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「ディルクは、いつ戻るかな?」


 ローブルグとの国境沿いにある伯爵領――デュノア家。

 紛争が絶えぬ一帯に位置しているが、この領地が比較的被害を受けずにきたのは、代々領主の政治的手腕によるところが大きかった。


 つまり、隣接するアベラール侯爵家との繋がりが深く、いざというときに助力を得られる体制が整えられていたのだ。

 アベラール家は、強兵を誇るベルリオーズ家にもさほど劣らぬ質の高い兵力を備えており、ローブルグ側もそのあたりの事情を承知しているため、むやみに手を出してくることはない。

 さらには、当代のデュノア伯爵には、ブレーズ公爵家の令嬢が嫁いでいる。こちらも、正面から戦いたくない相手であった。


 かくして、安全な土地で守られ育ってきたカミーユだが、この地を離れ、王宮に赴かねばならぬときが刻々と近づいていた。出立まで、あと一月もない。


「おれが行くまでに、戻ってくるかな?」

「どうでしょう」


 若い主人に対し、やや気のない返事をしたのは、トゥーサンである。


 この四月に誕生日を迎えるカミーユの部屋では、使用人や女中らがてきぱきと衣類や小物の荷造りをしていた。

 使用人らが動くたびに、細かい埃が、春の陽光を受けて結晶のように光る。


 彼らに指示を与えているのは、近頃体調のよいデュノア伯爵夫人ベアトリスである。

 もしシャンティが何事もなくこの館に留まることができていたなら、彼女が他家へ輿入れする際には、同じようにベアトリスが万事を取り仕切ったであろう。それを思うと、トゥーサンの胸は疼いた。


 一方、室内の様子をぼんやりと眺めながら、


「ここからラロシュ領までは、ちょっと遠いしな」


 と、残念そうに頬杖をつくカミーユ。

 近くにいる伯爵夫人の様子を気にしながら、トゥーサンは小声で「まさか、おやめください」とささやく。


 王弟派及び国王派の両者と友好な関係を結ぼうとしているデュノア伯爵とは違い、ブレーズ家出身のベアトリスは生粋の国王派である。王弟派であるアベラール家の嫡男に会うために、ラロシュ領まで行くなど、とても聞かせられぬ話である。


「なぜそのようなことを」


 トゥーサンが声をひそめて諌めると、


「だって、山賊討伐の成功を祝福したいだろう」


 と、カミーユは目を輝かせた。


 聞かなければよかったと、トゥーサンは内心眉をひそめる。

 大切なデュノア家の姫であるシャンティを裏切った青年ディルク。カミーユは彼に心を許しているようだったが、トゥーサンはけっしてそうではない。


「ベルリオーズ家のリオネル様といっしょに、あの手強いラ・セルネ山脈の賊を倒して、そのうえ手なずけたんだろう? やっぱり、ディルクはかっこいいね」


 満足そうなカミーユに、トゥーサンは返事もしなかったので、それは独り言と化した。

 けれど従者の様子を気にとめず、カミーユは続ける。


「それに、最後にお別れを言いたいんだ。しばらく会えないかもしれないから」


 密かに「勘弁してください、カミーユ様」と思いながら、トゥーサンは再び彼の言葉を聞き流す。伯爵夫人のまえで、いったい自分はなんと答えればよいのか。

 すると、カミーユの独り言に答えたのは、当の伯爵夫人ベアトリスであった。


「これから夏になれば、貴族間の社交も活発になります。各地の領主が王宮に集まるので、会えないともかぎりませんよ」

「本当ですか?」


 カミーユが目を輝かせる。

 それをベアトリスは、しかたなさそうに見やった。


「それほど、あの青年に好感を?」

「もちろんです。兄のような存在だと思っています」

「シャンティのことも、忘れてはいけませんよ」

「――だからこそです、母上。ディルクは、姉さんが慕っていた人だから、私も慕っていたいのです」


 曖昧に笑ってベアトリスは、使用人らに指示を出すことを中断し、カミーユへと歩み寄る。

 近くに来た母を、カミーユはじっと見つめていた。


「王宮にはもうフィデールが到着しているころです。この先、フィデールがあなたのよき理解者となるでしょう。彼はとても頭がよく、協力を惜しまぬ者です。従兄弟としてだけではなく、友として、兄として、これからはフィデールを頼り、慕いなさい」


 視線を伏せて黙したカミーユだが、かろうじて聞きとれるほどの声で、「はい、母上」と答える。


 ……これからはディルクではなくフィデールを頼りなさい。

 そう諭されていることはわかっている。なにも感じないわけではなかったが、さすがのカミーユも母には心配をかけたくなかった。


「あなたは、フィデールが苦手なのですか?」


 心配そうに尋ねてくるベアトリスに、カミーユは首を横に振る。


「けっして苦手ではありません」

「そう、よかったわ」

「私にとっては、憧れの存在です」


 それは本心だった。

 ディルクも、フィデールも、そして一度だけ会ったことのあるベルリオーズ家のリオネルも、皆、カミーユにとっては憧れの存在である。

 従兄弟のフィデールに対しては、従兄弟でありつつも、身分が高く、かつ噂に聞く秀才ぶりに羨望を抱いてきた。


「王宮で困ったことがあれば、彼に相談なさい」

「従兄弟殿が王宮に住まわれるということであれば、伯父上はブレーズ領に戻られるのですか?」

「所領と王宮を行き来することになるのでしょう。もちろん、兄も頼っていいのですよ。必ずあなたの力になってくれます」

「はい、母上」


 素直に返事をするカミーユの髪を、ベアトリスは愛おしそうに梳いた。


「寂しいです。シャンティがいなくなり、今度は、あなたが王宮に行ってしまうなんて」

「母上――」


 瞳を潤ませる母に、カミーユはなんと返事をすればよいかわからない。

 寂しいのは、カミーユも同じだった。

 けれど、デュノア家を継ぐ男児として、母と別れ、一時的にでもこの地を去るのが寂しいとは口にできなかった。それに、新しい世界を一目見てみたいという高揚感も、たしかに十三歳の少年のうちにはあったのだ。


 無言で母を抱きしめる。

 久しぶりに触れる母は、こんなに小さく頼りなかっただろうかと思う。

 そう感じるのは、近頃カミーユがどんどん青年らしい身体つきに成長しているからかもしれない。


「私は必ずあなたのもとに帰りますから」


 わずかな胸の痛みを感じながら、ようやくカミーユはそう告げた。

 帰らぬシャンティを思ったからだ。


 部屋のなかには、小ぶりな荷物がまとめられていく。その量はけっして多くない。

 間近に迫った自身の出立のまえに、荷物を先に王宮に運んでおくのだ。というのも、王都へ向かうカミーユの馬車が夜盗などに狙われぬよう、できるだけ当日は身軽にしておく必要があったからだ。


 自分より先に王都へ向かう荷物たちを、カミーユはベアトリスの肩を抱きしめながら、視界の端に見やった。この荷物たちが辿る道程を思う。そして、姉のシャンティが辿った道程を思った。

 叶うなら、シャンティを見つけだしたい。

 ――きっと、生きていてくれている。

 信じなければ、一歩も先に進むことはできない。


 もうすぐ従騎士となるカミーユは、様々な想いを胸に秘めながら、己が領地の外へ思いを馳せた。








+++







 辺境の領地に住まう少年カミールがまもなく赴く先、華の都サン・オーヴァン。


 漆黒の天空を、春の星座が彩る夜。

 サン・オーヴァンの一角にある色街は、昼間の賑わいとはまた異なる様相をみせていた。


 酒場からは酔った男たちの歌声や踊り子のための楽曲、売春宿からは艶めいた笑い声が漏れ聞こえ、安っぽい色をまとった夜の女たちが、媚を売って男たちを店に呼びこむ。

 道行く人々や馬車が巻きあげた砂埃で、ときおり道が白く霞む。

 一夜限りの愛が交わされ、満たされた欲望の影で、深い哀しみを生みつづける街。華やかな装いをまとったまま、街はその哀しみを隠していく。


 王都サン・オーヴァンの色街は、シャルム国内にとどまらず他国の男たちからも、一生に一度は行ってみたいと称される場所であり、旅人をはじめ各国の貴族や要人も密かに訪れる場所であった。



 その街の一角に、敷地は広くはないが、城館と見紛うほど立派な造りの建物がある。


 白亜の壁には無数の篝火が備えられ、昼間のような輝きを添えているが、それとは対照的に、客が通る石畳は驚くほど暗い。

 正面の堅固な門には水仙の文様が描かれ、周囲にめぐらされた鉄柵は、人々が気軽に立ち入ることを拒んでいるようだ。


 シャルムの平民が一年間分の稼ぎをすべてつぎこんでも、ここに入ることはできない。高額な代金だけではなく、この場にふさわしい身分と品格も、訪れる客には求められるのだった。


 高級娼館「月の水仙ナルシズ・ドゥ・リュン」。

 ひときわ豪奢な調度品がそろえられた一室に、その夜、シャルムで最も高貴な若者が二人、集っていた。


 透明な硝子の杯に揺れるのは、年代物の葡萄酒。

 それを注ぎ足す女の手は、水仙の花弁のような白さである。


 二人の客に対して、娼婦はひとり。

 女の歳は二十歳を少し過ぎたくらいだろう。貴婦人のように、優雅に金髪を結いあげた美女である。

 彼女が相手にするのは、シャルム国内外の王侯貴族ばかりだった。


 客のうちのひとりは、この娼婦にとって見知った貴人だったが、いまひとりは今夜はじめてまみえる顔である。しかし店主とはすでに顔見知りらしく、事前に「話」は済んでいた。


 素性は知らぬが、端正で知的な顔立ちをしており、甘い笑顔のなかに垣間見える冷たさが、彼の魅力をひきたている。あの若者の連れであるのだから、相当な身分の者なのだろう。


「五年か」


 片方の手には葡萄酒を、もう片方では、八角形の小卓のうえに置いてあった胡桃を弄びながら、娼婦にとっては見知ったほうの若い客がつぶやく。

 彼は、この国の第一王子で、現在最も王座に近い場所にいる男、ジェルヴェーズである。


「そのかん一度も私のもとを訪れないとは、おまえの忠義もなるほど、それまでのものだったわけか」

「申しわけございません」


 悪びれる様子もなく謝罪したのは、三日前に王都に到着したばかりのブレーズ家嫡男、フィデールだった。


 十四歳で従騎士になったが、わずか一年で騎士の称号を得たフィデールは、十五歳でサン・オーヴァンを去っている。あれから五年が経ち、こうして再びここへ戻ってくることとなった。


「途中で、父より領外へ出ることを禁じられましたゆえ」

「ブレーズ公爵にか。フィデール、おまえはなにをしでかしたのだ」


 おかしそうにジェルヴェーズは口端を歪める。

 無沙汰をなじったのは、相手の出方を試すためだった。フィデールもまた、そのことをよく理解していたようだ。


 笑顔の鉄仮面をかぶった、かのブレーズ公爵。

 ジェルヴェーズにとっては、父王よりもある意味では苦手な相手である。その男を、彼自身の息子が煩わせたのだと思うと、ジェルヴェーズは愉快だった。


「たいしたことではありません。飼っていた鳥を一羽、うっかり死なせてしまっただけです」

「鳥?」

「ツグミです」

「どうやって?」

「手を触れたら羽根が折れてしまったのです」

「公爵がよほど大切にしていた鳥だったのだろうな」

「さあ……それはどうでしょうか」


 首をかしげ、フィデールは微笑する。

 ジェルヴェーズは硝子の杯を軽く持ち上げながら問いただした。


「息子であるおまえに、外出を禁ずるほどであったのだろう?」

「口実が欲しかったのではないでしょうか。手なずけることのできない己が子を、自らの檻に閉じこめておくための」


 声を出してジェルヴェーズは笑った。


「さすがのブレーズ公爵にも、手に負えぬものがあるようだ」

「お褒めにあずかり光栄です、殿下」


 冗談めかしてフィデールが頭を下げる。だが、そのような態度のなかにも、ジェルヴェーズに対する敬意がたしかに感じられ、それは少なからずジェルヴェーズの自尊心をくすぐった。

 ジェルヴェーズにとってフィデールは、昔からそういう存在なのである。悪い遊びも共有できる友人でありながら、忠実で信頼のおける家臣でもあった。


「ファルケの希少な鳥を手に入れたら、ブレーズ公爵に贈っておこう。これで息子の粗相を赦すようにとな」

「ありがとうございます。今度は充分気をつけることといたします」


 葡萄酒を口に含みながら、ジェルヴェーズは喉の奥で笑う。


「この五年間、よくそなたのような者が、おとなしく領内にこもっていられたものだ」

「もともと私はおとなしい性分でございます」

「それは知らなかった」


 意地悪い笑みをたたえて、ジェルヴェーズはフィデールを見やる。


「私以上に型破りで手前勝手な男だと思っていたが、勘違いだったか」

「父が不在のブレーズ領にて、心穏やかに政務に励むのも、意外と悪くない過ごし方であると気がつきました」


 再びジェルヴェーズは声を上げて笑った。

 だが、ひとしきり笑うと、ふと真顔に戻って葡萄酒を見据えた。その先にあるなにかに標的を定めるように。


「おまえが、のどかに自領の政務に専念できる日は、私の心が穏やかになった日だ」

「心得ております」


 すべての戯れを排除して、フィデールは恭しく頭を垂れた。


「貴方様のために、微力を尽くす所存です」

「王弟派の諸侯や民はすべて、次期国王たる私に対する反逆者だ」

「むろんです」


 顔を上げたフィデールの群青色の瞳には、ジェルヴェーズの瞳に宿る激しい憎悪とはまた異なる、不気味なほど冷静でいて、かつ冷酷な光が宿っている。


「今後、彼らには厳しい処罰を与えてまいります。なかでも、リオネル・ベルリオーズ――あの者は、生まれながらにして最も重い罪を背負う者。恐怖と絶望を生けるあいだに味あわせ、最期は長きにわたる耐えがたい苦痛でその死を彩りましょう」


 けっして笑ってはいないのに、かすかに笑んでいるように見えるフィデールの顔を、しばらくジェルヴェーズは無言で見つめていた。

 そしてゆっくりと相手から視線を外し、うつむき震えだすと、ジェルヴェーズはたまらなくなったように大きな笑声をあげた。


「やはりおまえは、私よりも恐ろしい男だ」

「恐れ多きお言葉でございます」

「愉快だ。実に、愉快だ」

「愉快ついでに――」


 普段の鋭さからは想像できぬような甘い笑みが、フィデールの顔に広がる。


「今宵、殿下にご覧ただきたい者がおります」


 ジェルヴェーズが訝るように目を細めると、フィデールの合図で娼婦が奥の扉を開けた。

 そこには、ひとりの娘が立っていた。

 まだ年若い娘は、透きとおるように白い肌と、やわらかい朱色の髪、そして美しい目鼻立ちをしていた。艶やかに着飾ってはいるが、見るからに純朴そうで、緊張している姿はいたいけでさえある。


「そういうことか」


 顎に手をあててジェルヴェーズは娘を眺めやる。それから、フィデールを振り返って口元を歪めた。


「心得ているではないか」

「殿下は赤毛の娘がお好きだったかと」

「商売女ではないな?」

「我が領地より、殿下の好みと思しき娘を連れてまいりました。身寄りのない下級貴族の者ゆえ、お気に召されればぜひおそばに」


 娘に近づき、ジェルヴェーズが薔薇色の頬に手を触れると、怯えたように肩が震える。

 それを目にして、淡々と述べたのはフィデールだ。


「商売女も、生娘も、それぞれの愉しみがありましょう」


 娘の顔の輪郭をなぞりながら、ジェルヴェーズはフィデールに尋ねる。


「おまえはどうするのだ?」

「私は疲れておりますので、これにて」


 するとジェルヴェーズは、さもおかしそうに笑った。


「いかがなさいましたか」

「不本意であろうが、おまえは、おまえの父親とよく似ている。ブレーズ公爵もこのような場になるといつも『疲れている』と言い訳して去っていくのだ。まさか口裏をあわせているわけではあるまい? 血は争えないな」


 苦笑して一礼すると、フィデールは王子と娘、そして娼婦を残して、その部屋を辞した。

 室外で待機しているジェルヴェーズ付きの近衛兵に、自分以外の何人たりとも部屋に入れてはならぬと釘を刺しておいてから、自らは別の客室に向かった。それはジェルヴェーズがいる部屋の隣室だが、一部屋ずつが広いために距離がある。


 目的の場所に到着し、取手に手をかけようとした瞬間、扉はひとりでに開いた。

 扉を開けていたのはむろん幽霊でも、はたまた娼婦でもなく、ひとりの若者だった。丁寧に一礼し、若者はフィデールを迎え入れる。


 礼も言わずに入室したフィデールは、若者を一瞥して皮肉めいた笑みを浮かべた。


「ずっと扉の前で待っていたのか?」

「足音が聞えましたので」

「気配を消していたつもりだったが甘かったかな、エフセイ」


 エフセイと呼ばれた若者は、無言で頭を下げた。


 彼の名は、シャルム人のものではない。髪色は金というより、色素を失ったような淡さで、だが目の色は、髪と対照的にとても濃い色をしていた。肌の色は白く、背が高い。

 その独特の容姿から、名を聞かずとも、ひと目でこの国の者ではないことがわかる。


「おまえも今夜は遊べばいい」


 ジェルヴェーズが情事を終え、共に王宮に戻るのは深夜か、それとも明け方になるか。


「殿下がお戻りになるまえまでに、すませればかまわない」


 だが主人の勧めを、エフセイは短い言葉で謝絶した。

 彼が断った理由を追求せず、フィデールはすぐに関心を机の上の手紙に移す。

 それは、父公爵がフィデールを王宮へ呼び寄せたときによこした手紙だった。特に大切なものではないが、エフセイに持たせたままだったために、これをどう扱えばよいか確認するために彼が出しておいたのだった。


「これは不要だ。燃やせ」

「かしこまりました」


 必要なときに必要なことだけを口にするエフセイは、フィデールにとって都合のよい相手だった。それに、この男の持つ能力は、他では得難いものがある。


 暖炉の火に投じられ、たちまち黒い灰と化していく紙切れを、青灰色の瞳が冷ややかに見つめていた。


 父が、目付役として息子である自分をジェルヴェーズのそばに置いたことは、よくわかっている。

 フィデールは形式上、それに従うつもりだった。

 父の命令だから、ではない。否、ある意味からすると、だからこそである。

 政治権力に執着があるわけではない。

 形あるものや人がほしいわけでもない。

 おとなしく目付役になど、なってやる気もない。

 人だろうが、立場だろうが、利用できるものはすべて利用すればよいのだ。


 己のうちにある、歪んだ――しかし、純粋でもある愛憎が求めるものに忠実であることだけが、フィデールの生き方だった。









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