第1章恋猫(4)
11月
1600人を超える入学願書の中から、理事長である常慈が、実際に会ってみたいと感じた子ども達を2次試験として学園に集める一カ月間。
今回は、幼稚園に入園を希望する3歳児100名、小学校に入学を希望する6歳児150名に2次試験の案内を送付した。
全国各地に住む250名を数十人ずつに分けて試験を行う。
2次試験では学力検査と面接試験を行うが、学力検査の結果はあくまで参考程度で、聖海学園では面接の方を重要視している。
保護者からは一切話を聞かず、子どもだけを面接室に入れ、多様な会話をしながら評価する。
さらに、常慈を含めた10人の検査官が、あらゆる扮装をして学内に潜み、態度や様子を観察したり、時に話しかけたりして、子ども達の素質をさらに見極めていく。
合否は、検査官から支持を多数獲得した順に決められる。
理事長として常慈から検査官に求められているのは〝ファンになりたいと思える子どもを見つけること″。現代的に言うと、〝推しを見つけること″である。
光り輝いて見える人物、自分が応援したいと思える逸材を見つけることが重要なのだと言う。
常慈は日本人の母親と米軍軍医の父親の間に生まれた。
終戦とともに父親は祖国に帰らざるを得ず、母親も病死した。アメリカ人の子を産んだ母親は、戦時中から非国民だと非難され続け、食べ物が喉を通らずやせ細っていたと、常慈は育ててくれた叔母から聞いた。
常慈自身も偏見の中で育った。日本で生まれ育ったのに、この国の人間ではないような疎外感が常にあった。知らない人間に親の仇だと殴り掛かられることさえあった。
常慈は、日本人としてこの国に貢献することで、自分と同じように偏見で苦しむ人間を減らしたい、そして、誰もが笑って生きられる日本にしたいと願って、聖海学園を設立した。
故に、聖海学園が育てているのは、日本や世界を精神的に支え、牽引する人間だ。
その観点から、学力ではなく、先天的に備わった個性、人間としての核がそれに相応しいものを持っていることが重要だ。人間的に好きだ、応援したいと思える人間に国民は惹かれ、生きる希望を感じる。そういう人間が将来的にこの国を底から支え、中枢から動かし、最前線で引っ張って行く。
だからこそ、学校教育を受ける前の子どもだけを対象としている。
理事となった7年前からねこ愛も検査官に加わっている。
ねこ愛は、個人の感情を尊重できる人に魅力を感じる。自分や他人の存在自体や備わった個性を尊く感じられる人だ。
その感覚を幼いうちから持っている人は、一緒にいて心地よくなれる。存在を否定される不安がないからだ。
ねこ愛は物心ついた時には施設で暮らしていた。今でも理由はわからない。
そこでは、なぜかいつも淋しかった。淋しいというより、孤独だった。
大人も子どももねこ愛とあまり関わりを持とうとしなかった。幼心に自分が存在していること自体が悪いことなのだと思えて、いつも一人で静かにしていた。どこにも居場所がなかった。
そんな時、常慈が施設に現れた。
常慈はねこ愛を養子にした。深く愛され、大切にされ、生まれてよかったと思うことができた。初めて心から安心できた。居場所ができたと思った。
この国を精神的に支えるのは、常慈のように、どのような人でも存在すること自体を当然に受け入れ、愛する感情を惜しみなく、限りなく、真っ直ぐに表現できる人だとねこ愛は考えている。
今年もねこ愛は時間の許す限り、子ども達と対話をした。
来年度は、幼稚園に40名、小学校に40名の合格が決定した。小学校には幼稚園からのエスカレーター組を含めて80名の児童が入学することとなった。
ねこ愛は、来年度の人事のために、特にケアが必要な子どもをチェックした。
田中天色。
一年前、兄が目の前で交通事故死。それから声を発しなくなってしまった。
京極ダイアナ。
心臓病を患っていると思われる。現在検査入院中。