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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オズマンド王国騒乱記

作者: 鷹村紅士

国王無双。

 オズマンド王国の若き王、トーラス・オズマンドは玉座に座ったまま、帝国の使者から渡された皇帝の親書を読んで、


「あ゛?」


 青筋を立てた。


 ◇◇◇◇◇


 オズマンド王国は混乱した。

 大陸南部に位置し、肥沃な大地が広がる国は随一の食料生産国として各国に食料を輸出していた。

 その国を治める国王が突如として亡くなったのだ。

 女官たちが国王の身嗜みを整えるためにいつものように部屋へと入ったら、そこにはどす黒く顔を変色させ、苦しみに歪んだまま絶命した国王が。

 暗殺だった。

 王宮は一気に慌ただしくなった。

 オズマンド王国は食糧の輸出──貿易によって成り立っている。その生産量は外国からは大変魅力的に映り、たびたび侵略目的で攻め込まれる事があった。

 それを撃退しつつ、国内を安定させていた国王は民に慕われ、『賢王』と呼ばれていた。

 国王が亡くなり、民は悲しみ、王宮の者たちは次期国王の選定に入った。

 国王はまだ四十歳。健康そのものであと十年は余裕で現役を続行できた。そのためにまだ正式な次期国王を指名していなかったのだ。

 本来ならばもう、慣例に従って王太子を決めて教育を施さなければならない。

 の、だが。

 農業というものを主体にしているせいかか、国の長たる王にも農業知識が必要だ。

 国政の舵取りをするのでも膨大な知識と経験が必要だと言うのに、ここに農業のものまで加わることで、中々教育が進まなかったという理由がある。

 まぁ、それも王や大臣たちとともに実地で研修すれば身に付く事なのだが……如何せん周辺国との貿易量の兼ね合いや、北東に位置するガッセスラン帝国が最近特に国境侵犯をすることが多くなったりと忙しない。

 まだ大丈夫と先送りにしてきた結果、国は割れた。

 王には四人の妃と三人の王子、二人の姫がいる。

 妃たちは王の喪に服すことを宣言し、姫たちもそれに倣った。

 しかし王子の内二人、第一と第二王子が自身こそ王に相応しいと名乗りを上げた。

 この時、第三王子は王を暗殺した犯人を探すことを優先しようと提案したが、それは聞き入れられなかった。

 国は第一王子派、第二王子派、第三王子派に別れてしまった。

 第一王子派は主に軍部が支援した。豊富な食糧があることから周辺国を攻め、ついでに犯人探しをしようとする派閥。

 第二王子派は主に財務や外務といった文官たちが支援した。やはりこちらも自国が豊富な食糧をもつことから他国への輸出量を減らし、緩やかに脅して優位に立ちつつ、ついでに国王を暗殺した犯人を探そうという派閥。

 第三王子派は中立を保った。王妃たちや姫たちもここに属し、国内の安定を優先させ、然る後に全力で国王暗殺を企んだ者を調査しようとする派閥。

 第一王子派と第二王子派はお互いに争い始めた。

 どちらも第三王子派など眼中にない。

 お互いの派閥を潰すべく、冤罪を擦り付け、家族を人質にとって脅迫し、金で寝返らせ、終いには暗殺にまで及んだ。

 国の運営を放棄し、内乱に注力する上層部。

 そして、それを好機として国境を我が物顔で荒らす帝国。


「もう我慢ならん!」


 ついに、第三王子が決起した。

 彼はなんとか国を守ろうと走り回っていた。

 そして、独自に国王暗殺の犯人を探していた。

 第三王子は独自の行動の末、多くの味方を得て真実を知った。

 国王には直属の影の軍団がいたが、彼らの一部が帝国に寝返っていたのだ。

 そう、全ては帝国の策略。

 帝国は民を奴隷の如く扱い、貴族たちが豪遊することを是とする国だ。

 影の一部は、帝国に味方すれば貴族として取り立ててやるという甘言に乗ったのだ。

 その際、影の軍団は壊滅的な打撃を受けた。まさか味方が裏切るとは思っていなかったのだ。

 生き残った者がなんとか第三王子派にこの情報を届けたのだ。

 それから、別ルートから王国貴族の幾人もが同じように帝国に与していることも知った。

 帝国国内は搾取し続けた結果、自然が減り自給率はほぼゼロに近い。だからこそオズマンド王国を支配し、自分達の肥えた腹をさらに満たそうとしたのだ。

 第三王子は怒りに震えた。

 そして、全力で、最短で、最速で、兄王子二人の首を獲った。

 その情報が派閥に広がる前に、手に入れていた裏切り者リストに載っている者たちの首を獲った。

 最後に、拠点に集まっていた帝国の間者を強襲して首を獲った。


「これより、我が国を治めようぞ!」


 これらを公表し、第三王子は自らが国王になることを宣言した。

 これを多くの国民は両手を上げて歓迎した。

 民からしてみれば内乱などあってほしくないのだ。

 それに、第三王子には国王の妃や姫たちがいて、これからの国を背負う多くの若者たちが臣下として従っていた。

 若く力のある彼らを従える第三王子に、希望に溢れた未来を見たのだ。

 第三王子は兄王子たちの派閥にいた者たちへ臣従するように通達を出した。

 臣従するものには恩赦を与え、見苦しく暴れる者は容赦なく処刑すると。

 王子たちの派閥にいた者たちの内、低位の者たちは素直に臣従した。

 だが高位の者たちは第三王子を簒奪者として批難し、一部の者を除いて全員が処刑されることとなった。

 第三王子は一応の区切りがついたことで国内に平定宣言を出し、民に安心して暮らしていけるような国造りを約束した。

 国王暗殺から一年と少し。

 第三王子──トーラス・オズマンドは保護していた婚約者と、臣従していた貴族の令嬢たちを妃として婚姻し、国王として戴冠した。


 国王として忙しく国内の安定に注力していたら、帝国から使者が唐突に現れた。

 本当ならすぐさま捕らえたい所だが、外交などの政治的判断で面会することになり、親書を読んだ。

 使者は最初から尊大な態度を崩さず、トーラス王が親書を読んで青筋を立てたのを嘲笑った。

 親書にはこう書いてあった。


「お前んのとこの嫁と、あと姫を皇帝たる俺に差し出せ。そうしたら親父と同じように殺すのは勘弁してやる。あ、先代の妃もつけるといいぞ。俺様は寛大だからな」


 超意訳。

 先代国王にも同じように持ちかけ、断られていたという事を知ったトーラス王はブチ切れた。


 ◇◇◇◇◇


 ガッセスラン帝国の帝城、皇帝の私室は金銀財宝で飾り付けられ、寝室の大半を占めるほどの巨大なベッドの上では狂乱の宴が繰り広げられていた。

 何人もの全裸の女体に取り囲まれ、顔をだらしなく緩ませつつ肉欲に溺れているのは、皇帝ボルボート。

 国の頂点としての威厳も、責任感も、この男にはなかった。

 あるのは欲望のみ。

 皇帝を取り囲む女たちの目は虚ろで、その顔は笑顔なのだが、表情筋を無理矢理笑みに固めたような違和感があった。


「……ぶふぅ。おい、あの土いじりしか能のない馬鹿どもはどうした?」


 一段落したのか、それ一本で一般人なら十年は遊んで暮らせるほどの高級酒を一気に飲み干してから、皇帝は部屋の入り口で護衛任務に就いている兵士に向けて問いかけた。

 皇帝は自分以外の人間を人間として認識していない。

 彼にとってオズマンド王国という食料生産国は土と草しかない未開の土地で、そこに住むのは虫と、土いじりしか能のない馬鹿しかいないと認識していた。

 だが、見ての通り下半身には忠実な皇帝は女だけは有用だとして一段階上の評価をしている。

 最底辺の一個上だが。

 普段なら命令したことをすぐに忘れ、実行して報告に来た者を無能と断じて処刑するような男が、今回だけは忘れずにいたのに驚きつつ、護衛は答えた。


「ハ、使者はまだ戻っておりません」

「使えん。殺せ」

「ハ」


 苛立ち混じりの臭い息を吐き出し、皇帝はすぐ横にいた女に手を伸ばした。


(そろそろこれにも飽きた。早く新しいのを持ってこい)


 今、皇帝を取り囲んでいるのは帝国国内から献上された女たち。

 皇帝には不特定周期で献上され、そして入れ換えが行われている。

 期間は完全に皇帝の気分次第だ。

 そして今の皇帝の気分は、オズマンド王国に送った親書という名の命令書の通り、若き王の妃や妹姫、先代国王の妃たちに向いていた。

 皇帝は人の意思を考慮しない。

 どうせ連れてきたら薬を使って自分の言うことしか聞かない人形に仕立てあげるだけなのだから。


「あ~。おい、さっさと次のを連れてこい」

「ハ」


 護衛の兵士は一礼して部屋を出る。

 彼らからしてみれば他人の情事を延々と見せられる拷問でしかない。

 離脱できる口実を得た兵士はさっさと逃げ出そうとして、吹き飛んだ。


「な、なんだ!?」


 甲冑を着こんだ兵士が放物線を描いてベッドの空きスペースに着弾したのに皇帝は声を裏返して驚いた。

 女たちは変わらず虚ろな目で皇帝だけを見ていて、反応はない。


「テメェが皇帝か」


 現れたのは、甲冑を着こんだ青年。

 手には血の滴り続ける肉厚の鉈を持っている。


「ひぃっ! だ、だれぞ、だれぞぉっ!」

「るせぇ」


 青年が部屋に入ると同時に、屈強な武装集団も突入してくる。

 その誰もが甲冑に同じ紋章を付けていた。

 オズマンド王国の紋章だ。


「オズマンド王国国王、トーラス・オズマンド。お前の首を貰いに来た」

「ひやぁ!? だれぞぉ!」


 トーラス王の言葉を、皇帝は聞いていない。

 皇帝は今まで誰かに直接敵意を向けられた事がない。

 帝国内で皇帝に対して不満を持っていたり、憎悪している者は多い。基本的に帝城から出ない、周囲には取り入って甘い汁を啜ることしか考えていない連中しかいない環境では、それもそのはずだ。

 耐性もなく、今までぬるま湯に浸かってふやけきった男に、剥き出しの敵意と怒りは劇薬も同然。

 肥えきった体を震わせるその様は、国の頂点にいる男とは思えないほど滑稽で、憐れみを感じる。


「だれぞぉ! だれぞぉ!」

「ふん」

「ぎひぃ!」


 同じ事を何度も何度も繰り返し叫ぶ皇帝に苛立ち、トーラス王は壁際に飾られた壷を全力で皇帝に投げつけた。

 鈍い音とともに皇帝が痛みのあまり悲鳴を上げる。


「こんな親書(かみきれ)送ってきおいて、何してるんだ? お前らのせいで俺の国は内乱状態になっちまった。なぁ? 皇帝よ」


 トーラス王は怒りのまま言葉を紡ぐ。


「おかげで侯爵家に婿入りして嫁といちゃラブしながら悠々自適な貴族ライフをするはずが国王になる羽目になっちまった。お前らの間者のせいで兄貴たちがクスリで狂っちまって、家族殺しする羽目になった。政治的配慮とかいうので嫁が増えたがお互いがギスギスしてて心休まる時間もねぇよ。どうしてくれる?」


 鉈を振り、こびりついていた血を払う。


「責任は取ってもらうぞ」

「ひぎゃぁ!」


 この日、帝国上層部は壊滅し、民による革命によって帝城は炎に包まれた。


 ◇◇◇◇◇


 暖かな陽射しの中で、五人の淑女たちが仲良く茶を飲んでいた。


「陛下は今頃、帝国で暴れているのでしょうね」


 遠くを見つめて言うのは、国王の正妃。

 王の婚約者であった元侯爵令嬢。


「お怪我がなければいいのですが」

「そうですね……万が一、陛下に何かあれば……」

「わたし、しんぱいです」


 追従するのは第三王子を支援した貴族たちの娘であり、王の妃になった元伯爵令嬢に元子爵令嬢、元男爵令嬢たち。


「私も共に行ければ良かったのですが……無念です」


 肩を落として残念がるのは国王の妃兼他の妃の護衛を自認する元騎士爵の娘。


「仕方ありません。あの方は極端なのです」


 正妃は苦笑しつつ、お茶を一口。


「平時は怠けたい、楽したいと口にして平穏を望んでいます。それがあの方の本質です。それで、混乱や争乱が起きれば全力でそれを静めようとします。例え、御自身がどれだけ傷つくことになろうとも」


 だからこそ、平穏を得るために内乱を平定した。

 実の兄たちを自らの手で討ち取り、帝国の手の者や平穏を乱す者たちを処刑した。

 心がどれだけ傷つこうと、手がどれだけ血に染まろうとも、誰かが苦しむのを見たくないから。

 とても残酷な、自己満足。


「言っても聞きません。だからこそ、我々はこの平和を乱さぬよう、陛下を支え、国の(まつりごと)をこなさねばなりません」


 だから。


「皆さんには、協力していただきますね」


 正妃の言葉に、妃たちは力強く頷いた。


「しかし、演技とはいえ、我々の仲が悪いように振る舞う必要はあるのですか? 国王陛下のためを思うのであれば、全員で一致団結した方が」

「あら、それは駄目よ。そんなことしたらあの方はそこで満足してしまうわ。実際は良好な関係であっても、仲が悪いと思わせておけば陛下は全力を出して、私たちのことを想って下さるのよ?」


 正妃はにこやかに笑って、


「あの方には、これからも頑張ってもらわないと、ね」


 その言葉に、妃たちは頬を染めつつも同意した。

 そうしていたら、護衛の兵士から国王が帰還したことを告げられた。


「これで一段落ですね」

「はい……」

「おでむかえしないと!」

「では、参りましょう」

「ええ。今日くらいは、全員で」


 妃たちは仲良く席を立った。


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[一言] 長編で幼少期から帝国併合統治完了まで書いても面白そうだよね。
[一言] 何れ程優れた英雄であっても、女(女たち)の掌の上で転がされるのですね。
[一言] この王様、枝払い用の鉈よりも、間伐用の両手持ち大鉈の方が似合いそう。 そして大鎌で敵の首をキレイに、それこそスポーンとかの擬音が似合いそうなほどにさっくりと首を飛ばしそう(大鎌は農具です) …
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