憂える私の勇気と努力
このお話は、シリーズを読んでいる前提で書かれています。見てない方は、最初から読んでみてくだされ。
さぁ絵美! 言うのよ、頑張って!
私は気合を入れて、たーくんに言った。
「わ、私を抱いてください!」
叫ぶ様に言って、ぎゅっと眼を瞑る。重苦しいまでの沈黙が辛い。けれど、じっと我慢して待つと、たーくんが動く気配がした。
「うん、分かった」
優しくそう言ったたーくんの腕が背中に回される。
あぁ、私、ついにたーくんと結ばれちゃうんだ……。
私は、どきどき破裂しそうな胸を抑えつつ、体の力を抜いた。
私とたーくんは幼馴染だ。ずっと一緒にいるのが自然だったせいで気付いていなかったけれど、私とたーくんは両想いだったらしい。
けれど私は、片想いだと勘違いして、見当外れなアタックを繰り返しては撃沈していた。それが最近、クラスメイトの協力で両想いだと分かって、付き合うことになった。
「あんたの鈍さはもはや芸術だわ。たーくんが可哀そうだから、あんたは余計なこと何も考えずに黙ってたーくんに抱き付いてなさい」
クラスのえっちゃんの言葉が頭に浮かぶ。そう、私は人と比べてちょびっとばかし鈍いらしい。
たーくんが、他人から見たら一目瞭然なほど好きでいてくれたというのに、私がそれを恋愛感情だと認識していなかったというのがその理由だ。
たーくんは、もう一目会った時から私と一緒にいたいと思ってくれていて、付き合うために色んな努力をしてくれていた。それなのに、私はそれを全て仲良しな幼馴染ゆえの行動だと思っていた。
私達の仲を応援してくれた一樹くんから「それ、他の幼馴染からもされたことあんの?」と聞かれ、初めてたーくんほど優しくしてくれた人はいないと気付いた。……うん、私、ちょっと鈍いかも。
たーくんは、ずっと色々私のためにしてくれていたのに、私はずっと気付かなかったのだ。それで傷付いていたであろうたーくん。そんなたーくんのために、私は何かがしたかった。
けれど、今まで当たり前の様にたーくんに甘えきっていた私は、たーくんの望みが分からない。
たーくんはいつだって、私といるだけで楽しいと笑うから。僕の部活に合わせてくれるんだから、一緒にいられるときは絵美のしたいことをしよう、と言ってくれる。
何でもいいよ、と言ったら、私が密かに気になっていたところに連れていってくれる。
たーくんのしたいことがいいの、と我が儘を言ったら、私が好きな所のオンパレードだった。文句を言っても「絵美が僕に笑ってくれるのが一番見たいものだから、絵美の好きな場所が僕も好きな場所だよ」とかわされる。
スイーツカフェなんて、甘いもの沢山食べないたーくんが好きなわけないじゃない、と言ったのに「絵美が『ひとくちちょうだい』って僕に目を輝かせて言ってくれるのが好き」って言われて、またかわされる。
仕方がないので、自分で頑張るべく他の男の子たちに聞いてみたんだけど、これというのが分からなかった。
クラスの男子に聞いたゲーセンやカラオケなんかは、たーくんが行ってるのを見たことないし、野球部だからとバッティングセンターに行っても、格好いいたーくんに私が喜ぶばかりだった。
色々試しても、いつだって私を見て、私を気にかけ、私のために動いてくれる。私はたーくんを忘れてついついはしゃいじゃったりするのに、たーくんが羽目を外して楽しむということはなかった。
どれだけたーくんに甘えていたのかを思い知った私は、悩みに悩んで、委員長の言葉を思い出した。
――男なんて単純なもんだから、好きな子に『抱いて』って言われれば、一発で幸せになれるって。
流石に躊躇した。いくら鈍い私だって、それがお母さんに「抱っこして」と言っているのとは違うというのは知ってる。進んでる友達の中には、もう体験したことあるって子だっているのだ。具体的なことは知らなくても、想像くらいはしたこともある。
けれど、私にはもう、それしか手がなかった。本当は、結婚して初夜が訪れるまでは綺麗な体で、と思っていたんだけど、男の子は、そういうことするのって気持ちいいっていうし、どちらにしろ相手はたーくん以外ありえないんだから、それがちょっとくらい早まったとしても、構わないはず。
もしこれで赤ちゃん出来ちゃったとしても、私はもう十六。結婚できるんだし、きちんと育ててみせる!
そんな覚悟で挑んだ週末。いつものようにたーくんの家に行って、おじさんもおばさんもいないのを確認した私は勢い込んでたーくんに告げたのだ。
……。
たーくんが私をぎゅっと抱きしめたまま、動かない。
どうしよう、どうすればいいのか。これは、言い出しっぺの私が積極的に動かないとならないんだろうか。
「抱いて」と言えば、あとはがーっと流れに任せていればいいと思っていた私は、いつまで経っても動かないたーくんに、段々と落ち着かない気分になる。
ひょっとして、たーくんもどうすればいいのか分からないのかもしれない。
こんなことなら、彼氏と経験があるという友達に詳しい手順を聞いておけばよかったと思いながら、ひとまず分かる部分からやることにした。
一旦たーくんの腕から抜け出し、ブラウスのボタンをごそごそ外そうとしたところで、黙って見守ってくれていたたーくんが慌てて私の腕をつかむ。
「え、絵美! 何してるの!?」
「え、とりあえず、裸になろうかと……」
詳しい手順は分からないが、お互い裸になるってことは知っている。ちょっとエッチな漫画では、押し倒されて男の子に脱がされていたが、現実では気付かない内にいつの間にか脱がされているというのは無理がある。
ましてや相手が何が何やら分からない内に、自分と相手の両方を脱がさないとならないというのは、やり方をあまり分かっていない可能性のあるたーくんにはハードルが高いだろう。
そう思って、恥ずかしいながらも自分の服は自分で脱ごうとしたのに、全力で阻止された。女の服を脱がすのも醍醐味という人もいるらしいけど、たーくんもそうなのかもしれない。
納得した私は、脱ぐのをやめてたーくんの方を脱がせることにした。自分の服なら毎日脱ぎ着してるんだし、脱がせたいという思いもないだろう、と思ったのに、やっぱりそれも止められる。
私の腕を掴んで動きを封じたたーくんは、優しく私をベッドに腰かけさせ、その正面に膝をついて向かい合った。
「絵美。僕たちがそういうことするのはまだ早いと思う」
真面目な顔でそう言われる。けれど、私だってわかってる。たーくんがそう言うのは、私のためだって。たーくん自身は結構スキンシップが好きだ。
私達が両想いだと知る前だって何かとひっついてきたし、ちゅーだってしょっちゅうしてきた。恋人同士になってからは、隣に座れば腰をぎゅっと引き寄せられるし、何回かキスだってした。
そういうことに興味がないわけではないのだ。
「わ、私は構わないと思う! クラスの子達だって、恋人同士なら普通の事だって言ってるし」
言ったのに、たーくんはゆっくり首を横に振る。
「駄目だよ、絵美。これは他の子達が言うから、なんて理由でするようなことじゃない。もっとちゃんと考えなきゃ駄目だ」
小さい子を諭すようなその口調に、頭がかっとなる。
「きちんと考えたわ! 私達、恋人でしょう? 大人になったら結婚するんだから、少しくらい早くたって構わないでしょう?」
たーくんが小さく息を吐く。
「それとも何!? たーくんは私と結婚したくないの? 私のことは遊びなの!?」
喜んでもらえると思っていた。皆、好きな女の子とするのは気持ちいいものだっていうから。
女の子より男の子の方がそういう事に興味あるっていうから、私だって覚悟したのだ。それなのに、たーくんは喜ぶどころか、ため息吐いて拒否をした。
たーくんを喜ばせたかったのに色々頑張っても出来なくて、もうこれしかないと思って今日のために気合を入れてきたのに、その気持ちすら受け入れてもらえなかった。
私にはたーくんを喜ばせることが出来ないのか、と悲しくなり、段々と目の前のたーくんの輪郭が歪む。もう、自分が何を言いたいのかもわからないまま、口が言葉を吐き出していく。
「たーくんがわた……」「絵美!」
きつく抱きしめられた。
「絵美、ごめん、絵美、泣かないで?」
優しい指が私の涙をぬぐう。
「絵美、僕は絵美が好きだよ。絵美だけが大好きだよ。絵美以外の相手なんて考えられないし、結婚したいのも絵美だけだ」
瞼に触れる優しい唇と、合間に繰り返される「好きだ」という言葉に、気持ちが落ち着いていく。
「絵美、聞いて。僕だって別に、君とそういうことしたいって思わない訳じゃない。だけど、君に対して責任持てないようなことをしたくはないんだ」
「責任……?」
たーくんが、こくりと頷く。
「君が僕に望んでくれたことで、子供が出来るかもしれないだろう? 僕は避妊具は持ってないし、持っていたとしても、絶対防げるものではないのだから」
「たーくんは、子供、ほしくない?」
「そりゃあ、いつかはほしいと思ってるけど。でも、今は無理だろう?」
「どうして? 私はいつだってほしいわ、二人の赤ちゃん」
「絵美。君は未婚の母になるっていうの? 高校だって中退せざるを得ないのに、そんな大変なこと、僕はさせたくない」
少し責める様な声音で言われて、こつんと頭を合わせられた。
「たーくん、結婚したくないの……?」
冷たい言葉に、じわりと涙が盛り上がる。
「絵美、僕は男だからね。十八になるまで結婚できないんだよ」
「あ」
すっかり忘れていた。私は結婚出来ても、たーくんはまだ出来ないんだった。
思わず口をぽかんと開けた私に、たーくんは「だと思った」と呆れたように笑った。
「それに、子供や絵美を養えるくらい、稼げるようになってからじゃないと苦労するからね。基本的にそれまでは最低限、避妊はさせてね」
頑張るから待ってて、と言いながらふんわりと私を抱き寄せるたーくんに体を預け、幸せな気分に……なりかけて、はっと離れる。
「絵美……?」
「わ、私、いつもたーくんが私を幸せにするばっかりで、私だってたーくんを喜ばせるんだからって! だから、でも、それじゃあどうすればいいの……?」
項垂れた私を、たーくんがぎゅむっと抱きしめる。
「馬鹿だなぁ、絵美。僕は、絵美がこうやって僕の腕の中にいるって思うだけで、これ以上ないくらい幸せなのに」
「でも、だって」
「あーもう、黙って。僕は今、君を全身で感じてるんだから」
言いながら、すりすりと頬ずりするたーくん。その顔は、本当に心から嬉しそうで。
それでも、本当にそんなことでいいのかと不安がもたげる私に、たーくんは少し悲しげな顔で言った。
「絵美は、僕がこうやってくっつくの、嫌? うざったいって思う?」
「そんな訳ない! たーくんがぎゅっとしてくれるの、大好きだもん!」
慌ててぎゅっと抱き返すと、たーくんは私の髪に指を絡ませながら言った。
「なら、僕が絵美をぎゅっとして幸せなの、分かってくれるだろう?」
「うん」
たーくんの言葉がすとんと胸に落ちる。
そっか。私がこうして一緒にいるのが幸せなように、たーくんも幸せを感じてくれてるんだ。私、ちゃんとたーくんを喜ばせることが出来てるんだ。
今日一日、緊張しまくっていた私は、思った以上に疲れていたらしい。ほっとした途端、暖かい腕の中、段々と瞼が重くなり、体の力も抜けていく。
「絵美……?」
戸惑ったように私を呼ぶ声が聞こえたが、安心した私はそのまま深い眠りの世界へと誘われていったのだった。
「だけど、僕だって性欲は人並みにあるんだよ……」
そんなたーくんのため息なんて、聞こえないほど。
絵美は頑張って考えて行動しました。
絵美が頑張れば頑張るほど、更に頑張るたーくん。うん、安定の不憫筆頭候補!
でも、いつか、絵美が華麗なる進化を遂げる日だって、きっとくるはず!