第1章恋猫(3)
10月6日
藤堂は常慈を非常に注意深く見ていた。
ひと時も目を離さないように、その姿を胸に刻み込むように、表情、言動、とにかく常慈の全てに注視していた。
常慈の体調はもちろんだが、初めて施設訪問に同行した藤堂は、子どもの素質を見抜く常慈の技術を、どうにか自分の目と肌で感じ取ろうと真剣だった。
常慈に引き取られてから39年間、親子のように過ごしてきた藤堂にも未だ言葉にしないその秘技を、今のうちに何とか習得したいという強い思いを持っていた。
ねこ愛もまだ話してもらったことはないと言っていたが、それは本当だろうか。自分はねこ愛よりもたった数カ月遅く理事長に出逢ったために、養子にはなれなかった。神業だと言われる秘技の神髄を、自分にも教えてくれるだろうか。
藤堂の頭には、ふとそんなことがよぎっていた。
常慈は幼児の輪に何気なく加わると、一緒になって遊びだした。
先ほどまで「足が痛い。腰が痛い。」と言っていたのが嘘のように、子ども達と遊ぶ常慈は生き生きとしていた。
積み木をしたり、かくれんぼをしたり、一緒におやつを食べたり、トラック一台分のプレゼントを披露したりと、全力で子ども達を楽しませた。
その間、子ども達の笑い声は一瞬たりとも途切れることはなかった。
まるでショーを観ているかのように、120分間があっという間に過ぎた。日頃の教えの通り、常慈はまさにエンターテイナーであった。
その時は、何の前触れもなく訪れた。
「あの子には家族をプレゼントしたいんだ。」
すっかりなついて常慈を取り巻いていた子ども達がプレゼントの包みを開くのに夢中になった隙を見て、常慈が呟いた。
常慈の視線の先を見ると、4~5歳くらいの小さな女の子が一人、集団とは少し離れたところに座って、散らばった包装紙を畳んでいた。その子の唇はうっすら青みがかっているが、表情は明るい。
「まだ小さいようですが。」
藤堂がその子の情報を見ようと手元の資料に目をやると、
「来年就学するダイアナだよ。あの子はきっと心臓病だね。病気で体が十分に育っていないんだね。」
そう話す常慈の目は、哀れんだ様子ではなかった。むしろ、過去より未来を見据えているようだ。
それにしても、いつ、どの時点からあの子に注目していたのか。
藤堂は脳に焼き付けた記憶を大急ぎでリプレイしてみるが、皆目見当がつかない。
その子の名前は、京極ダイアナ。
カナダに留学中だった日本人女性が、現地の白人男性との間に子どもを授かったが、育てることが難しくなったのか日本にいる母親のもとに預けたまま連絡が取れなくなってしまった。その後、直ぐにその母親が急死。ダイアナはたった一人の頼りであった祖母を失い、この施設に送られてきたという。
常慈はダイアナの横に座り、学園の話をして聞かせ、授業や施設の様子を映した動画を見せた。
ダイアナは常慈の話を興味深そうに聞いた。
藤堂はダイアナを賢い子だと感じた。性格も明るく、天真爛漫という言葉がぴったりだ。
何より対話に淀みがない。相手の話を受け止めた上で、自分の気持ちを的確に言葉と表情で表現することができる。この歳で対話を楽しんでいる。その上、ダイアナの相手をしているつもりが、こちらが楽しくなる。不思議な魅力を持っている。
「学園に一番近い小児心臓病専門医を探してくれないか。」
藤堂は常慈の意に心の底から同意した。それどころか、奇跡に出逢ったような感動さえおぼえていた。