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嫁入り事情 ~紅の思い出~

くるり、ひらり。


紅が舞い落ちる。


花嫁衣装に身を包み、私は一人控室にいた。視界の隅に入ってきた紅い色。そちらに目を向けると、窓越しに風にもみじの葉が舞っていた。


ああ、どうして私が嫁ぐのは、あなたではないのだろう。


わかっているはずなのに、心は過去へと引き戻される。


紅の葉が舞い落ちる中、私を好きだと言ってくれた、あなた。私もあなたのことがずっと好きだったから、とても嬉しかった。あなたとの幸せな日々が始まると思っていたのに。


たった一週間でその時は終わりを告げた。


父の兄の子供だから、従兄(いとこ)だと思っていた。親たちから告げられた言葉は、叔父と姪という関係だということだった。祖父が破目をはずして外で作った子供があなたで、母親は亡くなり赤子だけが残された。それを子供が出来なかった伯父夫婦が引き取ったのだ。


どうしてそんな大切なことを早く教えてくれなかったのか。

せめて思いが通じ合う前だったら。


食事も喉を通らなくなり憔悴した私を、周りは心配していた。

自分でもどうしようもなかった。


ずっと、生まれた時からそばに居たあなたとの、未来はないのだもの。


でも、誰のことも恨むことはできなかった。こんな事態を引き起こした祖父は、もう亡くなっていたから。伯父たちも両親も、わざと黙っていたのではない。というよりも、もっと前に話したつもりでいたらしかった。


だから、私達が思い合っていると気がついて焦ったと言っていた。


昔はこんなこと(叔父、叔母と甥、姪の年が近いこと)もよくあったと大人は言うけど、それは当人同士が自分たちの関係をちゃんと知っていたことよね。こんなだまし討ちみたいに告げられるようなことでないはずよ。


そんな自分でもどうしようもない状態を救ってくれた人がいた。小学生の時に転校してきた、あなたの親友。


私達の事情を知ってから、私のことをずっと支えてくれた人。心が自分にないと知っていても、それでもいいと、私を望んでくれた人。


その人に今日、嫁ぐのに。


ああ、紅が引き戻す。

私を過去へと誘っていく。




くるり、ひらり。


紅が舞い落ちる。


今日は親友の結婚式だ。結婚相手は俺がずっと大切に思ってきた女性(ひと)だ。


だけど、どれだけ思おうと、結ばれることがない相手。


従妹(いとこ)だと、ずっと思っていた。同い年で物心ついた時にはいつも隣にいた。体が弱くてしょっちゅう熱を出していた彼女。叔母にも頼まれたことだし、いつもそばにいた。


大切な大切な女の子。


隣にいるのが当たり前すぎて、好きだという言葉を告げるなんて思いもしなかった。


俺達の間にすんなりと入り込んだ奴がいた。小五の時に転校してきたやつだった。気のいいやつで彼といるのは楽しかった。


それがいつからか、あいつの彼女を見る目が違うように感じるようになった。あいつからライバル宣言をされて、俺は動揺した。こいつにだけは負けたくないと思った。だから勉強も運動も頑張った。おまけでモテる様になったのはご愛敬だろう。


だけど、どんな女の子に言い寄られても、彼女に勝るものはなかった。それはあいつも同じ気持ちだったようで、断りまくっていた。


やっと俺の気持ちを伝えられたのは、高二の時だった。紅葉(こうよう)に見入る彼女の横顔が綺麗で、気がついた時には口から言葉が滑り出ていた。彼女は顔を紅葉と同じく紅く染めて頷いてくれた。


手を繋いであいつの前に行ったら、一瞬寂しそうな顔をした後、祝福してくれた。あとで彼女がいないところで、こっそり耳打ちされたのは『自分には勝ち目がなかったのさ』だった。彼女も俺のことを思っていると、気がついていたんだそうだ。だけど『万が一に掛けてみたんだ』とも言っていた。


俺の浮かれた様子に、母から質問攻めにあった。最初はしらを切ろうと思ったけど、あまりのしつこさに負けて、彼女に告白をして思いが通じ合ったと話した。


それを聞いた母の顔から血の気が引いていった。青ざめた顔で頽れるように座り込んだ母は、父が帰ってくるまでそのままでいた。父も母から話を聞いて顔色が変わっていった。そして、俺の出生にまつわる真実を聞かされた。


俺はその日、ショックから立ち直れなかった。好きになってはいけない相手を好きになってしまったなんて。


気持ちが落ち着いたところで、彼女もこの事実を知らないことに気がついた。知っていたら俺の告白を受け入れるはずがないはずだから。両親もそれに気がついて、叔父の家に行くことになった。


案の定、彼女もその妹、弟もこの話は知らなかった。彼女がショックを受けていることは一目瞭然だった。みるみる痩せ細っていく姿に胸が痛んだ。


このまま彼女が消えてしまいそうで、でも、俺にはどうすることも出来なくて。俺は親友に縋ることにした。


あいつは最初俺たちが喧嘩でもしたんだろうと、思っていたようだ。だけど彼女の憔悴ぶりから何があったのだろうと気を揉んでいたんだ。でもそれ以上踏み込むことも出来ずに歯がゆく見守っていたそうだ。


俺の話を聞いたあいつは、拳を床に叩きつけた。

『なんでなんだよ。なんでそれがお前たちになんだよ。あんなに……幸せそうに笑っていたのに』


声を震わせて、俺たちのために泣いてくれた。ああ、こんなやつだから、彼女を任せられると思った。そう、あいつに告げたら『いいのか。俺で』と返してきた。

『お前以外のやつが彼女を、となったら、そいつのことを殴り殺したくなる』と、真顔で言っておいた。


その後、あいつはどんな時も彼女に寄り添ってくれた。


そして、今日の日を迎えることが出来たんだ。


俺は窓の外を舞う、紅葉の葉を見ながら、幸せになれと願うのだった。




くるり、ひらり。


紅が舞い落ちる。


巫女に先導されて神殿内へと入場をする。俺の横には白無垢姿の瑠偉(るい)がいる。


この日を迎えるまでが、長かった。


初めて瑠偉を見た時に、その可愛さに一目惚れをした。どうやって瑠偉に俺のことを印象づけようかと思った。だけど、それは叶いそうにないとすぐに気がついた。瑠偉の隣にはいつも琉成(りゅうせい)がいたから。


琉成は瑠偉のことをとても大切にしていた。瑠偉も琉成のことを大事にしていた。そんな二人の間に入るなんて無粋かと思ったけど、二人は俺のことを受け入れてくれた。


二人と仲良くなって、二人のことがわかるようになって、俺はますます瑠偉のことが好きになっていった。だけど、どうみても瑠偉は琉成のことが好きなようだ。どう見たって勝ち目がないよな。


客観的にみてもお似合いの二人なのに、二人は思いを伝えあっていないようだ。これははっぱをかけないと、くっつきそうにないか。


そう思った俺は琉成にライバル宣言をした。一瞬呆けていたけど、すぐに真顔になり『朔夜には負けない』と言ってきた。本当に勉強でも運動でもいいライバル関係を築いていたんだ。琉成は恋敵だとも、思っていたようだけど。


二人が思いを伝えあったのが、俺と知り合ってから七年後だった。『いい加減にしろ!』と何度思ったことか。瑠偉の輝くような笑顔を見れたからいいけどさ。


それなのに、たった一週間で何があったんだ。瑠偉も琉成も暗い顔をしていて、とてもじゃないが話を聞き出せる状態じゃなかった。二日くらいして琉成は浮上したようだけど、瑠偉の様子を伺うだけで、どうにかしようという気配が感じられなかった。


琉成に話があると言われたのは二人が暗い顔をした日から、十二日が経っていた。そろそろ本気でどやしつけようと思っていたから、渡りに船とばかりに琉成の部屋に行った。


そこで聞かされた話に、俺はやりきれなくて仕方がなかった。


なんだよそれは。二人のことはいとこ(・・・)同士だと聞いていたのに。実は叔父と姪の関係だったなんて。今まで聞かされてなくて、つき合うようになったことを話したところで、言われたって?


本当になんなんだよ。もっと早くに話しておけよ。そうすれば、もっと違った結果になっていたかもしれないだろ。


俺に出来たのは拳を床に叩きつけるくらいだった。


そんな俺に琉成は『瑠偉のことを頼む。瑠偉のことを支えてやってくれ』と言ってきた。琉成の想いを受け取って、俺は瑠偉のそばに行った。


瑠偉は、最初は頑なに俺のことを拒んだ。俺はそれでも瑠偉のそばに居続けた。


頃合いをみて、瑠偉に告白した。やはりというか断られた。『まだ琉成のことを思いきれない』と言っていた。『それでもいい』と俺が言ったら『もの好き』と言われてしまった。


琉成は、実際は瑠偉から離れていったわけではなかった。家が近いから俺たち三人は朝一緒に登校したし、テスト勉なんかも一緒にやった。国語が得意な瑠偉に、数学が得意な琉成、社会が得意な俺と、得意分野が別れているのもちょうどよかった。わからないところを教え合い、大学も同じところに合格した。もちろん選んだ学科は別れたけど。


瑠偉が折れて俺とつき合うようになったのは、俺の二十歳の誕生日だった。頬を紅く染めてそっぽを向いて『つき合ってあげてもいいわ』と、言った。素直じゃないその様子に笑みが込み上げてきた。俺たちを祝福するかのように、紅の葉が舞い落ちてきた。


だけど、そこからがまた厄介だった。結局瑠偉は大学を卒業した後、就職をしなかった。代わりに趣味の小物作りにせいをだしていた。手作り品を売るお店にそれを出していたんだ。瑠偉はその小物が人気があるだなんて思っていなかったみたいだ。いつも、お店に出すとすぐに売り切れてしまうというのに。仕事というより、趣味の延長だからだと思っていたようだ。


そんな状態だから、俺からのプロポーズを受け入れてくれなかった。俺の重荷になると思っていたようだ。


いい加減痺れを切らした俺は、琉成から両家が集まって食事をするという日を聞き出して、突撃をした。


「瑠偉さんと結婚させて(・・・・・)ください」


と、頭を下げた俺に、みんなの視線は「?」を浮かべて瑠偉へと向いた。


「瑠偉、朔夜君にプロポーズをされていないのかい」


と、瑠偉の父。


「されたけど、私はお荷物になりたくないの」


と、答える瑠偉。瑠偉以外の家族&伯父一家が集まってヒソヒソと話す。それを見ている俺。話がまとまったのか、瑠偉の父が瑠偉に言った。


「瑠偉は朔夜君のことは嫌いなのかな」

「嫌いじゃないわ」

「そうか。わかったよ。朔夜君、不出来な娘だが、どうか貰ってやってくれ」


と、逆に俺に頭を下げてきた。それを見て瑠偉が憤慨した。


「ちょっと、私の意思はどうなるのよ」

「素直じゃない瑠偉が悪い。こんなお前を貰ってくれるという、奇特なやつはもう現れないだろう。観念してお嫁に行きなさい!」


そのあと瑠偉と俺は家を追い出された。このまま一晩帰らなくていいから、ちゃんと説得するようにと言われてしまった。


とりあえずホテルに行ってチェックインを済ませて部屋へと行った。もちろん普通のホテルだったけど。さすがに親兄弟がいる家に連れていけないからね。


部屋に入っても瑠偉はむくれたままだった。だけど視線がチラチラとベッドに向かう。


つき合い始めてもう五年。実は俺は瑠偉にまだ手を出していない。キスだけしかしていなかった。


視線があちこちに行って落ち着かない瑠偉のそばに行って跪く。


「瑠偉、ご両親の許可はもらったよ。だから俺のところにお嫁においで」


視線を合わせないように逸らしていたのが、おずおずと俺のことを見つめてきた。


「私、朔夜の重荷になりたくないのよ」

「全然重荷じゃないよ。瑠偉は軽いくらいだから」

「……それに、まだ思いきれてないのよ」

「それでもいいって言っただろう。瑠偉は俺のお嫁さんになるのは嫌かな」


言葉はないけど、紅く染まった頬が物語っていた。しばらくして瑠偉は小さな声で言った。


「私を朔夜のお嫁さんにしてください」


OKの返事に瑠偉のことを抱きしめた。そのままかわいい唇に唇を重ねた。



瑠偉と並び結婚式の進行を神妙な顔をして見つめていた。修祓の儀、祝詞奏上、三献の儀、神楽奉納、誓詞奏上、玉串奉奠と、式は進んでいった。次は指輪の交換だ。


チラリと横を見る。隣にいる瑠偉の顔は綿帽子に隠れて、紅い口元しか見えなかった。視線だけを動かしてだと、そこまでが限界だった。


まだ、瑠偉は気がついていないのだろうか。


瑠偉は琉成に心を残しているようなことを言っている。だけどこれは残照のようなもの。叶わなかった恋というフレーズに酔っているだけだ。


はじめて口づけを交わした時の蕩けたような顔。待っていたと言わんばかりのその顔に、瑠偉の心はもう俺のものだと思った。それなのに「叶わなかった恋」に、ときたま引っ張られて、琉成のことを切なく見つめることがあった。俺はそれが面白くなかった。


だから、少しだけ瑠偉に意地悪をした。瑠偉が俺のことを好きだとちゃんと自覚するまで、キスしかしないことにしたんだ。


瑠偉が素直にプロポーズを受けてくれなかったのも、俺に手を出されないことで自信を無くしていたからだろう。


あの時も結局キスだけで、瑠偉を抱きしめて眠った。翌朝、瑠偉が小さな声で「私って魅力がないのかな」と、呟いていたのを知っている。


だから「瑠偉のことを大切にしたいんだ」と言ったんだ。はじめては初夜でと、暗に匂わせながら。


ああ、今から夜が楽しみだ。二次会で酔い潰されないように気をつけないと。


式を終え、神殿の外に出た。


この時、風が吹き、くるり、ひらりと、紅が舞いおりていった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 果たしてこれは悲恋物なのか、は議論の別れるところでしょう。 自分は、 好きな者と結ばれない=悲恋=不幸せ と単純な公式が当てはまらないのが男女の機微と 申すもの、と思う派なのでこれはこれ…
[良い点] 悲しい結末かと思いきや。 本当の想いに気付かないのは、本人ばかりなり。 幸せな、不幸ですね。 ああ、でも琉成は辛いなぁ。いつかいい人が現れたらいいけど。 三者のそれぞれの視点の絡み合い…
[良い点] どんなに辛い失恋も、いつか乗り越えられる。 本人に自覚がないのはご愛嬌ですが。 [一言] 親! ちゃんと教えとくように!
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