第7話 番に愛と祝福を(SIDEアグニ)
*****SIDE アグニ
「ありがとう、クルス」
エミリオから渡されたソーサーとカップを並べたクルスは、メレディアス公爵家特有の若草色に金が混じった瞳を細めて笑う。いつも笑顔で元気な子供は、かつての慣習からみれば貴族らしくないのだろう。自然に育てることが奨励され始めたため、貴族でも声を立てて笑う所作を咎める風潮は消えた。
セブリオン家が王家だった頃、あまりに細かな決まりや慣習が継承されてきた。その理由のほとんどが、王家による一方的な押し付けだ。他人を不快にさせない程度の礼儀やマナーがあれば、それ以上を求めない竜の自由な風潮は、人々にとって新鮮だったようだ。すぐに受け入れられて広まった。
おかげで俺も無作法者の罵りを逃れ、快適に過ごしている。エミリオが注いだお茶を口元に運び、ハーブティーの淡い色に目を見開いた。視線を向けた先で、ポットを持つ公爵家当主が首をかしげる。
「ミントか?」
「苦手だったかな? 交換しようか」
「懐かしいと思ってな」
カリンが植えたハーブで入れたお茶は、よく飲まされた。薄くて香りも味もしない白湯のようなお茶もあれば、苦くて渋いお茶もあった。懐かしくて頬を緩めると、向かいでフランシスカが頬を膨らませる。どうやら彼女も覚えているらしい。
余計な発言は首を締める。長寿ゆえの余裕で、元妹の視線を受け流した。彼女がいないところで、エミリオに教えてやろう。フランシスカの前世の情報は、エミリオに高く買ってもらえる。おかげで対価の甘い焼き菓子にありつけるのは助かっていた。
竜は見かけによらず、甘党が多いのだ。
「産まれたのはどちらだったか」
「女の子よ、名前はミレーラ。エミリオがつけたの」
「ミレーラ、か。いい名前をもらったな。祝福を……っ!」
差し出されたミレーラの顔をのぞいて、俺は動きを止めた。見開いた目は、赤子に釘付けだ。先代竜帝の血を受け継ぐ証なのか、銀髪に若草と金の瞳の赤子は笑顔を向けた。
息が止まりそうだ。かつて番を見つけた同族の言葉を思い出す。顔を見て、目を合わせた瞬間にわかったと――心臓が握りつぶされそうな痛みを感じ、どきどきと鼓動が高鳴った。視界に映るすべての景色が色鮮やかに変化し、世界への祝福が溢れだす。
ああ、聞いた通りだ。この胸は高鳴り痛み、世界が色を変えて祝福を送りたくなる。この世界に住まうすべての生き物の中で、自分が一番幸せだと思えた。
「見つけ、た……っ!!」
零れた声はかすれて震える。何ということだ、一目でわかると言われたが……まさか。こんなタイミングで、この場所で、この夫婦の子だったとは。
仲間の大半はすでに番を得ていた。だから焦った時期もある。元人間の記憶を持つから番が現れないのではないか、そう心配して嘆く俺を仲間は慰めた。こればかりは運で、中には会えずに一生を終える者もいる。竜の長い寿命で会えない場合もあるのだと……だから諦めていたのに。
こんな、手の届く距離に生まれてくれた。まだ母親の乳が必要な年齢から見守ることを許される。その幸せは、喉の奥に詰まった想いを温かく満たす。
「我の……っ、ミレーラ」
名を呼ぶだけで目が潤んだ。獣の瞳孔を怖がる様子なく、赤子は笑顔で手を伸ばす。触れたら壊れそうな小さな小さな手に、そっと人差し指を握らせた。吸い付く肌が触れて、身体が痺れるような感動を覚える。
なんという愛らしさか。




