壱本目 彼は犯人、私は証人
穏やかな春の日差しが、夢の世界への特急券を叩き売る昼下がり。元々のんびりした町が、より一層ゆっくりになっている中、本日の依頼人が、割れんばかりにエンジンをふかしてやってきた。
「ようこそ糸玉探偵事務所へ。こちらにどうぞ」
若い女性に通された先で、唇を出されたミルクティーで濡らしながら部屋を見回す。眉唾ものだと思っていたが、所内は小綺麗で、真面目にはしているようだ。
なぜか壁に掛けられた、我が子を食らうサトゥルヌスから目を逸らした頃に、
トントンッ、ガチャ
体育会系筆頭のような男性が、いかにも申し訳なさそうな苦笑いで入ってきた。
「お忙しい中お時間作っていただきありがとうございます。私、中鳥歩と申します」
相手より先に名乗ってしまう癖は、編集者としての一種の職業病かもしれない。
「あ、あぁ、ご丁寧にありがとうございます。僕はこの探偵事務所の所長をしております、田辺凌牙と言います。お待たせして申し訳ない」
ぺこりと腰を折る。
「では、挨拶はこの辺にして、早速依頼内容の方を」
先程の苦笑いから一転、仕事モードに切り替わる凌牙。
「はい、最近、ビルが連続して何棟も倒壊する事故が話題になってますよね」
「ええ、テレビも毎日その話題で持ち切りで。なんでも基礎から切り離されるようにして、倒れたとか」
「そうです。それでその犯人を見つけ出していただきたいのです」
そこそこの厚さになった茶封筒を、机に乗せて差し出す。
「あのー、そういう事でしたら警察の方に。それに犯人はわかっているという話では?」
バンッ
「彼は違います!違うんです!」
今まで静かだったのに、いきなり声を荒げて立ち上がったのでびっくりした。
「お、落ち着いて。分かりましたから。なぜそう思われるのです?まずはそこから」
なだめられて、少し落ち着きを取り戻したようだ。もう一度座り直す。
「すみません、お見苦しいところをお見せしました。実は、容疑者の魁日国は、私の、婚約者なんです」
中鳥氏は、躊躇いがちに話していく。
「それで、彼は前科があるんです。方法とか詳しいことは知らないんですけど、以前似たようなことを、実行はしませんでしたが計画したことがあるらしいんです。彼のアイデアを盗られて、挙句クビにされて、その会社を破壊しようと計画したそうです。そして、今回倒壊したビル全部に、その会社が経営するお店が入っていたんです。だから、警察もマークしていたようです。でも、警察はマークしているだけだったのに、そうと分かるやいなや、マスコミは、あたかも彼が犯人かのように報道しました」
ぎゅっと、膝の上に乗せていた両手を握りしめて、ワナワナと震わせている。
「そのせいで、彼だけでなく私までもが心無い人たちから暴言を吐かれたり、嫌がらせをうけ、ついに彼は姿を消してしまいました。彼は最後に私に、自分はやっていない、と言い残しました。真犯人を見つけ出してください、とは言いません。ただ、警察よりも先に彼を見つけて、会わせてください。ちゃんと無罪を証明できるように頑張ろうと言ってあげたいんです。お願いします」
途中から彼女は目に涙を浮かべていた。
「なるほど、そういうことなら、おまかせください。なんたって我々は異能力探偵事務所ですよ。言うなれば専門家ですから。在り来りですが、大舟に乗ったつもりで、というやつです。必ずいいお知らせをしてみせましょう!」
ここまで強くお願いされて断るはずがない。田辺は快く依頼を受けた。