第22話 私、頷いておりました
好きでもない王子と義務で子を成すと思っておりましたから、こうして告白される状況に憧れました。縁がないと思うからこそ、その憧れは強かったのです。兄エミリオが親友のフランカを口説いた時のセリフを思い出し、さらに身体が火照ってきました。
「……は、い」
熱くて朦朧としながら、気づけば頷いています。
承諾して、フランカの拍手で我に返りました。いけないわ、お父様やリオ兄様に相談せずに頷いてしまうなんて。
撤回しようと跪いたテュフォン様に視線を戻せば、それはそれは幸せそうな満面の笑みでした。今更撤回なんてできないわ。みっともないし、何より彼を落胆させてしまうでしょう。
一度は受けた婚約話を、直後に拒否したら泣いてしまうのではないかしら。そのくらい、彼は言葉以上の愛情を全身で示していました。
悪い気はしませんの、だってこんなに好きって表現してくださった殿方はいませんから。婚約者がいても甘い雰囲気にならないし、なりたくもなかった。だけど……こんなに好きと言ってくださるなら、望まれてお嫁に行くのは幸せよね。
本心では分かってますのよ。リオ兄様やフランカが一緒に暮らそうと言ってくれても、やっぱり私は邪魔な存在になってしまいます。新婚夫婦の家に小姑が同居なんておかしいんだわ。
「お、お父様。私……」
「ああ、よかった。お前を大切にしてくれる方の元へ嫁げるのだから。幸せなことだ。亡き妻も喜んでくれるだろう」
人前なのに憚らず涙を流し、お母様のことまで持ち出して喜んでくれるお父様に、私も貰い泣きをしてしまいました。
頬を濡らす涙に、ハンカチを探そうとして……先ほど、テュフォンに渡してしまったことに思い至る。まずいですわ、扇で隠して誤魔化せるかしら。
探した扇はソファ前のテーブルに置かれていました。しかし先ほど骨を折ってしまった扇は、形こそ美しいけれど広げたら砕けてしまいそう。袖で拭くわけに行かず、手袋で包むように頬を隠してみる。
「ティファ、こちらを使って」
戻ってきた伯母様の声に、大急ぎで差し出されたハンカチを受け取りました。危なかったわ、もう少しで鼻水も出てしまいそうだったのですもの。色気がなくて申し訳ないのですけれど、淑女といえど泣けば涙以外の液体も出ますわ。
あとで新しく刺繍を施した新品をお返しすることに決め、遠慮なく鼻も涙も拭かせていただきます。侍女たちの力作の化粧もすこし落ちてしまいました。
「あら、リオ兄様がいらっしゃらないわ」
隠して鼻を啜りながら、部屋にいたはずの兄の姿を探します。婚約者であるフランカが、取り繕うように泣き笑いの顔で答えました。
「リオ、は……貴族の方々とお話、があって。ねえ、おじさま?」
もうすぐフランカの義父になる父ベクトルが、慌てて頷きました。相槌を打つ姿に、嘘を感じます。何か私に隠していらっしゃるわ。
「あ、ああ。そうだ、そうだったな。貴族との……」
「お父様っ、嘘をおっしゃらないで」
ぴりっとした雰囲気を壊すように、テュフォン様の手が涙で冷えた私の頬に触れました。包むように這わされた手は温かく、うっとりと目を閉じてしまい。
「険しい顔も素敵だが、我の前では笑っておくれ。愛しき姫よ」
口のうまい新たな婚約者に丸め込まれる形で、兄の不在が有耶無耶になりました。私に聞かせたくないお話なのですね。気遣いなのは理解しております。こういうのも悪くないですわ、口元を緩めながらひとつ息を吐きました。深呼吸で気持ちを落ち着けて。
お父様は私に甘いから、泣きながら責めたら落ちますし。お兄様は悲しそうな顔で「私には言えないのですか、妹ですのに」と嘆いたら話してくださいます。この場で無理に聞き出す必要はありませんね。
「わかりましたわ。別に怒っておりません」
「隣に座っても?」
礼儀正しく尋ねるテュフォン様へ、どうぞと隣を示します。この方は紳士ですけれど、己の気持ちにとても正直な方なのだわ。なんだか子供のよう、おかしくなって綻んだ口元をハンカチで覆い隠しました。
たぶん、伯母様にはバレてしまうでしょうけれど。




