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その他の短編

騎士は答ふ、獅子の問い

作者: 卯の雛

 ここかしこで戦火が飛び移り、後を限らず燃え盛る時代。一人の騎士が命からがら身を隠せる場所を探していた。先の戦で負った傷は深く、滴り落ちる血が己の歩んだ道を示している。騎士は痕跡を隠すため、見通しの悪い森へと身を進めた。


 しばらく奥を目指すと、木が倒れている、少しひらけた場所にたどり着いた。騎士は応急手当のため、倒木に背を預け腰を下ろす。木々のすき間から光は届かず、その場所だけに陽光が差し込んでいるようだ。騎士の場所が見つかることはないだろう。敵からも――味方からも。

 そのとき、枝の折れる音がした。騎士は瞬微に構えを取り、背後を警戒する。風と葉の音だけが流れる暗闇には何者かの姿も映らない。騎士の剣が彼の前に定められる。だが、浮かび上がった影は人のそれよりはるかに大きく、現れた姿は獣より美しい。見惚れるほどの恐怖――。


「なぜ、こんな森に、ライオンが」


 蒼天に浮かぶ雲を紡いだかの如く、木洩れ日を編み込んだたてがみ――白銀の獅子が、草地の鳴る音を近づける。そればかりか、鍾乳石を思わせる牙をむき出す。


「久しい招かれと謁見願えば、風前に立てぬ雑兵とは」

「――ッ! 貴様、モンスターか」


 天を見上げていた剣の先が獅子へと向けられる。撃剣、退避、そのどちらとも選べるように片方の足を引き、重心を下げた。依然より警戒を強める騎士を目の前に、獅子はたてがみを揺らす。


「自らが言語を持つ種でありながら、他の生が言葉を操るなれば妖魔と見る。嘆かわしい」


 悲観を声に表す獅子。その姿は弧を描き倒木に四足を着ける。


「く、来るな!」

「あまり吠えぬ方が良い。軽くはない傷がさらに開く。何より、目がそれた後、命の行く末は、(われ)()るに容易い」


 騎士とてそれは分かっていた。ごまかしの効かない負傷、通常ですら危険な獅子が人間の言葉を話す存在。どう考えても絶望的でしかない。騎士は明らかな手詰まりに身を震わせる。しかし、獅子は倒木に伏せ、再び言葉を扱った。


「時に雑兵よ。我の腹の虫が動き出して居る。なれど傷物に欲するほど飢えては居らぬ。食わずとも、腹を満たすとも構わん」

「――私を食らうか」


 獅子の考えを察した騎士の顔が崩れ始める。精神を鍛え続けている騎士とは言え、己の運命を悟れば心は乱れる。だが騎士の意図に反し、獅子は脚を動かしはしない。


「その運命に、自ら手を加えさせてやろう」


 騎士からの返答はない。受けた言葉の意味を理解し得ず、懐疑的な視線を向ける。

 獅子は続けた。


()(ほう)、我が腹に落ちるか、三度(みたび)戦場へ(おもむ)くか――我の目に映る未来は、どちらだ?」

「貴様が私を食らう気が、あるか、ないか。そういうことか」

「然りて見抜けば、我が牙は白きままとなろう」


 騎士は刃の重みを地に預け、獅子の瞳をそらすことなく、自身に必要な解を求めた。食べる気がないのであれば自分の命は助かる。しかし、己の望みを答えて間違いであった場合、そこで脈が止まる。ならば食う気があるとしたときにどうか。本当に食べる気であれば正解となり、外れたとしても獅子の意向により行動は変わらない。選択するならば――。


「貴様は、私を食らう気でいる!」


 獅子のほほが上がった。


「雑兵なりに知恵はあったか。しかし、なんだその顔は。何に勝ち誇っている」


 当然の感情である。自らの最期すら覚悟した大一番の勝負に、二度もない危機から絶対的な光をつかみ取ったのだから。


「では約束通り、見逃してもらう」

「ああ――」


 瞬間、騎士に鋭い熱が走る。倒木に座していた獅子は、その顔を騎士の眼前に迫り行き、一方の前足は爪に鮮血を引いている。


「――そう、言ったか?」


 騎士の背が地に叩きつけられる。後ろの鈍痛と前の致命傷の中、肉とともに意識は削がれ、影を落とす理不尽に対し叫ぶ思いを絞り出す。


「な、ぜっ……、ハナ、シ、が、チガ、うっ……」

「何故? ()(ほう)も我のことを、こう呼んだではないか。"Lie on(ライオン)"――嘘つき(・・・)とな」


 騎士の意識は絶え絶え、おののくまでも叶わず、獅子の脚が振り下ろされた。


「さりとて、我が牙は白きままよ。言葉に偽りは――とうに絶えたか。ものの二振りとは、(かね)てより脆き種よ。ほんの戯れさえも加減が須要なればこと」


 獅子は草本にて鉄水を拭い、日を嫌う森の奥へと消えて行った。




 ――選択肢の数は、常々往々にして、力の規模に比例するものである。

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