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ゆる~~~~い感じでお読み下さい⸜( •⌄• )⸝
レリレアン国は年に一度だけ開かれる王太子主催の夜会に沸いていた。
山岳地帯の多いレリレアンの冬は厳しい。社交シーズンはほかの国よりも短く秋になる前には終わりを告げる。冬支度の為だ。その最後の夜会を王太子が主催することになっている。
忙しく厳しい時期を前にして、皆が浮かれている。王太子が主催することで若い世代の出席者も多い。通常デビュタントを終えていても学生の間は夜会に参加することを禁じられるが、この会だけは学生の参加も認められている。
他の夜会より早い時間に始まり、早めに終わる何とも健全な夜会だが、若い令息令嬢たちが来るのを大人たちは楽しみにしている。自分の子どもの婚約者を探すものもいれば、優秀な人材に声をかけるものもいる。いつもと違う雰囲気をただ楽しむものもいれば、若さを目当てに下衆な笑いを胸の内で響かせるものもいる。
そして大概の場合、何かドラマが起こるのだ。
「フローリシュ・ペルリタリア!」
ホールを包んでいた音楽がぴたりと止まる。ダンスをしていた者たちは足を止め、酒や食事を楽しみながら会談していた者たちも黙り込み、声を発した壇上の男に目を向ける。
そこにいたのはレリレアン国王太子。つまり、主催者だった。
横にいるのは王太子の婚約者ではない、ピンクの髪と金ぴかのド派手なドレスを着た令嬢。
そして吐き捨てるように呼ばれたのが、王太子の婚約者だった。
ーーー今年は面白いことになりそうだ。
参加者はそんなことを思いつつこれから始まる催しを楽しみにして、役者のためにホールの端によって舞台を作り上げた。
ホールに一人立つのははちみつ色のふわふわの髪をほんの少し顔の横に垂らし、花を模した飾りでゆるく編み上げた髪を彩っている花の精のように愛らしい令嬢。
フローリシュ・ペルリタリア。ペルリタリア公爵家の長女でありレリレアン国王太子ヴァレンティノ殿下の婚約者であり・・・・つまり、俺の敬愛するお嬢様でございます。
(始まった・・・)
しがない執事でしかない俺はホールには入れません。開かれた入り口の脇に立ってお嬢様を見ているだけしかできない。美しく優しいお嬢様がこれからどうなるのかを知っているだけに、心が痛みます。
会場にいるペルリタリア公爵夫妻、つまり当主様と奥様と目を合わせます。何かあれば俺が突入してお嬢様を連れ出します。そして後始末という名の仕上げはお二人にお任せする手はずになっております。
騒ぎを聞きつけてほかの従者たちもドアの前に集まってきました。
従者たちの間では、今日何か起こるとしたら、恐らく王太子が婚約解消を発表するだろうと噂されていましたが、この様子はただ事ではないと皆が気づいています。
予想以上のことが起こったのだと声を上げずともざわついた雰囲気が広がっていき、何とも言えない緊張感に包まれます。
(お嬢様・・・)
手を握りしめ、敬愛するお嬢様をただ見つめ続けます。
「お呼びでございますか?王太子殿下」
「頭が高いわ!もっと頭を下げろ!」
すでにカーテシーでひざを折り頭を下げているお嬢様に対して王太子はさらに下げろと暴言を吐きました。俺は苛立ちを必死で抑えつつお嬢様を見守ります。まだ出番ではないですから。耐えます。
(ああ・・・フロアに膝をついたら痣になってしまう。美しいお嬢様の足が・・・お可哀想に)
暴言を吐かれても動じず、お嬢様は淀みない動きで両膝をついて頭を下げられました。膝をつくという行為は相手に対する降伏とも受け取られます。なんという屈辱でしょう。
お嬢様のその姿に王太子は機嫌をよくしたようににやりと笑ってお嬢様を見下します。クソが。
「フローリシュ、驚いたか?お前が私の愛しいサリナにした数々の蛮行、私が知らぬとでも思っていたのだろうが、私はそんなに甘い人間ではない」
「ヴィーさまぁ、素敵です・・・」
王太子は鼻の下を伸ばして隣に抱えた女をさらに強く抱きしめています。王太子を愛称で呼んだその女はサリナ・シャンビエル。シャンビエル子爵家に引き取られた養女で、最近の王太子のお気に入り。鼻にかかったようなだらだらした喋り方が男性に受けると思っているようです。男はそんなに馬鹿ではないと言いたいところですが、王太子は思い切り引っかかっています。クソの上に阿呆。
しかしこの女、何をトチ狂ったか俺にまでちょっかいをかけてきました。美しいお嬢様を貶すような言葉を吐いて胸を見せて押し付けて無理やり触らせようとする醜悪さ。殺してやろうかと何度も思いましたが、この女も重要な役割を担っています。お嬢様のために耐えました。もちろん何もさせていませんよ。俺の全てはお嬢様のものですから。
さて、会場はざわつきが止まることがありません。それはそうですね。公爵家の令嬢に膝をつかせて隣には子爵家の養女を抱いて得意そうにしているのがこの国の王太子ですから、貴族たちが慌てるのも当然です。
ですが皆さま、お止めになりませんでしたよね?
王太子が婚約者でもない女に現を抜かしているという噂は嫌というほど社交界に蔓延していました。お嬢様をはじめ王太子もあの女もまだ全員学生ですが、学園で皆が知っているような話題は、学生が参加していない社交界でも広まるのが当たり前。
王太子の火遊びにも困ったものだなどと笑っていた人たちは、さすがにこれほどになるとは思っていなかった、というところでしょうか。読みが甘いですね。まぁ、止めようとする人がいたとしてもお嬢様のために排除させていただくつもりでしたが、お一人もいらっしゃらなかったのは逆に笑ってしまいました。
毎年何か起こると楽しみにしていた人たちは、それが己の身に降りかかると思ったことなどないのでしょうね。傍観者という立場に甘んじている。ですがもう、それも終わりますよ?
なにせこの暴挙に出ている王太子はたった一人の王子。その王子が失脚することはまずない、つまりはどんな愚者であっても次の王になる可能性が非常に高いのです。
しかも暴挙を起こした相手、つまりお嬢様はペルリタリア公爵家の娘。何代ものレリレアン王が頭を下げ続けることで国に居てもらっている相手であることくらい、誰でも知っています。
いや・・・王太子と女は知らなかったようだから、誰でも、は語弊がありますかね。
お嬢様は黙って俯いていらっしゃいます。
その後ろ姿さえお美しい・・・ですが少々肩が震えていらっしゃるようです。
お嬢様・・・。
「フローリシュ、お前のようなものと俺は結婚などしない。お前との婚約は破棄ーーー」
「ええ、わかりましたわ!婚約破棄を受け入れます!」
・・・あー、お嬢様、ちょっと早いです。食い気味です。もうちょっと間を取ってお返事なさらないと。
あーあー、王太子ともあろう人がぽかんと口を開けて馬鹿面晒してますよ。その隣の女も同じですね。俯いていたお嬢様が泣いているとでも思っていたんでしょうか。情けない顔をこれでもかというほど見せびらかしていますね。
俺はわかっていました。お嬢様のあの美しい後ろ姿がほんの少し震えている理由。あれは笑いを堪えていましたね。きっと耐えられなくて言っちゃったんですね。そんなお茶目なお嬢様も大変お可愛らしい。最高です。
「フローリシュ、だよな?」
「まぁまぁ、何をおっしゃいますの?あなたにたった今婚約を破棄された元婚約者でございます。名前を呼んでいただくほどのものではございませんわ!」
「いや、お前」
「わたくし、婚約破棄を受け入れましたのでこの場は失礼させていただきますわ。ああ、そうそう、仰っていた蛮行というものですけれど、それらを行ったものたちの名前と証拠は映像としてきっちり残してありますので、全てレリレアン王へきっちり報告してございますわ。ご心配なさらなくてもそちらの・・・ええと、サニャさんでしたかしら?」
「サリナよ!!」
「あらあら、ごめんあそばせ。初めてお会いしたのでお名前を存じませんでしたの。それでそうでしたわね、そのサリナさんとのご婚約に反対する意思はございませんわ。どうぞお二人末永くお幸せにお過ごしくださいませ。わたくしはお二人のお目汚しにならないように二度とこちらには参りません。それでは皆様お元気で」
一気にまくしたてたお嬢様はさっきまで両膝をつくという厳しい姿勢を取っていたにもかかわらず優雅に立ち上がり、そしてこれ以上ないほど美しい動作でカーテシーをして、振り返りました。ああ、笑いを堪えているその表情、周りから見たら泣くのを我慢されているように見えておりますよ。
天使の様な愛らしさと常に花のように穏やかな笑顔を浮かべていると有名なお嬢様のその表情を見て、周りは怒りの表情を王太子に向けています。王太子は慌てて周りを見ていますが、味方がいないことにいつ気付くのでしょうかね。
「待て!話は終わっていないぞ!」
「そ、そうよ!それにあなたがあたしをいじめたんじゃない!」
誰か王太子たちにこれ以上恥の上塗りをしないように進言したほうがいいと思いますよ。これでも一応国の大事な王太子ですから。
王太子自身の策略に敢えて乗るようにお勧めしたためにこの場に参加していない国王夫妻も、きっと肝を冷やしていると思います。なにせこの場の映像は王の私室へも届けられていますからね。皆様がただ見ているだけというのも、全部筒抜けです。
お嬢様が開発した“ビデオ”というものはとても素晴らしい魔術です。録画という機能があり、その場の映像と音を記録しておくことが出来ますし、揃いで作った端末を使えば離れた場所で映像や音を確認することもできます。
国王夫妻がいない間に婚約破棄を発表し、無理やりお嬢様を婚約者から外そうとしたんでしょうが、裏目に出ましたね。
この場にいたら王太子を止め、これ以上の失態を防ぐことは出来たかもしれません。ペルリタリアを失ってもギリギリ耐えられるくらいで押さえられたでしょう。今頃大慌てでこちらに向かっているかもしれませんね。間に合わないでしょうけれど、いい運動にはなるでしょう。最近お太りのようですからね。
「まあ、わたくしあなたをいじめるようなこと、いたしておりませんわよ?どなたかと勘違いなされているのでしょう。ぜひ提出証拠をご確認くださいな・・・でもよろしいですわよね。勘違いなさっていたとしてもあなた方のお望みは叶いましたでしょう?」
婚約破棄したい、という王太子の望みも、恐らくその後に言おうとしてお嬢様がぶった切ってしまったその女との新しい婚約も叶うでしょう。間違いなく。
こんな醜態を犯した王太子と婚約したい人間はいませんから、あの女が納まるのがちょうどいいでしょうね。あの女が犯した様々なことの証拠を握っているのはペルリタリア。王家はそれを隠すために、色々と飲み込まざるを得ませんから。
しかし王太子という身分でありながら、事実確認もせずに糾弾しようなんて、頭の中が本当に花畑かもしれません、いや、あの王太子なら酒池肉林でしょうか。
そんな王太子の希望を叶えて差し上げるなんて、なんとお優しいお嬢様でしょう。
「あたしに謝ってくれたら許してあげるのに!」
「あらあら、どうしましょうかしら・・・行っていないことを謝ることは出来ませんわね・・・困りましたわ」
当主様と目配せし、俺はお嬢様に駆け寄ります。困りましたわ、とお嬢様が口にしたら突入し連れ出す。打ち合わせ通り俺はお嬢様の傍まで行くと自分の体に隠すようにお嬢様の肩を抱きました。細い・・・。お肌に必要以上触れないようにしなくては。
「貴様誰だ!」
「失礼いたします」
答えずにさっさと歩きます。もちろんお嬢様をエスコートしておりますから、無理のない速度です。
「おい!」
「あのものは我が家でフローリシュに仕えている執事でございます」
叫ぶ王太子の前に当主様、ペルリタリア公爵が立ちました。この意味が分かる人はああ、と悲しみの声を上げている。
これでもう王家とペルリタリアが対峙したことが誰の目にも公になりましたね。当主様タイミング完璧です。
もうこれ以上お嬢様がすることはここにはありませんので、あとは当主様にお任せしてお嬢様と二人ホールを後にします。
「フローリシュ、待て!」
「大変申し訳ございませんが、殿下。私どもの愛娘は大変心を痛めております。ひいてはペルリタリア一族みな同じ気持ちでございます。これ以上こちらにいるのは耐えられません。私どもは国から下がらせていただきたく存じます」
「う、うるさい!黙れ!お前に話していない!」
後ろでそんな不穏が会話が聞こえてきて会場からざわつく声があふれていくが、気にせずお嬢様と二人用意してあった馬車に乗り込む。
「お嬢様、お疲れ様でございました」
「ふふふ、レナトもお疲れ様。ちょっと焦っちゃってごめんなさいね」
「いいえ、お見事でございました」
お嬢様はふわりと花が開くように柔らかく微笑まれました。それはとてもとても美しく、俺は眩暈がするほどの喜びを感じました。
この笑顔は、俺だけに向けられたもの。
ああ、俺のお嬢様。可愛らしく愛しいお嬢様。俺の全て。
お嬢様がこうして長年の夢を叶えられたこと、お慶び申し上げます。
また明日18時に続きを公開します。
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