第32話 罰はより効果的に(SIDEアグニ)
*****SIDE アグニ
甘えた猫なで声で、媚びた口調の呼びかけ。それが通用しないとなったら吐き捨てた本音に、口元を押さえて震える。笑いを堪える俺の隣で、マリエッラは「呆れたわ」と呟いた。
「野の獣の方がよほど礼儀作法を知っているじゃないの」
困ったような呟きの裏に、だからこそ堕とし甲斐があるのよ、と母の本音が滲んだ。
すでに呪いを受けた国王と王太子は昏倒している。呪いが染みわたる頃、器である身体は作り変えられる。その変化は生きたまま手足をすり潰して混ぜ、全身に釘を打ち込むような激痛を伴った。
当然だろう。身体を作り変えるのだから。寿命とは生き物にとっての救いだ。そこから外れる呪いに、温情があるはずはない。生きたまま己を壊して組み立てる痛みを味わってこそ、呪いの価値が高まるというもの。
最初の激痛から解放されてほっとした頃、ようやく本領を発揮する質の悪い罰だった。
「そろそろだ」
牢番に上で別の仕事をするよう命じたくせに、エミリオはマリエッラの忠告に首を横に振って残った。この下等生物が苦しむ姿を見逃すのは、惜しい。そう言い放ったエミリオに、俺は好きにすればいいと了承した。呪いを示す額の模様を確認し、マリエッラが時間を告げる。
そろそろ呪いが効力を発揮する時刻だった。
「ねぇ、あたしを出しなさいってぇ! 今ならぁ許すからぁ」
独特の口調で強気に捲し立てた直後、今度は甘えた声を出す。その声に滲む「自分は解放されて当たり前」という自信の根拠は知りたくもないが、鬱陶しさに言い返そうとしたエミリオを悲鳴が遮った。
「ぎぃあああああぁあ! ぐぁっ、ぐぎゃぁあああッ」
国王の喉がぼこりと盛り上がり、手足も膨らんでいく。限界まで風船のように腫れた全身がぼこぼこと不自然に波打った。何かが動くたびに喉が苦痛の叫びを放ち、血走った目がぎょろぎょろと動く。
明らかに人として不自然な状態だった。
「ぃやだぁ! なにぃ、これ、気持ち悪ぃ」
叫んだカルメンの甲高い声に、隣の牢から「嫌だ、俺は悪くないっ、悪いのはあの女だ」とぶつぶつ呟く声が聞こえた。クラウディオは頭を抱えて震えて現実から目を背ける。
目の前で父親が異形の姿で苦しんでいても、己が同じ目に合う心配が先に立つ。親に対する尊敬や気遣いなど一片もなかった。こんな奴が国を治めれば、間違いなく政を私して傾けるだろう。財政も後先考えずに使って増税する最悪のパターンが想像できた。
ぎりぎりのタイミングで目覚めて良かった。その意味では、このカルメンという女も役に立ったと言える。
「うん。わかってたけど、改めて見ると醜いね」
外見を指した言葉ではない。エミリオが指摘したのは、クラウディオやカルメンの内面だった。国王の苦しむ時間が長いのは悪行の報いなのだ。
そもそも死なず人の罰を受ける者は、救いがない罪人ばかり。苦しまないはずがなかった。行った悪行が我が身に還る呪いなのだから。
「ぐあっぁああ! ぎぃ、げぇああああ……うっ」
叫んでいた男が徐々に萎んでいく。元の外見に戻るまで僅か数分だった。額にある模様がなければ、先ほどまでと外見は大差ない。
汚れた手足を確認するように動かし、国王はほっと息をついた。身体が破裂して死んだと思ったが、幻想だったと安堵したのは見てわかる。
「ぐぅ、ぎゃああぁ、ぐあ。嫌だぁああああ!」
苦しむ息子の姿が膨らむ様に「ば、化け物だっ」と叫んで後退った。牢の湿った床をずるずると尻で滑り、出来るだけ距離を取る姿に国王だった威厳はない。同じように激痛が収まるのを呆然と見つめた国王は、ようやく我が身に起きた出来事に気づいた。手足を今更ながらに再確認する。
「さて、あとは君だね」
意識がなかったり我を失った状態で呪いをかけても、彼らは己の状態に気づかないだろう。だから見せつけることにしたのだ。息子が、父が、愛してると囁いた相手が……化け物に変わる状態を。
彼らの中に互いへの嫌悪や疑惑が膨らめば、それだけ罰は効果的だ。固まって楽に生きる時間を減らすことが出来るのだから。
「エミリオは人間にしておくのが惜しい」
提案したエミリオに、アグニの呆れ交じりの言葉がかかる。
「お褒めにあずかり恐縮です」
貴族の礼をして応じたエミリオは、先帝譲りの銀髪を乱暴にかき上げて、にっこり笑った。
罪悪感なんて微塵もなかった。その心境に至った彼に興味が湧く。良い友人関係が築けそうな人物じゃないか。
「僕の妹や婚約者への無礼は相応に償わせたいからね」
近づく足音に震える女はもう声もでない。狭い牢の中を後ずさる彼女だが、すぐに背中は湿った壁にぶち当たった。逃げ場を探して視線を彷徨わせるカルメンに、俺はゆっくりと距離を詰める。
ああ、その顔……何を考えてるか。一瞬でわかる。
モブならあたしの魅力が効果あるかも! そう考えたんだろう? 貧相な胸元を緩め、赤ワインで汚れた裾を捲り上げて太腿まで見せた。なんて悍ましい女なのか。
びくりと肩を震わせた俺に、にっこり笑顔を向けた女は落としたと思ったらしい。サービスしたから逃がす手伝いを!
顔に全部出てるぞ。この牢を出たら、また色仕掛けで男を誑かすのか? 若い発情した雌という価値を引いたら、何も残らないのにな。
勘違いも甚だしい。
カルメンが望む通り手を伸ばし、額に翳す。だがそこに女が想像した優しさはなかった。竜は意識を共有している。色仕掛けに見苦しい、醜いと叫ぶ女性の竜もいるんだが?
淫らな妄想を持ち込む余地もない。額を掴んで後ろの石壁に叩きつけた頭は揺さぶられ、平行を保てなくなる。脳震盪と呼ばれる症状だった。吐き気や頭痛で大変なんじゃないか? くつくつと喉を震わせて笑った。
「俺を誘惑する気か? まあ無理だが」
嘲る響きに反論する気配を無視し、魔法陣を彼女に刻んだ。呻くカルメンから手を離し、牢の外へ出る。後を追おうとして這いずる姿を見下ろし、鉄格子にカルメンの手が届く前に閉めた。
「どうぞ」
「ああ、悪いな」
汚れた手を拭うハンカチを差し出すエミリオに、俺は素直に礼を口にした。丁寧に拭ったハンカチを返そうとして、受け取ろうとしないエミリオに気づき吐息ひとつで焼き払う。返されても捨てるだけだろう。
この判断はエミリオも納得したらしい。肩を竦めた彼は牢の中を覗き込んだ。
「この女も作り替えるのですか?」
エミリオの声に滲んだ響きに気づき、否定のため首を横に振った。さっきの苦痛も悪くないが、同じ手法に飽きたのは俺たちも同じだ。それに彼女にはもっと不幸になってもらいたい。




