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……ラ・セルネ山脈に巣食う山賊を、一掃せよとのことだ。






「は……?」


 と思わず声をもらしたのは、クロードである。


「だれが、でしょうか」

「ベルリオーズ家だ」

「我々の兵を用いてラ・セルネの山賊を討伐するよう、国王はお命じであると」

「さよう」

「国の正騎士隊はいかがするのでしょう?」

「動かさないそうだ」

「ご冗談を。なぜ我々がそのような命を受けねばならぬのですか」

「冗談ではない、クロード。我らが中心となり、左翼のラ・セルネ山脈周辺諸侯らの私兵をまとめあげ、山賊討伐に向かうように……そして、叙勲されたリオネルに、ベルリオーズ家に仕える直属の騎士を統率させ、そこに向かわせるようにと、陛下の手紙にはある」


「ふざけるな、くそ髭じじい」


 ディルクは吐き捨てるように言った。

 かりにも、「くそ髭じじい」は、ベルリオーズ公爵の腹違いの兄であり、この国の王であるが、ディルクの言いぶりは辛辣だった。


「あいつらの浅はかな魂胆が、手に取るように伝わってくる。ベルリオーズ家の軍事力を利用して厄介事を片付けると同時にベルリオーズ家を弱体化させ、どさくさにまぎれてリオネルを殺そうと考えているんだろう」

「そうだろうな」


 同意したのはベルトランだった。


「このお話、断ることはできぬものでしょうか」


 シャルルは苦虫を噛み潰したような顔である。


「断って、引き下がるような相手ではないだろう」


 そうディルクが宙を睨み据えてつぶやくと、レオンは右手で自らの眉間に寄った皺をなでる――針のむしろだ。


「我が兵力は、騎兵四百十八、動員可能な館外の歩兵が千五百八十二、全領内の憲兵すべて合わせて三千三百五十六。討伐に向かわせるのは騎士のみといっても、彼ら全員を一度にここから動かすわけにはいきませんし、他領の諸侯らの私兵をあわせてもどれほどの兵力になるかはわかりません。そのうえ、山賊らの人数も居場所もわからぬでは、戦いようがありません」


 クロードの説明に、公爵は幾度か軽くうなずく。


「そのとおりだ」

「それに、リオネル様が赴かれることにつきましては、警戒するべきです。国王派がなにを企んでいるのか魂胆が知れません」

「公爵様におかれましては、どのようになさるおつもりでしょうか」


 シャルルが問うと、


「ふむ……このことについて先程、侯爵らと話しあっていたのだが……そなたらはどう思う」


 公爵は逆に若者らの意見を問う。


「私は、断固拒絶すべきと思います」


 そうシャルルが答えると、


「平野での戦いならまだしも、山のなかでは、騎兵は大変に不利です。ベルリオーズ家の主力はなんといっても騎兵ですが、それを活かせぬとなると、私も勝利する確たる自信が持てません。ゆえに私もシャルル殿と同様に考えますが、しかし命令に背けばどうなるか、いささか心配ではあります」


 と、クロード。次に口を開いたのはベルトランで、


「左翼の多くの諸侯を呼応させることができれば、勝ち目も見えてくると思いますが、おそらくラ・セルネ山脈沿いに位置しない国王派の貴族らは動かないでしょう。うまくやれば勝てないことはないと思いますが、ジェルヴェーズらの手のうちで踊らされるのはしゃくですね」


 と低くうなる。


「レオンを討伐隊の中心に据えて、矢面に立たせるというのはどうでしょう。それなら、国王派連中も正騎士隊を動かすかもしれません」


 と言ったのは、むろんディルクである。

 公爵が気まずそうに咳払いすると、レオンはディルクを睨んだ。


「おれが山賊討伐に行くのはかまわないが、正騎士隊が動かなかったときには山賊から――、無事に王宮に戻った際には兄上から――、しっかりおれを守ってくれるんだろうな」

「ああ、それは自己責任で」

「そのような条件の悪い話に乗れるか」


 二人が言い合っていると、再び公爵が咳払いをする。


「……ええと、リオネル、そなたはどう思う」

「私は受けてもかまわないと思います」


 リオネルは淡々と答えた。


「そなたが赴き、山賊の討伐をすると」

「……少しだけ違います」

「それは?」

「私が行きますが、討伐をするのではなく、彼らの首長と話しあい、妥協点を見つけられないだろうかと考えます」

「話して通じる相手だと思うか」

「さあ、それは実際に話してみなければわかりません。しかし傍観していては、山賊の被害は増えるばかり。我々が動こうが、正騎士隊が動こうが、山賊らをなんとかしなければならないという事実には変わりありません。ならば、そのためにまず我々が動いてみてもよいのではないでしょうか」

「たしかにそれはそのとおりだ。だが、リオネル。他領の苦境を救うために、おまえの命を危険に晒すことはできない」

「どのような目的を果たすにも、危険はつきものですよ」

「リオネル、そなたはまだ若い。正論だけでは通らないことも、世の中には多く存在する。いや、むしろ正論などというものは、ほとんどの場合において無力なのだ」

「…………」


 公爵の表情がどこかかげるのをみとめ、リオネルは口をつぐんだ。


 もともと正しくまっすぐな性格であるのに、親族に裏切られ、自らの家や子供までをも危険にさらさねばならぬ身となった公爵が、「正論は無力である」と口にする苦しさはどれほどのものか。


「マチアス、そなたはどう思う」

「……はい。リオネル様のご意見には危険もありますが、大きな可能性もあると思います。山賊らの首長がどのような者か――話の通じる相手であるかどうかがわかれば、折り合いをつける余地もあるかと思います」

「どのような折り合いだ」

「おそらくリオネル様が考えておられるとおりです」


 公爵がリオネルを見ると、彼はそれに答えた。


「……彼らを殺したりはせず、身の安全を保証し、ラ・セルネ山脈沿いの領地の一部を与え、農耕をさせるのです」

「なるほど」


 公爵は小さく溜息をついた。


「そなたの恩情に、彼らが報いればいいがな。……アベル、そなたは?」


 アベルは、自分が問われたことに驚いた。


「わたし、ですか」


 この一大事に、いてもたってもいられぬ気持ちで皆の話を聞いていたが、まさか自分などの意見を求められるとは思っていなかったのだ。

 皆の視線がアベルに集まる。


 リオネル、そしてベルリオーズ家の危機である。

 それなのにアベルは先程から気が焦るばかりで、考えはまとまらない。

 自分になにができるのか。

 この小さな手は無力だが、それでも自らの全てをかけて、リオネルを守りたいと思う。


 しばらく考えてから、アベルはようやく思いついたことを口にする。


「……討伐に行くふりをするというのは、いかがでしょうか」

「行くふり?」

「兵を率いてラ・セルネ山脈方面へ行き、しかし、そこではなにもしないのです。しばらくしてから、『戦況が芳しくないため、正騎士隊の援軍を要請する』という手紙を王宮に送る……のです」


 自分が馬鹿げたことを言っているような気がして、言葉の最後は尻すぼみになっていった。

 説明し終わっても公爵がなにも答えないので、アベルは「やはり」と思い、うつむく。降り落ちた沈黙がやけに重たい。

 すると突然、公爵の笑い声が執務室に響きわたった。


「おもしろい、そなた」


 アベルは戸惑いながら、顔を上げる。

 彼女の案は、たしかにこれまでだれも思いつかなかったものだった。


「なかなか、おもしろいことを言う。子供の遊びみたいだが、たしかにそのような方法も考えられるな」


 褒められているのかどうかよくわからなかったが、アベルはとりあえず軽く頭を下げた。


「皆の意見はだいたいわかった。しかし、先程、侯爵らと三人で話し合い、私たちが出した結論は、そなたらの意見のいずれでもない」


 若者らは、いっせいに公爵に視線を向ける。


「王宮には返答をしない」

「返答を、しない?」

「さよう、討伐に赴くと答えても、命令に従わないと答えても、いずれにせよ我々は苦境に立たされる。ならば、素知らぬふりをし続けるのみだ」


 皆は公爵の言葉に呆気にとられた。


「そなたらには、このような件があることについて知ったうえで、自分なりの考えと危機感を抱いてもらいたかった。最終的には、討伐に行かざるをえなくなるかもしれない。しかし、それまでに考える時間は充分にあるだろう。各々、このことについて熟考しておいてほしい」


 一同は深くうなずいた。


 アベルは正直なところ、公爵の判断に心の底から安堵した。

 行くふりだろうがなんだろうが、リオネルの身が危険に晒され、ベルリオーズ家が打撃を被るかもしれぬ状況に対してひどく不安を感じたからだ。


 窓際の離れた席から、アベルはリオネルの横顔を見つめる。

 綺麗な横顔だと思う。

 長いまつげや、白い肌に落ちかかるその影。

 今は閉じられている形のよい唇からは、いつだって耳に心地よい声がつむがれる。

 そして今朝、アベルを包みこんだ彼の香りを思いだすと共に、なぜか急にフェリシエの顔を思いだして、胸がざわつく。


 アベルの視線に気づいたのか、ふと視線を上げたリオネルがアベルを向いた。

 自分がどんな顔で彼を見つめていたのかはわからなかったが、リオネルは優しくほほえむ。

 アベルはなんとなく恥ずかしくなり、頬を赤らめ、ほんの少しだけ笑みを返した。


 話が終わり執務室を出ると、まっさきにアベルに話しかけてきたのはディルクだった。


「アベルは本当におもしろいね。刺客に狙われたときも『死んだふり』、今回も『討伐するふり』、アベルはなにかする『ふり』が得意なのかな」


 ディルクは楽しそうに問いかけてきたが、アベルは内心でどきりとした。

 アベルの最大の「ふり」は、男性のふりをしていることである。

 それ以外にも、ディルクの婚約者ではなかったふり、貴族ではなかったふりなど様々な「ふり」をしている。


「ふり」とは、言葉をかえれば、嘘である。

 アベルは気まずい思いで胸がいっぱいになり、当たり障りのなさそうな、適当な返答をした。


「ディルク様の意見にも感銘を受けました」

「おれの意見……?」


 ディルクは自分の意見を思い出して、苦笑した。


「こいつの意見などに感銘を受けないでくれ」


 すかさずそう言ったのはレオンである。


「こいつの策略にはまれば、おれは、山賊か兄上かのどちらかに、なぶり殺しにされる」

「そうだね。ただこのままだと、そうなるのは、おまえじゃなくてリオネルかもしれない」

「…………」


 レオンが押し黙ると、アベルは両手をかたく握りしめて二人を見据えた。


「そのようなこと、絶対させません。なんとしても、わたしがリオネル様を必ずお守りします!」


 その勢いに、レオンは一歩後ずさり、ディルクは口元をほころばせる。


「本当に、アベルはおもしろいね」

「アベルになにをけしかけているんだ」

「リオネル」


 従騎士仲間とアベルが話しているところへ、リオネルが加わる。


「おかしなことを吹き込まないでくれ。ただでさえ目が離せないのに」

「……目が離せないなんて、わたしは子供ではありません」

「子供だなんて思っていないよ」


 リオネルがそっとほほえむので、アベルはそれ以上反論できなくなる。


「アベル、気をつけたほうがいいよ。リオネルのその笑顔は、本当は意地が悪くて、曲者なんだ。ふと気がつけば、その笑顔のせいで、なぜかすべて丸く収められている」

「だから、変なことを吹きこむなと言っているだろう」

「知っていますよ、ディルク様」


 アベルの言葉にリオネルが動揺する。


「し、知っているとは――」

「え?」


 二人の様子に、ディルクがお腹を抱えて笑いだす。


「アベルは、おまえが意地の悪いやつだと知っているってさ。ああ、おかしい」

「い……いえ、けっしてそんなことは……」


 慌てて否定したが、リオネルはひどく落ちこんだ顔をしていた。


「その、あの、そのですね……」


 アベルが両手を振る。しかし言葉が出てこない。

 リオネルは優しい。

 けれどその笑顔には、なぜか相手を黙らせてしまう魔力がある。

 そう思っただけなのだが、どう表現していいかわからない。


 しょげてしまったリオネルと、あたふたするアベル、その横で腹を抱えるディルク、そして三人を見守るレオン。あいかわらず控えめにディルクの傍らにいるマチアス。

 クロードはいつのまにか姿が見えないが、ベルトランとシャルルは二人で話している。


 そんなところへ通りかかったのは、フェリシエだった。


「あら、なんだか楽しそうですわね」

「フェリシエ殿」


 すぐに気づいて声を発したのは、レオンである。


「殿下、ご機嫌麗しく」


 フェリシエはドレスの裾をつまみあげ優雅に挨拶する。

 アベルはその姿に、はっとした。

 ――二人きりになりたいと言っていた、彼女の言葉を思い出したのだ。


「ディルク様、レオン殿下、さあ、向こうのお部屋でゆっくりしませんか?」


 突然アベルがそんなことを言いだしたので、リオネルを含む三人は目を丸くする。


「向こうの部屋って?」

「……ええと、その、私の部屋でもかまいませんし、とにかくあちらへ行きましょう」


 アベルが二人を半ば強制的に歩き出させると、マチアスも従う。


「アベル?」


 フェリシエと二人にされたリオネルは、困惑気味にアベルを見る。

 照れているのだろうと思ったアベルは、リオネルへ満面の笑みを返したが、その笑顔の意味がリオネルにはまったくわからない。


「皆さまがいなくなったことですし、わたしたちも二人で過ごしませんこと?」


 フェリシエがリオネルの腕に軽く触れて、うっとりと見上げてくるが、リオネルはどこか上の空でアベルの後ろ姿を見つめていた。










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