第5話 幸せを運ぶ卵
「テユ、様……リサの」
何? お母様、私がいると嫌なのかしら。嫌われたかもしれない。泣きそうになって唇を噛むと、お父様が頷いた。それから噛んだら痛いぞと唇を撫でられる。
「リサ、顔色が悪い。魔力の使い過ぎか……少し休みなさい」
やだ、ここにいる。首が取れるかと思うくらい横に振れば、お母様は大きく息を吐いた。
「本当に、そっくり……」
「ああ。ステファニーの頑固なところをそっくり受け継いだ。可愛い娘のために立派な卵を産んでくれ」
お父様はそう言って、お母様の額にキスをする。また痛みが走ったのか、呻いたお母様が顔をしかめた。なんでこんなに痛そうなの? 苦しいなら治してあげて! お父様やマリエッラ先生の目を見て訴える。
「リサを産んだときもステファニーは、この痛みに耐えた。強い人だよ」
お父様の声を聞きながら、ぼんやりする頭で理解できたのは……私もこんなにお母様を苦しめて生まれたことだけ。
お母様、頑張って。
お父様の手を握るお母様に寄り添い、必死で願い続けた。
「ううっ、……ぁああ、はぁ……生まれ、た?」
「立派な卵ですわ、お疲れ様でした。エステファニア様」
寝ていたのか、気を失っていたのか。聞こえた声に顔を上げると、マリエッラ先生が半透明の卵を抱いていた。ぐったりとクッションに沈むお母様の腕に抱かれた卵を見て、涙がこぼれる。
よかった……お母様も卵も無事で。
「リサも同じように産まれたんだ」
うん。お母様が大変な思いをして産んでくれたのね。頬を伝う涙を拭うお父様の手に頬を摺り寄せると、お母様が手招きした。まだ動けないみたい。
近づいた私に触れる指先が少し震えていて、でもいつもと同じお母様の匂いがした。
「ごめ、なさ……っ」
必死で謝る。でも声がかすれて、喉が痛くて……ごめんなさいが途切れてしまった。こぼれそうになった涙を堪えていると、頭の上に置いた手が滑って頬に触れる。
「気にしないで、少し早く生まれただけ。あなたと違ってせっかちなのね。卵を割ったら、あなたはもうお姉さんよ」
お父様が抱き上げてベッドの上に座らせてくれた。靴を脱がせてもらい、お母様の近くに寄る。恐る恐る覗き込んだ卵の中に、銀とも金ともつかない色の竜が眠っていた。まだ目が開かないから、何色かわからない。でもお母様と同じ色の目だといいな。
「どっち?」
「どちらかしらね。触ってごらんなさい」
ベッドに置いたクッションに身を預けるお母様のお腹からでた卵は、胸に抱かれている。光が当たるときらきら光る竜の卵に指を触れた。
そっと、壊さないように。
強く触ったら割れてしまうかも。
緊張する指先が触れたのは、柔らかな膜のような感触。それから手のひらを押し当てた。ほんのり温かい卵の表面を夢中になって撫でていると、マリエッラ先生が大きなタライを運んでくる。
何に使うのかしら。タライをお母様の膝の上に乗せて、真ん中に卵を置いた。
卵のベッドなら、クッションを入れないと。慌ててクッションを掴んだ私に、お母様が「見てて」と悪戯する前のアグニ兄様みたいな顔をする。首をかしげる私の前で、お母様は卵に手を触れて声をかけた。
「出てきて、可愛い私の赤ちゃん」
……今の声、お姫様と呼ばれたの、覚えてる。ふとそう思った。
卵の表面にヒビが入って割れる。どうしようと思ったら、大量のお水がタライに流れ出た。中で寝ていた子竜が大きく息を吸い込み、鳴く。
「びぎゃぁあああああ、ぴぎゃ、ひっ!」
変わった鳴き声――必死に水の中をお母様の方へ泳ごうとする。呆然と見ている間に、マリエッラ先生がタライを片付けた。お父様が抱き上げてタオルで包んで、お母様に渡す。
「男の子だ。ありがとう、ステファニー」
「まあ、お跡継ぎね」
「家など継がず好きに生きろ。執務など誰かに任せればよい」
「まだ早いわよ」
くすくす笑ったお母様が、受け取った弟を私に見せてくれた。大きな口を開けてぴぃぴぃ鳴いてるこの子が、私の弟なのね。初めまして、私がお姉様よ。クラリーサというの。
まだ喉が痛いので、指先を差し出した。きゅっと掴んで口元に引き寄せ、ちゅっちゅと吸い付く。その様子に微笑んだお母様が、ブラウスの上をはだける。
お風呂じゃないのに脱いでしまっていいのかしら。咥えた指を外した私に、お父様が腕を伸ばした。
「おいで、リサ」
素直にお父様に抱っこされると、弟はお母様の胸に吸い付いてた。夢中でお乳を飲んでるみたい。両手で胸をぎゅっと掴んでるわ。痛くないの?
私の視線と首をかしげる仕草で察したお母様が答えてくれた。
「平気よ。リサの時もそうだったわ。お母さんになると痛くても我慢できるようになるの」
やっぱり我慢してるんだ。痛そうだもの。強く抓られた時の記憶が過って、心配になった。くすくす笑うお母様はすごく綺麗で、幸せそう。マリエッラ先生はタライを片付けに行ったまま戻らない。
この部屋にいるのは私達だけ。
「リサ、よく頑張った。少しお休み」
お父様の大きな手が目元を隠す。額から鼻まで覆う温かな感触に目を閉じたら……もう開けなかった。そのまま眠りについて、次に起きたら弟の名前が決まってたのが少し悔しい。私も一緒に考えたかったのに! そう怒ったら、次に産まれる弟か妹の名前を考えさせてくれると約束した。
早く次の卵、産まれないかしら。




