運命の邂逅
僕は主人公に憧れている。僕みたいに何の取柄も無い平凡な人間はただ物語のような格好いい主人公になりたいと願いながらも、それが不可能であるとはっきり認識している。
もし僕が主人公であるならばこの平凡で退屈な日常を抜け出して刺激的で最高に楽しい生活を送ることができるだろうか。
僕は今日も一日高校での授業が終わりいつも通りの帰り道を進んでいた。僕は比較的人の少ない裏道等を帰り道としていた。その理由は何か小説やアニメみたいな事柄に巻き込まれないかと思っているからだ。勿論こんな現実にそんな事があるわけがないと理解している。ただ、そういったところを歩くことで非日常感を楽しんでいるだけだ。今日も何事も無く歩いていた裏道を中盤あたりに差し掛かっていた所
ドンッ!!!
という何かが爆発でもしたような音が近くで響いた。
さっきまでは自分の足音以外はしなかったはずの道。そんな中急に響いた爆発音、僕はそんな非日常な状況に心を躍らせてしまっていた。通常であれば警察等に連絡し少し離れたところで警察を待つのが正解であろう。しかし僕は目の前の非日常の誘惑に負け、その爆発音のしたところまで移動することにした。
移動した先で見たものは見る者全てが釘付けになりそうな程の長髪の黒髪で幼い容姿ながらもどこか大人びた表情を浮かべる可憐な少女が自分の身の丈ほどの刀を持ち、三つの頭を持つ巨大な犬と対峙している場面であった。
僕はそんな光景を見て歓喜に震えていた。
(あれは頭が三つあるしケルベロスかな?少女の方も刀を持って普通じゃないし。あぁ、こんな光景こそが僕の望んだ日常なんだ!これから僕の新たな人生が始まるんだ・・・!)
そんな事を考えながら僕は少女とケルベロスとの戦闘を建物の影から覗いていた。
「大空を支配せし雷よ、我が敵を焼き焦がせ!ジャッジメント!」
少女がそう叫びながら刀を振り下ろすと、空からケルベロスへと雷が降り注いだ。
「ギャオォォォォォ!」
ケルベロスが苦しそうな雄たけびを上げながら崩れ落ちる。
「これでとどめよ!」
体勢を崩したケルベロスに向かって刀を振り下ろす少女。
刀がケルベロスに当たる寸前、ケルベロスは体制を立て直し少女を吹き飛ばした。
ケルベロスは少女を吹き飛ばした後、ダメージが抜けきっていないのかその場から動かずに三つの頭から周囲に炎を撒き散らした。
ケルベロスの吐いた炎は建物の影で様子を見ていた僕の近くまで迫った。
「あっつ・・・!」
その熱量に思わず声が漏れる。
その瞬間ケルベロスの目が僕を捉えた。
ケルベロスの頭の内の一つが僕に向かって炎を吐いてきた。その炎は先程吐いた広範囲に撒き散らす威嚇用のものでは無く、確実のに仕留めるための僕を飲み込まんとする極大のレーザーのような炎だった。
「マズい!避けられない・・・」
僕は避けようと考えたが、今いる建物の影は一本道で次の曲がり角までは百メートル以上ある。さらには前方には先程ケルベロスが吐いた炎が道を塞いでいた。つまり逃げ道は一切ない。しかし僕は意外と落ち着いていた。小説やアニメでこういう場合は大抵、このケルベロスと戦っていた少女が助けてくれるか、僕が主人公として覚醒してこのケルベロスを退ける程の力を手に入れると相場が決まっているからだ。
「っ・・・!」
とは言ってもやはり目の前に炎が迫ってくるのは本能的に恐怖を感じ、僕は目を瞑り歯を食いしばる。
僕が炎に飲み込まれようとする瞬間、僕に影が覆いかぶさる。
目を開けると目の前には先程吹き飛ばされた少女が右手を前に出しバリアのようなものでケルベロスの炎を防いでいた。
僕は賭けに勝ちそしてこの非日常の物語の登場人物として自分が認められたのだと確信した。僕が感極まって涙ぐんでいると少女が僕の方を向いて話しかけてきた。
「ねぇあなた、あれに襲われて恐怖しているのは分かるけど、とりあえずここから逃げて貰って良いかしら?あなたがここにいると私も動けないから。ここから魔法で倒せなくは無いけど魔法を二つ同時に発動するとその後動けなくなっちゃうし・・・」
「ご、ごめん。腰が抜けちゃって動けそうに無いんだ・・・」
腰が抜けたというのは勿論嘘である。この非日常な空間から離れてしまったらまたいつもと同じ日常に戻ってしまうかと思うと反射的に嘘をついてしまったのだ。
「えっ。じゃあ動けないの!?・・・う~ん、もし魔法を撃って倒せなかった場合私もこの人もあいつに襲われてゲームオーバーね・・・それならこのまま防御を固めてユリ達を待った方が良いか・・・」
少女は小声でそう呟くと僕の方を向いて語りかけてきた。
「私は神崎ミコト、あなたの名前は?」
「ぼ、僕は柊大河」
「そう、柊君ね。今から防御を固めて私の仲間が来るまで持ちこたえます。大丈夫!十分もあれば仲間も到着すると思うから!」
そういうと彼女は右手だけで張っていたバリアを両手で強化しようとした。その瞬間ケルベロスの炎を放っていない残りの二体が炎を放ってきた。先の一体が放ったような極大の炎ではなく、圧縮されたピンポン玉サイズの炎を放ってきた。その炎はミコトがバリアを強化するより早くミコトへ着弾した。着弾した炎の球はミコトに触れた瞬間小爆発を起こし命の体を削る。
「ㇰっ・・・がぁぁぁぁぁぁあぁ!」
その痛みと衝撃に命は悲鳴を上げた。
「ㇶッ・・・!」
目の前で繰り広げられた光景に浮かれていた気分が吹き飛び一気に現実に引き戻された。
僕は馬鹿か!いくら僕が非日常を待ち望んでいて目の前に非日常が現れたとしても僕が主人公になれる確率なんて無いに等しいじゃないか!それをつまらない意地で彼女を危険にさらしてどうするんだ!せめて彼女だけでも逃がさないと・・・!
「神崎さん。僕が囮になるから君だけでも逃げて!」
「はぁ・・・はぁ・・・何を言っているのあなたは?大丈夫もうちょっとで仲間が来るから・・・」
「でも、もう立つのも辛そうなのに仲間が来るまで持ちこたえれるの?それより僕が囮になれば僕を守る必要がなくなるから逃げ切れるかもしれないでしょ」
僕は彼女にそう告げると囮になるため彼女の脇を通り抜けケルベロスの前を横切るように走った。
僕に気付いたケルベロスは神崎に向けていた頭を全て僕に向けると僕を飲み込む位の炎を吐いてきた。
早い・・・これは避けられないな・・・僕は避けられないことを悟り目を瞑った。せめて彼女が無事であるようにと祈りながら。
しかしいつまで経っても僕が炎に飲み込まれることは無かった。それどころか炎の熱量やあれだけ騒がしかった戦闘音すら止んでいた。
恐る恐る目を開けるとそこにはケルベロスが存在せず体が半透明になっている彼女・・・神崎命が居るだけだった。
「怪我は・・・無いみたいね。」
彼女はこちらを振り向き僕の状態を確認した。
「これは君がやったの?いや、それより体が透けてきてるけど大丈夫なの!?」
「えぇ。大丈夫よ。私の体は、あのケルベロスの攻撃でもう限界だったの・・・。だから私の残りの生命力を力に変えてケルベロスを消し去ったの。」
彼女は力ない笑みを浮かべそう説明する。
「それって僕のせいだよね・・・。ごめん・・・。謝って済むことじゃ無いけど、それでもごめんなさい!」
僕は自分勝手な都合で彼女を殺してしまったのだ。僕が現実を見てさっさと避難していれば彼女は死ぬことは無かっただろう。
「あなたが気にすることは無いわ。私に力が足りなかっただけ。そして私の主人公としての運命がこうなるってきっと決まっていたのよ。」
彼女は今にも自分が消えそうだというのに僕の心配をしてきた。
「違うんだ!そうじゃないんだ・・・。あの時僕が腰を抜かして動けないといったのは嘘なんだ!僕は昔からこんな非日常の主人公に憧れてて・・・それでこんな機会を逃したくないと思って嘘をついたんだ!本当にごめんなさい!」
僕は彼女に対し土下座をした。もちろん謝って許される問題ではないが、それでも僕には謝ることしかできなかった。
「そっか・・・。でも君は気にしなくて良いよ。私が主人公になった瞬間に私の運命は決まっていたんだと思う。むしろ誰もいないところでひっそりと戦って死ぬより誰かを守って死ねるならそれはそれで悪くないよ。」
そう彼女は僕に笑顔で言った。
「でも」
彼女は話を区切ると真面目な顔をした。
「君は今日ここで起こったことは忘れて、前を向いて一般人としてこれからは生きていきなさい。それが主人公になった私からの助言・・・ね。それじゃお休み・・・さよなら。」
彼女がそういうと急激な睡魔に襲われ僕はあらがうことができずに眠りに落ちた。