ある王の嘆き
流行り物に片足だけ乗っかってみました(。。
トールタス王国。この国は特に良い点も無く、悪い点も無い。真面目に働く貴族もいれば、特権を振りかざして我が儘放題な貴族もいる。王として厳しすぎず緩過ぎず、適度な緊張感のある王政を敷いていた。無難。その一言で済んでいた。王も善政を目指すでもなく、淡々と国を治めるだけでよかった。
ある日の事。とある貴族のパーティでちょっとした騒動があった。10年前に婚約していた女性に対し、ある貴族の長男がとんでもないことをしたのだ。前代未聞であり、そして悲劇の始まりでもある。
婚約破棄。
この4文字に集約される、『事件』が起きた。公衆の面前で婚約者の悪事を晒し、婚約を破棄した。当事者双方が下級貴族ならまだ良かったのかもしれない。だが、婚約を破棄したのは公爵の長男だった。その後の騒動は、王国史上でも悲惨なことになった。
元婚約者の少女は無論、その家自体の信用は失われた。商人は取引を止め、使用人は退職し、その家は1月も経たずに没落した。その後、奴隷市場にその一家が並んでいたという噂さえあった。主のいなくなった家は、もう一人の当事者である公爵家の長男が別宅として安値で買ったという。
悲劇と言えば悲劇ではあるが、似た事例は過去に何件もあった。この一件の何が悲劇かと言うと、その家で働いていた使用人、懇意にしていた商人にも被害が波及したのだ。連鎖する悪意の結果、さほど強い権力を持っていなかった者たちは奴隷か盗賊に身を落とし、死体に群がる虫の様に彼ら彼女らは貪り尽された。
王は数年後、彼はこのように後述したという。
「あの事件を放置していたことが、私の最も低俗な悪事だった」
悲しい事件が在った。それで終われば、王はさほど嘆きはしなかっただろう。だが、悪意はどこまでも連鎖した。その後も、事件は終わらなかった。公爵家の長男はあの事件後、新しい婚約者と仲良く過ごしていたし、公爵家の長男として相応しい生活を過ごしていた。
だが、婚約破棄は終わらなかった。ある少女は金遣いの荒さを理由に婚約破棄を言い渡された。同格の貴族からすれば、少しだけ浪費が過ぎただけなのに。ある少女は男遊びを理由に婚約破棄を言い渡された。仲の良い使用人の少年とお茶会やボードゲームで遊んでいただけなのに。ある少女は同級生に対するいじめを理由に婚約破棄を言い渡された。校則違反や遅刻に対して注意をしていただけなのに。
そうして婚約破棄をされた家は最初の婚約破棄と同様の末路を遂げた。娘を持つ下級貴族の親たちは青ざめた。いつ、自分の家に同じことが起きてもおかしくない。あるものは厳しく、あるものは優しく諭して、娘たちに清廉潔白である様にと教育した。
悲しい事件はまだまだ続く。ある少女は周囲に悪意を持っているという理由で婚約破棄された。ある少女は隠しごとをしているという理由で婚約破棄された。ある少女は他の男と関係を持ったという理由で婚約破棄された。無論、ただ他人より目つきが悪かった少女や、人見知りをしていた少女や、下校中に強姦された少女に罪があったかどうかなど、誰も気にしなかった。
まるで生贄を求めるように、婚約破棄は続いた。やがて身の危険を察した下級貴族が夜逃げするようになった。ところが、悲しい事件は終わらない。今度は夜逃げする動きを察知して、夜逃げを理由に婚約破棄されるようになった。罪の証拠は、いつの間にか発生していた。事ここに至ってようやく王の耳にも、悲しい事件が届くようになった。
慌てて王は対処に乗り出した。婚約破棄をする前に正しく証拠を集め、裁判を持って事実を明らかにする様に。国内の法律を、そのように変えようとした。
だが、悲しい事件は悪魔の高笑いの様に続いた。
王は一連の事件の責任を取るため、投獄された。悲しい話なのか、笑い話なのか。王が婚約破棄をされたのだ。王妃は王の弟と再婚した、という話を王は冷たい牢の中で聞いた。王が投獄された1週間の間に、セレモニーまで行われていたという。
その後、トールタス王国がどうなったか。王は知る由もなかったが、一つだけ確かなことはわかっていた。
この国はそう遠くない内に滅ぶだろう、と。
気をつけよう。
苛めと言うのは、利益を得る側が存在する限り無くならない(_’