街の女その1になる前
私には兄と弟が居る。そして、その三人とも全く血の繋がりはない。兄は、父の最初の妻の連れ子。私は二番目の女が遊んで出来た誰の子か分からない子ども。弟は今の母と父の子どもである。
因みに私達の生い立ちはこうだ。
兄の母親は病弱だったようで、そのせいで家の事もままならず、すれ違いの末、旦那だった人と別れたらしい。親権は母親が絶対に渡さなかった為、そのまま母親の元で暮らしていた。そんな中、病院関係者だった父と出会い、二人は惹かれ合い、結婚をしたそうだ。兄と父は関係は問題無く良好だったが、兄の母親は結婚してわずか半年でこの世を去ってしまった、とのこと。
父は兄の為にと別の女性、私の母親である、当時父の居た会社の事務をしていた人と結婚した。が、婚姻届を出したその日、母のお腹に誰の子か分からない子ども、私が居る事が発覚。父はそんな不貞の母と別れようとしたが、母もシングルマザーになる事を拒否、私が父の子であると主張し、高額の慰謝料を請求。父が私を引き取る事で慰謝料云々を回避し、無事に別れたそうだ。
そんな傷心の父を癒したのは、飲み屋で働いていた現在の母親、そして弟の実母である。父は元々友人関係であった彼女とはとてもウマが合うらしく、ようやく落ち着いた結婚となった、と言ったところだろう。兄も私も、彼女に何ら不満も持っていない。そんな両親から弟は生まれた。傍から見ればチグハグだけれど仲の良い家族は、こうして出来上がった。
が、しかし、そこに私は含まれていない。
家族旅行なんて生まれてこの方一度も行った事が無いし、祖父母にも会ったことすら無い。義務教育中はイジメにも遇っていたけど、そこは私の嘘と兄弟の存在で、軽くで抑えられたと思う。因みに兄弟のおかげと言うのは、単純に二人がハイスペックだったから。容姿端麗、文武両道、品行方正。何を取っても誰からも悪く言われない、知人友人も多い彼等の妹であり姉であるとくれば、誰もが期待するんだろうけど、そうではないものだから、勝手に期待して勝手にガッカリされるって言う、若干の哀れみが生まれるわけで。ありがたくそれに甘えましたよ。そして中学を卒業してからは、高校へは行かず、住み込みで雇ってくれる工場で働いてたので、家族がどうのこうのって言う煩わしさは無かった。
これでも私自身、子どもながらに家族に溶け込もうと、考え得る努力はしたつもりだった。本当は努力なんかしなくても家族は家族なんだと思うけど、ウチの様に特殊な家庭は全員が多少なりと何かするべきなんだと思ったんだよね。積極的に話し掛けたり、兄弟には及ばないけど、テストで良い点数を取ったり、皆勤賞を取ったりもした。けれど、そんな子どものアピールは全く相手にされなかった。「忙しい」「それは大事なことか」「煩い」そういう言葉は何度聞いたか分からない。でもそれらは、子どもの心を閉ざすのには、とても有効的だった。
だから気付けば家に居る事が少なくなり、半ホームレス状態で公園や適当な河川敷とかで寝泊りした事もよくあったし、家に居ても部屋に篭って、生理現象の時以外は一歩も出ないなんて普通の事だった。外に寝泊りしていて不審に思われた事もあったけど、大抵は私のせいって事になって終わったし、あの家族に限ってネグレクトなんて有り得ないって言われてたからね。ホームレスのオジサン達に混じらせて貰って過ごした日の方が多かったかもしれない。あの人達は何も聞かないでいてくれたから、物凄く居心地が良かったし。
何とか中学を無事に卒業して、当たり前の如く家を出る為に住み込みの仕事に就いた。早朝は新聞配達、日中は工場で、夜は年齢を偽って居酒屋で。住み込み先の社長が私がちゃんと仕事を疎かにしない事を理由に、掛け持ちを許してくれた。それから五年、漸くハタチになった私は、色々ややこしい自分の戸籍やら何やらを精査した。
父親との血の繋がりが無い事は、生まれる前から分かっていた事実だし、その後に直ぐ科学的根拠も出して違うとされていた。養子縁組して父は私を子どもとしたけど、自分を裏切り、まして他人の子を預けた女なんて、憎悪の対象でしかない。その憎悪の化身たる押し付けられた私が、家庭崩壊を生む不穏分子と認識されるなんて、分かり切った事だった。受け入れる方が難しかっただろうと、大人に成って思う。
五年ぶりに戻った家には、もう誰も住んで無かった。誰からも連絡も、噂すら無かったし、ああ、もう本当に私を無かったものにしたいんだって思った。だから面倒を掛ける最後という事で、裁判所に協力してもらって、手続きをしてもらった。他の家族だった人達の過去も、その時の資料に書かれていたから知れた事だった。でもこれで漸く、私は苗字も全て家族だった人達とは違うものになったのだった。住み込みだった会社も辞めて、一人暮らしをして、新しい会社にも務めて順風満帆、スッキリサッパリで新しい人生を歩む。
…歩んでいたつもりだった。
まさか、こんな事になるなんて…