝


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